メイビスの自信
さて。王城というものは基本的に護衛があちらこちらに配置してあるもので、また夜会ともなれば使用人がバタバタとあちらこちらに足を運んでいるものである。
今回はそんな王城の裏側の事情を話す気はないのだが何が言いたいかと言うと、アリシアとジャーマニーの妻メイビスの修羅場を何人かの使用人と護衛達が目撃しているというわけだ。
賢い彼らは黙って見過ごすような真似はしない。護衛達は素早く連絡し手の空いている使用人をアリシアの元へ行かせ、下世話な噂話が大好きな使用人たちは一斉に先程の修羅場を伝えていった。
そのネットワークは護衛達よりも早い。
そして全員がそんな修羅場を経験し一休みしているアリシアを一目見ようと休憩室を覗くのだが「ルカにどう言おう…」や「スープあったかい」とほんわかな呟きに、イチコロだった頃。
メイビスはハイヒールの音を立てながら夜会会場へ戻り、ルカやルシフェル王子を見つけると足を止めた。
ルシフェルは使用人と何やら楽しく談笑していて、ルカは赤ワインを片手にゆーらゆーらと色を見ている。
それを見たメイビスは妖艶な顔で微笑み、美形二人に怖気を震わず、おぼつかない足取りでルカに僅かな接触をした。
「あっ…申し訳ありません。少し酔ってしまったみたいで」
勿論、メイビスは酔ってなどいない。酔っているという理由でルカに近付いたのだ。紹介の線が薄いメイビスにとって、この行動は十八番であった。高揚した頬と潤んだ瞳で見つめられたルカはメイビスを一瞥すると、にこやかに紳士の対応をする。
「あぁ、構いませんよ。それより少し休まれた方がいい」
黄色いヒンヤリとした眼光は細められることで柔らかい印象を持ち、メイビスはその麗しい顔で見つめられる自分に酔いしれる。顔がいいからと言って子爵令嬢が侯爵に好かれるなど、胸糞悪いメイビスはアリシアを敵視し、また卑下して見ていた。
ジャーマニーだって容易に落とせたのだ。今回も同じこと、そう思って軽はずみに言った。
「ルカ侯爵様、優しいお言葉をありがとうございます。やはり見た目通りのお優しい方なのですね……それにしても罪作りな妻ですね」
「どうことでしょう?」
整った眉をピクリと動かしたルカの思惑通りの返答にメイビスは、見えないように赤く塗りたくった口を歪ませ笑う。
「いえ…、貴方のような殿方を放っておくなんて」
「へぇ、君なら側に居てくれるって言いたいのかな?」
ルカは一変に切れ長の瞳を細め、メイビスを横目で見やった。口元には薄っすら笑みさえ浮かべている。
メイビスは思った。
したり顔を隠しながら、自分に興味を示したであろうルカに畳み掛け売り込めばジャーマニーのようにアリシアを捨てて自分に乗り換えるだろう。
生まれた時から美人で体型を維持して男に好まれるよう努力しながら生きてきた。
それがぽっと出のアリシアにいいとこ取りされるなど自尊心が許さないのだ。
「ええ!私ならアリシア様よりも」
「地位も外見も教養も…そうだね、付き合い方も劣らないのに?」
全くの図星を突かれ咄嗟に頷いたメイビスは、それだけ分かっているルカなら私を選んでくれる。そう思い真っ赤な扇で口を隠し肯定した。
「……いや、君はナイでしょ。」
急に突き放された言葉に一瞬訳が分からなくなるメイビスだが、ケラケラと静かに笑い声を転がせて、猫のように口角を上げたルカが突如笑みを消し去り睨むと、蛇に睨まれた蛙のように固まった。
「さっきから私に媚びを売っているのが丸分かりで、アリシアを卑下する言葉に虫酸が走る。メイビス嬢はジャーマニー侯爵子息のように私も落ちると思っているかもしれないが、アレと一緒にしないでくれ。アレはただの馬鹿だ。アリシアの価値に気付きもせず、君みたいな女に引っかかる甲斐性無しだ。」
ルカの静かな怒りを露わに、メイビスは全身が金縛りにあったかのような錯覚さえ起こって身動き一つ取れなかった。明らかに馬鹿にされているのに、文句の一つも口は動いてくれない。
メイビスが固まっている中、一頻り使用人と談笑していたルシフェルを一瞥したルカは、持っていたワイングラスを傾けてその場で動かないメイビスのキツイ美女の顔を引き立たせる真っ赤なドレスにぶっ掛けた。
使用人への笑顔の謝罪、メイビスの茶番に付き合っていただけのルカは既に軽蔑の眼差しへと変わっており、赤い扇や赤いドレスは見る見るうちに赤黒く染みてぶっ掛けた当の本人は見下すようにメイビスを見やった。
ルシフェル王子は頗る上機嫌に笑いながら思う。
使用人から聞いた瞬間のルカの冷静さは嘘のように無く、しかも思わせ振りな態度を取って突き落としたのだ。
本当にアリシア嬢以外容赦のない…いや、アリシア嬢に仇為す令嬢に容赦のないルカを清々しく、怖いと思った。
笑顔で謝罪された告げ口した本人の使用人は慌てて首を横に振るうと、ルカは呆然と立ち尽くすメイビスに告げる。
「貴女と同じことをしたまでです。床が汚れるのでそろそろ帰ったほうがよろしいのでは?」
サァッと見る見るうちに青ざめていくメイビスの顔は悔しそうに歪み、突っ立っていたジャーマニーの腕を引っ張って逃げるように会場から立ち去った。当然ながらメイビスよりも床を気にして、あまつさえバレていたのだ。こんな短時間でバレるなど予期してなかったメイビスは社交界から一時姿を消すことになる。
そんなメイビスに同情も何も感じないルカは後を追うようにではなく、違う理由で出口へと赴く。
「アリシアを迎えに行ってきますね」
ご機嫌なルシフェルの顔が引き攣る程の笑顔に、周りの女性たちは一瞬で撃ち落とされる瞬間だった。
【後書き】 冒頭部分にある使用人ネットワークの勝利。例え聞かされて居なくてもルカは断るでしょうが、今回は目には目を歯には歯をのハンムラビ王方式でやらせていただきました。
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