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14|『巨人の革靴』

 ついに、アリィス一行はライラックシティへ辿り着いた。


 まず案内されたのは、都市の地下に設けられた来場者専用の駐車場だった。

 ライラックシティ、および魔法博物館のエリア内には、許可された車両しか乗り入れできないというルールがあるらしい。


 警備員の誘導に従い、キャンピングカーは車両用エレベーターに乗り込んだ。鋼鉄の扉が閉まる。わずかな浮遊感。低く唸る駆動音。そして、地下へ。


 アリィスたちのキャンピングカーが停められたのは、地下十五階の駐車場だった。十四階まではすべて満車状態である。それだけで、この博物館の人気が窺える。


 地上のカオスな街並みとは違い、

 地下駐車場はシンプルかつ機能的に設計されている。


 白いラインが引かれた広い床。天井に等間隔で並ぶ魔法灯の照明。壁面を走る案内用のホログラムサイン。さらに、魔法起動式車両の燃料となる魔力血液の販売所や、魔法技師が常駐するメンテナンス施設まで併設されていた。


 その施設と施設のあいだを、

 武装した警備ロボットが規則正しく巡回している。


 キャンピングカーのドアが開いた瞬間、

 アリィスは勢いよく外へ飛び出した。


 そして両手を頭の上で組み、大きく伸びをする。


「ぅんーーーっ! やっぱり車移動は好きになれそうにないっ!」


 車室から降りてきたサナも、アリィスの真似をするように背筋を伸ばした。

 その後ろでは、ウィンターが大きなあくびをしている。


「まだ出会ったばっかりですけど、アリィスさんがじっとしてられない人なんだなってことは、すごくわかります。やっぱり、自分の足で旅する方が好きですか?」


「うん、自分で歩く方が好きだな。風とか、においとか、音とか、あとは色や光。そういう世界の呼吸を全身に浴びながら旅をするのが最高なんだ」


「まさに旅人って感じですね。竜理の国に住んでると、旅行は車っていうのが常識になっちゃうので。そういう感覚、素敵だと思いますっ!」


「サナぁ? そうやって簡単に人を褒めすぎると、いつか男に勘違いされるぞぉー」


 ウィンターが、にひひと笑いながらサナの背中を軽く叩いた。


「ウィンターさんは、そうやってひねくれたことばっかり言ってると、いつかいじわる婆さんになっちゃいますよ?」


「アタシはもうとっくに、いじわる婆さんさ」


〈自覚あったんだねぇ~。まぁ、婆さんではないけど~〉


 アリィスの右眼の視界に、イフがひょいと現れた。

 そのまま跳ねるように、くるくると回りながら、鼻歌を歌っている。

 

 そのとき、博物館の制服を着たホログラムの案内人が、アリィスたちのもとへ近づいてきた。女性の姿をした案内人は、丁寧に一礼する。


「皆さま、入り口はこちらです」


 好奇心に突き動かされたアリィスは、案内人のホログラムの腕に触れようと手を伸ばす。だが、イフと同じように触れることはできず、掴んだのは空気だった。


 案内人の女性は、振り返ってもう一度頭を下げる。


「申し訳ございません、お客様。わたくしは幻影魔法式ホログラフィーによって生み出された立体映像でございます。触れることはできません」


「そっか。じゃあ、どっかにあんたの本物がいるってことか?」


「いいえ、わたくしはAIでございます。わたくしの本体という意味でしたら、竜理ネットワークを通してプログラムをご覧いただくことは可能です。その場合、権限を持った館内職員の許可が必要になります」


「……なぁ、ウィンター。こいつは何言ってんだ」


 首をかしげるアリィスに、ウィンターは妙に真面目な顔で言う。


「ずばり、その女性は別の世界に暮らす妖精さんなのだよ。アリィスくん」


「へー、そうなんだ。えーあい、っていう名前の妖精がいるんだな」


「すっごいでたらめっ! ウィンターさん、さらっと嘘をつかないでください。それに、アリィスさんは魔法以外のことになるとなんでそんなに……もうっ!」


〈サナがツッコミ過労で死んじゃうよ~!!〉

 

 そんなやり取りをしながら、

 アリィスたちは案内人に従って歩き出した。


 やがて辿り着いたのは、木製の小さなエレベーター。地下施設の無機質な空間に、異世界へのゲートみたいな顔をした木箱が、倉庫の奥にしまわれた古い家具のようにぽつんと置かれている。磨き込まれた木枠、真鍮色の取っ手、手動式の蛇腹扉――

 

 アリィスが扉を開いて中へ入ると、ふわりと不思議な薬草の匂いが、彼女の肌をさらり撫ぜた。乾いた木の香りと、インクが染みた古書の匂いも混ざっている。


 エレベーターの外では、

 ホログラムの案内人が笑顔で手を振っていた。


「魔法博物館……っ! 楽しみ……!!」


 幼い少女のように目を輝かせるアリィス。

 蛇腹の扉が、ガラガラと低く鳴きながら閉まっていく。


 そして。木製のエレベーターは、ゆっくりと動き始めた。




   ―― 14.『巨人の革靴』 ――




 エレベーター上部のインジケーターで、時計針のような針が半円を描いて回転する。チリン、と澄んだ音が鳴った。扉が、ガラガラと鳴りながら開いていく。


 次の瞬間。


 アリィスの視界にまず飛び込んできたのは、石畳とアスファルトが入り混じる広い街路。――そして、“巨人”の通行人たちだった。


 いや、違う。

 アリィスは一歩外へ踏み出し、周囲をぐるりと見渡す。そこで気づく。巨人がいるのではない。自分たちのほうが、小さいのだ。建物も、道も、街灯も、ベンチも、看板も。目に映るすべてのスケールが、馬鹿げているほど大きい。この街はまるで、自分たちよりも遥かに背の高い種族のために造られた場所みたいだった。


 アリィスはブーツのつま先で立って、

 小さな背を限界まで伸ばしながら、街を観察する。


 石畳の道とアスファルトの道が、こぼれた絵の具の境界のように、奇妙に混ざり合うストリート。両脇には、下層部がコンクリートとガラス窓で構成された近未来的な高層ビル、上層部が石レンガを積み上げた古風な塔でできた、ナンセンスな背の高い建物が隙間なく並んでいた。


 建物の窓には、夜を幽かに照らす淡い光が灯っている。


 そんな不思議な街を行き交うのは、当然、この街のスケールに合った背の高い種族――つまりは巨人たちだった。だが、彼らは本物ではない。精巧に作られた人形だ。


 スーツ姿の巨人。

 踊り子のような衣装をまとった巨人。

 機能的でスタイリッシュなファッションを着こなした巨人。

 麻のチュニックを着た、幻想小説(ファンタジー)の村人のような巨人。


 時代も文化も服装もばらばらな人々をモデルにした巨大な人形が、今にも動き出しそうなほど躍動感のあるポーズで、大通りのあちこちに設置されている。

 

 ここは、あらゆる時代の人と建物が交差する場所のようだった。


〈ねぇねぇ! アリィス見てっ!〉


 外に出てきたイフが、声を弾ませながら指を差した。

 アリィスがその方向へ振り返ると、そこには自分たちが乗ってきたエレベーターの出口があった。ただし、その出口は道の真ん中にぽんと置かれているわけではない。コートを着た巨人の革靴。そのヒール部分に、扉が埋め込まれていた。


 巨人の革靴の扉から、サナとウィンターも出てくる。

 ウィンターは街を見上げながら、つぶやく。


「はぇー、でっけぇ。いや、あまりにもでかすぎて、もうさ、でっけぇ以外の感想が出てくるわけないじゃんね」


 アリィスとサナも、街並みに圧倒されながら口を開く。


「ほんとバカみたいなアイデアっ! なぁサナ、私たちいま、その靴のかかとから出てきたんだぜ! 作り物ではあるけど、なんか背中がぞわっとする!」


「ですね……! それにしてもこの場所、どうやって作ったんでしょうか? たぶん、途方もない額の建設費がかかってそう……」


〈サナは思考が現実的だねぇ~〉


 石畳とアスファルトがまだらになった道の上を、イフはローブの大きな袖を揺らしながら、踊るような足取りで歩いていく。アリィスは近くに立っていた巨人の人形の顔へ手をかざし、その大きさを感覚で測ろうとしていた。


 そうしていると。アリィスがかざした手の先。白銀色の満月が浮かぶ夜空に、ぱっと魔法陣が浮かび上がった。そこから、黒い傘を差した二人の女が舞い降りてくる。


 まるで落ち葉のように、ゆっくりと。

 傘で風を操るみたいに、ふわり、ふわりと。


〈うわぁ~! アリィス~、空からきれいな女の人がふたりぃ~!!〉


 わざとらしい大げさなリアクションをして、

 具現化の限界を迎えたイフは消えた。


 やがて、その二人の女は傘を閉じて、アリィスの前にふわっと着地する。

 一人は、ローズピンクの髪を大きく三つ編みにして、ミミズクを模したローブに身を包んでいる。もう一人は、明るいブラウンのストレートヘアで、クラシックな紫色のメイド服を着ていた。


 ローズピンクの髪の女は、膝を軽く曲げ、もう片方の足を後ろに引いて、スカートの裾を持ち上げるような――カーテシーの真似をして、妖しく微笑む。


「魔法博物館・ライラックへようこそ。アリィスさん、サナさん、ウィンターさん。わたしは当博物館の館長、名をアン・リ=ユズリハといいます。どうぞ、ユズリハとお呼びください――」


 ユズリハはそこで言葉を切って、

 となりに立つメイド姿の女に視線を向けた。


「そして、こちらは、このライラックシティの環境デザイナー、リラです。この博物館の街は、彼女のデザインをもとに造られました」


 紹介されたリラは、丁寧に一礼する。


「あらためまして、リラ・ガーデンメイドです! みなさまの感嘆の声、驚きの表情、聞かせて、見させていただきました! リラ、すごく嬉しいですっ!」


 咲く花のように笑うリラ。

 アリィスは、そんな彼女の手を取ると、縦にぶんぶんと振った。


「リラっ! あんたすごいよ! 環境デザイナーっていうのはよく知らねぇけど、こんな素敵な街を設計できるなんて、リラのセンスは最高だ!」


〈アリィスって、建築のこともすごく興味あるよねぇ~。いつも街ながめてるもん〉


 右眼の奥に戻ったイフは、すっかり観測者気分でアリィスたちのやり取りを眺めていた。ユズリハは小さく微笑み、改めてアリィスたちへ向き直る。

 

「お客様全員にお渡しする物と、事前に伝えておくべきことがあるので、今からすこしだけお時間をいただきますね。ではまず――」


 館長ユズリハは、植物のツルで編まれたブレスレットを三つ取り出し、それぞれをアリィスたちに渡した。アリィスがさっそく腕に装着すると、ブレスレットが光り輝き、数秒後には元の状態へ戻る。


 サナとウィンターも、同じようにブレスレットを身につけた。

「ご協力、ありがとうございます」ユズリハは、そのまま説明を続ける。


「そちらのブレスレットは、当博物館の敷地内にいるあいだ、必ず装着していてください。お客様の安全を守るため、また展示物を保護するため、お客様が館内で魔法を発動された際、我々に通知が届く仕組みになっています」


 ユズリハは、自分の手首を軽く示した。


「また、ブレスレットを二回軽く叩くことで、館内マップをホログラムで表示できます。当博物館は大変広大ですので、迷わないようお気をつけください」


「迷わないように……私、実は地図を覚えるの苦手なんですよね」


 サナは試しにブレスレットを二回叩き、マップを表示しながら肩を落とした。ウィンターは、そんな彼女の目の前で親指を立て、にやりと笑う。


「心配しなさんな、サナ。アタシの方が迷子になる天才だから。酔っぱらって目が覚めたら、ここどこぉ、知らない街だよぉ? ってことが何回あったことか……」


「変なところで張り合うな。あと、ウィンターのその話は普通に危険だから、笑い話にしないで本気で気をつけること。あと、地図は私に任せろ」


〈おっ、珍しくアリィスが真面目ポジションだねぇ~〉 


 アリィスもブレスレットを叩いてマップを表示する。空中に浮かんだ立体地図へ目を走らせ、各展示エリアの位置と都市全体の形を頭に叩き込む。実際、アリィスはそれだけで、地図のほとんどを記憶してしまった。


 ユズリハは腰に下げた懐中時計を確認し、唇を開く。


「それでは、わたしたちは次の来場者さまの案内に向かいますので、もし何かあれば、当博物館の紫色の制服を着た職員か学芸員、もしくは警備員にお尋ねください。無料で宿泊場所も提供しているので、就寝の際はそちらをご利用ください。――それと最後に、アリィスさん」


「ん、私?」


「はい。どうぞ、こちらを受け取ってください」


 ユズリハがアリィスへ手渡したもの。

 それは、『魔序のお茶会』の紙のチケットだった。


色彩(テレジア)の魔序の異名を持つアリィスさんであれば、お茶会に参加することができます。明日の朝、参加者の方は当館職員が迎えに参ります。その際、詳しいイベント概要を説明いたします。――ぜひ、ご参加ください」


 ぐいっと顔を近づけて招待するユズリハに、アリィスは若干戸惑いながらも、気になっていた豪華賞品について質問を投げる。


「そういえば、豪華賞品がナスタルギアって……あれ、本当なのか?」


「はい。詳細はすべて、明日お話しします。ぜひ、ご参加ください」


 ユズリハは、二度目の「ぜひ」を強調して微笑んだ。

 その顔を見て、ウィンターがアリィスの肩を小突く。


「うわぁ、二回言った! アリィス、この人絶対に逃がさない気だぞ」


「まぁ。お茶会のことはいまは置いておいて。見て回ろう、サナ、ウィンター。こんなところで立ち止まってる時間がもったいない」


 アリィスは渡されたチケットをポケットに突っ込んで、巨人が行き交う大通りを歩き出した。静かな夜に、どこからか、他の来場者の楽しげな声も聞こえてくる。


 博物館の入り口の向こう側、

 まずアリィスたちが迷い込んだのは、小人エリアだった。

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