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終わり

 項垂れるルーカスを前に、かけられた魔法が弱まって何とか自力で動けるようになった春花は、目線で「こいつ、やっていい?」 と結衣に聞いてくる。もちろん結衣は首をぶんぶん横に振って拒否する。


「ルーカス、さん。その、理穂さんの魂と話せませんか?」


 結衣は思った。全ての元凶とも言える人と話をしなくてはいけないと。そして謝らなくては。血縁が、末裔が全てを忘れていたことを。


「……勝手にしろ」


 ルーカスが数分瞑想すると、たちまちぼんやりとした少女の影が現れた。春香達は思わず結衣と見比べる。遠縁だけあって、少し面影がある。それにしても若い。十四くらいだろうか。それで異世界で無念の死に方をしたとあっては、時を経て祟るようになったというのも頷ける。


「鈴木、理穂、さん?」

――穂香(ほのか)おばさんの、美穂ちゃんの子孫ね――


 ぼんやりした映像のようだが、それでも彼女が笑ったのははっきり分かった。責められると思っていた結衣は複雑な気持ちになった。


「ごめんなさい。私、何にも知らないで、こんな異界で死んでて、忘れられてて」

――謝るのは私のほう。致命的なミスで貴方を窮地に追い込んだ。ごめんなさい――

「そんな、結局無事だったし。あの、これから何をすれば、供養?」

――知ってもらえたからもういいの。元の世界へ帰ったら、お線香を、私のためにあげて、それだけで――

「……分かりました」

――ルーカスくん――


 理穂がルーカスと対峙した。経緯を知っている結衣は思わず慎重になる。


「……何だ」

――ごめんなさい。もう少し大人になったら見せるべきだった。属性が同じだからって急いだからいけなかった――

「後になろうと同じ事だ。僕も王家の血筋なのだから。……早く解決に至ったんならいいんじゃないのか」

――そう、言ってくれるの?――

「……もう少し警戒したらどうなんだ! 僕は、ザカリアの子孫だ! 他の兄弟も……。結衣を殺そうとしたんだぞ!」

――殺してれば恨んでた。そうじゃないなら恨まない。でも、貴方は結衣が死んでたらザカリアと同じように死ぬまで後悔してたでしょうね――

「ザカリアを持ち出すな! 貴女を死に追いやった人間を……」


 理穂の前で話すルーカスは、年よりずっと幼く見えた。感情的で、すぐ狼狽する。結衣はそんな姿を見て、最初から好かれていなかったと確認せざるをえなかった。


――ごめんなさい。それで、結衣達を戻してもらえる? 今度はあの女の人は使えないでしょう――


 言われて思った。そういえば、レオくん達はどうやってここへ? 女の人って? 

 じっと見つめる結衣の視線に答えるように、奏はニットキャップを外した。


「……! 髪が」


 そこには髪の毛は一本もなかった。痛々しいほどの年頃の女性の丸坊主姿だった。


「ルイさんにはびっくりさせられたよ。最初は命と引き換えだなんて言うからさ。あれ、髪の毛のことだったのね」


 呆然とする結衣に春花が言葉をかける。


「古今東西、どんな丈夫な布も破れる男が、女の髪の毛一本に敵わない。そんな話がよく伝わってますからね。髪は女の命ともいいますし、非常にいい媒介だそうで」

「でも、こんな姿にまでなって、私のことなんか……」


 結衣のその言葉に奏はムッとする。


「じゃあ、髪の毛惜しいから見捨てればよかったとでも?」

「そんなんじゃ、でも」

「髪の毛なんかで友達助けられたら安いじゃない。私はそう思ったの」


 結衣は耐え切れずに泣いた。奏が優しくその肩を抱く。



 女性陣が言葉を発せないうちに、レオが小声でルーカスに問いかける。


「ねえ、何でボクの母上を殺したの」


 憎悪の目だった。


「まずお前達を異世界に行くための踏み台にした。あの女はその為に利用した。が、あの女は欲に目が眩みすぎた。着飾りながら恵まれない庶民に募金しろなどと言い出し、暴動が起こった。お前が来る少し前にな。僕の手際が良ければ処刑なんてせずにすんだかもな」

「でも、ルーカス以上に苦痛なく処刑する人はいない」

「いいのか?」

「……賄賂を払ってまでシュリーのような臣下ではなく、息子を王太子の地位に就かせる人だった。想像はついてた。でも、これでこの世界に未練なくなっちゃったな。変に王太子な身分だから、残ってもいい末路じゃないだろうし……ねえ」




「葵、こうして会えても、すぐ別れてしまうのですね」


 葵とシュリーは二人の世界だった。つい最近まで離れていた恋人同士。しかし、別れは迫る。シュリーは物憂げに、葵はどこか決意を固めた表情だった。


「その事なんだけど、私、ここに残りたい」

「え!? でも両親は」

「私、養女なの。子供に出来ない家庭に来た。……でも数年後まさかの妹が出来て。信じられる? 私の着る物、妹のお下がりなの。何でもそう。だから……」

「葵」

「もう嫌なの。夢の中で普通に貴方はいて、あれは悪い夢だったんだって喜んで手を伸ばして、霞をつかんで起きる。あんな絶望、もう味わいたくない」


 一息で言ったあと、シュリーの胸に飛び込む葵。


「駄目なら突き放して。それで諦めるから」


 シュリーは少し迷って、彼女を腕の中にきつく抱きしめた。





 各々の別れが済んで、帰る準備が整った。


「葵さん……」

「今度こそ、見損なった? 私、親不孝な女でしょ」

「ううん。葵さんが来てくれた事も、私が助かった要因。幸せになってね」


 葵よ結衣は、静かに別れを済ませた。


「結衣お姉ちゃん」


 レオが呼びかける。


「ボクも、地球に行っていい?」

「え!? でも今度は……」

「戻れないかもって言うんでしょう。シュリーもルイもいないし。でもボクがいたら奏お姉ちゃんの髪を誤魔化せる。葵さんの両親も。それに、ここにいたってボクには未来がないんだ。王になれない場合の王子の末路は話したよね? だから、お願い連れてって」


 思わず迷う結衣。ここで春花や奏がまさかの援護をする。


「救出には、レオがとても役に立ちましたの。ルイはここに逆召還してくれましたが、今は自宅待機ですし」

「兄弟の中でレオくんだけでしょ、助けに現地まで着いてきてくれたの」


 二人とも、未来がいくらでも変わる可能性がある小学生には甘い。結衣も、殺される寸前にレオの事を思い出していた。

 私、もしかして……。


「レオくん」

「え?」

「私のこと、まだ好きだったり?」

「うん!」


 いい笑顔で答えてくれた。結衣の心は決まった。


「おいで、帰ろう」


 結衣が差し伸べた手をしっかり取るレオ。亡霊である理穂は、それを見て思った。


――呪いの為に先細りの一族で、絶えてしまうかと思ってたけど、もう心配はいらないだろう。また、このユージェルに残る、いくつかの無念の思いも、彼らが昇華するだろう――






 数年後、街中で成長した礼緒と結衣が歩いていた。


「で、来月の千枝ちゃんの誕生日プレゼントなんだけどね」

「……ちょっとあの女に構いすぎじゃない?」

「なに言ってるの、もしかしたら私が今生きてるのは、千枝ちゃんの忠告があったからかもしれないじゃない! 視線に気をつけてって言われてのが頭に残ってて、それで……」

「同じことなら女友達より彼氏を優先してほしいんだけど」

「そんな薄情な彼女がいいんだ? ふーん」

「……もう」

「あ、あの雑貨屋さん! 雑誌に載ってたとこ!」


 結衣は礼緒の手を引いて走り出す。今度は、二人はどこから見ても楽しそうな恋人同士だった。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!

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