第13話 追い込まれて渾身の策を打つ
「ふう〜。だいぶ身体が冷えてきた〜!」
「もうそろそろ氷嚢いらないっぴょ!」
7回表の攻撃で阿戸さんが打席で粘っている間、オレと近海はベンチの奥に座って頭や首筋などに氷嚢を乗せ、更に冷たいドリンクを飲むことで身体に熱がこもらないようにしている。
熱中症になる予兆として頭がぼーっとしてたりしたので、早めに気づいて処置してくれたチームメイトや女子マネたちには感謝しかない。
「もう大丈夫そうなら、こっちで氷嚢を片付けておくね」
「ありがとう泉さん。本当に助かったよ。おかげで頭がクリアになって集中力が戻ってきた」
「ぼくちんもこれで華麗な守備が復活だっぴょ!」
「それじゃ、2人共そろそろ守備につく準備を始めて。他のみんなも少しでも体調がおかしいと思ったらすぐに申告して! 本当にキツい暑さだから」
「はーい監督」
「女子マネたちには悪いけど、できたら守備から戻ってきたら使い回せる氷嚢が欲しい」
「それじゃ用意しておきます」
どうやら終盤の3回を乗り切る準備は整ったようだ。
状況は1−2と赤石高校にリードを許して厳しいことに変わりはないけど、とにかくこれ以上の失点だけは防ぐことで可能性は残さなければ。
というわけでオレも残る力を振り絞って左腕を振り切るだけだ。
◇
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
よっしゃ! 7回8回と赤石打線を6者連続三振で切り抜けた。追加点を狙う隙すら与えないほど完璧に抑えて……。
あとは9回表の攻撃にすべてを託すのみ。
もちろん逆転すれば9回裏は絶対に抑えきる。その心の準備はできているのだが。
「えやあああっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
こちらも赤石高校のエース楠元の気迫の投球の前に8番9番が2者連続三振……遂に『あと一人』に追い込まれてしまったオレたち。
諦めちゃいない、いないけど……やはりベンチ内に重苦しい空気が漂い始めたのを感じる。
対照的に勝利を待ちわびる雰囲気の赤石側スタンドから楠元への声援が響き渡る。
「さすがは『伝説のエース』の兄弟の子孫! 甲子園で一層輝いてるぞー!」
「あと一人も三振で締めようぜ楠元〜!」
うーん、薄々は思ってたけどそういうことか。赤石高校は主に戦前に活躍した公立校で、伝説と言われる剛球エースと楠元は苗字が同じなのだ。
だから古豪復活にこだわってるってわけだ。でなきゃ何十年もくすぶってる公立校にこんなピッチャーがそうそう入ってきたりしない。
で、ウチの最後の打者候補は1番の中地さん。今日の調子だと出塁は厳しいだろう……とここで古池監督が動いた。
「代打は原塚くん! 頼んだよ!」
「はい。やってみます」
ここで、というか楠元を相手に原塚さんとは。
一瞬期待したが監督が『思い出代打』で3年生を送り出すのが確定して、正直いえばガッカリだ。
というのも原塚さんは外角が得意……というか内角が打てない。
彼は中学時代まで体操競技をやってたのだが、背が高くなりすぎて高校から野球に転向したという経歴の持ち主故に、発達した大胸筋によって内角はスイングが窮屈となるのだ。
なのでその弱点がバレないように代打として最小限の打席数に抑えている。
だが楠元は内角へのナチュラルシュートが持ち味のピッチャー。どう考えても相性最悪だ。
しかも原塚さんは何故かベース寄りにかぶせ気味で立ってるし……。そういうプレッシャーかけたところで怯むことなく内角へ投げ込んでくる相手だってのに。
そして案の定……。
「まずは上体を起こす! えやあああっ!」
内角胸元へ剛球が。とにかく後ろへ避けてくれ!
「狙い通り! フンッ!!」
バシィーッ!
なんと、原塚さんの打球はサードの頭を越えてレフト線へ……ややフックがかかってるけど切れないでくれ。
「フェア!」
おっしゃああああ! ギリギリで起死回生のヒット!
「セカンドも行けそうだ! うおおおっ!」
跳馬が得意種目だったという原塚さんは足も速い。レフトがやっと追いついて送球する頃にはセカンドが目の前に。
「セーフ!」
「ここにきて代打が2塁打! まだ試合は終わっちゃいない!」
「いや、楠元ならこの程度は抑えてくれる!」
両側スタンドが一気に活気づいて、ざわめきが声援に変わっていく。
それにしても驚かされた。
原塚さんは楠元が投げる瞬間にはボックスの一番前まで移動してて、更に向かってくるナチュラルシュートをかなり手前のポイントで打つという離れ技をやってのけた。
つまり外角打ちに見立てたいつものスイングでサードを目掛けて弾き返した。それを可能にしたのは楠元の性格を利用したボールの誘導……その一回きりのチャンスを見事に仕留めた勝負強さが凄かった。
そして2番の近海……と、ここでまた代打攻勢。しかも出てきたのはしょーた。
オレはバットとヘルメットを抱えながらしょーたに問いかける。
「代打なんてほとんどやってねーはずだけど……自信があるのか?」
「……ちゃんと監督と打ち合わせ済みさ。たぶん大丈夫」
たぶん、か。でもしょーたは自信があってもちょっと控え目に言うタイプだから、なんとかなるんだろう。
オレは信じてサークル待つのみ。
しょーたは原塚さんとは対照的にややベースから離れて立っている。但し左打席で。
明らかに相手バッテリーは面食らってる。なぜならしょーたがスイッチヒッターなんてデータはないはずだ。
楠元はスイッチの申告が間に合わず、そのまま右投げで威力満点の外角ストレートを投げ込んできた。
「ニワカ仕込みの左打ちでこれは打てまい! えやあああっ!」
「悪いけどこれも待ってた。でやあっ!」
バコーンッ!!
やや芯を外した打球音だが、三遊間の深い所へ鋭い打球が飛んでいく。
そしてショートはファーストへの送球を諦めて内野安打でランナー一三塁!
これも剛球ナチュラルシュートに絶対の自信を持つ楠元の性格を逆手に取った策。
そして左手親指に不安のあるしょーたは、上半身をやや捻ってからほぼ右腕だけで遠心力を活かしたスイングで強い打球を弾き返すことに成功したのだ。
それにしてもぶっつけ本番でやったことない左打席でやり遂げるとは……さすがはユーティリティプレイヤー、バッティングでも器用なところを見せてくれた。
ここまでお膳立てしてもらったんだ。あとはオレが打つだけ……!
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は3月27日(金)予定です
よろしくお願いします




