28:妻からの告白
サイモンを見送ったシャロンはアルフレッドに呼び出され、彼の執務室へ来ていた。
彼女をここまで連れてきたセバスチャンは何か言いたげな顔をしたが、アルフレッドに睨まれそのまま何も言わずに退室した。
差し込む夕日を背に、黄昏れる彼の顔には影ができている。
何か思い悩んでいることがあるのだろうか。
それとも影がある自分もかっこいいとでも思っているのだろうか。
どちらとも取れそうなくらいに格好をつけたポージングで黄昏ているものだから、シャロンは判断に迷う。
「シャロン。君は私の妻であるという自覚はあるかい?」
妻がそんな事を考えてるなど知る由もないアルフレッドは突然そう尋ねてきた。
睨みつけるように彼女を見つめるその目には、いつものような柔らかさはない。
(やたらと棘のある聞き方だな)
明らかに怒っている。本当は『お前こそ夫の自覚あるのか』とか言いたいところだが、賢いシャロンは言わない方が良いと判断した。
(無意識のうちに何か公爵夫人として大きなミスを犯してしまったのかしら…)
そう考えると、シャロンは一気に自信がなくなった。
「一応、ウィンターソン公爵夫人としての自覚はあるつもりですが…」
「自覚があるのなら、他の男との接触は極力控えるべきではないのか?」
「…不用意に男性と接触した記憶はございませんが」
何を問われているのか理解できないシャロンは、キョトンと首を傾げた。
基本的に引きこもりのシャロンは異性と接する機会がない。あるとすれば、アルフレッドを除くとセバスチャンやデニスような使用人か、たまにお使いで公爵邸を訪れるサイモンくらいだ。
不貞を疑われるような男性とは接触していないはず。
「いや、だからそのサイモンの事だよ!」
顎に手を当てて難しい顔をするシャロンに、アルフレッドは軽快にツッコミを入れた。
「聞くところによると、数日前も来ていたらしいじゃないか!訪問頻度多くないか!?」
「色々と用事を頼んでいるもので…」
「用事とはなんだ」
「それは…」
それを問われても答えるられるわけがないシャロンは、アルフレッドから目を逸らせた。
『エミリアが生きているかも知れなくて、そのエミリアが魔術師の失踪に関わっているかもしれなくて、且つ貴方も関与が疑われてますよ』など言えるわけがない。
「なぜ目を逸らす?」
アルフレッドはツカツカとシャロンに近づくと、彼女の頬を両手で包み込むように掴み、自分の方を向かせた。
「何かやましいことがあるのか?」
「あ、ありません」
「メイドたちが間男だと騒いでいるぞ?」
「間男って…。サイモンは実家の薬師だと前に申し上げたではないですか」
実際にはただの薬師ではなく、ハディスの元で諜報活動も行えるハイスペック薬師なのだがそこは言えないので黙っておく。
(よくよく考えたらサイモンはすごいな…)
シャロンはふと、彼の顔を思い出し、気づいた。
薬師であり裏の仕事もできて顔も悪くない、性格も良い。
「…今何を考えている?」
「いえ、サイモンはなかなかの優良物件だなと」
「やはりそういう仲なのか?」
「そういう仲ってどういう仲ですか」
「先程も随分気安く話していたし…」
「それは…」
否定できない。確かにサイモンは気安いからだ。
彼は、ほぼ敬語とは言えない敬語を使うし、シャロンの頭をよく小突く。正直態度は褒められたものではない。階級に厳しい人なら不快に思う事は間違いない。
しかし、彼は昔からああなのだ。今更それを改めさせるのは難しいだろう。それに何より、シャロンがあの態度で接してくれることに救われている。
友達のいないシャロンにとって、友達のような兄のような関係の彼はかけがえのない存在だ。
シャロンは少し悩んだが、真っ直ぐにアルフレッドを見据えて、お願いをすることにした。
「…確かに公爵夫人に対する態度としてはなっていないかもしれません。けれど彼のあの態度については容認していただきたいです」
「なんか微妙に会話が噛みあっていない気がするがまあいい。…それはつまり、彼は君にとって特別な男ということか?」
「特別、と言えばそうかもしれません。付き合いも長いですし…」
「や、やはり付き合っているのか!?」
アルフレッドはシャロンの頬を掴む手を離した。そして絶望した顔をして後ずさる。
シャロンは「めんどくせぇ」という言葉をなんとか飲み込んだ。
「…いや、あの。何を勘違いしていらっしゃるのかは知りませんが、男女のお付き合いとかそういう意味ではないですからね?単純に出会ってからの年数が長いという意味ですからね」
「そうだとしても仲が良すぎではないのか?」
「そんな事言われても…。サイモンとは兄妹のように育ってきましたから…」
サイモンはもう家族のようなものだ。家族と仲が良いことを何故咎められなければならないのか。
そもそも実家の人間との関係など、悪いよりは良い方が好ましいはず。
この男は何が不満なのだろうか。若干イラついてきたシャロンは思わず舌打ちをしてしまった。
「し、舌打ちした?今舌打ち…え?」
「ああ、すみません。つい」
「…ついって」
「しつこいので少しイラっとしてしまいました」
「し、しつこい…」
眉間に皺をつくり、睨みつけるような表情をしながら、シレッとそう返すシャロン。
彼女のその態度にアルフレッドのお豆腐なメンタルは粉砕された。
アルフレッドはガクッと膝を落とす。
そのまま床で丸まってめそめそするもうすぐ四十路の男を、シャロンは可哀想なものを見る目で見ていた。
(恥ずかしくないのだろうか、この男は)
情けないにも程がある。シャロンは苛立ちつつ深くため息をついた。
「…旦那様は私とサイモンの仲を疑っておられるのでしょうが、私と彼の間には何もありませんよ」
公爵家の恥になるような事はしていない。胸を張ってそう言える。しかし、アルフレッドは疑り深かった。
「信用できない」
「…は?」
シャロンはアルフレッドのその返しに目を見開いた。
そして、俯き拳を握りしめて肩を震わせる。
「ならもういいです。信じていただかなくても結構です」
疑われているのなら仕方がない。
そもそもシャロンはアルフレッドの子を産むために嫁がされただけ。二人の間に信頼関係などあるはずがなかった。
どれだけ『何もない』と主張しようとも、彼が信用できないのなら仕方がない。
「もう面倒くさい…」
「え?」
「もう本当にめんどくさいです」
「…めんど?え?めんどくさい?」
「何で私はこんな人を好きかもとか思ってるのかしら」
シャロンはぽつりと呟いた。
やっぱり正気の沙汰じゃない。サイモンの言う通りただの情なのだろう。
アルフレッドは彼女の予想外のセリフに、目を大きく見開いてパチパチとさせている。
「シャロンは…私のことが好きなのか?」
「好きじゃないです。好きかもしれないというだけです」
感情のない目でアルフレッドを見下ろすシャロン。明らかに好きかもしれない相手に向ける視線ではない。どちらかというと毛虫に向ける視線だ。
「もう面倒くさいので離縁してください」
シャロンは大きなため息をつき、心底面倒臭そうに言い放った。




