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中立少年の葛藤

「結衣お姉ちゃんおはよー!」


 守谷家の朝はレオの元気な挨拶から始まる。意外にも三男で甘えっこ気質な彼が最も早起きなのだ。結衣はその声を目覚まし代わりにして起きて、全員分の朝食を手早く作る。母の千加子は朝早くの出勤なので、すぐ食べて出かけてしまう。いつも少ししかいられないのは寂しいとたまに思うが、高校生にもなって子供っぽいと思い直す。そして残りの二人。


「ふわぁ……、お早う。俺の分は…?」


 レオと千加子、結衣の次に起きるのが三兄弟の長男ルイ。色素の薄い髪が爆発している。学校でキャーキャー言ってる女生徒達に見せてあげたいと結衣は思う。


「……おはよう……ございます」


 続いて起きるのは三兄弟の次男シュリー。意外にもしっかりしてそうな彼が最も朝に弱い。まあ、だからどうしてというほどの事でもないが。



「揃った?じゃあ、いただきまーす」

「「「イタダキマス」」」


 バラバラに食べられたのでは効率が悪い。こうしてキッチンに集まり全員で食べるのが最近の結衣達の習慣だ。結衣が桜川宅へ泊まっていた留守の間、三兄弟はそれぞれ外食やファーストフードで済ませていたというから切ない。




「……まずくはないんだが……昨夜も食べたよな、これ。俺の記憶が正しければ昨日の朝も……」


 黙々と食べていたルイが不意に発言する。テーブルの上にはカレーとサラダ。これが今日の朝食である。しかしルイの言ったとおり、昨日の朝と夜も同じものを食べている。


「ルイったら知らないの?料理っていうのは、多く作るほど美味しくなって、カレーっていうのは、寝かせるほど旨味が増すんだよ!俗に三日目が一番美味しいって言われてるかな!」


 家事を一手に担う結衣がしれっと言う。


「!?まだ続くのかよ!?いくら美味かろうと三日連続はさすがに嫌だ!飽きるんだよ!」

「もー主婦の敵め。将来王様になるんだったらこういうのも経験したら?」

「経験した!だから今夜は違うものを食わせろ!」

「はいはい。ところでうどんとスープ、どっちが好き?」

「う、うわあああああ!!!」


 最初にこじれまくった結衣とルイだが、最近はこうして漫才?をするくらいに仲が良くなった。レオはそれをぶすっとした表情で見つめ、シュリーは微笑ましく見守っている。


「……ん?レオ様、ニンジンを避けられているようですが」


 シュリーが気づいた。三男の小学五年生のレオがカレーの皿からニンジンを取って結衣の皿に移していることに。


「あのね、ボクはニンジンと相性悪いんだよ、前世では敵だったに違いないよ。こんなに味と食感が許せない物、ボクは他に知らないよ」


 可愛らしい容姿を余すところなく利用して訴える。しかし美人は三日で慣れる。ルイもシュリーも結衣にも色仕掛けは通じない。


「……だからって人に押し付けるのはいけません。結衣、貴方も止めてください」

「ごめん、うどんとスープで考え込んで気づかなかった。でも時間ないし……捨てるくらいだったら私食べちゃうよ」

「結衣お姉ちゃん……やっぱり素敵!」


 ショタの色気は通じなくても時間制限での勝利。その朝はレオはニンジンを食べずにすんだ。


「レオ様、結衣に嫌いな物を押し付けるのは感心しません」


 朝食が済んだ後、三兄弟の中では一番理性的なシュリーがレオを諌める。するとレオはむくれて口答えをした。


「ルイだってサラダのピーマン残してるじゃないか。しかもそれをシュリーに食べさせてるくせに、何でボクにはうるさいの?」


 結衣がチラっと見ると、確かにピーマンが残ってる。でも洗う時にはないから……シュリーが食べてたのか……と同じ残飯処理係なのをここで始めて知った。結衣は基本的に食事中は、次のおかずやら残ったものの活用やらを考えてるのであまり周りを見ていない。


「結衣に押し付けるのが問題なのです。仮にも想い人ではないのですか。どうしても嫌なら自分が貰いますので……」

「それなら別に同じことじゃないか」

「違います」

「もういい!」


 と、レオは突然怒って話を打ち切った。レオはいつも甘え上手で我侭全快だ。どういう風に育ったのか家族に乏しい結衣にも想像がついた。それが此処に来てシュリーにより注意されルイにも兄として諌められ……。


「レオくん、シュリーがルイの肩ばっかり持つから寂しいの?」


 結衣が気遣って聞くと、レオはぱああっと明るくなる。「あいつらなんて。ボクは結衣お姉ちゃんさえいてくれればむしろ結婚してくれれば」「断る」とのやり取りの後、ルイとシュリーが割ってはいる。すると再びレオはむくれる。反抗期の子供のようだ。


「まあでも、実際年齢が離れすぎてるからね。ルイとシュリーは一歳しか違わないから自然に息が合っちゃうんだよ」

「そういう事じゃないよ……」


 何か言いたげだが、結衣はちらっと時計を見て時間が来ているのを確認する。言い争っている余裕はなさそうだ。各々が学校への支度を進める。


「レオ様、あまり結衣を困らせないように」


 出かける段階になって、監視役で中立であるシュリーがレオを注意する。こういう事は普段から次男である彼の役目だ。ルイが暴走したら出来る限り止めようとし、レオが暴れると即座に行動する。


「……同じ事はルイのやつには言わないくせに」


 レオは恨めしげにシュリーを見る。それは昨日今日では出来そうにない、深い恨みのこもった目だった。


「どういう事ですか?」

「何でボクばっか言うんだ!監視役だの中立だの!実際そうじゃないじゃん!手当ては臣下のほうから出てるっていうしさ、その臣下はルイ側で……お前最初からルイの味方じゃないか!ルイにはそんなに怒らないくせに、ボクには実力行使も辞さないし……えこひいき男!」


 レオの激高に結衣は狼狽し、ルイは頭を抱える。


 ルイからすると、実際その通りなのだ。ルイの味方のようにも見えるが、そうでもない。レオはルイを贔屓していると思っているが、シュリーの実家は万が一王権がレオに転んでもいいようにと保険もかけてる。そんな危ない橋を渡っている実家を持つ男なのだ、シュリーは。乳兄弟ということでそれなりに親しい仲ではあるが、別に落ちぶれても仲良くする義理もない訳で。


「何を怒っておられるのです」

「本当に自分が何も悪くないと思ってるんだな……」

「レ、レオくん、もう学校だから、ね?」


 男兄弟の喧嘩という経験した事のない事態だが、それでも結衣はなんとか落ち着かせるか気を引くかして場を収めようとする。結衣の場合は誰の味方とかはないが、反面誰にも興味がない。ただ玄関先で言い争いすると外に聞こえて恥ずかしいのだ。


「……行ってくる!」


 小学校までの道をあっという間に覚えてしまったレオは、ランドセルを背負ってさっさと行こうとする。外では通学班が待っているのだ。


「おい待て!」


 そのレオをルイが引きとめようとランドセルを引っ張る、が。


「うわっ!」

「しまっ……!」


 反動で二人は盛大に転んでしまった。狭い玄関の中で二人の荷物が散乱する。


「二人とも大丈夫!?」

「ルイ様!お怪我などは……!?」


 結衣は自然に二人を案じた。シュリーは咄嗟にルイのみを案じた。それを聞いたレオの心に影がさす。先に起き上がり荷物を乱暴に片付けて始める。結衣は足を捻って動けないでいるらしいルイを診ている。自分の失態を自覚したシュリーはレオの顔色を窺っている。


「……あの、レオ様……」

「エセ中立」


 教科書をまとめてランドセルにいれながら言う。


「蝙蝠野朗」


 続いてペンケースを入れてランドセルを閉める。最後に立ち上がり、玄関のドアを開ける時に振り返り、シュリーに向かって言う。


「だからお前はぼっちなんだよ!!!」







「はーい二人組みつくってー」


 その日の四時限目は体育だった。始まる前に二人一組の準備体操をさせられる。結衣は当然春花と組むが……。

 このクラスの男子の人数は奇数。石岡朱里は常に一人柔軟をしていた。


「……」


 さすがの結衣も哀れむような目線を送る。だってぼっち体操してるとどこからともなくクスクス声とか吹き出す声とかするし。あれは恥ずかしい。レオくんはどこから知ったんだろう……でもここまで堂々としてると普通に分かるか。


「放っておけばよろしいのに。柔軟体操は別に先生のいじめではないのですよ?他人と組む事で相手を気遣う訓練も兼ねているのですわ。あとはコミュニケーションアップ。やる気がなくて苦労しているのはむしろ日立先生のほうだと思いますけれど」


 春花は三兄弟に冷たい。でも(明確には話していないが)三男の小五の礼緒に迫られて自宅にいられず、そのせいで一時期桜川家にお邪魔していた事実があるから結衣にはフォローもしづらい。春花は色んな意味で親友思いなので薄々感づいていても知らないふりをしてくれる。しかし兄弟への対応は冷たくなる。でも恩や借りがありすぎる結衣にはフォローはできない……。

 結果、ぼっち体操放置である。


 でもやっぱり可哀相だな……誰か何とかしてくれないかな……。




 いつものように一人で柔軟体操をする。友人?必要ない。どうせ目的が済んだらこの世から消えるのだから。継承権もない自分が此処に来たのはルイとレオの世話と監視役のため。それ以外は出来ればしたくないくらいなのに……。

 気づけばルイの見得に引きずられて学校へ。しかし今まで異世界の王族の従者をやっていた自分に、学校で友達作って馴染めと言われても。

 話題のものなど知らない。カリスマはないから人がついてくるわけでもない。そもそも話し下手な性分だ。それに容姿は王家の者か疑われるほどの地味。……気づけば一人だった。

 ……悲しくない。元々ここの住人じゃないんだ。一人だからといって何の不都合がある。事情も知らないで嘲笑してくる連中が鬱陶しい。自分は何も恥ずかしいことなんかしていない。……柔軟の時間はまだ終わらないんだろうか。


「よーう!」

「!?」


 ぼんやりしていたら、いつのまにか背後にいた人間から肩を叩かれる。こいつは確かクラスメートの……何だったか。


「あれ知らない?オレ、小塙光(こばなひかる)。なあなあ、一緒に柔軟やろうぜ!」


 やけに笑う、気さくな男だった。別に一人でも日立先生の目が鬱なだけで問題なかったが。向こうから言ってくるなら仕方ないな。その時間は小塙とペアを組んだ。



「よーう!石岡、一緒にメシ食おうぜー!」


 その日の昼にも小塙は来た。お互い弁当だったので日当たりのいい場所で食べた。


「よーう!石岡、予習してきたか??ノート見せてくれよー!」


 午後の授業ではノートをねだられた。あいつは頭はよくないそうだが、それでよくこの高校に受かったものだ。


「ありがとなー!ところで、携帯持ってるか?アドレス交換しようぜー!」


 授業が終わったら小塙と携帯電話のアドレスを交換した。持っていないと怪しまれるレベルというので慌てて結衣含む人数分を手に入れた。兄弟と結衣と守谷の家。それしかアドレス帳になかったが、ここで初めて第三者のアドレスが載った。



「……嘘、シュリーの携帯に知らない男の名前がある……」


 家に帰ったらレオに堂々と携帯を盗み見される。……ぼっちというのはここから知られたのだろう。しかしマナーが悪い、これはよくない。


「自分の友人です。何が不都合でも?」


 平静を装って答える。何故その必要があるのかは自分でも良く分からないが、


「そう思ってるの、案外シュリーだけじゃないの?」

「携帯を返していただけますか」

「ふん……」


 気に障ったのか投げて返される。


「レオ様、他の人間にこのような真似は……」

「うっさいな!ボクとお前じゃ身分が違うんだ!一々口出しするな!」


 そう言ってレオ様はご自分の部屋へ引きこもってしまわれる。夕飯時には出るだろうが。自分も部屋に行こうとすると結衣と鉢合わせする。


「小塙くんと友達になったんだね」

「……あいつが勝手に寄ってくるだけです」

「照れない照れない!小塙くんっていい人だよー。お母さんにもお世話になってるし」

「母君に?」

「ああ、私のお母さんじゃなくて小塙くんのお母さんね。よく行くスーパーに務めていて、しょっちゅうおまけしてくれるんだ」

「そうなんですか……」


 あいつと結衣にそんな繋がりがあったのか。いやそれより、よく行くスーパー?そういえば知らない間に必要な物が冷蔵庫に補充されているが……買出し、全部一人でやっているのか?雑談をしたら結衣はさっさと部屋にこもる。彼女は何気に自分の事をあまり話さない。ルイ様も道順を覚えたというし、今度は付き合ってみるか……。


 自分も部屋にこもると小塙からのテンション高いメールが来ていた。久しぶりに笑って、「無事に届いている」と愛想のない返事を返す。


 金のために売られるように王宮へ行き、表向きルイ様に仕えながらレオ派の人間にもコンタクトをとる、そんな蝙蝠のような生活しか知らなかった。たわいのないやり取りなどをして、自分が普通の人間になったようで、何だか少し浮かれ気分だ。




 翌日の放課後、桜川と別れた結衣を尾行する。あいつは普段何をしているか、実のところ誰も知らない。まさかルイ様やレオ様に調べさせる訳にもいかないから、これは自分の役目だ。

 結衣は尾行に気づかず、学校からの帰宅途中に真っ直ぐスーパーに向かう。家から最も近いスーパーだった。そうか、今までもここで買い物していたのか。何かの役にたつかもしれないから覚えておこう。……さて、他に怪しい動きもないし、ここは彼女の買い物を手伝うのが筋だろう。彼女の後を追って店に入る。


「いらっしゃいませー。」


 彼女はすぐ近くにいた。野菜売り場で同じ野菜を真剣に見比べている。


「……いつもここで買い物ですか」


 いきなり声をかけられて驚いたようだが、すぐに自分が相手と分かり平常心に戻る。


「シュリーかあ。もう、びっくりさせないでよ……。そうよ、ここで皆のおかず買ってるの。今日はタイムサービスでお肉が安かったよ!帰ったら肉じゃが作るからねー」


 上手い買い物をした女はどこの世界でも機嫌がいい。しかし結衣の籠の中はいっぱいで一人では持ちきれないように思えた。


「そちらお持ちします」

「え?……じゃあ、お願い」


 ルイ様を選ぶにしてもレオ様を選ぶとしても、この女にゴマをすっておいて損はない。という計算以外でも、女性に自分の食べるものを全部運ばせるのはやはり心苦しいというもの。


「前までお母さんと二人だったけど、今は五人で倍以上でしょ?しかも年頃の男三人。もー買っても買っても追いつかないったら……」

「今まで買わせていて失礼しました。今日から自分が手伝います」

「こういう気が一番利いてるのは朱里くんだね、ふふ」


 というか、あの二人が家庭的なことに壊滅的なだけだと思う、という愚痴は飲み込む。仮にも今は従者の身分だ。しかもいくら軽く言っても陰口くさくなるだろう。黙って結衣に付き添い、吟味しながら食べる物を籠に入れていくのを黙って見る。あるコーナーにつくと、店員から声をかけられる。


「あらあ結衣ちゃん、今日も有り難うね。……あら、そちらは……?まさか彼氏?」


 中年でどこかで見たような女性だった。結衣と顔見知りのようだが、何者だ?


「おばさん、こんにちは!えっと、こっちはうちに居候してる親戚です。石岡朱里。朱里、こちらは前話した人、小塙くんのお母さん。時々おまけしてくれるの」


 どこかで見たと思ったらそのせいか。光の面影が確かにある。


「そうなの。それじゃあ買う物が増えて大変でしょう、ちょっと待ってて、廃棄品だけど、結衣ちゃんいる?」

「いります!いいんですか?」

「よかった、じゃあいつものところにね」


 ご機嫌になった結衣は手早く買い物を終わらせて店の裏側に周る。そこには小塙の母が立っていて傍目には食べられそうもない物を持っていた。それ、本日の夕飯か……。


「いつもありがとうございます!」


 相当貰いなれてると見てニコニコと受け取る結衣。受け取ったものは素早く買い物袋にしまう。まあ、見られたら困るだろうしな。


「いいのよ。結衣ちゃんは本当に偉いわね。お母さん助けるために昔から家事手伝いして……うちの息子にも見習わせたいわ」

「何言ってるんだよお袋!」


 結衣とおばさんで談笑していたら不意に声をかけられる。姿を見なくても自分には分かった。昨日今日でよく聞いた声。


「小塙……」


 制服姿で現れたのは、噂をすれば影とやら、話題の張本人の小塙光だった。


「様子見に来たらまたそんな話を……ん?守谷に、石岡?」


 近所に務めているから見物や冷やかしにしょっちゅう来るのだろうか。何度も来ているような言い草だが。そんな小塙は自分と結衣を見つけて不思議そうな顔をした。


「守谷はいつもの事だけど、石岡、何でお前もいるんだ?守谷くらい来てくれるならサービスもするけど、お前は初めてだよな?」

「あら、光ったら知らないの?母さんも今聞いたんだけどね、石岡くん、結衣ちゃんのところで居候してるんだって。親戚だそうよ。だからそんな責めるように言っちゃだめよ」


 それを聞いた小塙――光のほうは目の色を変えた。


「親戚?二年の神栖は知ってるけど。石岡、お前も?ってか、それなら苗字違くね?いやそんな事より、前からほとんど天涯孤独みたいなものだって守谷から……あれ?」


 まずい。洗脳が切れ始めた。咄嗟に荷物を結衣に押し付け呪文を唱える。まずは一時的な目くらましの術。これで免疫のないこちらの人間はしばらく身動きがとれない。結衣を除いて。そして直接対象の頭に手を乗せ、強制的に記憶を植えつける。まずは万が一暴れた時のリスクの多い人間、光から。


「お前は自分を、石岡朱里を前から結衣に聞いていた――。今まで交流がなかったのは絶縁状態だったからだ。今回でようやくそれが再開した――そうだな」


 洗脳の術は正直使っている側も後味が悪い。突き詰めると何を信じていいか分からなくなるから、余り考えないようにしているくらいだ。それでも今は自分達の身を守るためにも必要で、仕方ない。


「……そうだ、中学の時から聞いていた……」


 鸚鵡返しに話す光を置いて次に母親のほうを洗脳する。結衣が通うスーパーだ、完璧にやっておかなければなるまい。自分が術をかけている間、結衣は荷物を抱えて泣きそうな顔で光を見ていた。……故郷でも、魔法に慣れてない者はああいう反応をしたから何もおかしなことはない。ただ、もしかしなくても結衣と光は……。

 その後は問題なく終わり、荷物を半分以上譲り受けて家路を行く。


「……」

「結衣、どうかしましたか」

「んー、何でもない。ああしないと、君達この世界でどうなるか分かったものじゃないしね」


 結衣はそう言って少し困った顔で笑った。母親や親友を洗脳されての後だったからか、慣れた今回は暴れたりはしないようだ。


「最初は凄かったですね。母親を害したとフォークでルイを刺そうと……」

「忘れてよ。っていうか、次は自分かとこっちだって必死だったんだから!」


 そう言って遠目には賑やかに帰る自分達の姿を、離れた場所から小塙が見ていたことはさすがに気づかなかった。





 友達がいる生活か。悪くない、と最近は思う。元の世界では血筋故に対等な友人など作れなかった。それに加え蝙蝠な実家の事情は益々人を遠ざけた。ルイ様の身の回りの世話をし、レオ様の顔色を窺う日々。そこに誰かが入る余地などなかった。


「よーう!石岡、これ見てくれよ!」


 異世界に行って一人の少女の宣下を賜るなんて馬鹿らしい、と思っていたのだが。


 もう少しだけ、このままでもいいかもしれない。





「……でも小塙って演技派だよな!アイツマジで友達だって思ってるんじゃねえの?」


 携帯に「教室に忘れ物しちゃった。今日当番私一人だから取りにいけない。持ってきてほしいんだけど」と結衣からメールが入り、仕方なく取りに行こうとすると、教室にはまだ人がいて何か話していた。気にせず入ろうとしたが、聞こえてきた会話の内容に思わず動きが止まる。


「……まあな。そういう風に振る舞ってるし?」


 小塙だ。小塙光の声。否定、していない?ということは


「アイツぜってえ浮かれてるよ。見るからに今まで友達いませんでしたって感じだもんな。笑える」

「で、小塙はいつネタばらしすんだよ?」

「そうそう、なんか長々やってるけど、友達いなかった奴の付き合いとかメンドイぞ?なんせ経験がないから距離のとり方が意味不明になるんだよな。俺も昔さ、内申目当てでああいうのと仲良くしてひでえ目にあった」


 全員で、自分をからかっていたのか。自分の中で激しい怒りが湧く。今すぐこのドアぶち破って……いや、それよりはやつらの言うネタばらしの機会とやらで「知ってました」と振る舞ったほうが馬鹿にできるだろうか。そうだそうしよう。……断じて非ぼっち期間を長引かせたいからではない。


「まあ、そのうち、な」

「よくやるよ小塙は。いくら守谷の気を引きたいからって健気だねーー」


 同情ですらなかっただと。あいつ、結衣のことが……。

 その時教室内で携帯電話のバイブ音が響き渡る。結衣が忘れた携帯だ。自分達と母親共通のものとは別に桜川専用の携帯らしいが、必要か……?なんにせよ、今は助かる。「誰のだ?」と会話は中断され、その間をぬって悠々と入る。


「!石岡……」


 小塙が気まずい様子を見せる。なるべく平静を装って「ああ、頼まれて忘れ物を取りに来た」と言って結衣の机を漁る。小塙とその本当の友人らしき奴らはギョッとしたようだ。そのまま携帯を取って何事もなかったかのように立ち去ろうとする。再び着信が鳴る。結衣本人だった。立ち去ることなくおもむろに電話に出る。


『もしもし?朱里?私、結衣。聞こえる?』

「聞こえてます。取ってきましたよ、結衣」


 小塙の顔が引きつるのを横目で見た。いい気味だ。


『ありがとー。それでね、今日もタイムサービスあるから買い物してほしいんだけど、いいかな?』

「勿論。(家主である)貴方の言う事なら」

『そう?ありがとう。じゃあ買ってくるものなんだけど……』


 わざわざ教室内でやり取りをする。




 朱里が立ち去った教室は、しばし沈黙を保ったのち、爆笑に包まれた。


「アッハッハッハ!小塙お前マジ寝取られ!」

「石岡ってポッと出じゃん!そんなのに負けるって!」

「やべえ!お前負け組みにもほどがあるって!」


 小塙光以外の三人のクラスメートはひたすら笑い転げていた。他人の不幸が面白くて仕方ないようだ。


「……っ!ふざけんなよ!こっちはふられたんだぞ!お前ら何笑ってんだよ!!」


 泣きっ面に蜂、傷口に塩、不幸は重なる。小塙光は三年間想い続けた女性を寄りによって見下していた相手に取られた。その事でそれ以下となった自分に激しいショックを受けているのに、周りは気を使うどころか盛大に嘲笑してくるではないか。切れてもいいと小塙自身は思っていた。


「……は?何マジ切れしてんの?」


 しかしクラスメートはそれに侮蔑の目で返した。彼らからすれば小塙も石岡もただの暇つぶしである。


「つまんねーやつ。もういいよ」


 小塙がはっとした時には遅く、今度は小塙がぼっちを味わうこととなった。そしてやはり不幸は重なるのである。





「シュリー、これ、ルイに渡しておいてくれない?」


 夕飯が終わり片付けを手伝い終わったあと、シュリーは結衣から手紙の山を渡された。


「これは?」

「ルイへのラブレター。凄いよね。転校早々生徒会長になった謎多き美少年!って女の子の間で噂になりっぱなし。それに前、ルイが人前で従兄弟で婚約者なんて仕出かしたからすっかり関係者扱いで……しょっちゅう頼まれるの」


 知っている。あの時はこじれたルイと結衣の仲をとりもとうと何かと結衣の身辺を調べていたのだから。そういえばルイがあれをやった後、結衣が闇討ちされそうになったり、机が荒らされそうになったり、荷物が行方不明となりかけたりと物騒なことになったのを知っているのだろうか……。どこの世界も女の嫉妬は怖い。それに婚約者相手にそんなもの頼む事もおかしい。牽制ではなかろうか。


「シュリー?」


 今でもちょくちょく起こるトラブルを未然に防いでいるが、それを察する様子もない結衣に頭を痛ませていると、その結衣が心配そうにこちらを見ている。まあ、後継者が決まるまでの辛抱だ。それが終わればすぐ帰れるのだから、それまでは理想的な同居人を演じよう。


「……分かりました。渡しておきましょう」

「うんよろしく。それにしても凄いね。いくら興味ないし仲良くないって言ってもお願いって押し付けられちゃうし。恋するって怖いね……」


 その台詞に小塙の顔が浮かぶ。あいつの前で自分のほうが彼女と親しいんだアピールをしてやったが、それでも腹の虫が治まらない。


「そうですね。今後貴方も気をつけたほうがいい」

「ああ、婚約者なんて言われたしね……嫉妬を買っちゃうよね」

「そうではなく、男に」

「???」


 冷静に、普通に、あくまで自分はこの事に興味ないんだという風に。


「小塙を覚えていますか?」

「覚えてるも何も。君よりつきあい長いんだけど」

「それは油断にも繋がります。……あの者は、貴方に好意を抱いているようですので、忠告を」




 小塙光は一人で登校していた。昨日の件でいつもつるんでいた仲間に愛想をつかされた。いや、今考えると仲間だったのかどうか……。


「おはよう!」


 夜がくれば朝がくる。雨は必ずやむ。陰鬱な朝の中、好きな人が挨拶をしてくれた。落ち込んでいた光のテンションが少しあがる。


「守谷さん!お、おはよう」


 守谷結衣がニコニコしながら近寄ってくる。……よく見ると少し離れたところに桜川がいたが、彼女はこっちに近寄る気はないらしい。中学の頃から相変わらずだな……。


「小塙くん、最近朱里と仲いいみたいだね」


 その言葉に石岡が妙なことを吹き込んでいないかと今更心配する。あいつ、昨日間違いなく聞いてやがった。


「……そうかな」

「そうだよ。朱里ったら昨日その事で冗談まで言ってね」

「え?何て?」

「小塙くんが私を好きだって。大真面目な顔で。おかしいよね。本当にそうなら、そんなこと軽々しく喋るわけないじゃない。友達出来て浮かれてるんだから」


 後方で爆笑が聞こえた。昨日の元友人達が、ぼっちになった俺を影でこそこそ後を付け回しながら笑い者にしていたらしい。……ぼっちには、よくあることだ。


「何だろう?……まあいいや。小塙くん、これからも朱里と仲良くしてほしいな。彼、元いたところが特殊で、世間慣れしてないふしがあるから……」


 同居人として、家族として親戚としては最もな心配。今のオレには追加ダメージ。そんな台詞を言って彼女は去っていく。その際に桜川が近寄ってきて、耳元でこう囁く。


「ざまぁ」


 ……本当に相変わらずだ……。後ろのやつらも雰囲気で察したのか静かになった。守谷に執着しなければ普通に美少女なんだろうがな。





 その日の体育の時間は、予想通りぼっち。今までオレが組んでいたやつらは、今日は石岡を誘ったようだ。その石岡はそいつらと何か話した後、こっちに歩いてきた。


「人を騙すからこうなるんだ」


 勝ち誇ったような顔だった。オレは特に何も思わずこう言う。


「悪かったな」



 騙していた男に皮肉を言いに来たら謝られた。自分の気持ちとしては、謝るくらいなら最初からするなだ。友達ぶって仲間と影で笑って、しかも目的はこちらの重要人物でもある人間の心を奪いたいがため。元の世界なら絞首刑にできるだろうに。


「守谷さんにいい顔して、お前に愛想よく振る舞って、仲間達に媚びうるように接して。その結果がこれだ」

「……!」


『エセ中立。蝙蝠野朗』


 レオに言われたことが浮かぶ。今まで自分は小塙を責めていたが、じゃあ、自分は何なんだ?


「皆によくしたつもりで、誰も信じてないし結局利用してただけ。そりゃこうなるよな」

「……」

「堕ちるとこまで堕ちると誰も恨む気になれねーんだわ。……笑わないのか?」

「いや……」

「……いけよ。あいつらにはとりあえず明るく振る舞えばやってける」

「それでいつかは裏切られるんだな。お前みたいに」

「ぼっちよりマシだろ」

「そうは、思わない」


 話していると日立先生から「二人組み、石岡くんと小塙くんね!」とKYな事を言われる。


「え、いや」

「そうです」


 小塙は驚いたようだった。自分も友達の輪から進んで外れるようなことを無意識に言ってしまい、少し驚く。しかし、言った今ではすっきりしている。


「いつか裏切られるってビクビクしながら過ごすのはゴメンだ」

「……ほんとどこから来たんだよ。ぼっちって一生付きまとうんだぜ。クラスのヒエラルキーとかお前のとこなかったのか?」

「さあな。まあ、そのうちまた転校するだろうし。それまではお前と組むさ」




「結衣様、小塙さんと石岡くんが柔軟をしています」

「やっぱり仲いいんだね」

「そうですね。……そのほうが分散されて丁度いいですし」

「何?春花ちゃん」

「いいえ、何でも」


 トラブルメーカー守谷結衣。台風の中心点は静かなものだ。 

このあと彼はちゃんと中立になるんだろうなあ。

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