世界一への近道
「あらすじ」
世界一への挑戦話です。なんかわからないものに、わからないなりに戦いを挑むらしいです。
「待ってて。わ、私が……助けを」
扉を開けることさえ出来ずに、マリー・レイジーは力尽きた。時は遡ること一時間前。
* * *
「やっぱり世界一っていうのはどんなものにも屈しない奴のことを言うと思うんだよ」
「急に何よ」
「だから、世界一って名の付くものを片っ端から倒してきゃ、あっという間に俺は世界一ってわけだ」
「既に“世界一の馬鹿”なんだからもうよくない?」
赤髪青目の少年リュウ・ブライトは何を思ったかしょうもない理由で四人を集めた。その一人ティナは真正面から煽っていくスタイルだ。
「まずは世界一辛い唐辛子、『ドラゴンブレス』だ!」
皿の上に乗せられたのは、五つの龍の頭、に似た唐辛子だった。
真紅に染まったそれらは、照明の光を反射して美味しそうに光っている。しかし、どこからどう見ても唐辛子であり、龍の頭の形のそれは魔力さえ籠っている。
「なぜ人数分揃っているんでしょう」
「何でってそりゃ、皆にも世界一を目指してほしいからだよイクト」
「私ちょっと食べてみたいかも」
大食い令嬢マリーが一つ手に持った。色鮮やかな龍の頭に導かれるように、口を開ける。世界一と言われる唐辛子だが、一見すると龍の頭の何かという印象で、むしろその色の鮮やかさに食欲をそそられる。手に持った時の刺激は無く、匂いも感じられない。
「マリー、無理しなくていいのよ?」
「危険」
ティナも、いつもは無言のアルも、心配から止めようと試みるが大食い令嬢の名は伊達ではない。
「はむ」
龍の頭の半分を食らい、咀嚼する。
「どう、なの?」
「うへぇ辛そう」
「う~ん味はしないかな。辛味もほとんど無……」
マリーの動きがぴたりと止まった。
みるみるうちに顔が赤くなり、額から汗が出てくる。しかし、それを認めたくはないのか首を横に振り始める。
「マリー水飲んで! 牛乳もあるよ!」
ティナの救いは素直に受けとるが、時既に遅し。
「いたぁ~い!」
マリーは口から炎を吐いた。例によって使われる比喩でも、夢でもなく、本当に火を吐いたのだった。皿に乗った龍の頭たちを燃やし尽くし、テーブルにも火をつける。咄嗟にティナの前に立ったリュウが守るようにしてそれを受けた。火が効かないリュウや、盾を出したアル、その後ろに隠れるイクトは皆目を見開いていた。
「俺んちが燃えちまう!」
「早く消さないと!」
「……まさか本当に出るとはな。説明書読んだときは信じなかったけどこりゃスゲー。俺は食わなくてよかったぜ」
その後リュウはマリーによって撃たれた。
* * *
「お次はこれだ!」
焦げの残ったテーブルの上に出されたのは一冊の本だった。表紙もその下に見えるページも古く、少しの黄ばみが目立つ。
痺れから一切口を開かなくなったマリーは、まるで空気のようにその場にいるだけとなっている。
「食べ物じゃないだけマシね」
「おう。その名も『世界一恐い本』だ!」
聞くからに怪しいその本は、禍々しいオーラのようなものを放っている。近づくことすら辟易してしまう。
「てことで次はアルな」
「でも、アルってお化けとか怖がるっけ?」
普段通りの無表情のままティナを見る。これは、進んで関わることはしないが出会ったとしても怖がるわけではない、の顔だ。一瞬で読み取ったティナとリュウだが、イクトとマリーには通じない。経験の差だ。
「ならイケんだろ」
リュウはアルに本を渡した。しかし、リュウ以外の全員がその瞬間気づいてしまった。その本にも、魔力が宿っている。
「そういえばアルの恐いものってさ」
「ああ、そういやあったな。見た瞬間すっげー速さでいなくなるやつ」
アルは本を開いた。そして本を窓の外に投げ出し、アルは押し入れの中に隠れた。
「『この本は読者の一番恐いものが出てくるように特別な魔法が掛かっているよ♪』だそうです。一瞬見えた虫のようなものですかね」
イクトは淡々と説明書を読んでいた。
「あいつガキの頃さ、背中に入ったダンゴムシが知らない間に潰れてたことがあったんだよ。それ以来虫が駄目でよぉ」
涙が出るほどにリュウは笑っていた。完全にアルははめられたのだ。押し入れの中からの殺気に気づかない彼は、不幸な限りだ。
* * *
「次はこれっ」
クローゼットの扉の隙間から見せる仏頂面のアルを一瞥し、今度はペラペラの紙をテーブルの上に置いたリュウ。何も書かれていない真っ白なその紙はたったの一枚で、折り目さえない綺麗なものだ。
「『世界一耐久力のある紙』ってやつだ!」
三度目にもなると、未だ被害を負ってないティナとイクトは疑り深くなる。じっと据わった目をリュウに向けるが、リュウはそれを意に介さずに胸を張る。
「聞いて驚くな、いや驚け。これはどんなに衝撃を与えても一切破れない紙だ」
「一体そんなものどこで手に入れてくるのよ」
リュウの得意気な眼差しを不自然に思うティナ。イクトは関わろうとさえしない。
「てことでイクト君。まずは君からだ」
だというのに目を付けられたのはイクトだった。逃げるのも無理は無かった。その紙にもやはり魔力が宿っているのだ。事前に行っていた魔力探知が猛烈に反応し、本能の奥底から拒否反応を起こしている。
しかし、リュウにとっては些細なことであり、イクトの事情を加味して考えるような頭も持ち合わせていない。
「こうして、こうやって、そら出来た。紙で作った剣だぜ!」
真っ白な剣の形をした小さな紙が、リュウの手には握られていた。そわそわしながら顎で早くしろと急かしてくるリュウ。イクトが自身の魔法武器である『笹貫』を喚び出すことを心待ちしていた。
やれやれと言ったようにイクトはため息をつき、要望通りそれを出した。鞘に納められたそれは東洋に伝わる武器、刀だ。
「行くぜ!」
「神風流一刀術壱ノ型【神速】」
あっさりと、紙で作られた剣は真っ二つにされてしまった。
「確かにすごい紙でした。では次に行きましょう」
涼しい顔のイクトが、そっと『笹貫』をしまう。
* * *
「『世界一うるさい鏡』? 何これ」
『キィエエエエエエエ! ブッサイクナツラデコッチミテンジャネーェェェェェ! コノ、ヒンニュ──【魔水球】
ティナの水が、急に喋り出した鏡を木っ端微塵にした。粉砕された鏡は、そのまま散らばる。
「あら、手が滑っちゃったわ」
「お前貧乳って言われたくらいで怒──【魔水球】
リュウは壁に激突した。強力な水圧だった。
「『世界一重い小石』?」
「漬け物石くらいだぜ。その大きさなら、まあそんなところだろくらいだった」
「これは『世界一甘いコップ』?」
「入れた飲み物がとことん甘くなる。コーヒーがちょうどいい」
「『世界一日付の多いカレンダー』って?」
「そのまま。でも曜日ズレてたらしくて今自主回収してる」
総じてショボい。
「次は……あれ、これで最後だ」
そう言って取り出したのは小さな石だった。リュウの手のひらに収まってしまうほどの小石だったが、先からの経験で禍々しさの感知は慣れてしまっているティナ達。
いち早くその石の内に潜む何かに気がついた。
特に映えの無い灰色で、その辺で拾ってきたもののようなそれだが、若干の魔力がやはり込められていた。
「何でも『爆弾石』っていう名前なんだけど……」
「世界一危ない石とか、世界一熱い石とか?」
「いや『世界一臭い石』。ヤベーらしいよ」
その手に収まるものが、世界一の悪臭を放つ。言われてみてもよくわからないが、リュウの性格はものすごくまっすぐなものである。
「“この『爆弾石』は炎に反応して破裂します。尚、必ず半径百メートル以内に障害物の無い屋外で使用してください”だそうだけど、まさかリュウ君ここでやらないよね?」
怯えるようなマリーの声。リュウは無言のまま優しく微笑んだ。
【炎撃】
仏のような笑顔から地獄が呼び覚まされたのだ。
「うっ……」
言葉も出ないほどにそれは一瞬だった。小石がぱかんと割れ、気がつけば中の紫色が見えていた。ティナはあまりの臭いに卒倒してしまった。
「うう、臭い……」
イクトはそう言い残し倒れ込んだ。限界を越えたものに直面したとき、人はその活動の一切を止めてしまう。
【瞬盾】
己を盾で包み込んだアル。しかし、その程度が世界一に敵うはずもなかった。
「うっ、漏れてきて……」
盾も一瞬で消え去り、中に漏れてきていた匂いはさらに増した。
「待ってて。わ、私が……助けを」
扉を開けることさえ出来ずに、マリー・レイジーは力尽きた。
リュウはその後、部屋もろとも水で洗い流された直後に目を覚ました。異臭に気づいた生徒がいたために事なきを得たが、しかしそれ以降リュウは世界一という言葉を発する度に殺気を感じるようになっていた。ティナの鋭い眼光がリュウを貫く。
世界一の夢はまたひとつ遠退いた一日だった。