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一時間クエスト

「あらすじ」

 学生朝刊という新聞が投函されるよりもはやく、まだ授業も始まる前。リュウ達五人は珍しく朝から冒険を始めることにする。たった一時間の余裕の果てに、リュウ達が見つけるものとは……。

 

 世界を救った英雄の国イデア王国。五大国として全世界にその名を轟かせる王国の首都アルティス。温暖な気候と目を覆いたくなるような日差しのもと、初夏の空気に包まれながら少年達は歩いていた。


「あちぃ~」


 国内最高峰の魔法学園に通う赤髪の少年リュウ・ブライトは、この日も日課である世間への文句を垂れていた。ここ数日の暑さからお得意の朝寝坊が出来ておらず、遅刻回数の更新も停滞している。


「明日からもっと暑くなるんだってね。私暑いの苦手なんだよな~」


 襟で胸元に空気を送り込むマリー・レイジーが言った。歳の割りに大きく育ったその胸には、どうしても熱が籠ってしまう。それを見つめるティナ・ローズの壁と比べれば一目瞭然だ。ティナのシャツのボタンは、この日もきっちり閉じていた。


「なんか俺達のこと狙って日が差してんじゃねーの?」

「確かに熱いわね。それで何でこんなところ歩いてるのよ」


 少し語調を強めてリュウに聞くティナ。いつもならば往復五分の通学路を通るはずだ。全寮制の学園というからにはそのくらいの利便性は当然。だというのに、今日の道は違っていた。


「いつもの五分ロードは飽きた。もっと刺激がほしいんだ。なんつーか、サバイバルだよサバイバル!」

「珍しく僕もリュウの意見に賛成です。突如現れる謎の道に、落ち葉の下の虫達。男の子のロマンです」


 そう返したのは黒髪をなびかせるイケメンことイクト・ソーマ。東洋人の彼は落ち着いた性格だが、朝には弱いはず。それなのに元気でいられるのはロマンのおかげだ。


「虫以外俺も賛成」


 短く返したアル・グリフィン。無口な彼にしては喋った方だった。


「わ、私もイクト君とアル君と同じで、こういう回り道は好きだよ」

「だからって一時間も迷ってちゃ、ざまあ無いでしょ」


 遠くの方から聞こえた一限開始の予鈴が、今の時刻を伝えてくれる。


「せっかく学生朝刊が来る前に皆起きれたっていうのに、これじゃあね」


 イデア王立アルティス魔法学園学生新聞朝刊号、略して学生朝刊。

 学園寮に住む寮生に毎朝届けられる情報誌だ。創立以降休まず発行され、その日の予定や街の情報までありとあらゆることが載っている。魔法学園に通うものならば誰もが知る四コマ漫画が特に人気で、ヒーローを取り扱ったギャグが魅力的である。


「大丈夫、一限のセンコーは出張、つまり自習だ!」

「あと五十分で戻ればなんとかなるね!」


 ノッてきたマリーがリュウの後押しをしてしまう。


「そもそも、大前提で間違えてるのよね」

「何がです?」


 ティナの文句はイクトが受けた。


「私達いつも寮を出たら左に出て、学校へ行くじゃない。今日はどうした?」

「右」


 アルが一言情報を付け足す。ここで完全に予鈴は鳴り止んでいた。


「これさ、私ら学校に着かないんじゃないの?」


 根本的なところに間違いがあったのだ。


「だ、大丈夫だよ。どこかで右か左に行って、回るような感じで向かえば」

「元来た道は戻らねーぞ。ロマンが欠ける」


 リュウの決意は固い。どうしてこの四人と仲を深めてしまったのだろうと、ティナは冗談混じりに後悔した。


「右に王宮があるね。そろそろアルティスを出て山に入るんじゃないかな。私ここら辺来たこと無かったから、なんか楽しいな~」

「俺は小学生くらいの時に来たことあるぜ。確かティナとアルに無理矢理連れてこられたような……」

「誤解」

「そうよ、リュウが探検しようって言ったんじゃない!」


 アルティスを囲う大きな壁を抜け、山に入るリュウ達。気分は遠足だ。


「イクト君今日は朝から動けるんだね。いつもは低血圧で体調悪そうなのに」

「朝から鍛練してましたから。慣れですね」


 マリーの質問に対して、イクトは爽やかに答えた。


「うへぇ、早起きして更に動くのかよ。その分寝てようぜ」

「これが自堕落に足を突っ込む奴の意見ね」


 リュウの文句にはちゃんとティナが突っ込んだ。


「アル君それ暑くないの?」

「暑くない」

「え~絶対あついよぉ」


 マリーの質問に必要最小限の返答を見せるアル。素っ気ないようにも見えるが、これでも機嫌は良い方だ。それがわかっているからこそ、マリーは談笑を持ちかけることができる。


「ねえ見て! アレアレ──」


 五人の朗らかな探検は更に発展していった。

 マリーの大食い秘話に驚かされ、イクトの意外な特技が明かされ、ティナの頭のよさを何度も披露する。

 リュウは相変わらず無視の苦手なアルにたくさんのいたずらをする。その度に姿を消すアルの表情を面白がっていた。


「おい、あれミサイルカブトだぜ!」

「…………」


 角の部分が飛ぶ仕組みとなっているカブトムシをリュウが見つけた。一瞬で採られたカブトムシは角を飛ばすがリュウには効かない。


「見ろよア……またいねー」

「アル君ってほんとに虫苦手なんだね」

「ああ」

「やめてあげなよリュウ。宿題写してもらえなくなるよ」

「ちぇ、こっからが面白いのに」


 マリーとティナの制止によって逃がされたミサイルカブト。それとは反対方向からアルが戻ってきた。そんな彼には構うことなく先を進んでいたイクトの顔色が変化したのは、それから数分経った頃だった。


「……ねえ、ここどこ?」


 気づいて、口火を切ったのはティナ。気づいたときには全てが遅く、後ろを振り返ってみても何も涌いてこない。


「どうした?」

「迷ったんだけど」

「は?」


 ようやく気づいたリュウは、ティナと同じように後ろへ向き直る。


「とりあえず元来た道をもど……いや駄目だ」

「え」

「言っただろ、戻らねーって」


 激しく怒鳴りたくなったティナであったが、戻ろうにも戻り道さえわからない。いつの間にか道なき道を進んでいた。

 全力で自分の意見と反対の方向に行くリュウに、着いていかねばならないという不安感は、それはもう悲惨なものだ。


「アル、利き手は?」

「右」

「知ってる。ティナとイクトとマリーも右利きだよな?」


 三人は同時に頷いた。そして同時に嫌な予感が胸をよぎった。


「俺もだ。じゃあそういうことで、ゴー」


 リュウは右へ進んだ。雑草と巨木との隙間に、無理やり体をねじ込んでいく。


「大変、二限目始まるまであと十分しかない!」

「マジかよ!」


 マリーの言葉に動揺するリュウ。それに対しイクトは平然と魔力を高めていた。そう、魔力を高めていたのだ。


「邪魔ですよね、木」

乱切り旋風トルネード・スラッシュ


 前方に螺旋を形作る風を起こす。回転力によって貫通性と射程を伸ばした風魔法だ。風属性は主に切断に向いている。前方に邪魔する幾多の巨木を、斬り倒していった。


「さっすが、見えたぜ城が!」


 巨木によって阻まれていた視界も晴れ、王宮が正面に見えた。リュウのあの方向決定に間違いは無かったのだ。


「あ、でもここ国王様の土地だから、見つかったらアウトだね」


 マリーの爆弾発言が無ければ、晴れ渡る空に満面の笑顔を向けていたというのに。

 一気に顔が青ざめたティナは、辺りをキョロキョロと見回した後、ありったけの魔力で足を強化して走っていった。


「早くしなさい四人とも! バレたら完全に火炙り!」


 後から着いていく四人も、斬り倒された国王の巨木の上を器用に渡っていた。


「あと五分!」


 見えてきた学園。

 寮を超えた時点で時間には余裕があったが、次の授業は我らが担任ことシエラ教諭だ。きっちりとした性格の彼女は始業よりも早く来る。


「あと四分!」


 身だしなみを整える一身鏡には目もくれず、動く土階段を駆け上がる。


「もうそろそろ始まっちゃいますね」


 イクトはとても優雅に走っていた。


「ぬあああああ!」


 リュウは教室のドアを乱暴に開け、真っ先に自分の席へ座る。ティナもマリーも同様にだ。


「ギリギリセーフ!……ってあれ?」


 入ってくるかと思われた二限目担当シエラの姿は、始業時刻になっても現れない。始業の予鈴は鳴っているが、来ないのだ。そしてそれ以前に、リュウ達五人を除いて、この教室には誰もいないのだ。

 開けられた窓からは、ふわりと初夏の風。暑さを吹き飛ばしてくれるその風の音も、はっきりと聞こえる。静寂に包まれた教室には、やはり誰もいない。


「なんで皆いねーの?」


 訳がわからなかった。


「なんだ騒がしいな、ってお前達か」


 唐突に入ってきたシエラだが、いつもは持っているはずの出席簿を持っていない。つまり授業のためではない。


「なんだお前ら、来たのか」

「え?」

「……お前達まさか学生朝刊は見てないな?」


 今の状況を知りたいのに、言われたのは新聞のこと。リュウ達はそれが投函されるより前に出ていたのだから見ていないのも当然だ。


「今日は休校だ」


 大失態である。

 この暑さと少しばかりの好奇心が引き起こした災難は、リュウ達の心を深く抉った。


「まあどうせ暇だろ。そうだ、どうせだから今から追試でもやろう。リュウは確か五つくらい危ない教科があったな。担当教師から預かっていたんだ」


 異空間から喚び出した塔のようなプリントの束。連なりから計算するに、その数は三桁の大台を突破している。


「そんな……」


 暑さから、目眩がしてくる。


「そんな……」


 あの塔を制覇するために、冒険に出たわけではないのに。とんだRPGのクソゲーだ。


「そんな馬鹿なああああぁぁぁぁ!!」


 初夏の風が教室に吹き込む。暑さを和らげる癒しの風も、プリントの束を飛ばすまでには至らない。

 リュウはこの日以来、死ぬ気で遅刻に励んだ。そうして、少年は破滅の道に自らを追い込んで行くのであった。

 

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