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1|『テレジアの魔序』

 水平線すら霞むほど遠い眼下に、

 双星洋(そうせいよう)が果てなく広がっていた。

 

 そのはるか上空で、

 二機の魔法起動機兵(カルディア)が火花を散らしている。


 それは、“魔力”を血として駆動する、全長二十五メートルの人型機兵。――両腕のライフルから魔法光弾を放つ赤い機体は、『ヘルファイア』第二世代――都市の治安部隊からフリーの傭兵まで幅広く運用される、廉価な量産機だ。


 ヘルファイアのコックピットで、

 パイロットの男が操作パネルへ手をかざし、叫ぶ。


「……詠唱開始(アンカー)ッ!!」


 その声が響いた瞬間、機体(ヘルファイア)が共鳴し、銀色の脈動を帯びた――。

 赤い装甲の下、鋼鉄の全身に張り巡らされた魔力血管が、ドクドクと波打つ。

 

 操作パネル内部に装填された魔導書(クラヴィス)が起動。そこに書き刻まれた“魔法の譜”が展開し――ライフルの銃口に魔法陣が咲く。


 次の瞬間、灼熱の魔法火弾が、

 敵対する漆黒のカルディアへ向かって撃ち出された。



 ――ズァアアアアアン!!

 


 空を裂き、大気を熱で歪ませながら、火弾は一直線に突き進み――漆黒のカルディアの心臓部を貫いた――はずだった。



 だが。



「うッ……な、なんだよ……これ……」


 男の喉から、引きつった声が漏れた。


 視線を落とした先。

 自分の腹を、禍々しい色の“触手”が貫いていた。


 それはコックピットの装甲ごと突き破り、

 男の身体を串刺しにしていた。


 意識が遠のく中、男は震える唇で、

 モニターに映る漆黒のカルディアを睨む。


「クソっ……冗談だろ。貧乏くじ引いちまったってわけか。……こいつがあの、“テレジアの魔序(まじょ)”だっていうなら、勝てるわけねぇだろがァ……ッ」


「畜生ォォォオオオオ!!!」


 晴れ渡る空の下。双星洋の波間へ向かって、

 男の絶叫が響き落ちていく。


 そして、漆黒のカルディアは、

 腕から伸ばしたその触手で、

 ヘルファイアを呑み込み……“捕食”を始めた。


 漆黒のカルディアの機体名は、《ライゼ》。

 コックピットに座るのは、一人の少女だった。


 センターで分け、胸元へやわらかく垂れたストレートのブロンドヘア。――瞳は、赤と銀のオッドアイ。左右で色を違えた宝石のような双眸は、見る者の心を凍らせるような、艶やかな沈黙を湛えている。


 少女は、アリィス・テレジア。

 異名――




   ―― 1.『テレジアの魔序』 ――




 神と人類が八百年にわたり争った、英雄戦争アストラマキア。

 その終結からおよそ百年――生者の世界と死者の世界の狭間に位置する、“緩衝帯(かんしょうたい)遺世界(いせかい)=アスハイロスト”には、キィズ魔法体系と呼ばれる『魔法』と、その叡智を振るう魔法使いたちが存在していた。


 かつて神に仕える使徒であった竜人族。その系譜を、神が飼い慣らしやすいように人為選択の末に“家畜化”したもの――それが現在の人類である。ゆえに人類には、魔力を発動するための器官がいまもなお、その内部に残されていた。だが、そんな歴史を知る者は、もはや生き残ってはいない。……いや、ここにいた。


 英雄戦争アストラマキアの戦場として数多の血が流れた、アビスヘブン地方の一角に広がる『(ゼロ)』の荒野を、一体の巨像と一人の男が進んでいた。地平線の果てまで延々と続く赤土の荒野で、男は巨像とともに、“月”を曳いている。


 月曳(つきひ)きの象・ポトアルケテス。

 そして、始英雄(しえいゆう)・テレトロイカ。


 テレトロイカは、英雄戦争において、神の武器として産み落とされた始英雄の一器だった。しかし、戦いの途中で神を裏切り、人類を導く側へ立つ。その罰として、テレトロイカは終戦から百年以上が経ったいまも、ポトアルケテスとともに、月曳きの刑に服していた。彼らが地平線上を歩いている時間が、この世界の“夜”である。


 ぼろ布を纏ったテレトロイカは、

 月に括りつけた麻縄を肩にかけ、黙々と引く。


 風が砂塵を巻き上げ、景色は常に赤く濁っていた。


 ――旧世界の堕界(だかい)とともに、この地へと堕とされた月は、ある魔法使いの手によって、半径五十キロメートルの人工天体として再構築された。その内部に灯された黄金色の炎が、アスハイロスト全域の夜を照らしている。


 幾億もの銃や剣。破壊されたカルディアの残骸。

 英雄戦争の傷痕がいまなお生々しく残る、歴史の墓場――“零”。


 人々に、神々に棄てられたその地を、月を曳きながら進むポトアルケテスとテレトロイカ。その前に、一人の少女が現れた。――フクロウを模した大きなフードが印象的な、ぶかぶかのローブを着た少女、アリィス・テレジアだ。


 アリィスは掌ほどの大きさの白い宝石を取り出し、

 テレトロイカへ差し出した。


「持ってきたよ。報酬は?」


「相変わらずかわいくないな、お前は」


「この世界じゃ、かわいさなんて何の価値もないでしょ?」


「はっ、そうだなアリィス。お前もずいぶんと、この世界に染まってきたようだ」


「そうしないと生きていけないから」


 アリィスのその言葉を聞いたテレトロイカは、豪快に喉の底で笑うと、ポトアルケテスの前足に付けていた袋からカザラル貨幣を数枚取り出して、アリィスへ放る。

 

 受け取った枚数を見て、アリィスは眉をひそめた。


「……これだけ?」


「贅沢をいうな、アリィス。今回お前が捕食した男はその程度の価値の小物でしかなかったということだ。禁術を発動していくつも都市を破壊して回っていたようだが、――まぁ、天使様は“星の掟”を脅かすほどではないと判断したんだろうさ」


「ッ――! あの男のせいでどれだけの罪なき人が殺されたかわかってるの!?」


「この世界に染まったんじゃなかったのか? アリィス」


 納得がいかない。

 

 まさにそう書いてあるみたいな顔をしながら、

 アリィスはブーツのつま先で地面をぺち、ぺち、と叩く。


 言い返したいことは山ほどある。

 

 けれど喉まで出かかった言葉は飲み込み、

 それらを全部、膨らませた頬の奥へと押し込めた。


 ハムスターみたいな顔のまま、

 アリィスは小さく舌打ちする。


「ちっ。……いいわ。次の依頼をちょうだい」 

 

「――デ・サロメ。各地で孤児院なんかを運営している修道院の院長らしいが、裏では魔弾カルテルとも取り引きして、禁術にも手を出しているってハナシだ」


「ふーん。デ・サロメ、ね。そいつはどこにいるの?」


「あぁ、その場所がかなり厄介なんだが。……いまは、セントロメアにいるらしい」


「セントロメア? 冗談でしょ?」


 不可侵交衢(ふかしんこうく)=セントロメア。

 それは、かつて竜人族が暮らしていた楽園『(りゅう)()』の遺構に築かれた、アスハイロストの天上――竜の背中に存在する都市である。


 セントロメアには、このアスハイロストを管理している統制機関:アークステラの力も及ばず、独自の魔法すら息づく、まさに“別世界”だった。


 アリィスが次の言葉を紡ごうと、わずかに唇を開く。

 その瞬間――


「悪いな、アリィス。天使様の命令なんだよ」


 砂にまみれた大きな手が、

 そっとアリィスの額へかざされた。


 ……彼女の瞳から光が消える。


 ふっと、足元の感覚が消える。

 音が消え、色が消え、重力が消える。


 そうして、アリィスの意識は落ちていく。



 ――――



 ――、落ちる。






「いこうか、ポトアルケテス」


 魔法によって意識を失ったアリィスを抱え、テレトロイカは、ひとり言葉を風に流した。――遠く、果てまで届くように、鳴き声を上げるポトアルケテス。


 テレトロイカは、アリィスを背負い、世界の縁を再び歩き始めた。


「太陽が昇る前に、月を沈めなければ――」

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