27:白か黒か(3)
シャロンはそっと目を閉じた。
エミリアの死の前後の記憶が曖昧な使用人たち。
エミリアの死を診断した医師、エミリアを棺に入れる前に最後に彼女に触れた侍女の2人が消えたこと。
そして、エミリアの墓石付近で微かに残る魔力反応。
再び目を開いた彼女は、真剣な眼差しでサイモンを見据えた。
「ここからは私の推論だけど、いい?」
「はい」
「この墓石の下にいるのはエミリア様ではなく、彼女の侍女であったヘンリエッタだと思うわ」
シャロンの推論はこうだ。
5年前のあの日、デイモン医師はエミリアの最後の診察を終え、彼女は『死んだ』と嘘をついた。
おそらく彼女に仮死状態にする薬でも投与したのだろう。
体の弱い彼女にそれを投与することはリスクしかないため、もしかすると違っているかもしれないが何らかの方法で医師はアルフレッドにエミリアの死を信じさせた。
そして医師は、自分が懇意にしている葬儀屋があるといい、すぐにそこへ連絡をする。
葬儀屋の到着後、エミリアの身を清めるからと泣き崩れるアルフレッドを部屋から追い出し、彼女をどこかへと隠す。
棺には、彼女の代わりにヘンリエッタという娘を殺して棺に入れる。
そして、ここに埋葬した。
その時、エミリアの死を偽装するために幻術の術を使ったのではないかとシャロンは言う。
「幻術…」
「そうよ。始めは記憶の改竄が行われていると思ったのだけれど、それは禁術になるし、ここまで大勢の人の記憶を一度に改竄するには魔力持ちが少なくとも5人は必要なの」
記憶の改竄や他人の精神に干渉し、意のままに操る術は禁止されている上に難易度が高い。
魔力反応が小さかったことを踏まえても、それを行った線はないだろうとシャロンは言う。
「それに対して幻術は、物質の状態を変えるわけじゃないから魔力持ちなら結構簡単にできるのよ」
「例えば?」
「例えば…」
実演を求められたシャロンは、あたりをキョロキョロと見回した。
そして目に入った、先ほどサイモンが抜いていた草の山に手を当てる。
すると、その草の山が雪へと変わった。
「え!?」
サイモンは驚いたように声をあげ、慌ててその雪を両手で掬い上げる。
すると、雪に見えていた草は、彼の手のなかでただの草へと戻っていた。
「どういうことですか…?」
「幻術の術をかけられた物体は、見ているだけなら別のものに見えるけど実際に触れたりして五感でその物体を感じると幻術は見えなくなってしまうのよ」
幻術は一種の催眠術のようなもので、緊張状態にある人や疑り深い人などには幻術を見せにくかったり、規模の大きなものを見せようとした場合は持続時間が短かったりと、この術には欠陥が多い。
子ども騙しのようなものだとシャロンは言う。
「…でも、子供騙しでも、埋葬前の棺に入った遺体をエミリア様のように見せることはできるわ」
「なるほど…」
「さらに、当時。デイモン医師は毎日のように花束を届けていたそうよ。『妻の死期が近いことで気が滅入っている旦那様の心を癒すものだ』と言って、甘い香りがする雪の結晶のような花弁が特徴的な白い花を…」
「…それって」
「そう、ユキシグレよ」
それは麻酔薬の一種。外科手術の際にシャロンの父がよく使っているもので人体に影響はないが、その根を燃やすと意識を朦朧とさせる効果のある花だ。
昔は確かにその花の甘い香りは沈静効果があると言われていたが、最近では集中力を削ぐくらい香りだと危険視され始めており、一般への販売に制限がかけられている。
おそらくそれを嗅いだ使用人たちはその香りと幻術の効果が重なり合い、記憶が曖昧になっているのだろうとシャロンは言う。
「そして、エミリア様は脅されでもしたのでしょう。葬儀の後、ヘンリエッタに変装してシュゼットと共に屋敷を出たのではないかしら」
元々この家の使用人はエミリアと大して接触していない。変装した彼女に気づかないということも考え得る。
「そして、その後エミリア様はなぜか王宮に保護され、彼女の死の偽装に協力したシュゼットとデイモン医師は何者かに消された…」
これがシャロンの考えるエミリアの死の真相だ。
話し終えたシャロンを前に、サイモンは腕を組みながらうーんと唸る。
「色々と突っ込みたいところもありますが…。とりあえず、お嬢はエミリア・カーティスが生きていると考えているわけですね?」
「そうよ」
「わかりました。お嬢のお考えはハディス様に報告しておきます。で?」
「…で?って何」
「もう一度聞きますが、どの辺が公爵閣下の無実と繋がるのでしょう?」
「…へ?どの辺って…」
にっこりと微笑みを浮かべる彼の笑顔が怖い。
どの辺がと聞かれたら、どの辺が無実の証明になったのかがわからない。
「死を偽装したのはおそらく間違いないでしょう。棺の遺体がヘンリエッタであると言う点も、まあ納得できます。ですが、公爵閣下がこの偽装を主導したとも考えられますし、エミリア・カーティス本人が偽装を医師に依頼したとも考えられます。なぜ2人ともが被害者であるかのような口ぶりなんですか?」
「…それは…何故でしょう?」
シャロンはアルフレッドがエミリアが死んだと思い込まされているだけだと考えているし、エミリアは何者かに脅されて死を偽装したと思い込んで推論を話したが、その部分は『そうであってほしい』という彼女の希望でしかない。
それを指摘され、シャロンは耳まで赤くした。
「ほら!やっぱり情が移ったんでしょうが!この馬鹿!」
「馬鹿じゃないもん!旦那様は本当にそんな人じゃないんだってば!」
サイモンはシャロンのこめかみを拳でぐりぐりしながら、冷静になるように言い聞かせる。
しかしシャロンは絶対にアルフレッドは白だと言い張る。
エミリアもアルフレッドも本当に愛し合っていた。
それはこの屋敷に残るすべてが物語っている。
この数日でシャロンは2人の愛の形跡を嫌と言うほど見た。
何らかの事情によりエミリアは亡霊となってこの屋敷を出ざるを得なかったに違いない。そうとしか思えない。
「わかりました。もうお嬢にこれ以上の調査は不可能だとハディス様に報告しておきます」
「何よその言い方」
「あーもう!腹立つー!」
「それはこっちのセリフよ!」
シャロンはサイモンを突き飛ばすと、イーッと顔を歪めた。
サイモンは額に手を当てて深くため息をつく。
この前会った時は明らかな仮面夫婦だったのに、いつの間にシャロンは彼にこんなにも気を許すようになったのか。
「…好きなんすか」
「何が?」
「閣下のこと」
サイモンの質問に、シャロンは下手くそな笑みで返して誤魔化した。
好きかどうかはわからない。彼が気になるのは確かだが、一緒に暮らして情が移っただけかもしれない。
頼りないし、変人だし、なんか残念だし、他の女のことをずっと思ってる彼を好きになるなんて正気の沙汰じゃ無い。けれど何故か、『好きかもしれない』と思ってしまう。
恋愛に疎い彼女は自分の気持ちを理解できないし、したくない。
言葉に詰まるシャロンに、サイモンは低く言い放つ。
「俺はその感情はただの情だと思います」
「…そうね」
「前妻の愛され具合を見て、自分もそのくらい愛してもらえたらなと夢を見ているだけです」
「…そうかも」
「その先に進めば…地獄っすよ…」
「…わかってるわ」
アルフレッドが自分を愛することはない。
好きになってしまえば、愛されないことを一生嘆く人生になる。
サイモンはシャロンの手を取り、指を絡めた。
「…お嬢、連れ去っても良いですか?」
「…ごめん」
「俺、お嬢が泣くとこ見たくないっす」
「…泣かないわよ」
「わかんないでしょ…」
昔からシャロンは誰にも気づかれないところで、一人静かに泣いていた。
医者になれないと知った日も、学院のいじめが辛かった時も、魔術師になれなかった時も…。
サイモンはその姿をずっと見てきた。
「辛くなったら言ってください。俺はいつでも迎えにきます」
真剣な目でそう言うサイモンに、シャロンはまた下手くそな笑みを浮かべて「サイモンは優しいね」と言った。
サイモンは「優しくないっすよ」と小さくつぶやいた。
そんな彼らの様子を、冷ややかな目をしたアルフレッドが執務室の窓から見下ろしていた。
「シャロンはあそこで何をしているんだ?」
「奥様は、エミリア様の墓石の周辺を綺麗にしたいのだそうです」
セバスチャンは主人の机に紅茶を用意しながら答えた。
どうやらシャロンはそういう理由づけをして、エミリアの墓石付近に近づいたらしい。
「ではなぜあの男がいる?」
「彼は魔術で花弁の色を変えた青い薔薇ではなく、本物の青い薔薇を咲かせることに成功したそうです」
今日はその薔薇をエミリアの墓石周辺に植えるため、その苗を持って来たのだとセバスチャンは言う。
アルフレッドは「ふーん」と興味がなさそうな返事をするが、視線は外で仲良さげに手を繋ぐ2人に向いていた。
「…あの男、邪魔だな」




