61:トカゲ(2)
結局、二つの虫かごを持って彼が帰ってきたのは2時間後のことだった。
「な、なななななんですか!?この子!可愛い!すごく可愛い!」
『本当に持ってくるとは思ってなかったわ』
シャロンもエミリアも目を輝かせながら虫かごを見つめた。
その中にいるのは品種改良された特別なトカゲが二匹。
さすがにバッタは手に入らなかったらしいが、シャロンの目はかつてないほどにキラキラと輝いていた。
「王家が飼育しているトカゲを譲って貰った」
先程ヘンリーに連れて行かれたのは王家の所有する研究施設だった。
そこで飼育されている特別なトカゲを『自分で捕まえられたのなら』特別に譲ってやる、と彼に言われたのだ。
そこは王家の血が流れるアルフレッドだからこそ立ち入れる場所。
流石にアルフレッドも辞退しようとしたが、『使えるものは全部使えばいい』とヘンリーに背中を押された。
押された結果、妻にプレゼントするのがトカゲなのはどうなのだろうかとも思うが、そこは冷静になると負けなので考えないようにしたらしい。
「ヘンリー殿下は自分から貰ったことを内緒にしておけって仰りませんでした?」
「言われたが、私が嘘ついてもバレるだろ」
「よくわかっていらっしゃる…」
確かにヘンリーは王太子に貰ったなど格好が付かないから黙っておけと言っていた。
だが、こういう嘘はすぐ顔に出るタイプのアルフレッドに黙っておくなど不可能だ。
ならば初めから白状したほうが良いと彼は言う。
「ここまでするとは思いませんでした」
『なんかごめんね』
この雪が積もる中、トカゲやらバッタやらが欲しいと言われて、まさか本当にトカゲを捕まえてくるとは思っていなかった2人は少し申し訳なくなる。本当に馬鹿正直な男だ。
シャロンはアルフレッドの少し赤い目元を見て、クスッと笑った。
多分捕まえるために泣いたのだろう。
大の大人が恥ずかしいと思うのに、少し可愛いとも思った。
「名前、何にしましょうか」
『アルフレッドにしようかな』
「出来ればやめてほしい」
爬虫類と同じ名前だと思うと背筋が凍る。
エミリアは不服そうに口を尖らせた。
『じゃあシャロンにする』
「じゃあ私はエミリーにします!」
そう言ってくすくすと笑い合う2人を見て、アルフレッドは嬉しいような寂しいような複雑な心境だった。
すっかり仲良くなってしまったが、これは果たして良いことなのだろうか。
「あ!その本!」
ふと、彼女のベッドの上に置いてある本が目に入ったアルフレッドは声を上げた。
それはシャロンが愛読している性別の壁を越える系の恋愛の教科書だ。
『読む?』
「読まないよ!君そんな本読んでたの!?」
『そんな本ではないわ。これは至高の愛の話よ』
うんうんと大きく頷くシャロン。
「…シャロンに何吹き込んだの?」
『私は同志に巡り会えたわ』
「同志…」
『出会わせてくれてありがとう、アル』
エミリアはそう言って無邪気に笑ってみせた。
***
帰り際、トカゲのエミリーが入った虫かごを抱きしめたシャロンは、ポツリポツリと涙を流した。
「午前中、2回発作が起きたそうです」
「…、そう、か」
エミリアの死はすぐそこまで来ている。
次の季節が来るまで持たないかもしれない。
「延命措置はしないと言ってました」
「…うん」
エミリアは死を受け入れている。だから今を楽しんで生きている。
それはシャロンも理解しているが、彼女を救える方法を自分は持っているのに、とも思ってしまう。
「…少しだけ、甘えても良いですか?」
アルフレッドは険しい顔で静かに頷き、ぎゅっとシャロンを抱きしめた。




