30:夕陽に誓う(2)
「そもそも、エミリア様を忘れるとか無理でしょう?」
今でも口を開けば二言目には『エミリア』という名詞がその口から出てくると言うのに、そんな彼にエミリアを忘れるなど不可能だ。
口を縫いつけない限り、アルフレッドからその名詞を取り上げることなどできない。
「無理じゃない!」
「いやいや、無理ですって」
「無理じゃない!出来る!」
「では、例えば今ここにエミリア様がいたとして、旦那様はどちらか一人しか選んではいけないとなった場合、どちらを選びますか?」
「…エ、エミリアはもういない」
「なるほど、選べないんですね」
シャロンは声に出して「はあー」と大きくため息をついた。
例え話でもシャロンを選べないらしい。
エミリアが生きている可能性がある今、もし本当に彼女が目の前に現れたとしたら、アルフレッドは確実に彼女を選ぶのだろう。
「ち、違う…そうじゃない…」
「何が違うと言うのです?」
「え、選べないんじゃない!選ばないんだ!」
「だからつまりは選べないと言うことでしょう?何言ってんの?馬鹿なの?死ぬの?」
「死にたくはないです」
キリッとした顔で「選ばない」と意味不明な宣言をするアルフレッドに、シャロンは思わず言葉を崩してしまった。
「いいですよ、無理しなくても。わがままを言っているのはこちらですし、そもそも…」
シャロンはふと、話すのをやめて窓の外へと視線を移した。
そこにあるのは、先ほど謎に誓いを立てられさぞかし迷惑を被ったであろう夕陽が落ちていく光景。
すると、彼女は突然アルフレッドの方へと足を出した。
「ど、どどどうした?シャロン」
ものすごい形相で近づいてくる後妻にアルフレッドはタジタジになる。
しかし、シャロンはそんな彼の横をスルーすると、窓の鍵に手をかけた。
そして鍵を開けると、勢いよく窓を開ける。
「…シャロン?」
アルフレッドは怪訝な顔をしながらシャロンに近づくと、窓枠に手をかけてぶら下がっている彼女の次兄を見つけた。
「ハディス殿、何をして…」
「人の家で何してるんですか、兄様。サイモンなら先ほど帰りましたが」
「公爵邸の警備は甘すぎるから見直した方がいいぞ、シャロン」
「なるほど、不法侵入ですか」
今、最高に機嫌の悪いシャロンは、無言で窓枠にかかった兄の指を一本ずつ剥がしていく。
「おいぃぃ!やめろ!早まるなシャロン!やめて!ほんと願いします!」
「シャロン、やめて差し上げなさい」
「この高さなら死にはしませんよ」
「死にはしなくても怪我するから。ここから落ちたら大怪我だからね」
その後、なんとかアルフレッドに引き上げてもらい、ハディスは九死に一生を得たらしい。
***
「次回からは玄関を通ってきてくれ、ハディス殿」
「はい、すみません」
「で?要件は?」
足を組んで椅子に座るシャロンの前に正座させられているハディスは、彼女に茶封筒を献上した。
シャロンはそれを手に取り、封を切る。中には5人の魔術師の名前が記された用紙と英数字が羅列された用紙の2枚が入っていた。
アルフレッドはシャロンの背後からその文字列を覗き込むが、全く理解できずに首を傾げる。
「ハディス殿、これは?」
「父上の手紙を解読した結果です。王太子殿下と俺は『次のターゲットのリスト』だと考えています。現にこのリストの名を調べたら、全員AB型のC級魔術師でした」
「次のターゲット…なぜそれをジルフォード侯爵が知っている?」
「結構深いところまで巻き込まれているのでしょうね。おそらく、離宮で何かが起こっています」
ハディスは険しい顔をした。
現在、王が静養する離宮は許されたもの以外立ち入りが禁止されている。
そして、それが許されているものは、数名の貴族と魔術師のみ。王太子であるヘンリーをはじめ、王妃や他の王族の立ち入りも禁止されているらしい。
離宮に出入りしている貴族に尋ねると『感染対策』と言い張っているそうだが、王の病が感染症ならば逆に彼らが出入りしているのはおかしい。
なんらかの理由で離宮から出られない父は、この暗号化した手紙をよこしたのだとハディスは主張する。
「近々、このリストに名前を書かれている魔術師のうちの一人に協力を要請して、囮捜査を行うつもりだと王太子殿下から言付けを預かってきています」
「うまくいけば、そのまま離宮に乗り込むつもりか?」
「その通りです」
「わかった。覚悟しておこう」
アルフレッドは大きく頷いた。
「そして二枚目の文字の羅列は、父の研究室にあったものです」
「これが意味することはわかるのか?」
「わかりません!」
ハディスはドヤ顔でハッキリと言い切った。
「…え、わからないのか?君はA級だろう?A級って最高ランクだろう?」
「最高ランクですが、A級が全員頭いいと思わないでくださいよ。俺は頭脳派ではなく武闘派のA級なのです」
あくまで実戦で評価されてのA級であるハディスは、研究に没頭するタイプでは無い。
兄の研究室はほとんど仮眠室と化しているとシャロンは呆れたように言う。
「そういうものなのか…」
「だからここに持ってきました。王太子殿下よりそのように仰せ付かりましたので」
「どういうこと?」
「うちの妹ならこの文字列から何か読み解けるのではないか、と」
ニヤリと口角を上げて、ハディスは下から妹の顔を覗き込んだ。
すると、文字列の最後まで目を通した彼女もまた、うっすらと口角を上げた。
「いけそうか?」
「2日ください」
「2日でいけるのか?」
「解読して見せましょう!あの夕陽に誓って!」
バッと立ち上が、窓の外を指さすシャロン。
残念ながら空はもう薄暗い。
「夕陽もう落ちたけどね」
事実を言っただけなのに、ハディスは窓から放り出された。




