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暴君のお友達

「その考えを通すなら、それで痛い目にあっても自業自得というものです」


 シュリー。こちらの世界名は石岡朱里(いしおかしゅり)。俺の異母兄弟にして乳兄弟。幼い頃より俺に仕える忠臣でもある。そのこいつが珍しく生意気な口をきいた。何故こういう台詞が出たか?それは勿論あの女のせいだ。

 守谷結衣(もりやゆい)。俺達の故郷で王を決める争いにおいて白羽の矢が立った少女。彼女の許可で王が決まるという荒唐無稽な話だ。何故異世界の少女が決めねばならない?実際に会ってさらに愕然とした。どこにでもいる容姿の女ではないか。継承権を争う相手……三男のレオはその凡人女にお熱というのも笑い話だ。


 事の発端はレオが夜の凡人女の部屋に入った事だった。身長差や体格差があるからさほど心配はしていなかったが……まさかレオが強硬手段に出るとは。しかしいくら小さいレオでもやつは魔法がそこそこ使える。あの女が、これで弱みを握られてそのままレオを王にするとでも言い出したら。一日で決まってみろ、俺の評判は地に落ちる。慌てて部屋に入った俺が見たのは、気絶しているレオと傍らに佇む凡人女。


 まず腹が立った。レオは確かにむかつく嫌な人間だ。だがそれでも俺の異母兄弟、弟だ。そして唯一俺に匹敵する魔力の持ち主。それが異世界の女ごときにしてやられただと?これは王家の名誉の問題だ。……そこまで考えて昔、故郷の家庭教師に「貴方様は自尊心が高すぎる」と言われたのを何故か思い出したが、関係ないな。


「小うるさいガキめ。脳を破壊して口だけが動く魔術でもかけたほうがマシか?」


 女の私は被害者ですという雰囲気が鬱陶しかった。俺にしてみればあの女は口だけ動いてればいいと思う。手があれば弟に害をなす。足があればあちこち移動する。頭があれば余計な事まで考えるだろう。こいつとは生まれが違うんだから、この考えはおかしくない。


「出てく」


 俺達のような尊い者達が来て思い上がっているとしかいいようがない。それからあの女は毎朝自宅へ母親の様子を見に来るが、家には絶対入らない。一月経つが、帰ってこないのだ。



「ルイのせいだよ!シュリーから聞いたよ!暴言で傷つけたんだって?最低だ!」


 横から後ろからわめくレオが鬱陶しい実に鬱陶しい。


「うるさい!元はと言えばお前が違法行為をしたのが原因だろうが!」

「きっかけを作ったのはボクでも、とどめをさしたのはルイじゃないか!お前が偉そうにするな!」


 守谷の家では常にこのレオのキンキン声につきまとわれる。見かねたシュリーと凡人女の母である千加子殿が止めてくれるまでは決して止まらない。……それもあの女が桜川家に滞在する時間が延びる度に、止めるタイミングも遅くなっていく。


 俺が安らぐのはもはや『学校』だけだった。


 生徒会選挙で一位当選を果たし、俺は会長として生徒会専用の部屋で雑務をこなす。王宮にいた頃からこういうのは慣れている。最近咎めるような目で見るシュリーもここには入ってこられないから、ここは俺の安楽部屋だな……。



「神栖クン、浮かない顔してるね」


 そう声をかけてきたのは、副会長の鈴木だった。こいつはこの学校内でも俺に付き合うのにふさわしい方だ。何でも父は議員、母は女優というこの国ではなかなかのスペックらしい。それをシュリーに言ったら、冒頭の台詞。


「その考えを通すなら、それで痛い目にあっても自業自得というものです」


 何が言いたいんだあいつは。


「どうしたの?今度は怖い顔してるけど」

「ああ、すまない。少し家がごたついてな」

「……疲れてる?たまには気晴らししたほうがいいよ?仕事はほら、会計の北浜(きたはま)に任せてさ」


 そう言ってそいつが指をさしたのは、眼鏡でもさい印象の男、北浜功治(きたはまこうじ)。生徒会メンバーの中でもそいつは浮いていた。というのも当然で、本来の当選者が急病で長期入院を余儀なくされ、それによる繰り上げ合格だった。


「気晴らしか。魅力的な提案だが、今日は遠慮させてもらおう。それに北浜には任せられん。あいつは誤字脱字が多すぎる」


 早く帰っても小学生のレオがいる。早く帰ればその分あいつに付きまとわれる。仕事をしているほうが今の俺は幸せだ。

 そんな俺の心情を知らない北浜は何を思ったか、縮みこんでいた。自覚あるなら直せよ。


「……ふーん、そう。ああ、そういえば神栖って、入学式の日に女生徒を自宅に連れ込んだって噂になってるけど」


 道が分からなかったなどとは言いたくない……大体異世界に一日で慣れるほうがおかしいだろう。


「中々の女達だったな。この学び舎の女達は比較的悪くない」

「そう……それじゃあこの資料を作ってしまおうか」


 生徒会の資料を作り終えたのは、夜も更けてからだった。図書室で待機していたシュリーを迎えにいって自宅へ向かう。憂鬱だ。



 翌日、俺は結衣を探していた。レオがうるさいからだ。毎日毎日飽きもせず怒鳴りやがって。女のヒステリーか。金に執着している女だったから、もう少し出せば何とかなるだろう。後は母親をだしに……。




「お帰りくださいませ」


 桜川春花(さくらがわはるか)。あいつの親友……であっているはずだ。結衣の教室について早々この女が俺に楯突く。


「桜川、お前のほうも大変だろう。友達ふぜいが一月も厄介になってるんだぞ?」

「前々から養子縁組の話がありましたから、ご心配なく。もう少し本格的になったら母君もこちらで預からせていただきます」

「何故そこまで」

「貴方のような人の心の分からない方には一生理解出来ないでしょうよ。……わたくしは友達を守りたいだけですわ」

「俺達の都合も考えろ」

「その台詞、そっくりそのままお返しします。貴方は他の人間にも人格があると考えたらいかが?」


 女に口では敵わない。しかし、やり取りに聞き耳立てていた人間達からは「桜川さんってきっついね」「累様かわいそう」フッ。これが人徳というものだろう。しかし女相手に本気になるのは見苦しい。

 教室では駄目だ。結衣が一人になるところはないのか?……全くなんでこの俺が女一人に……。溜息をつきながら歩いていると、女共がキャーキャーいう声が聞こえる。俺に見惚れるは分かるが、今はうるさい。どこか、静かな場所はないだろうか?無意識に図書室へ足が向かう。


 調べたが、この高校は本の貸し出し数が県下でトップだったとか。マナーの良さも期待していいだろう。あのシュリーもここを待ち合わせ場所に指定するくらいだ。入室するとここでも女どもが囁き声で「累様よ」「今日はラッキーだわ」と言う声が聞こえる。まあ、褒められるのは悪くない。

 とはいえ人避けにここに来たのだから、どこか人のいないコーナーに……。歴代生徒会総覧というこじんまりとしたコーナーに行き着いて、俺は見た。


「……昨年の生徒会総括……はい、こちらになります」

「ありがとう、守谷(もりや)さん」

「そんな、お礼なんて。北浜先輩が熱心だからこちらも遣り甲斐があるというものです。」


 結衣と地味眼鏡男の北浜だった。しかも何だか親しそうという。


「ん?……ああ、神栖サンでしたか。何か御用ですか?」


 俺を見た瞬間、それまで笑顔を見せていた結衣はしかめ面になってしかも無愛想に問いかけてくる。俺は胸に込み上げるむかむかしたものを抑えながら「家に戻れ」と言うのがやっとだった。何故か。


「図書委員の管轄外の事です。答える義務はありません」

「守谷さん、会長と知り合いなの?」


 生意気に返す結衣に微妙に空気の読めない言動してくる北浜。二人揃って俺をいらつかせくれる。大体何の地位も身分も後ろ盾もない女が俺と対等ぶるのがおかしい。ここらで自分がどういう存在か分からせてやらないといけない。


「……神栖さんはただのいとこ」「婚約者だ」


 本棚の向こうの空気が変わる。父からすればこれも違法行為にだろうが、レオもやった以上俺も同じことをして何が悪い。


「うそっ累様が…」「いとこ同士で?」「やだショック」「高校生で婚約って何」


 ざわざわし出した空間に司書の「お静かに」が入る。結衣と北浜は揃って呆然としていたが、先に結衣が我に返って小声で文句を言ってくる。


「どういうつもり」

「そのままの意味だ。何も間違っていないだろう。レオでは駄目なのだというなら俺しかいないのだからな」

「二人とも嫌よ!」


 見回りに来た司書がその声を聞きつけ「争いなら外でどうぞ」と俺達を叩き出す。都合がいい。この女とは一回話し合わないといけない。人目のつかない所で話そうとすると、何故か北浜もついて来ようとする。なんなんだお前は。


「あの、あの、会長、今年度の、予算案についての資料を……」


 気に入らん。生徒会では常にどもっていたこいつが、何で結衣の前だとすらすら話せるんだ?鈴木に聞いたところによると生徒会メンバーでも一般人という最下層民というし。庶民は庶民同士気が合うという訳か。


「……放課後にしろ。お前が大体の見積もりを出せ。俺がそれを訂正する」

「は、はい」


 最低限の事だけを言って俺は北浜を追い返す。それを結衣は不満げに見ていた。


「北浜先輩に仕事を押し付けてるの?最低」

「何故そうなる。俺には他にもやることがある。予算については計算が得意だというアイツに一任しているだけだ。……誤字の多いやつだから勿論見直しはするが」

「驚いた。仕事、ちゃんとやってるんだ」

「俺を何だと思っている」

「暴君」

「……」


 廊下で言い争いをするのもみっともない。屋上まで結衣を連れ出す。町の全景が見渡せる場所で単刀直入に言う。


「家に帰れ」

「嫌だって」

「桜川の好意につけこんで恥ずかしくないのか」

「じゃあレオくんなんとかしてよ!毎晩部屋に忍び込まれたら疲れるどころじゃない!」

「お前がレオを誑かすからこうなったんだろう」

「私は何もしてない!」

「ならさっさと切れ。お前に望みはないとはっきり言え」

「そうすると貴方が王様になっちゃうんじゃないの?」

「そうだが?」

「……」


 不意に結衣は黙った。この女が何を考えているのか分からん。最も生まれも育ちも庶民では考え方も価値観も違うから、別に分からなくて結構だが。


「……シュリーに聞いたけど、レオくん対策をしない限り同じ事が続くだろうって。それをやってもらえない限り帰れないよ……」


 それを聞いてただでさえいらついていた俺の不満が爆発した。


「シュリー?……ああそうだな、図書館を待ち合わせに指定するくらいだから知っていたんだろうな。この売女!レオにもシュリーにも色目使っていい加減にしろ!」

「ばい…って……貴方何を言ってるのよ!?」


 レオはこんな凡人女に好意を持った。シュリーでさえ協力するのにやぶさかではなく、何かとこの女の肩を持つ。どうして敵も味方も俺の嫌いな人間に行くんだ。


「大体何よ、呼ばれてもないのに勝手に来て!王様決め?私の許可なんかなくたって、偉そうで無神経で他人をないがしろにするあんたなんか……王様になれるもんか!」


 気がついたら、俺はそいつの頬を打っていた。


 しばらく風の音だけが響いていた。そいつはやがて顔を歪ませ涙をぼろぼろ流し始めた。さすがに女を叩いたのは悪かったかと手を伸ばすが、叩き返される。やけにいい音がした。


「うう…うわあああん……」


 叩き返す気力があれば下に降りていく体力もある。カンカンと結衣が階段を降りる音が耳にいつまでも残る。




 どれくらいそこに立っていたのか、次に気がついた時には傍らに鈴木が立っていた。


「酷いね。皆そろって、神栖クンのこと苛めるんだ」


 苛める?そうか俺は苛められているんだ。あの女に嵌められて、王の地位を巡って弟とも、乳兄弟の忠臣とも拗れてしまった。


「……ねえ、今日こそ気晴らししない?いい場所知ってるからさ」

「そうだな……参加させてもらおう」


 脳裏に生徒会室で書類を作る北浜が浮かんだが、あんな庶民はすぐ忘れた。俺は少し疲れた。誰も何も分かってくれなくて。ふと、家を出て行った時の結衣も同じ気持ちだったのでは?と思うが、それも忘れる事にする。どうして、王族の俺があんなやつの気持ちを察してやる必要がある。




 騒がしいクラブという場所に連れて行かれた。学校では見ないタイプの女達がいて確かに気晴らしにはちょうどいい。


「お待たせ、はいジュース」


 香りと味の強いジュースを勧められた。今日は鈴木に助けられっぱなしだ。


「今日は悪いな……お前がいて助かった」


 シュリーやレオ、故郷の人間が今の俺の台詞を聞いたらひっくり返るだろう。俺は今までになく素直な気持ちになっていた。


「……飲みなよ」

「え、ああ」


 鈴木に勧められるままに飲む。俺は油断しきっていた。普段だったら毒に気をつけていたのに。


「知ってる?馬鹿は死ななきゃなおらないんだよ」


 薄れゆく意識の中であいつのニタニタした笑顔が最後に目にした風景だった。





「寝てんじゃねーよ!」


 石やボールを蹴るように腹に一撃入れられる。その衝撃で俺は目覚めた。そして辺りを確認する。見たこともない景色。どこか暗く、人気のない場所。……嵌められた?何故?


「覚えてねーよなあ?お前が初日に連れ帰った女達の中に俺の彼女がいたんだぜ。それでよ、俺その翌日に振られたんだぜ!お前のほうがスペック高いってさ!あっはっはっはっはっはっは……ふざけんな!!人の女に色目使ってんじゃねーよ!!!」


 そう言って再び腹に蹴りを入れられる。こいつは何を言ってるんだ?そんな事は覚えていない。また誘惑した覚えもない。狂ってやがる。勝手にとち狂った女の所業を人の所為に……


『レオにもシュリーにも色目使っていい加減にしろ!』


 間違いなく、俺の台詞だった。


「……悪かった……」


 思わずこぼれた謝罪の言葉。ただそれは、断じて目の前にこいつに向けられたものではない。


「ああん?何しおらしくなってんだ?お前でも命は惜しいの?へえ……。謝って済むと思うな!!!」


 今度は蹴りではなくひたすら身体を踏みつけに来る。俺は丸まって急所を庇うのに精一杯だった。


「振られた途端、取り巻きも手の平返して誰もいなくなった!お前が!お前なんかが来たせいで!俺の転落はお前で始まったんだ!会長の座から落ちて、友達だと思ってたやつは権力目当てだったとか抜かして去っていって!女が調子にのってこの件を言いふらして、そのせいで愛人の息子に跡継ぎ奪われたじゃねーか!!それまでちやほやしかされてなかった人間が堕ちる様がお前に分かるか!!!」


 手に取るように分かる。そうは言えなかった。自分の身を守るのに精一杯で。

 やがて踏み飽きたのか鈴木は足を離した。そしてどこから出したのか、鞘からナイフを抜き出す。


「お前みたいな人間は生きてるだけでも害だ。だから俺が抹消してやるんだ……これは正義なんだ……」


 魔法を……駄目だ。意識が朦朧とする……。どれだけ蹴られていたのか既に痛みは麻痺して感覚がない、唇すら動かせない。


 ここで終わりか。





「う、うわああああああああ!!!!」


 場違いな声とともに鈴木にタックルをかましたのは……北浜?


「か、神栖会長、逃げてええええええ!!!!!」


 震えた声で鈴木を押さえつけながら北浜は言った。まさか、助けに?


「お前、北浜か!?ハッ、ひょろい男が俺に敵うと思うな!」


 北浜はあっさり吹っ飛ばされた。しかし充分時間稼ぎににはなった。少しずつだが体の感覚が戻りつつある。動け、動け!


「か…ぜ…」


 突風が吹いて鈴木を吹き飛ばす。何が起こったか分からないって顔している。相手が悪かったな、俺は異世界ユージェルの長男……魔法使いの血統だ。


「会長!無事ですか!」


 壁に当たって気絶した鈴木を確認してから、北浜が駆け寄ってくる。


「無事な……わけあるか…」


 空気が読めないというか気が使えないといったほうが正しいだろうか。この状況ではい無事ですと答えられる人間はおかしいだろ。


「す、すみませんすみません」

「やっぱり最低。ナイフ持った相手に丸腰で行ったっていうのに。ああ、警察呼んどいたよ」


 入り口から女の声。結衣だった。


「お前……」

「累、お礼いいなよ」


 何て上から目線だ。しかし、今の俺にはそれに反論していい立場ではない事くらい、理解できる、ようになった。


「ありが…とう…結衣」


 あんな事しでかした俺を追ってここまで来てくれたのだとしたら、これ以上の言葉は今は見つからない。


「私じゃないでしょ!北浜功治さんにでしょ!北浜先輩、いつまでも来ない累を心配して、校内中探して、副会長が引きずっていくの見たって聞いて、私に助けるよう頼んできたんだよ。土下座までして……」

「きた……はまが?」


 何故?


「会長、書類の確認してください」

「……ああ。そうだな……クソ真面目なやつ……」

「副会長と違って、俺に仕事押し付けようとしなくて、誤字脱字の面倒まで見てくれて、俺、尊敬してるんですよ」

「ばーか……」


 見下してたやつに助けられてそんなこと言われる人間の身にもなれよ。


 嬉しいだろ、凄く。




「良いのですか?基本不可侵とはいえ、命を奪おうとした鈴木という輩には……」

「いい」


 シュリーの協力のもと、駆けつけた警察や鈴木、そして北浜も……記憶を失わせて放逐することにした。とはいっても鈴木には少し別扱いになるが。


「この事で俺に何か言う権利はないんだ」

「ルイ様……」


 何か言いたげなシュリーだが、すぐに押し黙る。すぐに異変に気づかなかったことを悔やんでいるのだろうか。まあ、俺の婚約者発言で何かと物騒になった結衣の周辺の警護でそれどころではなかったんだろう。


「シュリー。結衣の部屋の鍵に俺の魔術をかける。お前も協力してくれ。二人分ならレオもどうにもできまい」

「え」

「何だその反応は」

「い、いえ。……と仰せですが。結衣」


 北浜を案じて側にいた結衣に事の次第を告げる。話を聞いた結衣はうさんくさげにこちらを見た。


「雨でも降るの?」

「何だそれは」

「まさか槍?」

「おい」

「ふん。今更何よ。女の顔を殴っといて……」

「悪かった。……ごめん」


 鳩が豆鉄砲くらったような顔というんだろうか。結衣は驚いている。ついでにシュリーも驚いている。俺が謝罪をするというのがそんなに珍しいか。……そういやした記憶がないな。


「ルイがそのつもりなら帰るよ。でもルイのためじゃないからね、お母さんのためだから!」




 結衣が自宅に帰ると、レオが抱きついて……こようとした。


「結衣お姉ちゃんお帰り――――!!ぶっ!」


 俺は弟であるレオの顔面をつかんでそれを阻止する。


「……王族だという事に驕るな。何をしてもいいという事ではないんだぞ」


 もしこいつが本当に王になったら。そうなった時のために俺は媚びておいたほうがいいだろうか。その不安はずっと俺を蝕んでいた。けれど、今はそんなものより、弟の暴挙をとめたい兄心が強い。


「ボクが驕ってるって?アンタには負けるよ」

「そうだな。だがだからって何をしても許される事にはならない。シュリー」


 結衣の自室へ向かい部屋に抗魔力の術を施す。


「ちょ、何するんだよ!」

「結衣はおもちゃじゃないんだ。自分の欲求で振り回すのも大概にしろ」


 レオは呆然とした。敵対心はむき出しだが、父の愛情を独り占めにする自分には結局決定打になるような事はできない、ずっとそうだったのに……。


「シュリー、ルイはどうしちゃったの?」

「……」


 シュリーは答えられない。答えたら結衣の周辺警護にかまけてルイの命が危なかった事まで話さなければならない。どちらかというとルイ派の自分にはレオにそんな事情など話せない。ならばとレオは結衣に視線を向ける。


「……結衣お姉ちゃん、アイツ、何だか変だけど……あれ?ほっぺた腫れてない?」


 ルイとシュリーはぎくりとする。危害を加えたことが知れれば、そしてそれをレオの口から父に、王に知られたら、廃嫡はまぬがれない。


「転んじゃってね。ルイが変?いつもそうじゃない?」


 結衣は流した。その事にルイは小声で「どういうつもりだ」と聞いた。


「北浜先輩の意思を無駄にしたくないだけ。……いい人だよね」







「失礼します。書類提出に参りました」

「ああ」


 翌日の生徒会室。ルイと北浜功治は書類作成に追われていた。結衣達の通う高校はこの地区では規模が大きな学校で、いくつもの部が存在する。どの部も予算アップを狙ってくるので部の見極めには神経を使う。ルイはふと北浜を見る。昨日の記憶は綺麗さっぱり消え、何事もなかったかのように振る舞っている。


「そういえば会長、副会長は結局どうなるんでしょう。鈴木副会長が、積荷が崩れて全身打撲で長期入院なんて……」


 記憶を消した上に新たな記憶を植えつける。今まで感じなかった罪悪感というものを、ここにきて初めてルイは学んだ。


「また繰り上げだな。引継ぎもあるし、これから忙しくなるぞ」

「うわあ、大変だな」

「俺も働く。お前は……とりあえず誤字、気をつけろよ」

「は、はい!」



 それから結衣の高校では、王子様系の生徒会長・神栖累と、気弱で見た目オタクの副会長・北浜功治が名物コンビと呼ばれる事になる。

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