19:不穏な影
「え!?話したんですか!?」
騎士団の人間を数名引き連れて戻ってきたアルフレッドは思わず声を上げた。
シャロンがヘンリーから魔術師失踪事件の話を聞いたことを知ったのだ。
周りの騎士達は何の話か分からず首を傾げる。
「協力するとは言いましたが、シャロンまで巻き込む事はないでしょう」
「でもシャロンは割と目を輝かせながら聞いていたぞ?」
「どこの世界に物騒な話をワクワクしながら聞く令嬢がいるんですか。というか、何で呼び捨て…」
「そこにいるだろう。ちなみに呼び方はシャロンがそう呼んで良いと言ってくれたから問題ないぞ」
「問題しかありませんよ」
アルフレッドは非難の視線をヘンリーに送る。
シャロンは苛立ったようにヘンリーを責める彼の袖をちょんちょんと引っ張ると申し訳なさそうに眉をハの字にして、アルフレッドを見上げた。
「あの…公爵様…」
「ああ、シャロン…」
アルフレッドはシャロンの手を取る。
彼女の手を掴む彼の手は小さく震えていた。
この事件は高位の身分の人間が関わっている可能性が高い。捜査が失敗したり、バレたりすれば間違いなくシャロンを危険に晒すことになる。
それが彼にはとても恐ろしい。
「シャロン、私は君を危険なことには巻き込みたくない。君を危ない目には合わせたくないのに…。巻き込んでしまって本当にすまない」
アルフレッドは悲痛な顔をした。
エミリアしか見ていないはずの彼の口からその言葉が出た時、今度は周りの騎士達も、そしてその言葉を言われたシャロン自身も、大きく目を見開いた。
その発言からは望まない後妻だとしても、危険に晒したくはないほどには大切にしている事が窺えたからだ。
まさかアルフレッドがそんな風に思ってくれているなんて、考えもしなかったシャロンは珍しく深く反省した。
好奇心に負けて積極的に話を聞いてしまったが、やはり一度彼に確認を取ってから首を突っ込むべきだったのかもしれない。
シャロンはアルフレッドの手にもう片方の自分の手を重ね、首を左右に振る。
「ち、違うんです。巻き込まれたのではありません。私が勝手に首を突っ込んだのです。申し訳ありません」
少し気まずそうに潤んだ瞳でこちらを見つめるシャロンに、アルフレッドはどくんと心臓が跳ねた。
先程のブチ切れで吹っ切れたせいだろうか、シャロンの表情がいつもよりも豊かに見える。
「その、どうしても耐えられなかったのです…」
シャロンは目を伏せて、唇を噛んだ。
その後に続く言葉は、
『アル様が危険の中に身を置いているのに、自分は何も知らないという事が(泣っ)』
だろうか。それとも、
『アル様のお役に立ちたいという感情が抑えられなかったのです(泣っ)』
だろうか。
愛称どころか『旦那様』と呼ばれたこともないのに、アルフレッドはまだ性懲りも無くシャロンに夢を見ていた。
そんな妄想をするアルフレッドの気も知らず、シャロンはゆっくりと口を開く。
「実を言うと、そろそろ退屈すぎて心が死んでしまいそうだったのです…」
まさかの返答に、アルフレッドは固まってしまう。
「それは、どういう…」
「先程色々とぶっちゃけてしまったので、もう正直に申し上げますが、私は公爵邸での生活に飽きてきていたのです」
「あ、飽き…」
「公爵邸での生活はとても穏やかで心が安らぐものです。けれど、どうしても…その、つまらなくて…」
「つまらない…」
「し、刺激が足りないと申しますか…。その、公爵邸では薬草を育てることも、新薬の開発も、マウスの飼育もできませんし…」
「マウスの…飼育…」
「それでつい…。好奇心に負けてしまって…」
「お、おう…」
ごめんなさい、と半泣きで謝るシャロン。
特に隠していたわけでもなく、好かれようと猫をかぶっていたわけではないが、彼女はこの時はじめてアルフレッドに自分の本心を見せた。
本当は薬草園を作りたいし、実験室を作りたいし、マウスを飼育したいし、図書室には自分好みの本を揃えたいし、エミリアの話はそろそろ聞き飽きてきていた。
しかし『好きにして良い』と言いながらも、シャロンが本当に好きなようにお屋敷を変えていってしまうことをアルフレッドは望んでいないし、エミリアの話を楽しそうにするアルフレッドを前に『その話は飽きた』とも言えない。
恋愛感情はなくとも、仮面夫婦だとしても、アルフレッドを悲しませるようなことはしたくない。
だからこそ大人しくしていたのだが、その反動のせいか、うっかり好奇心に負けてヘンリーの口車に自ら乗ってしまったのだ。
その黄金の瞳にうっすらと涙を溜め、シャロンはそう語る。
「た、確かに好きにして良いと言いながらも、本当に好きにされると少し寂しい気もしていたけど…。確かにエミリアの話ばかりで申し訳ないとは思っていたけれど…。えっとつまりは何だ?」
彼は戸惑いながらもなんとか言葉を紡ぎ出す。
もしかすると、心優しく控えめで奥ゆかしいと思っていた後妻は、実はとんでもないやつだったのかもしれない。
「…シャロンは退屈しのぎに首突っ込んだという事?」
アルフレッドの問いに、シャロンは叱られた子どものような表情でコクリと頷いた。
「そ、そうか…」
妙な沈黙が二人の間を流れる。
アルフレッドは頭をかき、深くため息をついた。
「まあ…シャロンが良いなら…協力してもらおうかな…」
「良いのですか?」
今の今まで泣きそうになっていたシャロンは顔を上げ、とても嬉しそうな顔をした。
そして、「精一杯がんばります!」と言ってシャロンはそれは花が綻ぶような、愛らしい笑顔を見せた。
その笑顔に、アルフレッドは「自分が守ればどうとでもなるか」と思考を放棄した。
「なんか、お似合いっすね」
そんな二人の様子を見ていた騎士の一人がボソッと呟く。
たしかに変人同士、お似合いだ。他の騎士達もうんうんと頷いた。
***
その後、アルフレッドは同僚の騎士達にシャロンを紹介した。
彼らが話すアルフレッドの昔話や日頃の騎士団での話に耳を傾けながら、シャロンはふと、何気なくテラスから見える中庭の噴水に視線を移した。
すると、そこには一人の女が立っていた。
白いワンピースを着た絶世の美女。
恐ろしいほどに左右対称の顔に、雪のように白い肌と漆黒の腰くらいまである長い髪。透き通るような青い瞳は海の色に近く、その瞳はじっとこちらを見つめていた。
シャロンは何故かエミリアの名が頭に思い浮かんだ。傾国と謳われるほどの美人だったと噂の彼女の容姿はこんな感じだったのだろうか。
「どうしました?夫人」
騎士の一人が、ぼうっと外を眺めるシャロンに声をかける。
「いえ、あそこに人がいたような気がして…」
シャロンが噴水の方を指差した。
その瞬間、雲が月を隠し、あたりは一気に暗くなる。
「誰もいませんよ?」
「あれ?気のせいだったのかしら…」
雲が通り過ぎ、再び彼女が噴水のそばを見た時には、そこには誰もいなかった。




