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第69話 落とし物箱が“口の余り”を拾う

 落とし物箱は、静かに働く。

 静かに働くから、誰も気づかない。

 気づかないのに、ちゃんと戻る。戻るって言うな。胸の中で戻る。


 朝の角。

 板は板。釘は少し。木片は一枚。箱は閉じてる。欠けの石は欠けたまま。

 静かだ。静かって言うな。胸の中で静か。


 その静かさの横で、口だけが動きたがっていた。

 昨日の名残りだ。名残りって言うな。胸の中で名残り。


「ねえ、今日も“掲示が出た”って——」

 言いかけた人が、自分で口を押さえた。えらい。

 止まれたのに、目が泳ぐ。泳ぐ目は、次の逃げ道を探す。


 逃げ道が、箱だった。


 落とし物箱の前に、見慣れないものが落ちていた。

 紙。

 小さい紙片。

 端が雑にちぎられている。

 字が小さい。角ばっている。短い。


 聞いた


「……やめて」

 レンカが言いかけて、口を押さえ直した。えらい。

「言うな」

 ユリネが即座に刺す。

「……胸の中で、やめて」

「胸の中なら勝手にしろ」


 タケルが真顔で紙片を見る。

 紙片は箱のふたの隙間に、半分だけ挟まっていた。

 挟まっていると、取られやすい。取られると、読まれやすい。

 読まれると、口が増える。増やすな。


 案の定、子どもが来た。

 子どもは箱が好きだ。箱は開けたくなる。開けたくなるのが危ない。


「なにこれ!」

 子どもが紙を引っ張りかけて、

「触るな」

 ユリネが短く言った。

 短いから刺さらない。刺さらないのに、子どもの手が止まる。止まれるなら勝ち。


 シノがぼそり。

「……紙、軽い山」

「言うな」

 ユリネが反射で刺して、すぐ直す。

「……箱に入れるな」

 箱に入れるな。

 この一言が、今日の芯になる。


 そこへ、犯人が名乗った。名乗るな。胸の中で名乗れ。


「私。口が勝手に動きそうだったから、紙にして箱に入れた」

 言い方が真面目で、困り顔。

 困り顔は刺さる。刺さると責めにくい。責めにくいと、曖昧に許して増える。増やすな。


「紙にするな」

 ユリネが短く言った。

「えっ、でも言わない方がいいと思って」

「言わないのはいい」

 ユリネは一段だけ柔らかくして、すぐ戻す。

「箱に入れるな」


 コトが笑顔のまま、紙片を“奪わない角度”でつまみ上げた。

 つまみ上げると、箱のふたが閉じているのがよく分かる。

 閉じている箱は、落とし物の箱だ。

 言葉の箱じゃない。


「言葉を落とすと、箱が困る」

 コトが言う。

「箱が困る?」

「物が戻らなくなる」

 言い方が生活だ。刺さらない。


 ミナギが口を開けかける。危ない。

「でもさ、言葉も落とし物じゃん」

「言葉を物にするな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で言葉」

「胸の中なら勝手にしろ」


 タケルが真顔で箱を見た。

 箱の横には掲示板がある。板番のおばさんがいる。

 板にはいつも通り、木札が一枚。


 見る


 それだけ。

 それだけで足りる時に、紙が増えるのは最悪だ。


 板番のおばさんが腕を組んで言った。

「箱は物。口は口」

 短い。短いのに効く。


「でも口、勝手に出るんだよ」

 困り顔の人が言う。

 困りは分かる。分かるけど、ここで“仕組み”を足すと増える。増やすな。


 レンカが息を吸って、止めて、言い直した。

「……口は二回結ぶ」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で、二回結ぶ」

「胸の中なら勝手にしろ」


 でもレンカの言い方は、今日の答えに近い。

 袋の口を二回結ぶみたいに、言いかけを結ぶ。

 結べば落ちない。落ちないなら拾わなくていい。拾わないと箱が静かに働ける。


 ところが、もう遅かった。

 箱の前には、同じ紙片がもう一枚落ちていた。


 見た


 ……どこから出た。出たって言うな。胸の中で出た。


 しかも、紙片の下に小さな布切れ。

 布切れは“空ばさみ”の真似。

 真似が増えると、本物が死ぬ。死ぬって言うな。止まる。


「誰が増やした」

 ミナギが言いかけて、口を押さえた。えらい。

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で、増えた」

「胸の中なら勝手にしろ」


 板番のおばさんが腰だけ落として、紙片二枚と布切れをまとめて拾った。

 拾い方が静かだ。静かだと覗き込まれない。覗き込まれないと背中が詰まらない。


「増える前に外す」

 おばさんが短く言った。

 外す。

 外すは増えない言葉だ。

 外せる仕組みは、増やさない仕組みだ。


 困り顔の人が、申し訳なさそうに言った。

「でも、言い方が無いとまた“掲示が出た”って——」

「見る」

 ユリネが一語で切った。

 切ると空気が止まる。止まると、次が出ない。


「見る、で返す」

 コトが柔らかく補助する。

「言いかけたら、見る。言い切らない」


「でも見たって何を見たのか聞かれるよ」

 困り顔の人が言う。

 ここが落とし穴だ。

 見るが便利に見えると、逃げ言葉になる。逃げ言葉は相手を苛つかせる。苛つくと声が増える。増やすな。


 タケルが真顔で言った。

「見る、は“板の前”だけ」

「板の前?」

「板がある話だけ」

 真顔の短文は、説明になりそうでならない境界線だ。助かる。


 ハルが小さく付け足した。

「……他は、欠け」

「欠け」

 シノがぼそりと復唱する。復唱は作法になる。

 欠けは便利じゃない。便利じゃないから太らない。太らないのが正義だ。正義って言うな。


 板番のおばさんが、欠けの石の上に紙片を一度だけ置いた。

 置いたら、すぐ取って、軽い山の方へ向ける。

 ゴミ集積の“軽い”へ。

 でも投げない。投げると増える。今日は増やさない。


「紙は軽い。箱は物」

 おばさんが短く言って、紙片を軽い山へ入れた。

 終わり。終わりがあると増えない。


 ……増えないはずだった。

 でも落とし物箱が働いているから、人は集まる。

 集まると、ついでが来る。


「これ、落とし物箱に入れていい?」

 若い人が小さな留め具を持ってきた。

「いい」

 板番のおばさんが言う。

 言い方が短い。短いから刺さらない。


「じゃあこれも」

 別の人が紐の端っこ。

「いい」

 短い。

 短いから、箱が箱でいられる。


 そこへ、困り顔の人がまた紙を出しかけた。

 出しかけた紙は、さっきより小さい。小さいと許されそうに見える。小さい許しが増えると終わる。


「入れるな」

 ユリネが短く言った。

 短いから刺さらない。刺さらないのに、手が止まる。止まれるなら勝ち。


「……じゃあ、胸の中で結ぶ」

 困り顔の人が言い直して、紙を折ってポケットにしまった。

 しまうなら増えない。

 増えないなら、箱が働ける。


 ここで、小さな結果が出る。

 箱の前の背中が、さっきより薄い。

 紙が無いだけで、覗く人が減る。

 覗く人が減ると、返す人が返せる。

 相乗は一行でいい。今日はこれだ。


 タケルが真顔でぽつり。

「箱が働くほど、口も寄る」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で寄る」

「胸の中なら勝手にしろ」


 コトが笑う。

「だから、口は結ぶ」

「言うな」

「……胸の中で結ぶ」

「胸の中なら勝手にしろ」


 朝市へ行く人が通り過ぎる。

 匂いが先。声が後。小銭が最後。

 角が角のままだと、朝市も朝市のままだ。

 落とし物箱は静かに働く。

 静かに働くから、たまに詰まりの種になる。

 その種が、明日くらいに芽を出しそうな顔をしていた。芽って言うな。胸の中で芽。


 家に戻ると、鍋が鳴っていた。

 湯気が上がる。湯気は増えていい。増える湯気は生活の勝利だ。


 ミナギが椀を取ろうとして、

「順番」

 ユリネが一言。

「……はい」

 ミナギが言い直す。言い直せるなら勝ち。


 レンカが小さく宣言して、すぐ口を押さえた。

「今日、口を箱に入れなかった!」

「入れかけた」

 ミナギが真顔で言いかけて、

「未遂って言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で未遂」

「胸の中でも言うな」


 タケルが真顔で言った。

「箱は物。口は結ぶ」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で結ぶ」

「胸の中なら勝手にしろ」


 ハルが小さく頷く。

「……紙、軽い山」

 シノがぼそり。

「……欠け、便利にしない」

 コトが笑って湯気を吸う。

「明日、箱が混みそうだね」

「言うな」

「……胸の中で混む」

「胸の中なら勝手にしろ」


 刺さらない笑いが湯気に混ざって、台所が軽くなる。

 箱は今日も働いた。

 口の余りも拾いかけた。

 拾いかけたなら、外せばいい。

 増やさないで回すのが、結び家の順番だ。


 ユリネが短く言う。


「飯! 湯!」

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