第21話 ブロックサインで伝える
「ストライク! バッターアウト!」
青懸巣学園との3回戦の試合は、5回表まで進んで1−2とリードされている状況は変わらず。
今しがた相手の下位打線を三者三振に仕留めたオレは、日が傾いてもまだまだ収まらない暑さに辟易しながらも爽快感と共にベンチへと向かっている。
そして真っ先に声をかけてきたのは、どんな状況でも笑顔で選手を迎え入れる古池監督であった。
「ナイスピッチング! これで相手に流れかけた勢いを食い止められたはずだよ!」
「どうもっす。ふう」
「ただ、いつもより球数が多いね、今日のペースだと。少ない球数で打ちとるのはやっぱり難しいかな」
「下位打線も気が抜けないし、まして上位は……。ボール球も効果的に使わないと抑えきれないです」
「わかった。今日はあと先考えずに思い切り投げちゃっていいから。勝ち上がった先のことはこっちで考えるからさ」
「了解です」
オレはそのままタオルと替えのシャツを持ってベンチ裏へ。
監督はしょーたと配球についてあーだこーだと会話を始めた……もう任せるよ。とにかく汗で気持ち悪いから、すぐ着替えたい〜!
◇
「ゴク、ゴクッ。あ〜、生き返った!」
サッと着替えてからドリンクを一気飲みするのはサイコーにスッキリ感が半端ない。
おっと、形容動詞の連用形と形容詞の間に名詞を置いてしまった。まあそれだけ半端ないというのを強調したかった、それだけなのだ。
という話は置いといて。今は8番バッター大岡が打席で相手エース伊佐部寺と相対してる。
伊佐部寺は3回裏のフォアボール連発とオレの2塁打で崩れかけたのを踏ん張って以降、安定した制球でフォアボールも出さない。
できれば2人出塁してオレに回してほしいのだが……。
もちろんヤツのスプリットを見分けるオレなりの方法をみんなに伝えてはあるが、今のところ再現できていない。
そんなのオージロウにしかできねーよ! と文句を言われたが、じっくり落ち着いてやればいけると思うんだけどな。
そんなことを考えていたら、横でキョロキョロと観客席を見ていたしょーたに突然肩をゆすられ、慌てた様子で話しかけられた。
「オージロウ! あ、あそこにいるのって、お前のお兄さんじゃないのか?」
「……ど、どこにいるんだよ?」
「1塁側の内野指定席……ほら、あそこ。お前が言ってた侍◯ャパンの帽子をかぶった背の高そうな男!」
しょーた指さす方向を見ると……確かにいた。
顔を隠すかのようにツバを傾けて帽子を深くかぶり、右足首を左膝に乗せて足を組んで、背筋をピンと伸ばして。というある意味目立つ格好で。
あんなので試合は見えてるのかな……それはともかく、見える部分の輪郭、あの身体つきと雰囲気でわかる。
だけどおかしいな……あの辺は今まで何回も確かめたはずなのに。
今入場したばかり……いやいや、第4試合の中盤になって新たに入場はできないはず。それじゃどこかに隠れていたのか?
それも変な話だが。まあそういうのは後で確かめればいい、今はそれよりも。
「ホ、ホントだ。オレが2回戦終了直後にすれ違った、あの人……いや、兄ちゃんに間違いない!」
「どれだオージロウ……あ、あれか! 確かにデケェし、あの筋肉……こっからでもわかるぜ。シャツがはち切れんばかりの、でもムダな脂肪がない身体つきがよぉ!」
「……うん。ムチムチだっぴょ!」
「えっ……あっ、確かに……!」
「すげえ。思わず見とれちゃうな〜!」
ん? 阿戸さんはともかく、近海と田白と中地さんのコメントがなんか変だ。
「ちょっと、お前ら! いったい何を見て言ってんだよ!?」
「オージロウくんのお兄さんの横だっぴょ!」
「いいなあ。なんか話しかけられてるし、彼女さんかなあ?」
何を馬鹿なことを、と思って兄ちゃんの横に座っている女性を、オレとしょーた、阿戸さんも見たのだが。
「あ、あれはちょっと」
「いやはや、なんとも」
「ス、スゲー……!」
その女性の格好なんだが、男子高校生にとってはなかなか刺激的なんだよな。
まず、頭には◯ロント・◯ルージェイズの帽子をかぶっている。それはいいのだが、帽子の左右の頭頂部から角が生えてる。
そして肌色がピンク色みたいに見えるんだけど。
まさか魔族では……いや、まさかね。
練習時間が限られているというのもあって、ホテルでは時間を持て余すことも多く……スマホでマンガやWeb小説を読んで暇つぶししてるせいか、ついそんなことを考えてしまう。
実際は手作りの角の装飾品を付けているだけで、肌も血色がいい人ってだけなのだろう。
トップスはVネックのタンクトップで綺麗な肌を露わに……特に胸の膨らみによる谷間の深さが半端ない。
そしてボトムズは、いわゆるローライズのデニム生地のショートパンツ。
そのせいでチラ見えするお腹と、裾から出ている長いおみ足、というか太ももはまさにムチムチな……!
いやあ、コレじゃあ目のやり場に困っちゃうなぁ。
いやいや、決してやましい気持ちなど。
あの人が兄ちゃんかどうか確かめないといけないから、彼女も目に入ってしまうのは止むを得ない。仕方がないことなのだ、うん。
というわけでオレたちは視線をそちらに向けていたのだが……突然、誰かが耳をつねってねじり上げたのだ!
「イ、イテテテテッ! だ、誰だよ、こんなことすんの……痛ってぇー!!」
「……知らない」
その張本人は、なんと女子マネの泉さんであった……しかも手を離してからもやたら不機嫌で、それ以上オレは何も言えずにシュンとなってしまった。
「しょーた〜!! 昔からスケベな男だとは思ってたけど、まさか試合中にまで……いったい、その頭の中身はどうなってるのかしらね〜!?」
「ひいいっ! いやこれは違う、そうじゃないんだ、よっちゃん!!」
「阿戸、近海! お前たちにはいつも、あれ程注意しているというのに! 女子をそういう目で見るんじゃないって!!」
「す、すまねえ上中野先生!」
「ご、ごめんなさいだっぴょ〜!!」
それぞれこっぴどく怒られてる……いや、他にも鼻の下を伸ばしてたやつがいるはずだが?
「あーあ、だからやめとけって言ったんだよ、俺たちは! なあ田白くん!」
「そうそう。ホントしょーがねえ野郎どもっすね、中地さん!」
こ、コイツら、上手いこと立ち回りやがって!
クソッ、腹が立つ……いや、それどころじゃない。オレにはやることがあるのだ。
しょーたは……鯉沼さんからまだ説教食らってる。
それじゃ打席から戻ってきたばかりの大岡に頼むとしよう。
「悪いけど、ブルペンでキャッチボールやるの手伝ってくれ」
「……わかった。先に行ってろ」
オレはグラブを右手にはめつつ、3塁側ファウルグランドに仮設されているブルペンに向かう。
ちなみに普段の甲子園にはグラウンド内ブルペンは無く、高校野球開催時だけ臨時に設置されるのだ。
さて、ここからアルプス席の姉ちゃんに見えるように。オレはさり気なくブロックサインを出した。
そう、姉ちゃんとあらかじめ取り決めておいたのだ。攻撃中に兄ちゃんを見つけたら、その座席位置を示すサインをブルペンから送るって。
伝わったかな……よし、姉ちゃんが動き出した。
あとは吉報を待つのみ。遅れてブルペンに来た大岡と緩いボールで軽く肩慣らしをやっている間に……。
あれ、兄ちゃんも席を立った。まだ喋り足りないという感じの女性も渋々立ち上がって……迫る姉ちゃんと反対側に立ち去ろうとしている。
しまった。姉ちゃんに伝わるということは、兄ちゃんも何となく察してしまうということだ。
だけど、どういうことなんだよ。兄ちゃんなら、なんでオレたちから逃げようとするんだ。
なんとか逃さないでくれ、姉ちゃん。頼むからさ。
姉ちゃんはほぼ駆け足で追いかけていく……だけど人とぶつかりそうになったりして、追いつくどころか……!
最後は兄ちゃんたちが入った出入り口に姉ちゃんも入っていったけど、どうなったんだろう。
「……そろそろ戻ろうぜ。もうツーアウトだ」
大岡から促されて、気になって仕方がないけどベンチへと引き上げる。で、9番のひょ〜ろくくんが倒れたということは、次は1番に戻るわけだが。
「あれ? なんで中地さんがベンチに」
「代打で原塚が打席に入ってる。俺は今日はサッパリだから」
確かに。でも代打の切り札を送り出して勝負をかけるのは、ちょっと早いんじゃないですか?
と古池監督に言おうとしたのだが、自信ありそうな監督の表情を見てやめた。まあ、ここは黙って見てようかな。
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は4月15日(水)の予定です
よろしくお願いします




