37:変異種
部屋の隅で姿を隠して様子を窺っていた3人は突然現れたアルフレッドに似た人物の存在に戸惑っていた。
「あれはウィンターソン公爵…ではないよな?」
「明らかに幻術ですね」
「陛下が旦那様に擬態しているということでしょうか?」
「声が明らかに陛下だからな。そういうことだろう」
「でもどうして…」
壊れた人形のように、国王をアルフレッドと呼び続けるエミリア。
シャロンは今日ここにきて初めて彼女の声を聞いた。
国王が『アルフレッド』と呼ばれるたび、微かに不快そうな表情をする彼の様子から察するに、彼女は今、アルフレッドを前にすると少し正気を取り戻すのかもしれない。
(…ここで彼女は何をされたのかしら)
エミリアのことを思うとシャロンは胸が痛くなる。
「やっぱり元気じゃねーか」
一方、到底病に伏しているように見えない父王の姿にヘンリーは奥歯を噛み締めた。
実のところここ数年、王家の力は劇的に低下していた。
王に近い貴族連中が議会等において、彼の代わりに発言することが増えていたのだ。
じわじわと腐敗していく宮中で、王太子ヘンリーは何度も父王に改善を進言したが彼は聞く耳を持たなかったらしい。
彼らの働きに見合った対価として利権を流しているだけに過ぎないと主張して譲らなかったのだ。
王太子であるヘンリーだけでなく王妃を始めとした色んな人が、仕事を放棄した王をフォローしつつ走り回ってるというのに、本人は離宮で女を囲っている。
予測していたことだが、それが事実であると確定した。
「あんな王などいらない」
気持ち悪い、吐き気がする。
そう吐き捨てる声には憎しみがこもっているのに、彼の目はどこか悲しげだった。
「さあ、エミリア。そろそろ手術の時間だ。少ししんどいだろうけれど、頑張ろうか」
息子の思いなど知らない王は、そう言ってエミリアを抱き上げようとする。
しかしエミリアは彼を突き放し、それを拒否した。
「しゅじゅつ…?」
エミリアは突然、何かに怯えているかのようにカタカタと震え出した。
ジルフォード侯爵は過呼吸になりそうな彼女の背中をさすって落ち着かせる。
「また、気にしているのかい?」
王は少し面倒くさそうに呟く。
「何度でも言うけれどね、彼らは自らの意思で君の一部となることを望んだ。彼らは君の中で生き延びられることをきっと誇りに思っている。エミリア、君は私のために生きてはくれないのかい?」
自分の手を取り、寂しそうに笑う王にエミリアは首を横に振った。
「ちがう、ちがうの…。あなたと生きたい…あなたのそばに、いたい。だからここに来た。だけど、もう…」
拙いない口調で、震える声で必死に何かを訴えるエミリア。
王は仕方がないと小さく息を吐くと、柱に繋がれたエディへと視線を向ける。
エディは「ひっ」と声を漏らし身構えた。
「君、名は何と?」
「エディ・クラークです…」
「そうか、エディか」
にいっと口角を上げた王は、エミリアに『彼の名はエディ・クラークだそうだ。エディと呼んであげなさい』と告げた。
「不安なら彼に聞いてみるといい。きっと君がお願いすれば快く受け入れてくれるよ」
エミリアは首を傾げ、エディを見る。
そして、艶を失った唇をゆっくりと開き、『エディ』と発音した。
その瞬間だった。
エディはどくんと心臓が跳ねるような感覚を覚えた。
徐々に激しくなる鼓動に彼は胸を押さえる。
先程までも確かに美人に見えていたエミリアが、今は絶世の美女に見える。
彼女を見ていると息ができないほどに苦しく、切なくなる。
形容し難い未知の感情に襲われたエディは冷や汗を流した。
(…なんだ?これは)
軋むように痛む脳が、これ以上は危険だと知らせている。
だが抗えそうにない。
「エ、エディ…?」
様子のおかしいエディに、首を傾げて彼の顔を覗き込むエミリア。
その瞬間、エディは完全に堕ちたのがわかった。
先ほどまで苦しかった胸は一気に熱くなり、軋むように痛んでいた脳は雲に乗っていようにふわふわと揺れている。
彼は自覚した。
-------どうしようもなくエミリアに惹かれている自分に。
思考が停止したエディはエミリアの手を取り跪くと、その手の甲にキスした。
「俺の全ては貴方のためにあります。俺の命で貴方を救えるのなら、俺は幸せですよ。エミリア様」
キリッとした顔でそうエミリアに告げるエディ。
名を呼ばれただけで、彼女に恋でもしているかのような顔をするエディの代わり様に、その様子を隠れて見ていたヘンリーもハディスもドン引きである。
「何だ?アレ。油断させるための演技とか?」
「アイツはそこまで賢くないです。多分」
「魅了の魔術でも使われたか?いや、ないな。そもそも、彼女は魔力持ちではないはずだ」
当然ながら魔力が無い者に魔術は使えない。
一応、ハディスは魔力の反応がないかどうか、目を凝らしてエディを見たが、何も見えない。
「魔術をかけた際の反応はありませんね」
「何が起きているんだ?」
彼らはその光景を直感的に『気持ちが悪い』と思った。
「シャロンはどう思う?」
ハディスは隣で、目を閉じて「うーん」と頭を抑えならが一人考え込む妹に声をかけた。
魔力量こそ少ないが、魔術に関する知識は彼女の方が上だ。
シャロンは目を開くと、小さく息を吐いた。
「…昔、読んだことがあるんです。変異種に関する論文」
「変異種…」
それは魔力の遺伝に関する研究をしていた魔術師が書いた論文で、魔力持ちから生まれた魔力を持たない子どもが実は【魔術ではない特殊な能力を持っている】という内容のものだ。
だがその論文は曖昧な部分も多く、論文としての価値は低い。信憑性に欠ける内容だと、学会でもほとんど相手にされていない。
しかし、シャロンはその論文を信じていた。
「代表的な例を挙げるならば、それこそ旦那様がその変異種に該当すると思っています」
アルフレッドは両親から魔力を受け継がなかったが、彼の剣の腕は人の域を超えていると言われるほど高く評価されている。
彼の剣は一太刀が重く、並の騎士では受け止められない。
そして何より、相手の動きを完全に読み切っているかのような並外れた動体視力を持っており、騎士団の人間が言うには彼に傷を負わせられる者などこの国にはいないらしい。
実際にアルフレッドが戦っている場面を見たことがないシャロンは、普段の彼の様子から「非常に信じ難いですけど」と語った。
「そしてエミリア様のご両親、ハイゼル伯爵夫妻は二人とも魔術師です。けれど彼女は魔力を受け継がなかった。この法則に則れば、代わりに何か人を意のままに操る能力とかを授かったのではないのでしょうか?それこそ魅了に近いものとか…」
あくまでも先程のエディの反応だけを元に導き出したシャロンの推察に、ヘンリーはやや否定的に返した。
「あり得ないことなどあり得ない、とは常々思っているが…。流石に信じ難いな」
「まあ、エディ・クラークがただの単細胞で、美人に名前を呼ばれて浮かれているだけとも考えられますしね」
「ひどい言われようだ。気持ちはわかるけど」
彼は幻術をかけたシャロンに見惚れた前科があるので否定はできない。
「でも、根拠はないんですけど、なんか、エミリア様の声がすごく心地いいじゃないですか。妙に惹かれるというか…。魅了のせいだと言われたら納得できそうじゃないですか?」
シャロンはぼーっと、アルフレッドに扮した王と語らうエミリアを眺めた。
しかし、同意を求められたハディスとヘンリーは首を傾げる。
「確かに綺麗な声だと思うが…」
「なんとも思わないぞ?」
「へ?だってこんなに…」
こんなに、心惹かれる声をしているのに…。
そこでシャロンはようやく気がついた。
自分の目には、いつの間にかエミリアがとても美しい女性に見えていることに。
先程彼女の体を隈なく調べ、骨と皮になっている彼女の姿を見ていたはずなのに、それでも彼女がとても素敵な女性に見える。
-------異常だ。
思えばこの部屋に入り、エミリアを見た時からおかしかった。
なぜ自分は、なんの嫌悪感もなく彼女に触れることができていたのだろう。
認めたくはないが彼女は一生叶わない恋敵だ。
そしてシャロンは、自分が聖人でないことを重々自覚している。
衰弱している彼女を見て同情的に思ったとしても、彼女の衰弱具合に心を痛めるほど、彼女のことを気にかける義理などない。
しかしシャロンは、なぜかエミリア・カーティスに始めから好意的で、そして彼女を救いたいと本能的に思った。
(…何これ、気持ち悪い)
シャロンはギュッと自分の肩を抱いた。
隣の2人をマジマジと見つめるシャロン。
2人はエミリアに対して何の感情も抱いていない様子だった。
(…どういう事?)
シャロンはこの場で自分しか持っていない理解できない感情に困惑した。
その時、エミリアの艶を失った口からまた、1人の名前が呼ばれる。
「シャロン…?」
名を呼ばれたシャロンは、鈍器で頭を殴られたような衝撃を覚えた。
腱鞘炎になりました(о´∀`о)爆笑




