三兄弟が来た!
守谷結衣。ごく普通の高校一年生。今日、この瞬間までは。
「うう……一体何なのあれ」
夕飯食べたあと、自分の部屋で明日入学する高校の予習をやってたら突然激しい揺れが来た。慌てて机の下に潜って頭ぶつけた、痛い。てっきり地震かと思ってたけど違った。屋根に何かが衝突したんだ。天井に変なものがめり込んでる。
……あれ、空から落ちたの?小さいヘリコプター、かなあ。屋根突き破ってるし、瓦が中まで落ちてきてる。でも卵型っぽい乗り物?はめり込んだ状態で止まっている。随分中途半端な位置だ。でももし中に落ちてたら私にも害があったかもしれないから、これでいいのかも。……いや駄目だよ!屋根が駄目になって明日からどうするの!
「…ゴホッ…。着地場所が……ようです……」
突然中から同い年くらいの男の人の声がした。結局どういうこと?不時着とか?よく分からないけどそっちのミスなら弁償はしてくれるんだよね?天井に穴あいてるんだから雨漏りどころじゃないよこれ。お母さんが帰ったら何て説明したらいいの。
「あの人はルイ兄さんが……。とにかくボクは最初から反対で……ここにも一体誰が……」
いくらか若い男の子の声。でも何か揉めている模様。あれには何人乗ってるのだろう?真下に行くのは危険かもしれないけど、人の家を壊した人間の顔がみたい。
「うるさい!だったら貴様が行けばいいだろう!」
大人っぽい声のあと、卵型の乗り物?から入り口が開いた。と同時に突き飛ばすような音がして子供が落下してくる。真下の私に向かって。
「うわあっ!?」
「!」
落ちてくる。それを私は……。
「っだ――――――!!!」
受け止める。別に善意からではない。弁償もしてもらってないのに人死にが出るなんて冗談じゃないと思ったからだ。おそらく四十キロは超えているだろう人間の男の子が、下の私と衝突する。私に支えたり持ち上げたり受け止めたりできるほどの筋力はなかった。そして何も分からないうちから、私の意識は途切れたのである。
「結衣お姉ちゃん、起きてよー」
誰かが呼んでる……。お母さん?そうだよね、この家お母さんと私しかいないもの。……でもお母さん声変わった?
「結衣お姉ちゃん!」
違う。誰だお前!
「うわあ!屋根!お母さんの夕飯!」
飛び上がるように起きる。自分は自慢じゃないが寝起きは良い方だと思う。だからこれからしなくてはいけない事が頭に次々浮かんできた。屋根の事をお母さんに言わなくちゃ。そのお母さんは?というか、昨日夕飯作らないちゃったよ、それに今朝の朝食は?……そしてさっきから呼びかけてきたこの少年は?
山ほどある取り掛からなければならない物件。まずは屋根だ。結局被害はどれだけになるのか……。視線を天井へ向ける。
「ない?」
屋根に穴が空いていたのに。何かの乗り物が突き刺さってたのに、跡形も、ない?
「どうしたの?早くご飯食べようよ。シュリー兄さんが何か作ってくれたよ、早くしないと冷めちゃう」
混乱する間もなく視線をさっきから聞こえてきた少年の甘い声に移す。
そこにいたのは海外の天使画のようだった。癖毛の髪、優しそうな印象。中世的な容姿。どこか高貴な雰囲気。年下っぽいけど、この少年は……?
「あの、君は誰かな?どうしてうちにいるの?」
私には兄弟がいない、ついでに親戚もいない。施設育ちのお母さんが身寄りのないお父さんと結婚して、そのお父さんは私が子供の頃に死んで。私には母以外に頼れる人はいない。だから、このうちでくつろいでる少年は何者?
「あれ?効いてない?……発動前に接触がまずかったかな」
「?」
「何でもないよ!それよりボクのこと忘れるなんて酷いよ結衣お姉ちゃん。ボクたち従兄弟じゃない」
聞いた瞬間、犯罪の臭いを感じた。親戚?そんなことあるか。お母さんが病院に入院する事になった時期、ここ電気も水道も止まったんだぞ、頼れる人がいるならそんな目にあってないから!この子は身寄りのない人間を狙った新手の犯罪者なんじゃ……。顔に出さないように疑っていると、扉の向こうからドタドタと歩く音がして勢いよく自室の扉が開いた。
「レオ、貴様抜け駆けか!俺達が揃ってから結衣に会うとの決まりだったろうが!」
ノックもせずに入ってきたのは年上と思しきイケメンだった。色素の薄い長い髪が派手な容貌によく似合っていた。
「……ルイかよ」
先ほどの甘い声とは百八十度違うドス声がしたような気がするんですけど。あの声はこの天使くん……レオくんの声?え?見かけによらないんだね。
「黙れ、下賎の者の血を継ぐ貴様などに気安く名を呼ばれる筋合いはない」
派手な容貌の、ルイと呼ばれた男の人はいかにも不愉快そうに顔をしかめて言った。今時下賎の者って……どういう育ちか気になる。
「ハッ、できればボクもお前なんか呼びたくないけどね。血統主義の差別主義者が。でも父の命令なら仕方ないだろう」
レオくんも嫌味で返す辺りそれなりにプライド高いんだろうか。天使のような印象は見た目だけという事か。
「ふん、お互い様だな」
二人のギスギスした言い争いの中で思い出す。これ、昨日も聞いた。食ってかかったらしいレオくんをルイって呼ばれた人が突き飛ばしたんじゃ?
「……ん?おい、結衣。お前まだ着替えてもいないのか?」
花も恥らう十五歳の乙女、守谷結衣。ルイの言葉によりイケメン二人の前で寝巻き姿を晒していたのにようやく気がついた。
「出てって――――!!!!」
朝から目眩がする。あの二人は何?昨日の出来事は何?お母さんは?急いで着替えてキッチンへ向かう。お味噌汁の香りがした。そして大好きなお母さんの声。
「結衣ちゃん、おはよう」
守谷千加子。私のたった一人のお母さん。ちらちらと様子を確認して、とりあえずあの二人が何か悪さはしていなさそうなのを見てほっとする。
「そうそう、礼緒くんが起こしに行ったでしょう?どう?久しぶりに見る従兄弟は。お母さんびっくりしちゃったわ、ついこの間までこんなに小さかったのにね」
前言撤回。あいつら何をした。大好きなお母さんを洗脳したらしい事実に腸が煮えくり返るほどの怒りを感じる。でもここでこんな状態のお母さんを問いただしても無駄だし、余計な心配をかけるだろう。やはりあの二人に、少々手荒い事になっても聞かねば。レオとルイの声が洗面台のほうから聞こえる。どかどかと足音を立てながら移動する最中に私は見た。
「!やだ、トイレの電気つけっぱなしじゃない!どっちよ!?こういうのはちゃんと消してよね!」
うちは裕福ではない。中の下~下の中くらいだろう。なので普段から節約を心がけている。だからこういう無駄な消し忘れにはうるさくなる……
「……すみません、自分がいます……」
と、中からか細い声。
もう一人、いたのね。
「ごめんね。急な話だったからちゃんと言えなくって」
朝食の席についた私と母と三人の男達。母に分からないように三人を睨みつける私。
「歳の順からいきましょうか。一番上が高校二年の神栖累くん」
派手なイケメンでやたら偉そうな人ですね。ノックもせずに人の部屋に入りましたね。あとレオ曰く血統主義で差別主義らしいけど、お母さんの前じゃ確かめようがないな。
「真ん中が貴方と同い年の石岡朱里くん」
トイレの人だ。あれはさすがに私が悪い……入ってるとこ電気消しちゃったよ。ちらっと見ると彼もいたたまれなそうだった。それにしても他二人に比べると平凡な人だな。無駄に目立つよりはいいけど。
「一番年下が、結城礼緒くんよ。小学校五年生」
朝起きたら横にいた天使くん。なんかニコニコこっち見てるけど、この子と私なんかあったっけ?それはそれまで一緒に居たらしいルイよりフレンドリーにしてくるっておかしいような。
「三人とも貴方の従兄弟よ。忘れちゃった?」
「よく、覚えてない……」
曖昧なことしか言えないよお母さん。
「まあ、随分昔だものね、会ったの。それで、皆の家族は海外に行っちゃってね、うちで預かる事になったのよ」
「ええ!?」
「ごめんね、お母さんど忘れしてて。……とにかくよろしくね、結衣。それじゃあ母さんは会社に行きます。ああ、朝食は朱里くんが作ってくれたから大丈夫よ。じゃあね」
慌ただしくお母さんは出かけていった。残された私は……。
「どういう事?あなたたち何者なの?」
いないはずの親戚。なかった事にされた異変。こいつらに気を許してはならないと本能が言う。
「……どちらかというと、俺らの台詞だな。お前の母親には洗脳が効いたというのに。お前は何故効かない?」
やっぱりこいつらは。
置いてあったフォークを洗脳したと認めたルイに振りかざす。傷害罪?お母さんに無体を働いた男にそんなものが適用されてたまるか。
「無礼者!」
ルイの横に座っていた朱里?が私の手を叩いてフォークを落とさせ、さらに腕を掴みあげる。
「い…っ…痛いじゃない!」
「……貴方がやろうとした事は、それでは済まない事だったように思う。自分はルイ様とレオ様を守るよう仰せつかっているので」
こいつらの正論は私の暴論。突然人の家に入り込んで親戚を語るやつらを人間扱いする義理なんかない。
「シュリー、やめてよ!結衣お姉ちゃんはボクの命の恩人でもあるんだよ!」
「レオ様……」
シュリー、それがこの平凡男の本名か。それにしても平凡なのは見た目だけか!この馬鹿力!
それでもレオの説得により力が緩められる。
「ま、とりあえず話を聞いてから判断してくれないか」
ルイが面倒くさそうに提案してきた。シュリーに守られるのを当然のように思ってる上に、危険に慣れているのか今ので大した動揺はしていないようだ。……洗脳なんかできるくらいだし当然か。
「信じると思ってるの?」
「この手はあまり使いたくなかったが……母親がどうなってもいいのか?」
やっぱりこいつら外道だ。シュリーがつかず離れずついて私に座るよう促す。シュリー自身も座り、全員が着席した状態で話は始まった。
「俺達は異世界からやってきた」
それを聞いて驚くよりやっぱり…と思う気持ちのほうが強かった。この世界の人間だとしても、洗脳だの屋根が翌朝には元通りだの、ほとんど別次元に生きる人間のする事だろうし。
「そこでは魔法が使える。といっても、俺達王族のみだが」
「王族?俺達?」
三人を思わず見回す。うーん、似ているといわれれば似てはいるだろうけど。
「ボク達が似てないって思ったでしょ?そりゃあそうだよ、全員腹違いだしね」
成る程。この三人は兄弟なのか。それで兄弟ということは、全員王族なのか。
「自分は違います。継承権を持つのはルイ様とレオ様のみ。自分は護衛としてこちらに参りました」
兄弟でも格差があるようだ、とシュリーの謙りっぷりを見ると思う。
でも確かに何となく王子様~って感じなのは、王者の風格と言ってもいい立ち居振る舞いのルイ。(厚かましいし無神経ともいう)それに愛くるしい雰囲気に似合わず近寄りがたい高貴なオーラを放つレオ。(腹黒そうっていうのかな……)の、二人だろうけど。……ん?でも継承者が二人って。普通次の王様なんて血で決まるならとっくに決まってるのでは?
「王……俺達の父はだな、両方王族の出身という由緒正しいこの俺、ルイ様と、娼婦上がりの寵姫の息子、そこのレオのどちらかを次期王とするのかで悩みやがったんだ」
「……由緒正しいはずのお前が、こんな無礼者だからお父様も悩んだんだろう」
「なんだと!」
あーそういうこと。血筋でいえば間違いないのに下ろされそうになる長男と、親の欲目で継承権を持たされた三男ね……。
「おやめください、まずは説明が先かと」
シュリーが止める。仲の悪い二人のストッパーなのね。この人絶対苦労人だ。
「……ちっ。ああ、それで悩んだ挙句父は、魔法に頼った。王族のみが使える魔法で未来を占ったんだ。出た答えは……守谷結衣、お前だ」
「私?」
「『異世界に住む守谷結衣が決めた男が神の祝福を得るだろう』だとよ」
何でそこで私なんだろう?ぶっちゃけ私魔法とか信じてないし、新手の詐欺を疑ってしまう。それに決めるって何をどうやって?勘で選んでもいいんだろうか?それなら適当に選んで帰らせたいな。
「つまり、結衣お姉ちゃんが好きになった人イコール次の王様なんだよ!」
「……ええ!?」
悩んでいたらレオくんが何か血迷った事を言い出した。そんなはずないだろう。お国の一大事なのに無関係の人の感情で決まっていいのか。
「考えてみてよ、結衣お姉ちゃんと最初に接触したのボクなんだよ。ルイに蹴りだされて高いところから落とされたボクを、結衣お姉ちゃんが助けてくれたんだ」
「あ、昨日のはやっぱり君だったの」
言い争いの末、乗り物から落ちてきた昨夜の少年はレオくんだったのか。
「うん。びっくりしたよ……ルイのやつ、何の確認もしないで放り出してさ。そんな高いところだと思わなかったとかないよ。でもお姉ちゃんがクッションになってくれたから、ボクは無事だったんだよ。だから、命の恩人」
……何もしなくても死にはしなかったと思うけど。それは言わないほうがいいのかな。
「これは運命なんだよ、結衣お姉ちゃんが真っ先にボクと接触したんだから、ボクを助けたんだから、ボクの心を奪ったんだから」
つり橋効果?ストックホルム症候群?なんにせよ、私は一目惚れも運命も信じない。大して話してもいないうちから惚れるなんてもっとない。いきなり異国に来て危険に晒されて、たまたま助けられた人を運命だと思うのは恋愛じゃないと思うよ。
「馬鹿馬鹿しい。片方だけが運命と言っているのは運命とは言わん。そうだろう?」
冷めた反応の私を見てルイがそう言ってくる。まあ、概ね同意。レオが今のでかちんときたらしいけどそれを止める気力もない。朝からどっと疲れた……。というか、これ誰か好きにならない限り三人に帰ってもらえないってこと?三人……。
「あ――――!!!そうだよお金!自慢じゃないけどうち貧乏なんだから!あんたたち三人も養う余裕なんか……」
「ん」
ルイが偉そうにシュリーに顎で指図する。シュリーは黙って何もないところから鞄を出現させる。……魔法使いって、本当だったんだ……。シュリーは黙って鞄をテーブルに置き、中身を広げる。
「金塊……本物?」
中にあったのはきらきら輝く金塊やら宝石やら、とにかくお金になりそうなものが沢山あった。換金したら……ゴクリ。
「宿代だ。とっておけ」
ルイのその言葉に、今までお金に苦労していた結衣はあっさり手の平を返して三人を歓迎した。
「……ようこそ守谷家へ。狭いところですが楽しんでいってくださいね」
「ああ、世話になる」
「わあ、ボクを認めてくれたんだね、結衣お姉ちゃん!」
「レオ様、この女が認めたのは鞄の中身だけかと」
こうして家を実質的に仕切る結衣が三人の滞在を認めた。そして……。
「来たばかりで大したもてなしも出来ないですみませんが、私はこれから学校へ行かなくては……」
そう、結衣は今日が高校の入学式である。当然のように母親の千加子は見に行かないが、母子家庭で親戚もいないとなったら仕方がない。
「俺達も行くぞ」
「え」
「当たり前だろう。その方がお前とより接触できる。それに少し調べたが家にいるのは恥ずかしいことなのだろう?」
「あ、まあ。でも書類とか制服とか……」
「一回見れば魔法が使えます」
「そうですか……」
魔法って便利だなあと結衣は思う。
「あ、でも詳しいことなら春花ちゃんに頼めないかな」
「ハルカ?それは誰だ」
「そうだ、もうすぐ来るんだった!ちょっと隠れてて!」
その時自宅のベルが鳴る。結衣は慌てて荷物を取って玄関へ向かう。ルイ達が物陰から様子を窺うと、高級車の前に少女が立っていた。
「結衣様。お迎えに参りました」
ルイが結衣の後ろから見えたその少女の印象は、容姿端麗な完璧なお嬢様というものだった。なにやら結衣と話し込んでいるようだが、物陰からではよく聞こえない。
「……うちで親戚の子を……高校に通いたいって言うから……うん……性別?」
結衣がフォローしているようだ。しかしこんなことしていて時間は大丈夫なのだろうか。隠れていろというから隠れているが、俺達が魔法を使えるのを忘れてないか?とルイは思う。
「男!?汚らわしい!!!!」
突如怒声があがる。……結衣の声ではないとなったら、あの一見完璧そうな少女からだろうか。
「いけません!結衣様が男と同性など!男なんて浅ましい生き物です!結衣様と住めるなんてうらやま…じゃない憎たらしい!結衣様は男のものであってはいけないのです!」
なんだあの女は。まさかとは思うが……。
「ああ結衣様、そんな疲れた顔をなさって……遠慮せずに桜川に養子にいらっしゃってくださいな。そしてわたくしとずっと一緒に……愛してますわ、結衣様」
ガチだった。故郷でも見たことない状況にルイは戦慄する。
「ちょっとアンタ、ボクの結衣お姉ちゃんに何してんの!?」
そこで事態をややこしくすべく三男のレオが飛び出す。
「結衣様、この少年が先程のお話の?」
「あ、うん。そうなんだけど……」
「すでに物扱いですのね。ああ恨めしい……桜川家の力でこんな子供など……」
「だ、だめだって!春花ちゃん!」
「何だよやる気!」
「煽らないでレオ!」
ここで見かねたシュリーが飛び出し、呪文を呟きながら春花に手を翳す。
「!?」
「シュリー、何を……」
シュリーが魔法を使うのを見てルイも出て行き、車の運転手に魔法をかける。
「……ああ、そう、でしたわね。昔から話には聞いていました。絶縁状態の親戚がいると。今日から累さんと朱里さんが共に通うのでしたわね」
「春花ちゃん?」
「……お嬢様、そろそろ、お時間で御座います。従兄弟の方々のためにも、お早く……」
「……!」
こうやって母をも洗脳したのだろうと、結衣は察する。こうして知り合い以上友人未満となった桜川春花の車に乗ってルイ達は高校へと向かう。
「お前達どういう関係なんだよ」
車が走り出すなり、ルイが開口一番にそう尋ねる。レオもじっと結衣を見つめて教えてほしいと言わんばかりだ。シュリーは目線を車の外に走らせて傍観を決め込んでいる。
「親友、だよ」
結衣が当たり障りなく答える。ルイとレオの目線は春花に移り、お前はどうなんだと問いかける。それに春花は笑って答えた。
「今はそうですわね。でもわたくし、本当は恋人になりたいんですの」
「結衣お姉ちゃんって、女の子だよね。アンタも、女だよね」
と確かめるようにレオが聞く。それにも春花は笑って答える。
「そうですわ。でも、わたくしは愛に性別なんて関係ないと思いますの。結衣様だけです……一人ぼっちだったわたくしと友達になってくださったのは……」
それを聞いてこの場で結衣をいい人と思う人間は一人もいなかった。いかにも金持ちそうな桜川春花。貧乏だと自称し大金を見て態度を変えた守谷結衣。下心があるよな?と媚びることが理解出来ないルイは軽蔑し、レオは惚れた弱み、あばたもえくぼでとにかく春花の方がつけ込んでるんだと思った。それと友達がいたことがなかったので良い事とは理解が出来ない。シュリーはルイと同意見だが、自分が貧乏貴族の息子だったために少し結衣に共感した。
「ああ、もうじき小学校に着きます。結城礼緒さん、ですよね?ここでお別れですわね」
と、小学校前に車が止められる。そういえば三兄弟の服装はこの世界に違和感なく仕上がってるけど、どこでそれらを調達したのかと結衣は思うが、魔法使い相手に細かいことは考えないようと考えるのをやめた。
「礼緒様、何かありましたらお呼びください」
「ありがとシュ、朱里。でも大丈夫だよ、ボクだもん」
と、レオは手ぶらで学校へと走り出す。まあ、一晩で異世界に一番馴染む彼だから心配ないだろうと結衣は判断する。
「高校の生徒で、男を見たら言ってくれ」
と、ルイが走る車の中で結衣と春花、それにシュリーに言う。魔法で服を変えるのだろうかと結衣は思う。やがて春花が「あちらに」と言ってシュリーがそれを見た瞬間、服装が一瞬で変わった。高校の男子制服だ。
「ふむ、悪くない着心地だ」
「あとは必要な道具類ですが、追々調達しましょう。……とりあえず最も偉い人間に術をかけなくては」
異物が自分の世界に入り込んでいるこの状況。しかし結衣の心は思いのほか落ち着いていた。
――何人だって、宇宙人だって、お金をくれてお母さんに楽させられるなら何だっていい――
友達だってそれで選んだ。母が一番、お金が二番。そんな可愛げのない主人公、守谷結衣の高校生活が今、始まろうとしていた――。
登場人物の簡単な説明
守谷結衣:主人公。お母さん思い(マザコン)で倹約家(ケチで金の亡者)な十五歳。三兄弟のことはどうでもいいけど、お金がもらえるならしばらく滞在しても構わないかなと思ってる。
桜川春花:主人公の親友。ヤンデレズ。資産家のご令嬢。残念な美少女。おそらく人の見る目はない。結衣への好意は無限大。
神栖累:本名はルイ。こちらの世界風に名乗っている。三兄弟の長男。高校二年。両親ともに異世界の王族だが、父が後から迎えた下層の出の女の息子に地位を奪われそうで焦っている。オレ様気質で無神経。結衣への好意は下の下。
石岡朱里:本名はシュリー。三兄弟の次男。高校一年。王位継承権はなし。こちらの世界に来たのは護衛と数合わせのため。見た目は平凡だが、実家が貧乏貴族だったために自力で魔法や体力を上げた。上と下に挟まれて苦労体質で卑屈気味。結衣への好意は普通程度。
結城礼緒:本名はレオ。三兄弟の三男。小学五年。父王が最も愛した女の子供。本来継承権など与えられる身分ではなかったのに、父が強引にレオを指名。部下達は伝統に則ったルイを指名して大混乱に。
それで魔法に頼ってここまで来た。王族というプライドとその中でも下の下という事実にコンプレックス。地球に来て占いの張本人が身体をはってルイに落とされた自分を助けたのに大感激。結衣への好意は高め。
逆ハー書いてみたい+おバカな話が書きたいという欲求から生まれました。登場人物全員アレですが、お付き合いくださると嬉しいです。




