第30話 捜査官キャシーの事件簿
「何のためにお前が居るんだ? キャシー..」
「申し訳ありません..必ずや開運寺強子の正体を暴いてみせます」
「口だけなら何とでも言える。手段は選ぶな..最悪、あの女と同居している家族を出しに使え..」
「し..しかし..それはいくらなんでも..彼女はまだ未成年です。まずは身柄の安全が」
「何か勘違いしてないか? 我々が守るのは国の秩序だ。開運寺強子の情報が万が一、他国に先に知られたら? 我々の面子が丸潰れだろう?」
「はい..申し訳ありません..肝に銘じます..」
上司からの定期報告を終え、私は静かに電話を切る。やはり上の連中は国や組織の面子しか考えていない。
確かに、国民に対して不信感を感じさせてしまったら、我々警察の威厳が無くなり、犯罪率も急増してしまうだろう。
しかし、これが本当に正しい事なのだろうか?
私はなんの為に警察になったんだろうか?
そんな疑問が、私の頭の中にこびりついていた。まるでどれだけ磨いても落ちないカビのように...
「おはよ! 綾瀬先輩! 変わらず今日も美人だね!」
「おはよう強子..お前も変わらず元気だな」
翌日、今日も開運寺強子の監視として登校する。悟られないように努力はしているが、この少女はどうも感が鋭いらしい。
「なんか元気ない? どうかしたの?」
「いや..何でもない。さあ、朝礼が始まるぞ?」
強子は最初こそ心配の眼差しを向けていたが、私が朝礼に行くよう促すと、朗らかに敬礼をして教室へ向かっていった。
曇り一つない強子の純粋さは、今の私にとっては多少の羨ましささえあった。本当にこの少女の首に億単位の賞金が賭けられているのだろうかとにわかにも信じられない。
いや..余計な事は考えるな。FBIとして、任務を全うするだけだ。
そいえば、颯陸翔がまた問題に巻き込まれたと冴えないから聞いたが、強子を狙う手先か? いずれにしても、あの男は要注意しておかなければ。
学校が終わり、私はいつものように強子の監視体制を敷く。ここで待っていれば必ず来るだろう。
「お疲れ! 綾瀬先輩! じゃあ帰ろっか!」
「今日は塾だったか?」
「あれ? そうだっけ? 綾瀬先輩は私より私の事知ってるよね!」
当たり前だろ。スリーサイズから足のサイズまで全て知っている。とは流石に本人には言えないか。
「ん? あの子、迷子かな?」
突然強子が立ち止まり、その場で泣きじゃくる1人の少年を見つけた。強子はすぐさまその少年の元へ駆け寄った。
「どうした僕? 迷子?」
強子が聞くと、少年はすすり泣きながら言葉を発した。
「道に迷っちゃったの..」
「やっぱり迷子か〜、よし! お姉さんと一緒にお巡りさんのとこ行こっか!」
強子が優しく聞くと、少年はまた泣き始めた。まったく..これだからガキは..
「お巡りさん怖い〜!! 行きたくない!!」
「怖くないよ? みんなの事を守ってくれるんだから」
ようやく泣き止んだと思った矢先、再び少年が泣き始める。こうなったら口をガムテープで固定して強制的に警察に連行するか。
「ん〜、どうしようかなぁ〜..私これから塾だしなぁ〜....」
強子は数秒頭を抱えてから、こちらに視線を向けた。私は気付かないふりをしていたが、あまりにもこっちを見てくるので我慢出来ずに。
「さっきから何なんだ?! 私の顔に何か付いてるか?!」
聞くと、強子はにんまりと笑って。
「よし! じゃあこのお姉さんが家まで連れてってくれるから、それなら良い?」
「おい待て! 私は絶対にやらないぞ! 誰が好き好んでガキの子守りなんか」
「そこを何とか! 一生のお願い!」
強子は両手を合わせて懇願してくるが、私は断固拒否する。そもそも子どもは苦手だ。
「一生のお願いをあと何回するつもりだ?」
「そんな固いこと言わないでさ! お願いだよ〜」
この女ときたら、いつもこうだ。お願いを頼むときはこうして涙目になって私を見つめてくる。だが今日はその手には乗らない。
「今回ばかりはダメだ。警察に引き渡すんだ」
言うと、少年は再び泣きじゃくる。さっきよりもボリュームが数段上がっている。
「あー綾瀬先輩が泣かせた!! 酷いねぇ〜このお姉さん」
強子はジトりとこちらを睨む。私は頭を掻きむしると、半分投げやりで強子に。
「あ〜もう分かった! 連れてきゃあいいんだろ! ったく..」
言うと、強子はにこりと笑って。
「さすが綾瀬先輩! じゃあよろしくね! 遅れちゃうからじゃあね! ちゃんと送り届けてね?」
「はいはい..」
渋々了承し、私は少年を見つめる。こんな時は何と声を掛ければいいんだろうか。そんな事を考えていると、少年が小さくため息をついて。
「あのお姉ちゃんが良かったな..」
少年の言葉が、私の額に血管を浮かび上がらせる。こんな屈辱はFBIアカデミーでも受けたことないぞ。
「だったら1人で帰れ!! もう知らん!!」
結局、この少年を家に送り届けなきゃいけなくなった訳だが、さっきからグスグスと鼻を啜る音が耳障りで仕方がない。痺れを切らした私は。
「おい! 男が泣くんじゃない! みっともないぞ!」
言うと、少年は再び声を上げて泣きじゃくる。さっきからこれの無限ループ、頭がカチ割れそうだ。
「私を見ろ! いいか? 泣きたくて仕方ない時は楽しい事を考えるんだ。例えばそうだな、凶悪殺人犯をとっ捕まえて拷問した時とか!」
聞くと、少年は泣き止むどころか泣き声が大きくなる。何故だ? どう考えても楽しいだろ...
「じゃああれだ! 爆弾の回路を一つ一つ解いていく時だ! あの死と隣り合わせのスリルと解いた時の快感は楽しくてクセになるぞ!」
あり得ない事に、少年は泣き止まない。この少年の感性はどうなっているんだ? まったく..しょうがないガキだ。
「ほら、これで少しは安心するだろ?」
私は渋々だが、少年に手を差しだした。手を繋げばこいつの緊張も少しは和らぐだろう。
「ぼ..僕を誘拐する気だ!!」
「するか!! 私はFB...いや..通りすがりのお姉さんだ!」
私とした事が、機密情報を漏らすところだった。しかしどうも、子どもには気を乱される。
私は半ば強引に少年の手を握る。
「それで? 家はどこだ?」
「西区...」
「西区?! ここから数十キロは離れてるじゃないか! どうして1人でそんな事を」
とても子どもが1人で移動する距離じゃないだろうに。まさか..何か大きな事件に巻き込まれて..?
「ママに誕生日プレゼントを買いたくて..」
「わざわざこんな遠方に足を運ぶ事ないだろう」
「西区に有名なケーキ屋さんがあるんだ。ママはスイーツ大好きだから..どうしてもプレゼントしたくて」
プレゼントの為にこんな所まで来るとは..それに子どもがたった1人でだと..?
私は小さく笑って少年に。
「すまなかった..私はお前を見くびっていたようだ」
「いきなりどうしたの?」
「いや..気にしなくて良い」
言って、私は少年の額を指で優しく押した。
「でも、子どもが1人で知らない街をうろつくのは危険だぞ? こういう事はこれっきりにするんだ。分かったな?」
「はい..ごめんなさい..」
やはり子どもは子ども、可愛いところもあるじゃないか。犯人もこれくらい素直なら、少しは我々の仕事も楽になるというのに。
「そのケーキ屋はなんて店だ? お母さんを喜ばせてあげよう」
私は少年の手を引き、ケーキ屋へと向かっていた。途中、少年が私の腰あたりをツンとつついた。
「どうした? トイレか?」
「疲れちゃった。おんぶして」
このガキ! FBIをこき使う気だと!? その肝っ玉だけは褒めてやらんでもないが、子どもじゃなかったら絞首刑にするところだ。
だが、ここで下手に断ればまたこいつは泣き喚いて余計面倒な事になりかねない。大人しく言う通りにしよう。私は屈むと、少年に背を向けた。
「まったく..早く乗れ」
少年をおぶって先へ進む。しかし、子どもとは本当に小さい体をしているんだな。まるでバックパックを背負っているみたいだ。無力にも程があるだろ。まあだからこそ、我々がいるわけだが...
しばらく歩いていると、少年がもぞもぞと動き始める。鬱陶しいな。
「おい、揺れるな。落っことすぞ」
「だって..おしっこしたいんだもん」
こいつ..次から次へと..さっきの言葉は前言撤回だ。やっぱりガキなんて..
「そこの公園にトイレがある。ちゃっちゃと済ましてこい」
しかし、少年はじっとこちらを見る。今度は何だ?
「早く行けよ! なにか文句があるのか?!」
「一人で出来ない..着いてきて..」
「はあ?!」
このガキ! 一人でトイレも行けないだと? どこまで舐め腐ってやがるんだ? というか仮にも私は女だぞ? このガキには男の威厳も無いのか?
「それでも男か! 男ならビシッと一人でしょんべんキメろ!」
「だって子どもだもん!」
「開き直るな! 早くしてこい!!」
とは言ったものの、結局一緒に行く事になった私は、ガキのしょんべんを見せられるという鬼畜の所業を与えられた。士官学校の方が幾分かマシだろう。
「次は無いからな? また下らない頼みをしてみろ。次こそはお前の額にでかい風穴を開けてやる」
「額に風穴?」
それからはこれといった頼み事もなく、私と少年は無事にケーキを購入し、少年の家に帰る為に電車に乗っていた。すると、少年が突然。
「おばさんは何してる人?」
「おば..? そんな年齢じゃない。お姉さんと呼べ」
「お姉さんは何してる人?」
「国を守っている」
「じゃあスーパーマンだ!」
スーパーマンか。あんな人間になれたら、どれだけ良いだろうな。だが残念ながら現実はそう甘くはない。みんな自分の首を守る事や出世に精一杯で、結局は組織の言いなりなだけの操り人形みたいなものだ。今の私にスーパーマンなどという言葉は、もはや皮肉としか思えない。しかし子どもに現実を押し付けるのは酷だ。
「まあ、そんなところだな」
「僕もなれるかなあ」
「さあな、まずは一人でトイレに行けるようになってからだな」
私は笑いながら言った。
「お前、名前は?」
「和樹!」
「和樹、お前はどんな世界が好きだ?」
聞くと、和樹は上を見ながら考え始める。
「ん〜、美味しいものがいっぱい食べられる世界!」
かなり抽象的な答えだな..でも、嫌いじゃない。私は柄にもなく和樹の頭に優しく撫でる。
「だったらもっと強くならないとな、そのうちお前たちの時代がやって来る。その時は、和樹が先導して理想の時代を作るんだ」
そしてその為に、私が土台を作る...そこまでこの少年に言うのは性に合わないな。
しばらく電車に揺られて、ようやく少年の自宅がある最寄駅に辿り着いた。隙間時間に仲間の捜査官にこの少年の母親に連絡をさせたので、おそらくもう駅に来ている頃だろう。
改札を出ると、ロータリーから血相を変えてこちらに走って来る女性を見つける。
「和樹!! 良かった..! もう、どこまで行ってたの?」
和樹は泣きべそかいて母親の懐に抱きつく。これでようやく私はお役御免だな...
「お姉さん! ありがとう!! 僕もいつか、お姉さんみたいに国を守れるヒーローになるから! 今度は僕がお姉さんを守る!」
去り際、和樹が私を見て言った。母親も深くお辞儀をして私に礼をする。
笑顔でこちらを見つめる二人を見て、ようやく私は思い出した。
私が警察官になった理由...それは、国民の笑顔と平和を守る為だ。私が守りたいのは国の面子よりも、今の時代を生きる市民たちだったのだ。どうしてこんな大事な事を忘れていたのだろうかと、少々頭を抱えながらも、私は和樹に。
「期待しているぞ。小さなヒーロー」
言って、私はその場を後にした。
帰り道、私は徐に携帯を取り出し。
「もしもし、綾瀬です。昨日の報告の件ですが、私の好きなようにやらせてもらいます」
「どういう意味か分かってるのか?」
「お言葉ですが、私が守りたいのは市民なので、それでは」




