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12|『博物館の街、ライラックシティへようこそ!』

 リューガローガを発ってから、六時間。

 アリィスたちを乗せたキャンピングカーは、ライラックシティへと続く巨大橋――ウィンドストリート・ブリッジを走っていた。


 片道十六車線の車道。幅十五メートルの歩道。さらに、幅五メートルの水路。それらすべてを抱え込んだ巨大な鋼鉄の吊り橋は、海や川ではなく、どこまでも続く終わりなき都市の地上五百メートルの空に架けられていた。橋のはるか下方では、夕陽に照らされて黄金色に輝く高層ビル群が、世界の彼方まで延々と広がっている。


 地平線上に重なった真ん丸な太陽から放たれる眩い光は、まるで十字架のように、空と地を縫い止めていた。流れゆく雲は、小舟のように空を渡る。――この星の全天と宇宙、朝と夜のあわいに混ざり合う、夕刻のオレンジと群青。


 世界には、無限大の色彩が息づいていた。


 アリィスは、自動運転で走るキャンピングカーの屋根の上に座って、両腕を大きく広げていた。吹き抜ける風は決して目には見えない神の手。しかし、たしかにずっしりと重く、押し流されそうになるほど鮮烈な形象をまとって、風は世界の空をアリィスとともに、すべての生命とともに、新たなる時と終点を目指して渡っていた。


 もちろんアリィスは、吹き飛ばされないための備えはしてある。

 魔法電磁気学の領域を応用し、自分の体とキャンピングカーの屋根を、強い磁力で引き合わせていた。――黄金色の長い髪が、夕陽と風の中で荒々しくなびく。


「気持ちぃーー!!」


〈やっふぅ~~!!〉


 となりの車線を走るオープンカーに乗った若い男たちが、あまりにも自由なアリィスの姿を見て笑っていた。運転席の男が、楽しそうにグッドサインを送ってくる。

 アリィスも屋根の上から、にやっと笑ってグッドサインを返した。


 ――車室の窓が、少しだけ開く。

 そこから顔を出したサナが、風に声が負けないように叫んだ。


「そんなところにいたら危ないですよっ!」


「心配しなくても大丈夫だよ、サナ。私には魔法があるからな!」


「もう! アリィスさんて、急にはっちゃけますよね」


〈この人はね~、たまぁにこういう思い切ったことをするんですよぉ~〉


 外に出てきたイフは、

 アリィスが組んだ足の間にすぽっと収まっていた。


 ウィンドストリート・ブリッジを支える二本の主塔の上には、竜理の国の各都市を象徴する市章の旗がずらりと立ち並んでいる。風を受けて、色とりどりの旗が力強く翻っていた。その主塔と主塔のあいだには、巨大なホログラム映像が浮かんでいる。


 魔法博物館・ライラックの案内映像だ。


 宇宙エリア。

 海洋エリア。

 植物エリア。

 古代神話エリア。

 錬金術エリア。

 魔法機械工学エリア。

 企業エリア。

 期間限定展示。

 そして、魔序のお茶会イベント。


 愉快な音楽と弾むような案内音声に合わせて、

 色鮮やかな映像が次々と空中に流れていく。


 車室の奥では、ようやく目を覚ましたウィンターが、ずるずると足を引きずりながらソファまで歩いてきた。そしてそのまま、サナのとなりへ、どさっと体を落とす。


「おはよぉー、サナ。アリィスは?」


「屋根の上にいますよ」


「はぁあ? ……ン、てか。ちょーいい景色じゃんね」


 ウィンターは窓の向こうに広がる景色を見ながら、まだ完全には開ききっていない目をこすった。サナも上半身をひねり、窓の外へ視線を向ける。


「かの有名なウィンドストリート・ブリッジですよ、ウィンターさん」


「あー、ここがそうなんね。たしか、世界の絶景ランキングで毎年上位になってるやつよね。日帰りで来れる距離やけど、まぁ、こんな機会でもなきゃ来んわな」


「ですね。私もはじめてです!」


「サナは大丈夫なの? 仕事は」


「はいっ! 軍用エクスマキナの件で、補償金と数週間のお休みをいただけることになりました。……私が暴走して傷つけちゃったリューガローガの建物とか、車とか、あと怪我をさせてしまった人たちにも、ちゃんと会って償いたいんですけど。会社の方で対応するから、私個人では勝手に動くなって言われてて……」


 胸に手を強く押し当て目を伏せるサナ。ウィンターは、窓の隙間から吹き込む風で眠気を覚ましながら、ぽつりと言う。


「――だったら、償うべきは間違いなくアタシだよ。軍用エクスマキナを開発した愚か者のアタシが、死ぬまで一生背負っていくべき罪だ」


「誰のせいだとか、誰の責任だとか、そんなことを言い合うのはやめましょう。ウィンターさん」


 サナは静かに首を振った。


「私たちはどうしたって、この命が動き続ける限り生きていくしかなくて、だったらその時間をぜんぶ後悔に充てるんじゃなくて、贖罪に充てたいです」


「……ひっひ。お前さんはホント、企業の兎らしくないねぇ。どこまでも正しくて、優しくて、毒がない。ね、今後はサナ様って呼ばせてもらおっかなー?」


「もう! ウィンターさんは逆に、毒がありすぎですよ!」


 頬を膨らませるサナのとなりで、

 ウィンターは煙のような笑みを浮かべた。




   ―― 12.『博物館の街、ライラックシティへようこそ!』 ――




 ウィンドストリート・ブリッジのちょうど中間地点を通り過ぎた、そのときだった。突如として、事件は起こった。――頭部、胴体、腕、脚。そのすべてが別々の機体から継ぎ接ぎされたような、粗雑な魔法起動機兵(カルディア)が二機、橋の上空へ飛来する。


 次の瞬間――


 二機はそれぞれ、上り車線と下り車線の中央へ、轟音とともに降り立った。巨大な機体が、水門のように車の流れを塞ぐ。急ブレーキを踏んだ車が次々と車間を詰め、金属音を立てて衝突していった。


 アリィスたちの乗るキャンピングカーも、堰き止められた車列の中にあった。オートブレーキが作動し、車体はぎりぎりのところで前方の車との衝突を避ける。だが、となりの車線を走っていたオープンカーは止まりきれない。


 前を走るトラックの荷台へ、

 派手に突っ込む、その直前――


 アリィスはキャンピングカーの屋根を蹴り、

 オープンカーのボンネットへ飛び乗った。


「くそっ、間に合え! 亡霊の錨(ゴースト・アンカー)……ッ!」


 発動したのは、アリィスが非常用に組んでいた重力魔法だった。

 

 アスファルトの影から、無数の死者の手が伸びる。それらはオープンカーの車体へ絡みつき、地面の中へ引きずり込もうとするように、凄まじい力で車体を押さえつけた。タイヤが白煙を上げる。車体が軋む。

 

 ボンネットに立つアリィスの髪が、急停止の風圧で大きくはためいた。――そして、オープンカーはトラックに衝突する数センチ手前で、完全に停止した。


 死を覚悟していた運転手の男が、

 荒い呼吸のままアリィスを見上げる。


「はぁ……っ……!! マジで助かった、死ぬかと思った。……君、すごいね!」


「感謝はいらないから、さっさと逃げろ」


 そのままボンネットから、前方のトラックの荷台へ飛び移るアリィス。その背中へ、キャンピングカーから降りてきたサナが声をかける。


「どこへ行くんですかっ、アリィスさん!」


「せっかくの楽しい観光に水を差しやがったあいつらに文句を言ってくる!」


「え、えぇ? ちょっと無茶ですって!」


 サナに続いて車室から出てきたウィンターが、

 カルディアの胸部を指差して叫ぶ。


「おい、アリィス! カルディアの胸んとこにある趣味の悪いドクロのマーク。あいつら、ここらじゃ有名な“コーフツェン”っていうギャングだ!」


 ウィンターのその言葉を聞いたサナも、

 機体の胸部に描かれたマークを確認して、頷いた。


「たしかに、あのマーク。間違いないです! 私も仕事で、何回か彼らの事件に対応したことがありますっ!」


「はぁ、ギャング? この国ってそんなんもいんのかよ。まぁ、ギャングってことなら悪人だろ。なら情けはいらないよな」


〈ひゅーひゅー! 久しぶりに、血も涙もないところを見せてやりな~!〉


 右目の奥に戻ったイフが、まるで山賊の子分のようなセリフで煽ってくる。


 アリィスは車の屋根から屋根へ、ぽん、ぽん、と軽やかに跳び移りながら、前方のカルディアへ向かって駆けていった。


 その光景を見て、サナは頭を抱える。


「もう……アリィスさんって、無鉄砲というか命知らずというか……」


 そんな彼女の肩を軽く叩きながら、

 ウィンターが、ひひひと笑う。


「まぁそう心配しなさんな、サナ様。サイアク、腕の良い医者がここにいまさぁね」


 誇らしげに胸を張るウィンター。

 だがサナは、一瞥もくれなかった。


 もはやウィンターの独特なノリは、

 無視されることで完成する定番の流れになっていた。


〈アリィス~、どうすんの~? こっちもカルディアで対抗する~?〉


「それもいいけど、まずはあいつらの目的を知りたい。さすがに馬鹿のギャングとはいえ、意味もなくこんなことするわけないだろうし」


〈馬鹿のギャング……。アリィスって、いままでギャングと戦ったことあった?〉


「ない。そもそも、アスハイロストのギャングってさ、捕まる覚悟はないけど悪いことはしたいっていう半端なチンピラどもが勝手に名乗ってるイメージしかないし」


 渋滞した車列の上を駆けていくアリィスに、人々の視線が集まる。その姿に気づいたカルディアのパイロットが、機体の外部スピーカー越しに甲高い声を放った。


「まてぇい! そこのちっこいお前ッ、やめとけぇィ! ケガすんぞ!!」


「ケガすんのはてめぇだよ、チンピラ野郎!!」


〈アリィス~、またちっこいって言われてやんの~。なんかもうお決まりだねぇ〉


「イフ、うっさい! 目の前の目標に集中っ!」


〈はいはい~ご主人様ぁ~〉


 もはやどちらがチンピラか分からない。


 アリィスは勢いよく車の屋根を蹴り、空中へ跳び上がった。――左腕から触手が伸びる。それは橋の主塔から垂れ下がるワイヤーへ絡みつき、強く結びついた。


 次の瞬間、触手がぎゅんっと収縮する。アリィスの小さな体は、バネで撃ち出されたように橋の上空へ弾き飛ばされた。ワイヤーに結びついた触手を支点に、アリィスは都市上空を大きく旋回する。


 まるでメリーゴーランドのように。

 いや、もっと鋭く、もっと速く。


 触手の長さを細かく調整しながら、空中に弧を描き、カルディアへ迫っていく。そしてアリィスは、ナスタルギアの視界に夕陽を捉えた。


 燃ゆる陽の珠に、右手をかざす。


 その瞬間、地平線上の夕陽が、まるで灰を被ったように褪せていく。鮮やかな黄昏の色が失われ、空の一部が静かに、白と黒の沈黙に沈む。奪われた“色彩”は、アリィスの手の中へ集まり、黄昏色の弾丸として顕現した。


 アリィスは空中でピストルを引き抜き、弾丸を装填――


「イフ、照準は任せた」


〈りょ! いくよ。さん、に、いち……〉



薄明色彩弾トワイライト・バレット!!」



 解き放つ。


 夕刻の色彩から生み出された魔法弾は、天を焦がす太陽のごとく熱をまとい、一直線にカルディアへ突き刺さった。――鋼鉄の装甲が赤く溶ける。泡立つ。胸部が焼き抜かれ、ロウのように、どろどろに溶け落ちていく。


 そして、継ぎ接ぎのカルディアに風穴が開いた。


 剥き出しになったコックピットには、状況を呑み込めず、あごを落として啞然とする緑髪の男が座っていた。アリィスは空中で体をひねり、姿勢を制御する。


 そのまま溶けた装甲の縁を蹴って、

 コックピット内部へ着地した。


「――で? なんでこんなことしたんだ?」


「で? じゃねぇよッ! オレサマのカルディアぶっ壊しやがって。……くそぉ、部品代すっげぇ高かったのによぉ!!」


 本気で悔しがる男。

 

 アリィスの心に、ほんの少しだけ罪悪感が。

 ……湧くことなど、当然なかった。


 反対側の車線に立つもう一機のカルディアから、

 コックピットへ通信音声が飛び込んでくる。


「おい相棒、無事かッ!」


「無事だよ。生きてっけど、よく分かんねぇちっこい女にオレサマのカルディアぶっ壊されちまったんだよぉ……!!」


〈なんだこいつ……〉


 外に出てきたイフが、緑髪の男の周囲をぐるりと回りながら、ジト目を向ける。

 アリィスは男の額へ銃口を押し当て、低い声でもう一度、問う。


「なんでこんなことをした? さっさと答えろ」


「それがよぉ、俺もよく分かってねぇんだけどよぉ。ナスタルギアっていうお宝をライラックシティに運んでるトラックが、ここを通るかもしんないから、襲撃して奪ってこいって上に命令されたんだよぉ……!」


「はっ、しょーもな」


 アリィスの声が冷える。


「そのために、こんなことをして……。見たところ死人が出るような事故は起こってないみたいだけど、それは運が良かっただけ。最悪、何十人も死んでただろうな」


 アリィスは男の手首を掴む。


「ナスタルギアがそんなに欲しいなら、ここにあるから持ってけよ。ほら」


 その手を、自分の右眼へかざさせた。


 深淵のような赤を帯びた瞳。

 そこに宿る魔力が、男の顔を恐怖で歪ませる。


「ひっ、ひぃぃ!! 悪魔だぁ……!!」


「誰が悪魔だ。あと、ちっこいって言ったこと、許さないから。しばらく眠っとけ」


 アリィスの左腕から触手が伸びる。

 それはムチのようにしなり、男の顔面を打ち抜いた。


「ぶひぇ!!」


 情けない悲鳴を上げて、男は気絶する。

 イフは倒れた男の頬をつんつんする真似をして、ひとり頷いた。


〈死亡確認、よし~!〉


「殺してねぇよ」


〈いやぁ、アリィスさ~。最近ちょっと丸くなったぁ~?〉


「なってない。殺すまでもない小物に会う機会が増えただけ」


 すっかり色を取り戻した夕陽が、壊れたコックピットの中に差し込み、アリィスの横顔を赤く染める。そのとき、上空から聞き覚えのあるプロペラ音が近づいてきた。


 テロメア社の軍用エアクラフトだ。


「ちっ、またあいつらか。どこにでもいるな」


 アリィスは魔法で背中から羽を生やして、

 コックピットから橋の上へと舞い降りた。



 ◇◇◇

  ◆

  ◇



 エアクラフトから降りてきた車椅子の男に、アリィスはガンを飛ばしていた。

 銀の長髪に淡い青の瞳、やわらかな目元。その男は、テロメア社の顧問魔序――サンフロゥ・ヴァイセイスカだった。


 サンフロゥは楚々とした笑みを浮かべ、穏やかに唇を開く。


「またお会いできて光栄です、アリィス・テレジア。リューガローガではお仕事を邪魔してしまい申し訳ございません。ケガの具合はどうですか?」


「お前、ケンカ売ってんのか? 手加減してくださってありがとうございます。おかげさまで、眼も喉もきれいなままです。って言やぁいいのか、あぁん?」


〈アリィス~、さっきの緑髪のチンピラよりもチンピラだよ~〉


 そこでアリィスは、軍事工場のサーバー室で見た、ポッドの中の赤髪の少女を思い出した。彼女のことを見てしまったと正直に明かせば、また厄介事に巻き込まれるかもしれない。だが、アリィスは思ってしまった。


 この顔だけイケメン野郎が、本気で動揺するところを見てみたい。なんなら、その澄ました顔の下にある裏の顔を見せてみろ、と。


 アリィスはいたずらな笑みを浮かべ、

 サンフロゥの顔をじっとねめつける。


「なぁ、サンフロゥ。私さ、軍事工場で見ちゃったんだよね。ポッドに入った赤髪の女の子。あれってもしかして、テロメア社が抱える重要な秘密だったりぃ?」


 ぜんぶ正直に明かしてしまった。


 しかし、サンフロゥはまったく動揺しなかった。

 笑みを崩さないまま、あっさりと答える。


「あぁ、キリエのことですか。彼女も僕たちと同じ“魔序”ですよ」


「はぁ? 嘘つくなよ」


「いえ、嘘ではありません。ちょうどここにいますよ」


 そう言って、サンフロゥは車椅子のタイヤを掴み、ゆっくりと車体を回転させた。彼がパイロットに手で合図を送ると、エアクラフトのカーゴドアが勢いよく跳ね上がる。そして、そこにいたのは、たしかに軍事工場で見た赤髪の少女だった。


 ただし、少女はエアクラフトの中の長椅子に座り、サンドウィッチをむしゃむしゃ頬張っていた。いきなりドアが開き、食事中の姿を見られた少女は、みるみる顔を赤くする。そのまま、サンドウィッチをくわえたままエアクラフトから飛び降り、サンフロゥへ勢いよく詰め寄った。


「ほふぃうふはは!!!」


「なにを言ってるのかまったく分かりません」


 赤髪の少女は、ごくりとサンドウィッチを呑み込む。

 そして、あらためてサンフロゥに食ってかかった。


「食事中っ!! ばーっかじゃないの!!」


「すみません。こちらのアリィスさんが、あなたにご挨拶をしたいと」


「言ってない。ていうか、この顔だけイケメン野郎。いま普通に嘘ついたよな?」


〈ついてたねぇ。イフが証人だよ~〉


 赤髪の少女は、今度はアリィスへ勢いよく振り向いた。


「アンタ誰よっ! わさの食事を邪魔するなんて、何様のつもり?」


「えっ、お前、一人称が“わさ”なの? え、嘘でしょ?」


「ばーっかにしないでくれるぅ? わさはね、わさなのっ!」


「わさって名前なのか?」


「わさじゃなくてキリエっ! 勇者の魔序(ゆうしゃのまじょ)、キリエ・クエストよ!! 覚えときなさい!!」


 キリエはびしっとアリィスに指を突きつけ、

 己の異名と名前を高らかに告げた。


「勇者の魔序……??」


「そうよっ! で、無礼者のアンタは何なのよっ!」


 サンフロゥが、にこやかに二人の間へ入る。


「こちらは色彩の魔序のアリィス・テレジアさんです。キリエと同じで、傭兵のお仕事もされています」


「へぇ、アンタも魔序なのね。……だったら」


 キリエは大きく息を吸い込む。

 そして再び、アリィスへびしっと指を突きつけた。


「魔序のお茶会で、どっちがより聡明な魔序か勝負しましょ! ライラックシティで待ってるわよっ!! 絶対に来なさいよねっ!!」


 一方的に約束だけを投げつけると、キリエは踵を返し、エアクラフトの中へ戻っていった。カーゴドアが、ばたん、と勢いよく閉まる。


 まるで、嵐みたいな少女だった。

 アリィスは気の抜けた顔でつぶやく。


「なんだったんだ、あいつ」


〈なんか、ずっと子犬みたいに吠えてたねぇ~。愉快愉快~〉


 そこへ、テロメア社のスーツを着た社員が走ってきた。

 社員はサンフロゥへ耳打ちする。


 それを聞いたサンフロゥは、

 アリィスへ向き直り、静かに頭を下げた。


「もう少しアリィスさんとお話ししたかったですが、仕事の時間みたいなので、これで失礼します。カルディアの件は対応していただきありがとうございました。おかげで大きな被害を出さずに済みました。あとで報酬をお渡ししましょうか?」


「いらない――なんてことは言わないから、たっぷり用意しといてくれ」


 ブレないアリィスの態度に、サンフロゥは薄く微笑む。


「えぇ。用意しておきます」


 エアクラフトへ戻っていく車椅子の魔法使い。

 ――いつの間にか、世界は夜へと移り始めていた。



 ◇



 駆けつけたテロメア社の警備部によって、ウィンドストリート・ブリッジで起きた襲撃事件は、驚くほど迅速に後処理された。二時間も経たないうちに、橋上の混乱はまるで幻だったかのように消え去り、整備し直された車道を、アリィスたちを乗せたキャンピングカーが再び走っていく。


 助手席に座るアリィスに、

 サナがやや頬を膨らませながら声をかけた。


「アリィスさん。いまは私たち一緒に行動してるんですから、何も言わずに危険なことをしないでくださいっ!」


「ごめん。旅を邪魔されて、ついカッと」


「……アリィスさんって、けっこう血の気多いですよね」


 そのやり取りに、ウィンターもひょいと口を挟む。


「ん、てかさ。アリィス。エアクラフトで現れたあの車椅子のイケメンが、例のサンフロゥってやつか?」


「そう。いけすかない野郎だっただろ?」


「いやぁ、あたしゃ割と好みでしたわぁ。オトコに興味ないって思ってたけど、あの人はけっこう女性的な顔で、オス臭さも無かったし。うん、ありじゃんね」


 急に深夜の女子会みたいな話を始めるウィンター。

 アリィスとサナは、そろってその発言を聞かなかったことにした。


 そしてサナは、空気を切り替えるように前を見ながら言う。


「そういえば、アリィスさん。もうすぐで見えてくるはずですよ」


「おぉ! もしかして、ライラックシティか?」


「せっかくですから、このハッチから顔を出して見ましょう!」


 サナはそう言って、車内のハッチを押し上げた。

 だが、その向こうに広がっていたのは、夜空ではない。


 木造の小さな教室だった。


「な、なんでこんなところに教室があるのぉ!?」


 サナは目を丸くし、あわててハッチを閉める。

 そしてもう一度、恐る恐る押し上げた。


 しかし、やはりそこにあるのは教室だった。


「あぁ、そういえば言い忘れていた。そこは、私が副業で授業してるデルタ・クラスの教室だ。たしか……なんだっけ。かそー、なんちゃらって言ってたな」


「仮想空間ですかね。えぇ、私かなり驚いてるんですけど……」


 サナの横でウィンターは、面白がる子どもみたいにハッチをぱかぱか開け閉めして遊んでいる。


 ――そのときだった。

 

〈ねぇねぇアリィス!! 見てっ!!〉


 いつの間にか外へ出て、運転席にちょこんと座っていたイフが、フロントガラスを突き破りそうなほどの勢いで身を乗り出し、叫んだ。


 つられるように、アリィスも身を乗り出す。


 そして、見た。

 次なる舞台、ライラックシティ。


 その全景を。



「うぉぉぉおおおお! あれが、ライラック!!」



 まず視界を覆い尽くしたのは、巨大な紫色の天体だった。


 その天体の表面には、幾重もの魔法陣が淡く浮かび上がり、ゆっくりと脈打つように光を巡らせている。ウィンドストリート・ブリッジの終点、その先に浮かぶ天体の内部には、天を衝くような超高層ビル群が、蜃気楼めいて透けて見えた。


 だが、それは今まで見てきた街とは明らかに違う。


 すべてのビルが、都市が、

 魔法と幻想に侵食されていたのだ。


 あるビルは、途中の階まではコンクリートとガラス窓でできた近未来的な高層建築でありながら、それより上は石レンガを積み上げた古い塔へと姿を変えている。塔の頂には、鋭い尖塔が夜空へ突き出していた。


 また別のビルは、一見すると普通の高層ビルなのに、その中腹へ洋風のレンガ造りの一軒家が、まるで巨人が無理やり突き刺したみたいにめり込んでいる。


 街のあちこちには、シャボン玉のような巨大な水の球がふわりふわりと浮かび、奇妙な形をした巨大キノコやつる植物が、建物の壁を突き破って生えていた。


 そして何より目を奪われるのは、街の入り口に立つ、一体の石像だった。周囲のどの高層ビルよりもなお高く、圧倒的な威容をもってそびえ立つ、ローブ姿の男の像。


 それを見上げ、アリィスは思わずつぶやく。


「魔法の父、預言者ラピスだ……!」


 キィズ魔法体系を築いたラピスの像が、魔法博物館の街の入り口に立っている。それは、あまりにも当然で、あまりにも象徴的だった。


 後ろの車室では、サナとウィンターも窓を少し開け、顔を寄せて外を見ている。二人とも、初めて目にする都市の異様な美しさに、すっかり目を奪われていた。


 ライラックシティの景観は、ミトセ市と同じく、一見すればカオスそのものだった。だが、その無秩序さは決して雑ではない。緻密に計算され、丁寧に配置された、おもちゃ箱のような美しきカオスだった。


 やがて、キャンピングカーはその街へと近づいていく。


 街をすっぽりと包む透き通った紫色の天体は、半分ほどが地中へ埋まり、その状態のまま、大地を転がるようにゆっくりと回転していた。


〈アリィス! 街に入るよ~っ!〉


「うん!」


 ウィンドストリート・ブリッジは、天体の一部に設けられた石造りの巨大なゲートへとつながっている。キャンピングカーは、そのゲートの下をくぐり、街のメインストリートへ滑り込んでいった。


 その瞬間――

 前方の空中に、一人の女性のホログラムがふわりと浮かび上がる。


 彼女は丁寧に一礼すると、澄んだ声で案内を始めた。


「博物館の街、ライラックシティへようこそ! 人工天体内部に築かれたこの街は、敷地すべてが魔法博物館・ライラックの展示エリアとしてもデザインされています。来場者の皆々様、ぜひ当博物館で、素敵なひとときをお過ごしください!」


 最後ににこやかに手を振って、

 ホログラムは夜気の中へすっと溶けるように消えた。


 この街では、どんな冒険が待っているのだろう。

 

 魔法使いアリィスは新しい未知の匂いに、

 目を輝かせ、胸を高鳴らせていた。

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