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「それはもちろん、年上!」
鉾田千枝。小学五年生。身長145cm。体重はヒミツ。血液型はA型。好きな人は、同じクラスの結城礼緒くん。彼はすごいんだよ。他の芋みたいな男子達とは比べ物にならないの。転校生を紹介しますって、二時間目が始まる時に彼は連れて来られた。びっくりした。絵本の中に出てくる王子様みたいにキラキラしてたんだよ。それからもうあっという間に学校のアイドル状態になったの。特にうちの学年の女子は、彼が好きって言ったものが即ブームになった。ピンクが好きと言えば服から小物からランドセルからピンクが流行り、ロングスカートがいいとくれば翌日の五年生女子の半分はロングスカートを着てきた。
少しでも彼の目にとまるため。あたしもやってる。ってゆうか、全部試した。……そろそろ意識してるんじゃないかな? えへっ。……そう思ってたのに。
「礼緒、そういえばお前の好みのタイプって?」
休み時間に、友人の久保田義将くんがそう言った。男子は騒いでたけど、女子はピタッとお喋りがやんだ。
「それはもちろん、年上!」
礼緒くんの一言で、女子は凍り付いて、男子は吹き出した。普段から比べられて鬱憤が溜まってたんだろうけど、小さいやつら。デリカシーがないったら。
「へぇ、何か意外だな」
「そう? やっぱりさ、自分の知らないことをたくさん知ってるとことか、包容力とか、自分のちょっとした失敗なんかも笑って許してくれて、あといい事したらめいいっぱい褒めてくれたりとか。年下じゃ無理じゃん?」
「はぁ……。大人の女性がいいんだな、礼緒は。でも面倒見がいいだけなら、別に同い年でもよくね?」
「駄目駄目ぜったい駄目。年上じゃなきゃ嫌だね。年齢を重ねないと出ないことは多いよ。ボクはそう思うな」
久保田くんは何を思ってそんなこと聞いたのよ。んなあたしらにどうにも出来ないこと聞くくらいだったら知らないほうがマシだった。
その日、友人達と鬱トークをした後、うちら的結論が出た。
「気は変わる」 「世間じゃロリがいいっていうし」 「いつかうちらの良さに気づく」 「大体小五に本気になる年上はやばいだけ」
まったくもってその通り。お母さんみたいに「しみが……しわが……粉吹きが……」 なーんて悩みもない若いあたしらが絶対勝つに決まってるもん。
……とか話したのに翌日の学校。皆大人っぽい服装ばっかり。まああたしもそうだけど。ファッション誌を見て一時間かけてゆるふわウェーブの髪型。眉毛も整えて、服装もシックで落ち着いたトップスにピンクのロングスカートボトム。大人っぽい服装でもあたしと被っている人はいない。とりあえず上下大人っぽい服装って感じだから。皆その場その場で整えるんだから。本気でやるならあたしみたいにデータも集めなきゃ。何人か私の服装を見て悔しそうにしてる。ふふん。
「千枝ちゃん、今日の格好、結構いいね」
休み時間。礼緒くんから直接、私だけが褒められた。やったね!
放課後、あたしは礼緒くんをつけた。何故って? 一緒に帰りたいから! いや、普段の私はこんなストーカーっぽい事しないよ、でも今日は特別! 礼緒くんも褒めてくれたし、頑張った自分へのご褒美があったっていいじゃない。
黒いランドセルの礼緒くんが友達と別れ、田舎道を一人で歩いていく。ようし声をかけ……。
「……結衣お姉ちゃん!? 結衣お姉ちゃんだ!」
「え? ああレオくん。今帰り?」
礼緒くんは前方にいた女子高生に気づくと、忠犬のように走って横に並んだ。あれ、誰よ。確か礼緒くんに姉はいないはず……。
「うわ、うわ、珍しい。いつもボクが早くて帰りが一緒なんてめったに無いのに」
「うふふ。今日は委員会がなかったから。でも代わりに春花ちゃんとシュリーが委員会で……そうだレオくん、お買い物に付き合ってくれない?」
「もちろん! 荷物はボクが持つからね!」
「頼もしいな。それじゃお願いね」
なにあれ。あたしの知ってる礼緒くんじゃない。礼緒くんはみんなに愛想よくて人懐っこいけど、誰か一人だけ特別扱いなんて絶対にしない。どんな可愛い女の子の横にいたって、あんなふうに顔を染めたりなんかしない。あの女……。
「むかつく……悪いやつに違いないわ」
礼緒くんの安否が気になって、家につくまであたしは見守ることにした。スーパーの中まではさすがにランドセルが目立って入れなかった。でも入り口を見張ってたらしばらくして出てきた。
「あの女……結衣だっけ。結衣のほうが重い荷物持ってる。なによ礼緒くんが持つって言ってるのに。恥かかす気なのね? やっぱり最低ね」
学校帰りに買い物に付き合わせるのも無神経よ。ランドセルとか重いだろうに礼緒くん……。どんな弱みを握られてるのかしら。可哀相。
それから多分結衣の自宅まで、二人はニコニコしながら話し合っていた。
「小学生に媚びるビッチ女子高生! 何様なの!」
そして二人はぼろい家に、揃って入っていった。夜になっても出てこなかった。
「え、何。あの二人、同棲、してるの」
礼緒くんの年上が好み、今まで仲良さげだった結衣とかいう女。家が同じ……。
「……もしもし……はい。……はい。実は不審な人がいて……」
結衣の朝が最近少し楽になった。お弁当を一人分作らなくていい事になったのだ。シュリーに彼女が出来たから。しかし当日の朝、作り終わってから照れくさそうに言われても困るというもの。仕方ないので、ルイに「北浜先輩に」 と持たせる。確かあの人は学食かパンだったはず。
「いいなあ。ボクも結衣お姉ちゃんのお弁当食べたい……」
朝食の席で一人愚痴る礼緒。
「遠足の時とかに作ってあげるよ。それか、今度の休みにどこかお散歩でもしようか?」
自分を襲おうとした相手に異様ともいえる優しさを見せる結衣。というのも、失恋がまだ痛いので、休みくらいは離れていたいという未練がましさ故である。それにここ最近は、めっきり初期の大人っぽさがや腹黒さが消えて、甘え始めた赤ん坊みたいな子供っぽさが目立ち、母性本能というか、いろいろくすぐられるのである。結衣も大概甘い。
「本当!?」
「おうよかったな。レオ。俺? 俺は遠慮する。そうだパソコン使えるように回線引いてもいいか? 学校で生徒会の仕事が終わらなくてな……」
「熱心だね。家の中でもするんだ。いいよ。ルイ達に貰ったお金から出すし。となると出かけるのは私とレオくんか……」
と、話が進んだところにシュリーから忠告をされる。
「いえ、止めておいたほうがよろしいかと」
「何だよシュリー。ノリ悪いな。自分は彼女作って弟は許せないとでも?」
「そうではありませんルイ様。……というか、三人とも携帯を見ていないのですか? 連絡網で回って来ましたよ、昨日この辺りで不審者が出たそうです」
空気が凍りつき、三人はシュリーから差し出された携帯を見る。
『下校中の小学生男子児童に「私と付き合って」 と女から声をかける事案が発生』
「……最近の女は積極的だな」
「……ルイもボクもどうでもいい女にはモテるからなあ。そういう女に限って妙な行動力もあるし……ん? 結衣お姉ちゃん?」
一瞬何か考え込んでいたような結衣の態度が気になった礼緒だが、ひとまず放っておく。
「え、うん。何?」
「遊びにいくの、どうする?」
「……こんな連絡網がくるようじゃね。危ないから」
「えー……。うん」
うなだれるレオに申し訳ないと思いつつ、昨日レオくんに買い物付き合ってとか言ったけど、まさかと思う焦りが結衣に生まれる。
その日の下校は春花と一緒に帰った。
「ねえ春花ちゃん」
「はい」
「私、もしかしたら、危ない人に見えたりする?」
「何故そのような……誰が言ったのです?」
「いやさ、今朝の地域連絡網、身に覚えがあって。昨日の下校途中、レオくんと会って買い物付き合ってって言ったの」
「……結衣様はいかにも普通の女子高生ですし。通報されるような犯罪者に見える人間には、わたくし眼科をお勧めしますわ」
「本当? よかった。ちょっと安心したよ」
「ふふ。それにしても通報ね……」
「ああ春花ちゃん、せっかくだから、今日は春花ちゃんのうちへ寄ってってもいい?」
「勿論ですわ。先日新しいハーブティーが……」
そんな二人のやりとりを少し離れたところから観察する人影――千枝だ。
「守谷結衣。近所の人から聞いたところ、そこそこ付き合いはいい。よくも悪くも普通の凡人。問題は友人かしら……。桜川春花。最近急成長した企業の一人娘で羽振りがよくっておまけに美人。企業はロケットから鉛筆、最近じゃ娯楽にも手を出して大成功。『俺に血の繋がらない姉をくれ!』というラノベのアニメ化が大ヒットして……。まあどうでもいいか。問題は結衣のほうだもん」
千枝は結衣を観察した。恋する女の勘で結衣が恋敵なのは察しがついた。ではこれからどうするか。
決まっている。人の気も知らないで安穏としているあの女を引きずり落とす。貧乏でけち臭くて友達選んで気が強いマザコン女なんて、礼緒くんにふさわしくない。騙されている、もしくは盲目になりすぎている。あたしが正してあげなくちゃ。さっそく携帯でまたあそこに連絡する。
『女が女に「君の家へ行ってもいいか」 と声をかける事案が発生』
「……」
「……」
「え? どうしたのルイにいもシュリーも」
「レオ、ちょっと部屋へ行ってろ」
「すみませんレオ様」
夕飯後の居間(狭い)で団欒していたところ携帯に一斉に届いたメール。結衣は涙目だった。春花の家に遊びに行ったと聞いていたルイとシュリーは色々思うところがあった。
「なんなの意味わかんない私そんなに見た目犯罪者なの私が何したっていうの……」
「お、落ち着いてください、結衣のことと決まったわけでは……」
「そうだ、案外探せばお前の他にもヤンデレ友人を持った女はいるかもしれん」
「ルイのばかあああああ!!!!!」
受け取った時点で結衣と春花に当てはめて考えた長男次男だった。そんなやりとりを壁越しに聞いていた三男レオ。
「……これってやっぱり」
翌日、寄り道しながらレオは下校していた。やがて結衣がこっちを見つけて慌てて駆け寄ってくる。
「レオくん! また一人で……駄目じゃない、不審者のメールも来てるのに。レオくんただでさえ狙われやすそうな外見なんだから」
結衣は保護者としてレオを心配している。しかしレオという少年は、ませてはいるし、異世界人だし、しかも王族らしいしという曲者。でも家事を手伝ってくれて、褒めた時に照れくさそうにするレオを見ていると、やっぱり姉のような気持ちになってしまう。
「結衣様を困らせてはいけませんよ。……思うところがあるにせよ、その図体じゃ足手まといですわ」
当然のように春花も後からついてきた。レオは春花が苦手だ。以前盛大にオシオキされたことがトラウマになっている。そういえばルイのほうはケロリと接しているが……大物というか、本物の王者のようでちょっと腹立つ。それだけではなく、自分と同じ結衣至上主義者で、向こうの方が色んな経験値がある。引け目しか感じない相手、それがレオにとっての春花だ。
「足手まといじゃない。……ボクが原因なら」
「通報は君の小学校専用のアドレスからしか出来ませんものね」
「二人とも何の話?」
なんやかんやで守られ癖がついている結衣は鈍い。二人の話の意図が見えなくて思わず話に割り込む。
「何でもないよ! ねえ結衣お姉ちゃん、ボク今日は肉じゃががいいな」
と結衣にべたべたと接触して甘えるレオ。
「カレーやシチューじゃ駄目?」
結衣は特に気にしない。四月の高校入学式前日にレオ達が来てからもう三ヶ月。慣れっこである。結衣とレオが他愛ないやり取りをする傍ら、春花は注意深く辺りを見ている。制服を着た人間二人が近づいてきた。敵は案外堪え性がないようだ。
「すみません、少しいいですか?」
まず結衣が挙動不審となった。制服を着た人間の後ろから追い討ちをかけるように少女が言う。
「はい、お巡りさんこの女です!」
守谷結衣十五歳。初めての通報である。
それからのことをざっと言うと、近くの交番に勤務する警官二人が少女の通報を受けて来た。誘拐だというとだが、確かに姉弟には見えない。それで詳しく聞くといとこで同居しているというややこしい事情。レオが魔法で洗脳ついでに無礼者の警官を辞職させてやろうかとか、春花が裏で手を回して……などと物騒なことを言う中、結衣が勤務中の母に連絡をとって事は収まった。さすがに公務員に魔法は危険かもしれないし、春花の策は気持ち的には嬉しいが論外。とはいえ、結衣は恥ずかしさで死にたいと思っていた。警官も市民からの通報というわけでぞんざいな対応をとるわけにもいかず、長々と千加子と意見を交わして十五分、少女の勘違いということでとりあえず犯罪者は出なかった。警官は点数も稼げないときて挨拶もおざなりに去り、残ったのは結衣と春花とレオ、そして……。
「あんた、何のつもり?」
少女に怒気を隠そうとしないレオ。結衣が見かねて仲裁に入る。
「礼緒くんのお友達?」
「クラスメートの鉾田千枝。友達なんかじゃないよ。こんな迷惑女」
「……!」
千枝の表情が悲しそうになる。結衣にはそれに何となく見覚えがあった。
「礼緒くん、騙されてるのよ」
「はぁ?」
通報してやればさすがに呆れられるかと思ったのに。あの女も懲りるだろうと思ったのに。道端でよくもいちゃいちゃなんか。
「その結衣って人、貧乏なんだよ」
「……それで」
「あたしらくらいの時に、電気水道止められて、一時期バイキンってあだ名だったんだよ」
「……で?」
「性格だってよくないよ。ケチで余裕もないし」
「……」
「だから、ね?」
目を伏せる結衣の身体を、そっと春花が抱く。どうして神はわたくしと結衣様をもっと早く会わせてくれなかったのかと、激しく恨んでしまう春花。
「そうだね……。汚いやつなんか嫌だよね。ケチなんか最低だよね」
レオが一転して結衣をけなす。結衣は驚いたようだが、春花にはその真意が分かっていた。
「! だよねそうだよね!」
「千枝ちゃんのほうがよっぽど可愛いし、ケチじゃないからいい……というと思ったか」
気色満面の笑みを浮かべていた千枝だが、レオの言葉に一気にどん底へ落とされる。
「貧乏だから何。ケチだから何。悪口言って喜ぶようなやつに、それで自分のほうを見てもらうような手段をとるやつに、このボクが好きになるだろうとか本気で思ってるわけ?」
「あ、あの、あたしはそんな」
「はっきり言うよ。ボクはお前みたいなやつが一番嫌い。同じ土俵にも立てないからって相手を引きずり落とすような卑怯者が。人の粗探しばっかりするような人と付き合いたいもんか」
軽快な拍手音が響く。春花だ。
「見直しましたわ礼緒。貴方も言う時は言うのね」
親友の結衣を散々追い詰め、貶めた人間の絶望を心の底から喜んでいるようだった。しかしその横の当人たる結衣はむしろ浮かない顔だった。
葵さんとライバルだった時、私は何をしたっけ……。本当はなんて言ってやりたかったんだっけ。
「……礼緒、くん」
「名を呼ぶな、穢れる。近づくな、思考の腐ったバイキン女」
千枝は今にも泣き出しそうだった。距離をとるレオとは対照的に、結衣は千枝に近づいた。
「礼緒くんが好きだったのね」
「……な、なによ」
「やり方はまずかったね。でもこれから間違えなければいいんじゃないかな」
「え……」
「じゃあね。礼緒くん、春花ちゃん、帰ろう」
呆然とする千枝を置いて、二人を引き連れ帰途に着く結衣。
「結衣お姉ちゃん、いいの?」
「いいの。彼女は罰なら受けたよ」
「……そうかな。ああでもこのことクラスの皆に知ってもらわなきゃな」
「こら、レオくんと私と彼女の問題でしょ。それはずるいよ」
「通報して連絡網まで出たのはいいの?」
「じゃあ、そういうことするレオくんは好きじゃないってことで」
「う。うん分かった」
異世界人の継承権争いに巻き込まれた親友。少し前までは三兄弟が憎くて仕方なかった。でも結衣様が晴れやかに笑うから、まだこのままでもいいかなって思う。




