開き直る吸血鬼
宮高が授業を再開した月曜日。紅葉は宣言した通りヴラドを迎えにアパートまで行った。久しぶりの学校は、いつも無表情なはずの紅葉を少しだけ明るい表情にさせる。
「おはようございます」
声をかけると同時に玄関が開いた。
「やあ、紅葉」
「……どうしたんですか?」
玄関から出て来たヴラドを見た紅葉は目を丸くして驚いた。外見に著しい変化があったのだ。
「何が?」
「髪の色がおかしいですよ……」
自分を凝視する紅葉に、ものすごく嫌な顔をするヴラド。
「あのな、俺のもともとの外見がどうであれそんな顔をされる筋合いはない」
「それはそうですけど……なんというか、日本人じゃないんですね……」
「はあ?今更何言ってんだ?」
ヴラドはもともと金髪碧眼の持ち主だ。それを目立たないようにカラーコンタクトをしたり、髪は染めたりして隠していたのだが、ここ数日ですっかり色が落ちてしまっていた。ヴラドにもどうしてかよくわからなかったが、きっと魔力が戻ったことにより、本来の姿に戻ろうとする働きがどこかで作用したのだろうと推測していた。
紅葉はそんなヴラドの姿を見て驚いたが、そういえば自分が持っていたヴラドの写真の中に金髪碧眼の青年が描かれている絵画があったのを思い出した。
「あの絵画、本当にヴラドさんだったんですね」
玄関を出て鍵をかけようとしていたヴラドが手を止める。
「ああ、そういえばそんなものもあったな。お前、どうやってあの絵を手に入れたんだ?」
ずっと気になっていたことだが、絵の写真だけではなく紅葉がヴラドを探すために持っていた写真はどうやって手に入れたのだろうか。
「フォルトゥーナの情報網をナメないでください。世界中で同じような顔の人物を検索するんです。道路やお店の監視カメラとか写真とかに写ったものなんですけど、ヴラドさんのようにたまに同じ骨格の人物を発見するんですよ」
紅葉が言うには、時代背景や地域がバラバラでも意外とわりだすことができるそうだ。それほどフォルトゥーナには人員がいるということなのか、はたまたしつこいヤツが多いのか。
「ヴラドさんはアメリカの南北戦争あたりから写真がたくさん残っていました。白黒で痛んでいるものも多かったんですけど、現代まで辿ることができましたよ」
「これからカメラは避けるようにするよ」
とんだ執念だなと、ヴラドは内心呆れるしかなかった。
アパートの階段を下りると、大家のおばさんが花壇の手入れをしていた。ヴラドの変化を見て少しだけ驚いたようだったが、それ以外はいつもと同じように声をかけて来た。
「今日からまた学校?いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
にこやかに答えるヴラドに続いて紅葉も軽く会釈する。大家はにっこり微笑んで見送った。なにか勘違いをしているんだろうなとヴラドは思ったが、紅葉は何も気付いていないようだったためあえて何も言わなかった。
駅までの道を並んで歩いていると、紅葉がそういえばと立ち止まった。
「エドワードさんからヴラドさんに渡してほしいと預かったものがあるんです」
「なんだ?」
紅葉が鞄から出したのは拳大の木の箱だった。そこにはエドワードが書いたであろうメモが貼ってあった。
「”死の真相とか書いてごめん!そんなことは知らないけど、かわりにこれを渡しておくよ!”って、何のことです?」
「……アノ野郎」
以前エドワードから貰ったメモのことだろう。アナスタシアの死の真相。どうせ自分の気を引くためについたウソだろうと思っていたが、こうもあっさりウソだとわかってしまうと、逆に清々しささえ感じさせる。が、一時は知ることを諦めていたが、ジャックやトニー、フォルトゥーナなど、その真相を知りたいのはヴラドだけではないようだった。それぞれの思惑はまだわからないが、これを利用するのが得策だろうとヴラドは思う。
「で、その箱はなんなんですか?開けられないので箱かどうかも怪しいですが……」
紅葉に木箱を手渡されたヴラドは改めてそれをまじまじと見た。箱には繊細な装飾がが施され、木のみでできているにも関わらず不思議なことに継ぎ目などは一切ない。それが箱だとわかったのは一面に何かの文字と紋章が彫ってあったためだ。ヴラドはその箱をどこかで見たことがある気がした。
「この紋章はカルディアのだ」
「カルディアの?」
十字の背後に浮かぶコウモリの羽。それに薔薇の花と蔦が絡んでいる紋章は、確かにアナスタシアが考えた紋章だ。
「俺たちがカルディアの名前で動くときに、この紋章を付けたりしていたんだ」
「そうなんですか」
「……ということは、これは魔力でしか開かないものらしい」
ヴラドは箱を持つ手に魔力をこめる。こうして魔力が鍵となっているものの封を解く時、こめられた魔力を上回る力を込めなくてはならない。よって魔力を持たない人間に開けることは不可能で、また、力の弱いものが魔力を込めても同じだった。よって、最強のカルディアが込めた魔力を解除できるのは同じくカルディアだけだったので、彼らはこの方法で秘密の文章や品物の受け渡しをしていた。
「?これは……」
「どうしたんです?」
まだ戻ったばかりの力のコントロールが上手くできないでいたヴラドは、探り探り力を込めて行く。しかし、どれだけ強い魔力を流しても、木箱に何の変化も現れない。この箱を封じた人物は、余程見られたくないものでも隠したらしい。そんなことをするのはカルディアの中の誰だったのだろうか。中身がわかれば封じたヤツもわかるかもしれない。
「クソッ!!どんだけ魔力流し込んでんだよ!?少しも開かねえ!!」
「ヴ、ヴラドさん!?なんかヤバいですよ!!」
空気がビリビリと震えた。紅葉にでも、何か大きな力が働いているのがわかる。
「ッ、このッ!!」
渾身の力を箱に流し込む。ピシッと音がした。木箱に細い筋が一本は入り、そこが蓋だということだろう。
「ッ、ハア、ハア」
「大丈夫ですか?」
「開いた……」
紅葉の問いかけにも答えず、ヴラドは箱の蓋を取る。パカ、と間抜けな音がして蓋は開いた。
「……青い、バラ?」
紅葉は箱の中を見て怪訝な顔をした。青いバラの花が一輪だけ、それも今摘んだかのような水々しさを保ったまま入っていたのだ。
「なんですか、これ」
「……これは……俺がアナスタシアにあげたものだ……」
え、と聞き返そうとヴラドを見た紅葉は動揺した。ヴラドの瞳に、形容のし難い感情が浮かんでる。それは驚きと、悲しさ、それからいつもの人を食ったような、この世のすべてをバカにしたようなそんな表情だ。
「なるほど。俺がエドワードに協力してやる理由が一つ増えたな」
「?」
ヴラドはニヤリと笑みを浮かべ、箱の蓋を閉めた。
「青いバラの花言葉を知っているか?」
「不可能、だった気がします」
青色のバラは実際に作ることが不可能と言われている。ではこの木箱のバラはどうやって作られたのだろう?外気に触れることのない木箱の中に、いつから閉じ込められていたのだろう?
「このバラはな、俺がアナスタシアにあげたものだ」
ヴラドは確認するようにまた同じことを言ってから続ける。
「ただのバラに言い聞かせて色を変え、その時を止めた」
「そんなことができるんですか?」
「ああ。簡単じゃないし、俺はあまり得意でもなかったんだが。アナスタシアの命令だったからな」
ヴラドはアナスタシアに、仕事の失敗の埋め合わせとして、この青いバラを作ってあげたことを思い出した。渾身の力を込めて木箱を閉めたのも、気恥ずかしさやアナスタシアへの反抗心からだったか。だが、アナスタシアにそんな小さな抵抗が効くはずもなく。
「いとも簡単に開けられてしまって。俺はその後もう一度、さらに力を込めて封をしたんだ」
紅葉は少し微笑んだ。
「昔からその性格は変わらないんですね」
「はあ?どういうことだ?」
フフフ、と笑って紅葉は流す。
「ともかくだ。その時アナスタシアが言ったんだ。”青いバラは不可能と言われてるけど、こうして私達の力を使えば作ることができる。あたしたちカルディアは奇跡を起こすことができるのよ。この力を使えば、世界だって平和にできる”って」
そう言いながら、ブラドは紅葉に感じていた既視感の正体がわかった気がした。アナスタシアに似ているのだ。性格や外見などではない何かが。
「アナスタシアさんは優しい人だったんですね」
「さあな」
ヴラドは小さく微笑んだ。なぜエドワードがこの木箱を持っていたのかはわからない。疑わしいところもたくさんある。しかし、自分がした選択は間違っていなかったのかもしれない。奇しくもカルディアとしての本分が果たせそうだったからだ。だが、きっとこれもアナスタシアの思惑通りなのかもしれない。だったら乗ってやってもいいか。ヴラドは精一杯不敵な笑みを浮かべて言った。
「俺はもう逃げないし、隠れもしない。自分を偽るのはやめだ」
こうして世界最強にして最凶の吸血鬼は蘇った。様々な思惑が飛び交うこの戦場に、ヴラドの力はどう作用して行くのか、この時は誰も想像もしていなかった。




