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ライバルヒロインズ1

「あぁ、累様に婚約者だなんて。しかも従姉妹(いとこ)

「本当に何なのよ。顔も頭の出来も似ていないし。あんなのが最終的に累様ゲットなんて腹立つわ」


 空き教室で定期的に行われているとある集団の会合がある。その幹部全員に共通するのは、生徒会長の神栖累(かみするい)を慕っている事。それが入団の条件だ。つまりはファンクラブである。転校初日から設立され、今や定期的に小冊子も出るほどである。累の人気の高さを物語る話だ。しかしこの会合、最初は累がいかに美しく完璧かを和気藹々と話すのだが、最後には決まって落ち込むのである。そう、婚約者と明言された守谷結衣の存在。


「だめ、やっぱりむかつく。ねえ、ちょっと皆でシメてやらない?」

「やめときなよ。もう一人のいとこがうるさいから」


 毎回会合の中で一度は出る話。『制裁しちゃおっか』 本人達は気づいていないが、ちょっと言葉で脅すつもりだったとしても、実際に会うと予想もしていなかった事までするのが集団心理である。それは軽い気持ちだからこそ、本人達は少なくともそう思っているからこそ気軽に口にするのだが、結衣からすれば有難いことに実害が出た事はない。それには二つ理由がある。


「いとこって……ああ、石岡朱里(いしおかしゅり)くんか。あれ? でも苗字が」

「確か……守谷の母親が四人姉妹の三女。それぞれお嫁に行ったから苗字が違うのよ」

「そっかそっか。え? それじゃあの女、累様だけじゃなくて朱里とかいう男にも守られてるの?」

「そ。調子乗るんじゃねーぞ! って感じよね本当」


 一つはもう一人のいとことされる石岡朱里が常に目を光らせていること。私物を隠したり本人を呼び出そうとすると、何故か朱里がどこからともなく現れて阻止してくるのだ。同性に見られたなら数の暴力で黙らせることも出来たが、異性でしかも累のいとこでもあるとくればやりづらい。そしてもう一つの理由。


「もうやめなさい。ただの陰口になっているじゃない。守谷さんは仮にも血縁がある方なのだから、敬いはしても嫌うなんて言語道断。悪口を言いたいだけならここは今日で終わりにさせてもらいます」

古河(こが)会長! ……すみません」


 神栖累ファンクラブ会長にして風紀委員である、古河梓(こがあずさ)が良心的な人柄だから。これである。まず、ひっきりなしに累に付きまとう女子に業を煮やし、彼女がファンクラブを設立させてルールを作った。そして若さゆえの様々な鬱憤はこの会合で発散させる。数日で結果が出て、累の周りは驚くほど静かになった。この事では累本人からも感謝されている。また設立の経緯も純粋に力になりたいと思ったからということで、累からも会員からも相当な信頼を得ている。彼女なら大丈夫、と。


「分かってくれたならいいのよ。私も少し大人げなかったわ。ああ、どのみちもう時間ね」


 帰宅を促す放送が校内に響く。女生徒達は鞄を持って一人、また一人と教室から去っていった。最後の一人が帰宅したのを確認して、梓は教室を綺麗に片付け、戸締りをして帰途につく。

 空き教室から下駄箱へ行くには図書室を通らなければならない。目を向けるとその図書室に人影。いつかはくると思っていたけれど……。


「守谷さん……」

「? ああ、古河先輩。お疲れ様です」


 神栖累の婚約者、守谷結衣。


 可哀相な子、だと思う。常に嫉妬に晒されて。


「貴方もね。図書委員の仕事かしら?」

「はいそうなんですよ。明日、新書が数十冊くらい入るんで、そのアピールのポップ作りをしてました。うちの高校、読書数が多いからこういう仕事も多くて」

「それをこんな遅くまで、感心ね。でも気のせいかしら、何だか貴方ばかりが図書委員の仕事をしているような」

「ああ、だって帰宅部ですもん。こういうのやって内申上げないと」


 意外にも累ファンクラブ会長の梓と、累の婚約者と公言された結衣は仲がいい。そもそも結衣は来る者拒まずというドライな人間だが、梓は……。


「そうね。そもそも世の中って、何かしないと何も得られないものね」

「そうですね。あ、じゃあ私ここで」


 すぐに下駄箱について、結衣はここで別れようとした。


「待って。もう外は真っ暗でしょう。私が自宅まで送るわ。ああ、家は近所だから気にしないで」


 と梓が申し出る。それを聞いて結衣は戸惑った。先輩相手に恐れ多いとも、そこまで心配されなくてもとも、もしかして……とも。


「累なら今日は、副会長の北浜先輩の家に遊びに行くって聞いたから、家にはいませんけど……」

「……! やあね。後輩が心配なだけよ。桜川さんもいないみたいだし」

「変なこと言ってすみません。じゃあ、お願いしていいですか?」



 見抜かれた、と思った。下心があったのは事実だ。あわよくば自宅の累様を拝めると。そのために守谷結衣を利用しようと――。

 ――違う。本当に心配だったからだ。さっきの会合であんな陰口聞いたばかりで、会長としてそのまま帰らすわけにはいかないじゃない。これは良心からの行動よ――


「累も朱里も友達の家に遊びにいくのがマイブームなんですよ。三男の礼緒くんは家に行くより寄り道が好きらしいけど、保護者としてはそれも心配で……」

「そう……」

「累は北浜先輩のこと、絶対友人って言わないんですけど、そう思ってるのは傍から見ればよく分かります。そもそもよくも悪くも典型的な王子様……殿様? してるから北浜先輩みたいな穏やかで献身的な人しか一緒にいれないと思うんですよ」

「そう……」

「そういえば累って目玉焼きには醤油派なんですよ」

「そう……」

「あとお菓子はたけのこ派なんですよ。きのこのが可愛いと思いません?」

「そう……」


 結衣宅まで歩いている間、ずっと自問自答していて結衣が心配そうな目で見てるのに気づかなかった。正気づいたのは、家についた時だった。


「ええっと、古い家の上ぼろくて恥ずかしいんですけど……」


 確かに結衣の言うとおり、古いし所々傷んでいるようだし、屋根にはシートがかけられている。お世辞にも褒められたものではなかった。しかし梓からすれば好きな男の住む家でもあるので、必死にフォローする。


「昨年大地震があったもの。うちもまだシートやってるわ。この辺りはどこも同じようなものよ。建っていれば中身は皆一緒」


 余りの貧相具合に、また自分の家もまだシートを被せている状態なので、自然と同病相憐れむ心境になる。


「屋根のは一度直ってたのにな……」

「え?」

「いえ、何でもありません。今日は有り難うございました。それでは……」


 自宅に入るために玄関のドアを開ける結衣。しかし彼女がドアノブに手を触れる前に向こうから開いてしまった。


「結衣! やっぱりお前だったか」

「あれ、累?」


 中から出てきたのは生徒会長でファンクラブ持ちのモテ男、神栖累だった。


「え? 今日北浜先輩の家に行くって……」

「それがな、急に親戚が来たとかでお流れになったんだ。ったく、お陰で何も食ってねえ。早く何か作ってくれよ」

「はいはい……あ、そうそう」


 梓は不意打ちの登場にぽかんとしていた。今日はいないって聞いていたのに。神様からのご褒美なんだろうか、私服姿も素敵……。


「古河梓先輩に送ってもらったの! 累のファンクラブ会長でしょ? 累からもお礼いってよ」


 話題を振られて心臓が跳ね上がる。そんな、まだ心の準備が……。


「ああ、寄って来る女をあしらってくれた梓先輩か。従姉妹がゴメイワクを」

「いえ……いえ……そんな」


 と、初々しい反応をする梓に尻目に結衣は考えていた。この人をルイに焚きつければルイも少しは女心とか恋愛感情の何たるかを理解するのではないかと。

 ルイは男同士の友情とか見下していた人間に助けられる屈辱とかは勉強したみたいだけど、逆に異性関係はこちらに来てからむしろ退化したのかと思うくらい酷い。例を見ないイケメンなのが災いしたか、女は向こうのほうから寄って来る。理不尽な頼み事も「累様が私に!」とチヤホヤする環境ならそりゃあ付け上がるだろうけどさ……。

 この前、春花が来なければ達磨にされて占いの道具になっていた。そしてそれを問題とは今も思ってないルイ。……彼にはもっと第三者が必要だ。勿論誰でもいいわけではない。ただ梓先輩は身内にも厳しい公正な人だと聞いている。彼女なら……。


「生徒会長と風紀委員長かあ……。結構お似合いじゃない?」


 天然装って爆弾を投下してみる。


「なっなななななっ!!」

「ん? まあそうかもな(一般生徒よりは身分的に)」

「!!!!」


 そうか、お互い結構良い感じなのか……。私の出る幕なかったりして。


「そんなことより、さっきから言ってるだろう、メシ」

「はいはいはい全く。あ、古河先輩、今日は本当にどうも」


 

 バタン、と家のドアが閉められる。その前に立ちながら、まだ熱い頬を押さえて梓は考えていた。


――やっぱり、良いことすれば良いことが返ってくるんだ――


 累様が見られた。いくら会長でも普段は皆の手前、彼に話しかけることはない。それが、今日はお礼まで、私服姿、お似合いって言われて、否定されなかった。今なら天にも昇れそう……。


 でも、それを言ったのは婚約者の……。あの子、余裕なんだ。


 ふと悪魔の声が聞こえて慌てて頭を振る梓。


 やめるのよ、私は、公正だからこそ、周りの信頼を勝ち得たのだから。今までも、これからも。そう、



 明日からも。





「結衣さん、小学校の時に母が入院して、危うく施設に行くところだったんですって?」


 ポップを作る結衣の手が止まる。そしてその表情も凍る。六月中旬の図書室、雨が酷くて迎えを頼む人は大抵ここで待つが、今日は皆帰ったようで、ここには結衣と梓以外誰もいない。春花は家の都合で先週から結衣の側を離れている。


「あ、あはは。そうなんです。施設育ちのお母さんと身寄りのないお父さんで。一時期、やばかったかもですね。電気や水道が止められて……でもどうして古河先輩がそんなこと知ってるんです?」


 少し上擦った声で答える結衣。突っ込まれたくない部分だったのだろう。それを見て梓は安心していた。ここにつけ込めるかも。


「累様の経歴を調べていると、自然と貴女のことも分かってしまうの。ごめんなさいね。先日無理矢理ついて行ったのも無神経だったと思う」

「ああ……そういう事ですか。それなら気にしないで下さい。生まれや育ちや過去なんて変えられませんから、気にしたって無駄ですし」

「いいえ、話を聞いた以上放っておけないわ、私に力にならせてほしいの」

「……は?」


 思わず結衣から素っ頓狂な声が漏れる。しかし梓は気にすることなく話を続ける。


「知りたいことはない? ほしいものはある? 遠慮しないで、貴女は累様のいとこなのだもの」


 それから結衣はクラスメートにこう噂された。『守谷さんが桜川さんの他に三年の先輩まで落としたらしい』 実際、梓は何かと結衣に会いに来て親切にした。それこそ弁当の箸が落ちた程度でも即座に拾って気遣った。



「結衣様、大丈夫ですか?」


 高校の屋上。春花の鈴の鳴るような声が結衣を案じている。このところ結衣は痩せた。特に運動量が増えている訳ではなさそうだから、精神的疲労によるものと思われた。


「うん、だいじょうぶ、もんだいないよ」

「……三年の、例の先輩ですよね。もう気遣いではなくおせっかいの域なのですから、断ったほうが……」

「いや、それがその、駄目なんだ。シュリーから……」

「魔法使い次男が何か?」

「あのさ、その呼び方って一体? 何かいい意味で言ってなさそうな……」

「あら、気にしないで下さい。それよりシュリーが何だと?」

「……正直、大勢の人間から結衣を守るのはそれだけ魔力を消費する。いざという時に使えなくなるのは困る。会長が手伝ってくれるのは自分からすればとても有難いって。なんか、知らない間に守られてみたい」


 春花にも察しがついた。以前魔法使い長男が図書室で婚約者宣言したところ、翌日から結衣の私物が荒らされたのだ。初日は偶然かな? と気にしてはいなかった結衣だが、親友とお守りする立場の人間としては由々しき事態。二日目からは春花が家のつてで先回りして取り戻したり片付けたりし、シュリーは魔法を使って呼び出しや物を落とされるなどの嫌がらせを未然に防いできた。


「私、知らない間に知らない人に不快な思いさせてたんだね……」

「そうだとしても、結衣様が責任を感じる必要など。勝手に嫉妬してるのですから」

「ありがとう、春花ちゃん」


 肩の力が抜けた結衣の笑顔。春花はこの表情が一番好きだと思った。


「それにしても、あの先輩の行動は少し問題ですわね」

「うーん、私がもっと鈍感になればいいんだろうけど。私が追い詰めたみたいなとこもあるし」

「そうではありません。あの女、あのままだとそのうち自爆しますわ」

「……?」



 六月下旬の放課後。その日、結衣の通う高校一帯は集中豪雨のようになった。


「うっそ、梅雨明けしたっていってたのに」

「やだ~天気予報大外れ!傘なんか持ってきてないよ~!」


 生徒達は男女合わせてざわざわしながらも、宛てがある者は携帯で迎えを呼び出し、ないものは腹をくくって駅まで、もしくは近くのコンビニまで走り出す。その雨は新しい予報によると、真夜中まで続く見込みだという。



「結局、閉館までにやまなかったな……。春花ちゃんは親戚のお葬式だから呼べるわけないし。私も腹をくくるしか……」


 守谷結衣は委員会の仕事で残っていた。下駄箱の向こう、校舎入り口から見える大雨に溜息をつく。シュリーもレオを迎えに行くといっていたし、二度手間させるのもあんまりだし。自宅は歩いて二十分の距離。走れば少しは短縮できるだろうと、鞄をかかえて雨の中へ飛び出そうとする。


「結衣?お前も学校にいたのか」


 まさに走り出そうとした瞬間、後ろから声をかけられた。累だ。


「累! は何で残ってるの?」

「何でって、生徒会の仕事をしていたからに決まってるだろう」

「あ、そっか。……北浜先輩は?」


 神栖累と北浜功治は高校の名物コンビである。やり手だが性格が俺様な生徒会長と、気弱でサポート精神溢れる地味な見た目の副会長。一見主役と引き立て役のようだが、なかなかどうして並んでお互いが映える二人である。結衣はそんな二人が微笑ましかった。特に一応いとこを色々フォローしてくれる北浜先輩と、文句を言いながらも素直に聞くルイを見ていると、赤ん坊が初めて立ったのを見た親の心境になる。


「ああ、今日は部活のほうに出るって連絡あったからな」

「そっか。残念だね。こんな日に用意のいい友人がいなくて」

「それはお前もだろ」


 軽口を言い合いながら校舎入り口で待機する二人。雨は小降りになりそうな気配も見せない。


「ちくしょう、タクシーも出払っていたし、近くの商店でも傘が余ってる気がしない」

「無駄なお金使わないでください」

「しかしこのままじゃ二人とも濡れて帰るしかないだろ」

「……魔法は?」

「水の魔法ですでに幻影を広範囲に使っているからな……。容量オーバーだ」

「困ったね」


 二人でしばらくぼんやりと外を眺める。校庭は既に大きな池のようになっていた。


「シュリーくんにこの距離を来させるのも苦労だよね」

「そうか? レオと一緒に来るんじゃないか? お前が濡れて帰るかって時なんだし」

「駄目だ、私今から帰るわ。小学生にそんなことさせられないから。あ、ルイは後から来てよ」

「何故」

「雨やむかもしれないし、私が先に帰れば温かいお風呂とご飯が待ってるじゃない。家事下手くん」

「そうだな、頼む」


 何だかんだで、ルイは結衣の作る料理が好きだ。初期に家出された時、出来合いやインスタント食品ばかりの日々で(シュリーはまだこちらの世界の料理方法が分からなかった)心がささくれた苦い思い出がある。


「それじゃあ……」

「結衣さん!」


 走り出そうとして呼び止められる二度目。しかし校舎内からではなく、屋外から呼ばれた。


「古河先輩?」

「ん? 梓先輩か? どうしてここに……」


 二人が同時にそちらを見ると、傘こそさしているものの既に意味を成さない状態の古河梓がいた。制服はびしょぬれ、靴下も紺色だというのに泥が隠せない。肌にまで汚れが見えた。


「……あの、転んだんですか? 古河先輩」


 心配になった結衣が尋ねる。彼女はふふっと笑って言った。


「貴女がまだ図書室にいるの知ってたから、家に傘をとりに戻ったの。その時トラックに水かけられちゃってね」

「あの、私に傘を渡すために?」

「そうよ。さあ、使って」


 何に例えればいい。シャーペンかして超高級菓子でお礼されるような違和感……重い! 重すぎる! そこまでしないでいいんですよ! ……でも無下にするのも……借りませんって言ったら先輩の無駄足になるだけだし……。


「ん? 傘が余分にあるのか?」


 と後ろから声。結衣は閃いた。これしかない。


「ありがとうございますお借りします! ほら累も、古河先輩と一緒の傘に入って送ってってあげなよ! いとこがお世話になったんだから!」


 校舎の奥に行くつもりだった累の姿は梓の目には入っていなかったのか、彼の姿を確認した梓は驚いた。そして動揺した。


 そんな、一つの傘で、累様が私と……。


「はぁ? 嫌だ断る。俺はお前と帰りたいんだがそれではいけないのか?」


 このKY男! と結衣は心中で累を罵る。


「何言ってるのよ、この雨に中来て下さった古河先輩に。女性を一人で帰らせるなんて」

「……ボソッ(俺の方向音痴を忘れたか)」

「あ」


 送っていったところで帰れないな……と結衣は遠い目をした。


「……じゃ、じゃあ途中までは古河先輩と一緒の傘で」

「梓先輩と……うっ、汚れすぎだろ」


 と累は大雨の中やってきた梓との相合傘に難色を示した。

 この暴君は基本無神経だ。ついでに自己中だ。自分が中心に世界が回るタイプだ。さすがの結衣もここで怒鳴る。


「急いで来てくれたからこうなったんでしょ! 私を心配してくれたからこそなのよ!? いいから言うとおりにしなさい!」



 結衣さんが何か言ってる。彼女は私と累様を一緒にしようとしている。


 嬉しいわ。私一人だったら立場があるし、累様に近づく事もままならない。こうやって結衣さんと強い繋がりを持つことが、累様に近付ける一番の近道。普段から尽くしてきてやっぱり正解なのよ。


 結衣はほとんど押し出すように累を梓のもとへやる。

 梓は嬉しさで困惑した。ファンクラブ設立でお礼を言われた時以来の距離。


「累様、あの、わたし……」




「お前、何で来たの?」






 結衣は真っ青になった。泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目。不遇ないとこをルイのためにサポートしてくれてるのに、当のルイにこんなこと言われたのでは……。


「ちょっとなんてこと言うのよ! ごめんなさい梓さん、あの……」


 慌てて梓に駆け寄る結衣。彼女はうつむいて泣いているように見えた。いや、本当に泣いているのかもしれない。びしょぬれだから分かりにくいだけで。


「なんで……」

「え?」


 責められているような声色だった。


「こんなに頑張ったのに、どうして見てくれないの。どうして貴女ばかりが累様の側にいるの」

「梓さん……? あの」

「触らないで!」


 手を伸ばそうとして振り払われる。高い音が出た。弾いた梓の手も弾かれた結衣の手も赤く染まった。


「お前! 何をする!」

「! 待って累、今のは累のせいでこうなったのよ!」

「累様のせいにしないで! 貴女のせいよ!」

 

 結衣はどうしてこうなったんだろうと考えていた。フォローしたじゃん、サポートしたじゃん。私のせいってどういうことなの……。胸の中にむかむかが募る。


「……頼んでもないのに」


 思わず出た一言が梓にとって致命的だったのか、言われた梓は誰の目にも分かるようにぼろぼろと泣き出した。結衣はさすがに驚き、累はうわあ……と心配するより先に引いた。


「ひどい……やっぱり見下してたのね。正ヒロインみたいな位置づけだもの、私みたいな脇役見下すのはそんなに気持ちよかった? 何とか貴女にも累様にも好かれようとしてたのが滑稽だった? どうなのよ!」

「見苦しいですわ、先輩」


 争っていて気がつかなかった。いつのまにか綺麗な傘をさして、桜川春花がこちらに来ていた。


「春花ちゃん、お葬式は……」

「午前で終わりましたわ。それより」


 不意に梓を一瞥する春花。


「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。正攻法で敵わない者がとる、わたくしからすれば浅ましい策。恨むなら馬すら射られない自分を恨みなさい。……大体、方法すら間違っていたくせに」


 それから春花は結衣達を校門の高級車へ案内し、乗せた。梓は一人下駄箱付近に佇んだまま、ただぼんやりとしていた。



「……誰が悪いということもないのでしょうけど」


 車の中では気まずい空気が流れていた。

 結衣は梓と喧嘩になって傘を受け取るわけにもいかず、置き去りにするように春花についていった。完全に無駄足になった。せっかく好意で来てくれたのに……いやでも突然怒り出すんだもん。こっちは親切でしたつもりだったのに……。


 ルイは薄々思っていた。「俺のせいか?」 しかし来るとは思わなかったし、それに相合傘なんてしたら確実にこっちも濡れるだろう。多分服の中まで水浸しだった。それを正直に言っただけだというのに。大体結衣も悪い。ファンクラブが出来てからというもの時間と場所をわきまえずに押しかける女達は減ったが、この状態を維持するにも気を遣うのだ。ファンクラブ会長だからとはいえ安易に女と相合傘はできないし、したくない。結構一緒にいるのに方向音痴だったことも覚えていないとは……。


「でも、みんな悪かったですわね」

「え、私もなの?」

「……」

「親切という名のおせっかいをした結衣様。他人を気遣えないルイ。とどめをさしたわたくし……」

「うう、春花ちゃんが今日は厳しい……」


 いつも自分を守ってくれる友人のいつになく他人行儀な態度に、さすがの結衣も暗くなっていく。


「だって、分かりますから。あの方の気持ち。姑息な手段は良心が許さず、正攻法は障害が大きすぎて。あんな手段しかなかった……。自分が徐々に病んでいく方法だったのに」

「え? 自分で選んだ方法で病むの?」

「ライバルはいるだけでも辛い。それに優しくするのはもっと辛い。嫉妬ほど罪深い感情はありませんわ。いつか結衣様も分かります」


 

 そんなものかなあ、と結衣は思った。自分には遠い出来事、そうこの時点では思っていた。

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