第九話 帰宅? アクシデント?1
小さなエレベーターホール、左手でエレベーターのボタンを押しながら、右手で郵便受けを開いて郵便物が届いていないかを確かめる。つまらない広告の類が数枚入っているだけだった。
それらを無造作に郵便受けの底からひっぺがして、エレベーターに乗り込む。これも毎日繰り返されてきた動作だ。
エレベーターの静かな室内、私の溜息が空気を僅かに震わせた。
5階の一番奥の部屋(501号室)、ここが私の部屋だ。
鍵を開ける、電気をつける、留守電をチェックする、同居人が居ないことを確認するかのような作業にも慣れきってしまった。
パソコンに伸ばしかけた手を止める。
「恋人がパソコンじゃ寂しいわねぇ!」
思わず苦笑混じりの独り言が口をついて出てしまう。
「♪腹ぺこだし〜!」
ちょっぴりテンションを上げてみたりしながら、炊飯器の蓋を開けてみる。
「えっ?!」
ご飯が炊けていない。確かに朝、いつものようにタイマー予約したはずなのに……。
1度閉めた蓋を、また開けてみたりするけれど、やっぱり生米が水に浸っているだけだ。
(やっぱ!大吉じゃぁないよっ!今日は〜)
コンセントを抜き差しして格闘するも、炊飯器は身じろぎ1つしてはくれない。
静かな部屋の中に、自分で引き上げたテンションがペコペコとへこむ音が聞こえてきそうだ。
(今日はピザハットで晩飯だったっけ?)
いや!夕食はそれでOKってことにしたとしても、……、朝飯だけは!ぜったいに!白飯だ!しかも炊きたてのやつをがっつり!
私の思い込みかも知れないけれど、白飯でも食べて馬力を付けて出勤しないと、携帯を持った馬鹿猿どもに太刀打ちできはしない、そう思っている。
今日がもしも木曜日だったら、明日の炊き立てがっつり!を諦めても、明日1日さえ乗り切れば、明後日からは仕事が休みだから、休みの間に炊飯器を調達するって手も考えられたのだけれど、今日は月曜日、炊き立てがっつりの朝食を諦め続けて、週末までを乗り切るのは、
「クイズミリオネア」で一千万円をゲットするくらいに困難なことのように思えた。
(近所の電気屋は今なら開いているだろうけど、炊飯器の買い換えは痛い出費ね)
とか、
(6年前に30000円くらいで買った物だから、減価償却してみれば……)
なんていろいろ考えながら、炊飯器の中の生米をタッパーに移しかえる。私は寿命を終えたピンク色の炊飯器を小脇に抱き抱えて、玄関を出た。
いらなくなった炊飯器は、電気屋へ行く途中のゴミ捨て場へ置いて行こう……。