第八話 午後も頑張る?そしてアフターシックス!
リフレッシュが完了したところで、午後も携帯猿どもの相手に概ねの時間を費やす。
6時になれば、フロントに回線を切り替えて私たちの仕事は終わるのだけれど、秒針が重たくてなかなかゴールにたどり着かない。
4時を過ぎる頃には、猿をいなす気力も底を突きそうになる。
「ちょっとお聞きしたいのですが……」って言うフレーズを繰り返し繰り返し耳に入れている間に、確実に疲労が蓄積されていく。
(「ちょっとお聞きしたいのですが……」って何をちょっと聞きたいんだよっ!)
何について聞きたいのか?どこに電話をとりついで欲しいのか?、具体的な主語を言わないままに自分勝手に話し続ける猿たちに、いらいらが貯まる。
「ちょっとお聞きしたいのですが……」って言ういろんな音色の音波を浴び続けるだけで、別に体を激しく動かしているわけでもないのに、疲れてしまう。
しまいには、ブレスト越しの人の声を耳にするだけで、気分が悪くなって吐き気を感じる場合さえあるほどだ。
帯刀さんや真美ちゃんにも、私と同様の症状があるか?どうかは聞いたことはないけれど、2人共夕方になるとその表情から疲労の色濃さを見て取ることができる。
そして、電話を受けることに辟易した頃、ようやく私たちは閉ざされた箱から解放されるのだ。
電話応対に疲弊した体を引きずるようにして、私も真美ちゃんも帯刀さんも……、それぞれの自由な時間に身を解き放つ。
「皆さん、お疲れ様!」
そう言いながら、帯刀さんはいつものようにバイクに跨って颯爽と熱気の残るアスファルトを滑り出ていった。
バイク、煙草、それに休日には気が向けばパチンコもしてしまう……、まったく男勝りっと言うか、親父そのものの彼女を見送りながら、私と真美ちゃんは駅へと向かう。
「ああ見えて帯刀さんって絵を描くのが好きなんだってぇ!」
「どんな絵描くんだろうねぇ?」
そんな話しをしながら、2人してコツコツと歩く。
そして、真美ちゃんと私は、駅前で別れた。
彼女は谷川さんの仕事が終わるまで、いつものカフェで時間を潰すのだろう。
私は私で、家に帰ったら作りかけの曲をパソコンに打ち込もう!なんて自分のアフターシックスの予定を立てていた。
DTM(パソコン等で作曲をすること)は私が今はまっている趣味だ。オタク呼ばわりされるのがちょっぴり嫌だから、人に対して自分の趣味を話す時はDTMなんて間違っても言わない。
人から「趣味は?」って聞かれたら、「読書」と即答することにしている。いかにもありがちで、無難な答えではあるけれど、読書も私の趣味の1つだから、まんざら嘘ではない。
私の家の最寄り駅、改札を出ると、いつもの歌声が聞こえて来る。
星南大学のアカペラサークル(テンション・ハーモニックス)が駅前の広場で、練習を兼ねたミニライブをしているのだ。
(彼らの歌声は素敵だ)
私が素直にそう思えるのは、彼らのアカペラの音波の粒で、昼間の疲れを癒されているからかも知れない。
電話線を介して電気信号に変換された猿どもの音波。主語が欠落していたり、身勝手な物言いだったり、……、私の心を疲弊させているのは「言葉」の力だ。
空気を震わせて、私の耳から、私の肌の表面から、じゅわじゅわと染みこんで心を癒してくれるアカペラの音符たち、……、昼間の猿どもとの格闘でくたびれた私を元気にしてくれるのも、また、「言葉」の力なのだ。
小学生の道徳の時間に教えられるような当然のことだけれど、「言葉」は人を傷つけたり疲弊させたりもするし、その逆に、ひとの心を勇気づけたり元気にしてくれたりもする。
アカペラの音符に包まれながら、私はぼんやりと、そんな風なことを考えていた。




