第八話 旅の始まり
懐かし感触がよみがえる。運動会の徒競走で自分の番になり、スタートラインで足が震える感覚。
緊張の二文字が俺の中で大きくなっていた。
俺は今、一回戦の対戦相手の前に立っている。この戦いは、自分のエゴかもしれないけど一人の少女の一生を、決める戦いだ。
そしてこの戦いが四回続く。俺はこの四回の戦いで、自分に打ち勝てるだろうか。勝ったとしても少女を無事に育てられるかも分からない。それに少女が了解してくれているわけでもない。
でも俺はリナと少女のために勝ちたい。自分の夢のためにも勝ちたい。
「シンさーん! 前、前」
リナの声に導かれるように、前を向くと光が迫っていた。
その光を六番目の能力を使うことでギリギリ躱す。光を躱した俺は状況を把握するために、後退する。
広場は、半径20メートル位大きさで仕切られている。その中にいるのは対戦相手の剣士と俺の二人のみ。他にいるのは敷居の周りにいる関係者達だけだ。
対戦相手の剣士は有名な人物なのだろう。装備はいかにもな格好をつけた無駄に派手な鎧に、装飾だらけだが剣そのものの性能は滝井ように見える。
さっきの光は相手の剣が作り出した軌跡だと推測し、遅ればせながら俺も戦闘モードに精神を移行する。
六番目の能力と軽術を同時使用。次に右手の中に透明な剣を作り出す。長さは普通の片手剣と同じぐらいに設定する。
ふと相手に意識を向けると驚いた顔をしている。
理由はこの半透明な剣がいきなり俺の手に現れたからだと思う。この剣は俺の能力、結晶武器生成スキルによって生み出したものだ。この能力は魔力で透明な武器を作り出す能力なのだ。もっとも完全に透明ではないのだが。
作り出せる武器の種類はほとんど無限。俺が武器と認めれば何でも作れるのだが、欠点もあるそれは俺が作った武器を使いこなせるわけではない点、これに関してはスキルで対応した。
欠点はもう一つ。それは銃などが作れないことだ。どういうことかといえば単純に、弾を打ち出す動力がないから。本体と弾は作れるが、そこで終わり。ただの筒と結晶の塊になる。物は試しと魔法で代用できないか試したが、結果は失敗。
最終的に色々試した分かったのは、この結晶は魔法を通さないこと、それから魔力を込めることで性能が上がることだった。
剣を作った俺は敵に向き直る。意識を研ぎ澄まし、引き伸ばされる時間の中で、どう倒すか考える。
答えは割とあっさり出たので、地面をけり加速。その勢いを殺さず踏み込み、力を剣に流す。同時に魔力も込めて最強の一撃をくり出す。
剣は男に迫るが、男は剣で防ぎにかかる。さすがといったところだと思う。反応するだけでもすごい。
だけど全部計算通りで、放った一撃は剣を根元から切った。
戦いは1分程であっけなく終わった。
男は剣を切られたことに気付き、棄権を宣言すると声をかけてきた。
「すごいなお前。俺はこれでもAランクの冒険者だったこともあるんだぜ。今は国のお抱え剣士だ」
男の中身は意外と好青年のように感じた。装備が装備だけに違和感を感じ、鎧に視線を移す。
「それは? 」
俺は思ったことをそのまま言った。
男は自分の装備に目を向けると、すぐに察したようで説明してくれた。
「これはあれだ。なんていうか自分でも分からん。無理やりこの装備に着替えされた。
たぶんだが、ここには意外と強い連中が集まるからメンツを保つために用意されたものだ」
もっともお前に一回戦で負けた時短でメンツもくそもない、たぶん今日でくびだ。そう言って男は爽快そうに笑った。
「ごめん……」
何を言えばいいか分からず、口から出たのは短い謝罪だけ。
「気にするな。もともとやめようと思ってた。憧れで誘いに従ったが、現実は権力争いのばだった。はっきり言って、もうごめんだ。いいきっかけになったよ」
男は鎧のフルフェイスの頭部分を取る。
出てきた顔は20歳くらいの青年。青い髪に整った顔立ち。10人に聞けば9人がかっこいいと答えるであろうイケメンさまだ。
「イケメン、爆発しろ……」
俺は小声でで呪詛をはく。というのも苦い思い出があるからだ。
俺の顔は平凡の一言に尽きる。何の個性も感じさせない顔。そのせいで中学の時告白した女の子に、返事を待ってと言われ待っていたら、1週間後その子が彼氏を連れていた。噂ではその彼氏は俺の告白した次に日に告ったらしい。
もちろん顔はイケメンだ。その時から俺はイケメンを見るとそう言うようになった。
「なんか言ったか? まあいいや、それより俺はラッセル。お前は? 」
聞かれたかと焦った。どうやら聞き取れなかったようだ。
「俺はシン。もう会わないと思うがよろしく」
「なんか俺嫌われることしたっけ」
「いや、別に」
「そうか。まあいいや」
大人だ。俺の嫌味を華麗にスルーするとは。
ラッセルは最後に頭を下げるとフィールドから、出て行った。俺もすぐにあとを追いかけてフィールドから出た。
「すごかったです。シンさん」
フィールドから出て、第一声でリナに褒められた。
「すごくなきゃダメだろ。これから俺は、一人の女の子の人生を背負うんだから」
「そうですね。確かに覚悟は必要です。でも気負いすぎるのもよくないですよ」
リナは自分も幸せでなければだめです。そう言って笑う。
「そうだよね。皆幸せじゃなきゃ意味ないよね」
「少し気が楽になった。リナのおかげで」
「仲間として、当然です」
リナは満面の笑みを浮かべ俺を見る。俺も思わず見つめてしまい、そのあとしばらく気まずい空気が流れた。
そのあと俺は二回戦と三回戦も順調に勝ち上がった。次はついに決勝戦。対戦相手は凄腕の魔法使い。試合では主に雷の魔法を使っていた。
俺は名前を呼ばれフィールドに入った。
フィールドには檻が置いてあった。中身はあの少女らしい。この檻は特別性で壊れることはまずないそうだ。決勝では少女に試合を、間近で見せるらしい。意図は分からないが、俺が気を付けることが増えた。
恐らく俺が全力で魔力を込めた結晶武器なら、壊れてしまうからだ。これは今までと戦い方を変える必要があるかもしれない。
対戦開始の合図が鳴った。男はこちらの様子をうかがっている。
俺はスキルを発動させ、武器にはとっておきを選んだ。
男は様子見で雷をこちらに放ってくる。
俺はそれを紙一重でかわす。しかしたまたま体制が崩れる。
それを好機と見た相手は連続で雷を放ってくる。雷魔法は魔法の中でも最速を誇る。よけるには放った直後の一瞬の間に、軌道を判断する必要がある。
俺はスキルによって容易によけることができた。
男は攻撃が当たらないことにいら立ちを見せ始め。大技を発動するための動作に入った。
この隙に男を倒すことは容易だった。でもそれはが無理なことに気が付く。男は檻を盾にして立っていた。
確かに当然の策かもしれないが、これには少し腹が立ち完膚なきまでぶちのめすことに決め、まず相手の技をよけることにする。
俺の思考の間に相手の大技は準備ができたようで、こちらを見てほくそえんでいる。
俺はそんな相手を見て笑ってしまう。
それは相手の攻撃を誘う引き金に十分だったようで、発動と共に黄色い光が見えた。その光は俺の引き伸ばされた時間の中でも相当早く動いた。
相手の魔法は規模は小さいが、早くて威力が高いものと推測する。
迫る黄色い光を頬すれすれでよけ、そのまま男に近づく。
男は驚きを隠せないらしい。口が半開きで固まっている。しかしいつまでも固まっているわけにもいかないので、必死に俺から離れようとするが。……体が動かない……
俺は相手のもがく姿を眺めながらほくそえんでいた。これが俺の奥の手。
半透明な糸を使った戦闘法。糸はダイヤモンド並に固くなる。そのうえもともと半透明なものが、細くなるから肉眼でとらえるのは、不可能だ。
とらえて終わりではない。むしろここからが本領発揮される。
俺は水の派生魔法の氷魔法を発動させる。
男の体はいきなり凍り始める。本人からしたら恐怖体験だと思う。
想像してみてほしい。いきなり体が動けなくなり、体が凍り始める。体が動かない原因も分からなければ、凍る意味も分からない。
男は散々喚いた挙句、失禁し気絶した。体温が下がった事と恐怖が原因だ。さすがにこれには申し訳なく思ってしまった。
何はともあれこれで俺の優勝だ。
精神的に疲労困憊の俺の前に、少女が連れて来られる。
間近で見たのはこれが初めてだ。見た目は中学生くらいに見える。やはり髪と目は深い紫色をしている。見つめ続けると吸い込まれそうな深い紫色。顔は整っていて誰が見ても美少女だ。体はかわいそうなくらいやせ細っていた。
「名前を聞いてもいい? 」
勇気を振り絞り名前を聞く。
「名前は……リリス……」
名前を言ったリリスの眼は怖いくらい何も映していない。奴隷この言葉が俺の中で大きくなった。
糸をだし首輪にまくと、首輪バラバラにした。リリスの眼に一瞬だが光が、戻ったことにホッとした。
事件はそのあとすぐに起こった。何でも奴隷の首輪を外すことは、犯罪らしい。もっともこの首輪を切れる人はいないらしい。
広場に入ってきた兵士は俺とリナそれからリリスも、捕まえるつもりらしくあっという間に囲まれた。
俺は少し離れた場所にいるリナと目配せをすると、リナを抱えて跳躍。10メートルくらい飛び上がると、リナを拾いまた跳躍した。
俺は次の着地地点を探すが、あたりは混乱に包まれ着地するところがない。
焦る俺の耳に優しい声が響く。
「大丈夫です。シンさん」
リナに言われ下を見ると、落ちていなかった。いや、飛んでいた。
「なにこれ、もしかしてリナ、飛べるの? 」
「こんなの、朝飯前です。ちゃんと捕まっててください。少し飛ばします」
リナはそう言うと、いっきに加速した。
町を高速で通りすぎながら、おれは今回の作戦が成功したことを悟った。
10分ほど飛行した俺たちは、町から離れた森に降り立った。
「いやー、兵士が乱入してきたときは焦ったけどうまくいったな」
「少し声のボリュームを下げてください」
リナの指を差す方を見ると、リリスが俺の手の中で眠っていた。
「ごめん……少し興奮しちゃって」
「それ、私もです。でも旅はこれからが本番ですよ」
「そうだな。分かってる」
「本当に分かってますか? 」
リナはいたずらそうに俺を見ると、少ししてクスリと笑った。
「あ。そうだリナに聞いてほしいことがあるんだ」
俺は真面目な顔でリナを見つめる。俺の決意を言うために
「はい。なんとなく分かってました。シンさんの考えることなんてお身透視です」
俺は最後の一言は余計だ。そんなツッコミを心の中でした。
「覚えてるか、この前の夢の話」
「はい。覚えてます」
「俺にも夢があるんだ。その夢は一人じゃあ叶わない」
「協力しますよ。私はシンさんが好きですから」
リナの告白が森に響いた。
俺はびっくりしてとっさに声がでなかったけど、覚悟を決めると話をつづけた。
「俺の夢は信頼できる家族と一緒に、世界中を旅すること。世界を見終わったらひっそり暮らすこと。もちろん家族を殺された代わりっていう訳じゃない。
たぶんこの世界でリナのやさしさに触れて出来た夢だと思う。リナには感謝してもしきれないくらい感謝してる。」
「私もシンさんにあえてよかったです」
そんなリナの笑顔はなんどきと変わらない優しいものだった。
「リナ。俺はリナが好きだ。会って間もないけど、この気持ちは本物だと思う。
だから、俺の旅に付き合ってほしい! 」
「それは家族としてということですよね。ということはプロポーズですか? 」
リナは俺に直接言わせたいようで、いらない質問を返してくる。
俺の気持ちは決まっている。
「そういう意味であってると思う。色々ぶっ飛ばしすぎかもしれない。でもここは危ない世界だから。
俺もリナもリリスもいつ死ぬか分からない。だから今言う。
俺と結婚してください!!」
森に響いた声は山彦のようにひろがった。静寂。あたりは静まり返り、リナの返事を待つ時間は、永遠のように長く感じた。
「私の方こそよろしくお願いします」
顔を上げてリナを見ると、満面の笑みを浮かべていた。
俺は初めて異世界に来て幸せだと心から思った。
そしてこの言葉が家族に届くことはないけど、言いたかった。死んでいった大切な人たちに。
《俺に新しく大切な人ができました。俺は今幸せです》
今思えばこれが、俺たちの旅の、スタートだったかもしれない。
長い旅の始まり。
幸せや波乱にまみれた旅の。