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那珂葵は先生に頼まれた資料を職員室に持っていくところだった。この高校では職員室は二階。葵は一年で一年の教室は一階。頼まれた荷物は前が見えないほどのプリント。それらはすべて一階にあった。
「……大変だけど、早くしないと休み時間終わっちゃうよ……」
力はそれほど強いほうではない葵。ふらふら歩きながら前に進む。しかし前述の通り前は見えていない。職員室手前で誰かとぶつかり、紙が辺り一面に散らばる。
「!!! ごめんなさい!」
束ねていた大量のプリントは廊下に散乱した。授業にはもう間に合わないけど、人の迷惑にならないように責任持って片付けなきゃ……。
慌ててプリントを拾っていると、ぶつかった人が膝をついて自分と同じように集め始めた。
「あの、授業間に合いませんよ? 私が悪いんですから、お構いなく」
「そうはいきません。君のような女の子が一人でこんな量を運んでいるのを見て、無視できるほど自分は冷血ではないつもりだ」
慣れてる? と思うくらいの速さでその人はあっという間にプリントを集め終わった。そしてなんとそのまま持って職員室に運んでくれた。
「那珂か。遅かったな」
「すみません。先生」
「全く暇そうだから頼んだというのに……」
嘘だ。他にも集団でお喋りしてる女子グループとかいたのに。この先生は一人でいる女の子を見下しているふしがある。そんでもって群れてる女の子達を腫れ物扱いしてる。私の中で彼のあだ名は内弁慶先生だ。
「ん? 石岡か。何だ手伝ってやったのか? 物好きだな」
石岡。それが彼の名前なんだ。それを聞いた途端、私はうってかわって先生の口の軽さを感謝した。
「一人で持つには少し大変な量かと思われたので」
「……まあそう言うな。那珂しか暇な奴いなかったんだよ、なあ?」
「あ、まあ」
そんなことないもん。文句を言わない私だからわざわざ押し付けたのよ、授業に遅刻させるのも構わずに。ああチャイムがなった。
「ほら、いけ。」
内弁慶先生は厄介者を追いやるように私達を職員室からはじき出した。痛いところ突かれて焦ったんじゃないの? と思うと少しは胸がすく。そして出た後は改めて彼にお礼を言う。
「あの、ありがとう、石岡くん」
「お気になさらず。慣れてますので。……よくこのような頼まれ事を?」
不意に彼は聞いてきた。そんな事ないですよ、とわざわざ嘘をつくメリットは、ない。
「あはは、結構ね……うん」
「もしよろしければ、今度から自分がお手伝いしますよ。見るに忍びない。貴女の名前は?」
「那珂、葵、デス」
「自分は石岡朱里といいます。それでは葵さん、教室まで送りましょう」
同い年だというのに彼の見事な紳士ぶりといったら。いつもは「また遅刻か?」 と次の授業の先生に言われるのに、彼がフォローしてくれて私は遅刻扱いにならなかった。
他の先生の頼まれ事をしていたと説明? 私みたいな要領の悪い人間、加えて内弁慶先生のじゃ無理。正直に言ったところ、その先生が事実確認のために内弁慶先生に聞いたら「遅れる量なんかもたせてない」 って。その日から私は嘘つき、もしくは鈍くさい人間ってレッテルを貼られた。先生が生徒を苛めるのって、結構あるよね……。
それにしても、石岡くんか……。
素敵な人。
守谷の家の朝は忙しい。料理の合間に洗濯、お弁当作り。主に結衣と朱里が担っている。その日の朝も軽く戦争状態だった。
「もー何で昨日のうちに出しとかないのー! あっシュリー火とめて! ルイ! そこの醤油とって! レオくん洗濯物干しておいて!」
バタバタと毎朝忙しい。本来なら親がやるべきなのだろうが、結衣の母は仕事で朝早く出かけて夜遅く帰ってくる。他の母子家庭なら、祖父母が頑張ってくれたから片親なのに家事が苦手、なんて笑い話もあるが、身寄りがない結衣は自分でやるしかなく年齢一桁のころから積極的に家事に参加した。おかげで料理の腕はそれなりにある。
「お弁当、詰め終わりました」
「ルイに持たせて! 私干しに行かなきゃ」
「それも手伝います」
「ありがとっ!」
結衣は最近ぼんやり考えていた。石岡朱里。苗字は適当で名前は本名をもじったもの。シュリー。彼は三兄弟で一番の働き者で気がつく男だ。
次期王か。私だったらシュリー選ぶのに。買い物手伝いしてくれるのはシュリーだけ。料理も私に代わって作れるのはシュリーだけ。「あれとって」 と言って「どれを?」 と返って来るのがルイとレオで「これですね」 と返って来るのがシュリー。
異世界の価値観はよく分からないけど、上に立つ人ならやっぱり庶民のことを分かってる人がいいんじゃないかな。……でも外交とか交渉とかは壊滅的っていうのはネックか? 総合的にはやっぱり今の時点ではルイかな。シュリーは政治家っていうより主夫? ……シュリーみたいな人が旦那さんだったら素敵だろうな。
『出来ましたよ、結衣』
『わあ、ありがとう。シュリーの料理って私大好き!』
『照れます……』
料理が出来て、でもそれをひけらかさないで、次男で身分が一番低いから常に一歩引いた佇まいで、気のつく人……。
そこまで考えて結衣は照れる。しかし一旦思いついたものは根を巡らせて侵食していく。
シュリーみたいな人と結婚できたらいいな。
石岡朱里のお昼は友人の小塙光と教室で、がいつものパターンだ。朱里も光もともに身内が作ったお弁当を持参して食べる。
「一見地味だけど、よくバランス考えていれてるよな、守谷さんは」
光は好きな人の作ったお弁当に少し憧れがあるらしい。朱里から言わせれば光の弁当も中々だと思うが。
「なあ、何か交換しようぜ。卵焼きやるから、ハンバーグくれよ!」
「やらん。知ってるだろ、自分はこれが好物なんだ。きんぴらならやってもいい」
「ちぇっ。ケチなやつ。まあいいけど。それにしても、女子高生が自分の分だけならともかく、いとこ二人分も一緒に作るんだから凄いよなあ」
その様子を教室の外から聞いていた少女がいた。那珂葵だ。腕の中には購買で買ったと思われるパンを抱えている。
そんな……。さっきのお礼に、購買で一日限定十個の幻の焼きそばパン買ってきたのに……!?お弁当を作る女子高生ってどういうこと? 一緒に住んでるの!?
自分のクラスではない教室の前でおろおろしていると、見知らぬ女性が側を通り過ぎて朱里の元へ行くではないか。
「朱里ー。ごめん、ご飯のお弁当箱こっちに余計に入ってた。ちゃんと食べてね、午後には体育だし」
兄妹……ではなさそうだ。顔はどちらも平凡だが、朱里くんはよく見ると整っているのに雰囲気で損をしているタイプ。女性のほうは、いかにもよくありがちな容姿だ。人のこといえないけど。
「ああ、ありがとうございます結衣」
「……いいよな。至れり尽くせりで。昼も夜も料理上手な守谷さんのご飯食べられるなんてさ。」
名前で、呼んでた。朱里くんの友人らしい人のいう事を聞くと、あの二人、同居してるってこと?
「自分も少しは手伝ってるぞ。居候の身だからな」
「そういうっこっちゃないけど。まあいいや。俺もいとこになりてえよ」
いとこ!? あの二人、いとこなんだ、そうなんだ……。いや何の解決もしていないよ、いとこだって結婚できるもの。一人もだもだしていたら、女の子のこそこそ話が耳に入った。
「累様の婚約者のくせに違う男にまでお弁当作るとか……」
「なんであのコばっかり……」
婚約者? え? あの女の子他に婚約者いるの!? なのに朱里くんにベタベタして……。あの子がそういう立場なら、私が彼と仲良くしても何の問題もないはず!
葵は意を決して教室の中に入り、まっすぐ朱里のもとへ向かう。
「あの、さっきぶり」
言われた朱里、その場にいた光と結衣も同時に葵のほうへ振り向く。
「ああ、職員室前の……。何か御用ですか? お困りなことでも?」
「い、いえ。えっと、これ、さっきのお礼です! どうぞ!」
焼きそばパンを差し出す。結衣と光は同時に驚いた。
「うわっ、これ幻の焼きそばパンじゃん!」
「え? え? これ貰うくらいのことしたの? 朱里」
差し出された朱里が一番落ち着いて言う。
「よく分からないが、そんなに凄いものなのか? 先ほどのは自分が勝手にした事なので、気にしなくてもいいのですが……」
「それじゃあ、私の気がすみません」
「では……ありがとうございます」
受け取ったのを確認して、頬を染めて葵は去った。
「……何だよ、いとこのアニキ分と違って浮いた話もなかったのに。ああいうこ引っ掛けるなんて朱里も……」
光は途中で喋るのをやめた。目の前の朱里は少し照れていた。そして横に佇む、自分の想い人である結衣は、そんな朱里をむっとした表情で見ていた。
修羅場くる?
翌日のお昼、結衣がわざとらしく「また入れ忘れちゃったの」 とお弁当を届けにきた。しかし今日は桜川も教室の外にいる。
「朝はどうしても忙しいですからね」
お前意外と能天気だよな。つーか気づけよ。教室の入り口を見ていたら案の定彼女、葵が来た。
「朱里くん、あの……」
「那珂さん……だよね。お礼なら気にしなくてもいいのに。朱里ったら昨日全部食べて体育バテてたのよ」
「えっ。あ、あの、ごめんなさい」
「いえお気になさらず。結衣、これは自分と葵さんの話ですので」
「……あっそ。またバテても知らないから」
牽制か。これ牽制だよな。ふと入り口の桜川を見るとなんかギリギリ言いそうな表情でこっち見ていた。……葵さんのほうを。女って本当に浮気すると元凶じゃなくて相手の女を責めるんだな……。
「家庭科でクッキー作ったんです。これなら保存もききますから。帰ってからでも」
「お菓子ですか。うちじゃあまり食べられないので嬉しいです」
「あら、嫌味な言い方ね」
守谷さんが朱里の言葉尻をとらえてすねる。……彼女があまり裕福でないのは中学までなら周知だったが。
「そういう意味では……」
「え? 食べさせてもらえないんですか?」
「……! お菓子なんて、余裕のある人が作るものじゃない。ご飯が食べられるだけどれほど有難いか」
「じゃあ、私明日から作ってきます。私なら作れます! あのお礼はこれでも足りないくらいですから気にしないでください」
「~~~~!」
「葵さん……ありがとう」
胃がキリキリすんだけど。つーか、やっぱりここは朱里に言うべきだよな。
「朱里よぉ、守谷さん放って葵さん? と仲いいけど、お前らできてるの?」
まずここははっきりさせないといけない。好意がないなら守谷さんにも葵さんにも不幸だ。あるならまた違うが。放課後の屋上に呼び出し二人きりで話し合う。
「どう思う?」
「何で質問に質問で返すんだ。……いいけどよ。葵さんはともかくお前は分からんから。話聞く限りだと葵さんならお前に好意持つのも分かるけど、お前がどうなのかさっぱりだからな」
「やはり、そう思うか。葵さんが自分を……」
んん?
「葵さんは、放っておけない感じだよな。昔から気の強い女性に囲まれて育ったせいか、彼女が新鮮で……」
これは。
「可愛い、と思う。やっぱり、ああやって全身で好意を伝えられて嬉しくない人間はいないと思うんだ」
守谷さん、失恋したみたいですよ。
同時刻校舎裏。
「お話って何ですか?守谷さん」
「今更苗字呼びなんていいよ、葵さん」
「……結衣さん、やっぱり、朱里くんのことですか?」
「他に何があるの?」
突然現れて横からシュリーを掻っ攫った。私から見ればそういう人だ。何なの? 何も知らないくせに。シュリーの正体しってる? 本名は? 日常生活の癖は? 貴女なんて私がいなければシュリーに会うこともなかったのに。占いでは彼らの運命を握ってるのは私だけなのよ。あなたじゃない。
「結衣さんも、朱里くんを」
「うん。葵さんもだよね」
「はい」
「……朱里はね、親の都合で今はここ、日本に居るけど、そもそもが不本意な滞在みたいだし、ここにいるのも長くないよ。それでもいいの?」
「永遠の別れじゃあるまいし、そんな」
「どうかな? 私と彼らが身分が違いすぎて絶縁してたっていうの聞いてない? 住む世界が違うのよ。深入りしないほうがいいんじゃないの?」
「……」
あ、黙っちゃった。でもしょうがないよね。私は何も嘘は言ってない。占いで必要なのは私だけ。彼女は違うもの。傷つくだけだから早いうちに諦めたほうがいい。これは親切よ。
「ありがとう、聞かせてくれて。でもこれだけは言わせて。貴女に私のことを決められたくない」
葵さんは、そう言って踵を返して去って行った。
「傲慢……」
自分で自分のことを決められるなんて傲慢以外のなんなの。生まれるところすら選べないのに。
ぼんやりしながら校舎へ向かう。教室に春花ちゃんを待たせているから。それで下駄箱に向かったのに。何で、あの二人のツーショットを見なくちゃいけないの。帰ったんじゃなかったの。
「このお菓子ありがとう。弟分と一緒に食べてます」
「嬉しい。明日からもっと多く作りますね」
「その事なんですが……もうこれ以上は。貴女をお礼で縛り付けているみたいで」
「そんな。私は好きで……」
「それは、お菓子作りが? それとも、自分が……」
「あ、あの」
「葵さんのこと、自分はその、いい……と思ってます」
「あ、あ、あの、私も、朱里くんのこと……」
嘘。
足元の感覚が無くなってよろける。大きな音がした。いちゃついていた二人が振り返る。
「結衣?」
口が回らないよ。なんて言ったらいいの。葵さんがむっとした表情でこっちを見る。覗いてたわけじゃないのに。
「キャ――――――――!!!!!!」
と、突然上から叫び声。見上げると、何かが落ちてくるのが見えた。……花瓶?
「結衣!!!!!」
シュリーは葵から貰ったお菓子をとっさに投げ捨てた。そして魔法を使って花瓶の軌道をずらす。花瓶は結衣の頭上スレスレで直角にスライドして地面に落ちた。ほんの少しの間、唖然としていた結衣だが、水の冷たさを靴越しに感じて正気づく。
「な、なに今の……花瓶が頭を避けるように……え?」
バレた。この世界でシュリー達が異世界人かつ魔法が使えるのを知っているのは、結衣を除けば春花だけだ。その二人のみが特例で許されている。過去にもそれ以外の人間に知られそうな時はあったが、そういう時もシュリーはこうしてきた。葵の頭に手を翳す。
「……花瓶は最初からギリギリのところで落ちました。そうですね……」
「……はい……」
結衣はその様子をぼんやり見ていた。もう慣れっこだ。そして心が優越感で満たされる。
ほら、シュリーは私を助けた。バレそうになったら迷わず魔法で洗脳した。あの子はそれだけの存在で、私は特別な存在なのよ。
それが終わったこと、上からバタバタと人が降りてくる。間違えて花瓶を落としてしまった人達のようだ。
「無事!? 怪我はない!?」
「大丈夫です。……そうですよね、二人とも」
シュリーが結衣と葵を見る。
「びっくりしたけど、当たらなかったし」
「……あ、はい。気がついたら結衣さんの横に落ちてて」
「そう? うち眼鏡外しててよく見えてなくて……誰も怪我無いのね? 破片で切り傷とかも……よかったあ」
三年の先輩らしき人が胸を撫で下ろす。この人に暗示をかける必要はなさそうだ。
「では、帰りましょうか、葵」
名前呼び。その事実に胸に何か重たい物が刺さったみたいになった。
「……ううん、今日は結衣さんについていてあげて。あんな事があったばかりだもの」
「そうですね……。それでは」
葵さんを一人帰らせるシュリー。いや、春花ちゃんがいるんだけど。そう思っていると、突然シュリーが手を握ってくる。
「震えている……。さぞ怖かったでしょうに」
ごめん、今はむかつくわ。手を跳ね返す。
「彼女できたくせに。やめなよ他の女にこういうことするの」
私にだってプライドがある。
「すみません。しかし、自分の使命ですから」
「それがあるのに浮ついたことしてた。彼女なんていいの? 作っちゃって」
「……自分は継承権がありませんから。正直、ここに来たのは厄介払いの意味もあります。戻っても居場所がないかもしれません」
「私が君を王様に推薦するって言ったらどうする? シュリーに資格がないとは思えない」
驚いた顔をした。その後少し考え込んで困ったように彼は笑った。
「自分を傀儡にしたいのですか? 強い後見も現王の後押しもないのです。みじめな王になるでしょうね。それに、そもそも自分には資格がありません。言ったところで握りつぶされるのが落ちです」
「だって、占いで私が決めるって……」
「どうでしょうか。貴女に特別な力があるようにも思えないし……。時間稼ぎしなさいというお告げだったかもしれませんね」
自信がぼろぼろと剥がれ落ちていく。
「でも、でも私が大事なんだよね。葵さんのクッキーまで放り出してさ……」
そこで隅に落ちたクッキーを思い出し、シュリーは慌てて拾い上げる。パンパンと、壊れ物を扱うように埃を落とした。
「大事か……。そうですね。同じ事なら、葵が占いの人間だったのなら、堂々と一緒に居られて、大事にできたのに」
「結衣様、随分遅かった……結衣様!?」
酷い顔で教室の春花のもとへ現れた結衣。春花がそっと肩を抱いた瞬間、結衣はわあわあと泣き出した。
嫌味ったらしいことまで言ってなんだったんだろう。あんなこと言わなければ、ただの敗者で負け犬にはならなかったのに。
恋の苦しみ、失恋の苦さを初めて学んだ結衣だった。
主人公(笑)




