黒魔の剣士
黒鬼とも呼ばれるそれは、額から一本の角を生やし、手には黒い曲剣をたずさえていた。背中側にもう一本剣を差しているらしく、腰のあたりから柄と鞘が見えていた。
どうやら単体で行動しているらしく、ほかの敵は見当たらない。
「まさか本当に出くわすとはね」
セリスはどこかうれしそうな声で言った。
だがその声には隠れた恐怖心や、その恐怖を振り払おうという意志も感じられる。
アルトとメアも彼女の横に立ち、ゆっくりとした歩調で迫って来る黒鬼を囲むように、左右に広がっていく。
夜の闇から現れたのは、大柄な大人くらいの身長をもつ、人型の黒い怪物だった。
頭部から生えた角は赤みを帯びた黒い色の、厚みのある刃を思わせる鋭く尖った角で。肩や腕や胸を黒い甲殻のような装甲でおおっている。
人間が巨大甲殻類の甲殻で作った鎧を身に着けているようにも見える。
腰に革のベルトらしい物を巻き、そこから垂れ幕に似た黒い布を垂らしている。それがどこか野蛮さを感じさせた。
足も甲殻っぽさのある防具を着けており、手の指を見ると鋭く尖った爪をもっているのがわかった。
黒魔はある程度の距離まで近づいて来ると、手にした曲剣を両手でにぎり、かまえをとる。
子供相手でも容赦はしない、とでも言っているかのようだ。
その赤い光を宿す目は、鉄仮面の奥で三人を見下ろしている。
いびつな仮面はあごにあたる部分が長く、首を隠すほどの長さがあった。
仮面には特別な装飾はなく、それは縦にいくつかの筋が入った、鈍色の金属でできた樹木の表皮を思わせた。
頭全体をおおう兜もどこか金属的な光を反射し、光沢のある甲殻類の親類が二足歩行しているようでもあった。
剣をかまえる姿は人と変わらない。
明らかに武器を手にして戦う存在なのだ。下等な生き物と違い、道具を使用する知性があるのは間違いない。
武器をかまえるその姿勢は、剣士を思わせるものがあった。
(こいつ、剣術の心得がある……?)
セリスはその事実を肌で感じ、驚いた。
かまえからなんとなく察していたが、一見すると静かな立ち合いであり、これから殺し合いをはじめようという気迫は感じられない。
しかしその静かな気配のかげに、隠された殺気があるのをセリスは敏感に感じ取った。
(まるで手練れの剣士のような……!)
夜の闇にまぎれた敵はわずかに身をかがめた。すると黒魔の体から黒い闇がぼわっとふくらんだように見え、次の瞬間には、少女の数歩前に黒魔が迫っていた!
金属を打ち鳴らす激しい音がひびく。
セリスは反射的に敵の攻撃を短剣で受け止めると同時に、威力を殺すために後方に跳んでいた。
「気をつけて! こいつ、影みたいになって移動してるよ!」
アルトが叫ぶ。
セリスも頭の中でいま起きたことを回想していた。一瞬だけ黒魔の体がゆらぐように動いたと見えたが、その瞬間に黒魔は黒い煙のように姿を変え、その煙の固まりが数本の煙の杭のようになって、少女の前に瞬時に移動したのだ。
それはまるで黒いつむじ風のようだった。
セリスは黒魔の薙ぎ払った曲剣をよく防いだ。
それほど不意に接近して、すばやい攻撃をくり出したのだ。
おそらく黒魔も少女の反応のよさに驚いたのだろう。すみやかに二歩ほど下がって距離をとっていた。
だが、その一瞬の攻防の中で、もっとも驚いた人物がいた。──それはアルトであった。
アルトは何に驚いたのか──それは次話で。




