第七話 昼休みはリフレッシュの時間2
「渡辺さん?ちょっとこれ見てごらんなさいよ!凄いこと書いてあるわよ!」
そう言いながら、帯刀さんは自分が読んでいた紙面を私に示した。
「はい?」
私は読みかけの本を閉じて、彼女が差し出した紙面に目を走らせる。大学病院で心臓移植手術成功!の記事だ。
「今は何でもできてしまうのねぇ!凄い時代になったもんよ。そう思わない?」
昼休みに入ってから3本目になる煙草に火を着けて、それを燻らせながら私に訊いてくる。
「そうですねぇ、……、このまま……、仮にこのまま、医学や化学が発達し続けて……、何でもできるようになって……、それで、もし人の寿命とか……、考え方なんかが全てコントロールできてしまうような時代が来たら……、そう思うとちょっと怖い気がします。
どんなに化学とか医学が進歩しても、……、してはいけないことって言うか、……、どう言えば良いでしょう?……、神様の領域みたいなのがあるって……、そう思うんです」
「ふーん、渡辺さんは難しく考えるのねぇ!もっと単純で良いんじゃない?「凄い物は凄い!」そんな風で」
「……」
「田村さん?心臓移植が成功したんですって!凄いことでしょ?そう思わない?」
(きゃっ!真美ちゃんに同意求めないでよ)
私は心の中で独り言つ。
中学生の頃にTVのドラマか何かで、「三国志やじゃんけんは3つで争い戦うから面白い」ってのを聞いたことを思い出す。
三国志は漫画やアニメでしか知らないけれど、魏、呉、蜀の3つの国が入り乱れて争う様は確かにわくわくさせられた。
じゃんけんだって、ぐうとぱあの戦いよりは、3つ目のようそである、ちょきの存在あったればこそ!と言えなくもない。
でも、それは3つの要素が争う様を外側から傍観するだとか、ゲーム感覚で3つの要素が戦うからこそ面白いのであって……。
帯刀さんがAと言う結論を出した。私がBと言う結論を口にした。その時真美ちゃんは??
こんな風なシチュエーションの時に、仮に真美ちゃんがAに同意すれば、Bと言う結論を口にした私が浮いてしまう。
その逆に、真美ちゃんがBと言う結論に同意してしまえば、Aと言う結論を出した帯刀さんを孤立させてしまう。
これはヤバイのである。3人きりの密室で、誰か1人を浮かせたり、誰か1人を孤立させてしまうようなことがあっては、今帯刀さんが燻らせている煙草の煙以上に、空気を濁すことになる。
「たっ田村さん?」
なおも同意を求める帯刀さん。
考え込む真美ちゃん。
少しの沈黙……。
「テッ……テトロドトキシンだ!やっと分かった!!Dの横列は……、テ〜ト〜ロ〜ド〜ト〜キ〜シ〜ン〜!」
「はぁぁ?聞いてたの?私の話?ちゃっちゃんと聞いてくれてたの?田村さん!」
素っ頓狂な声を上げる帯刀さん。
(きゃはっ!うまいぞ!真美ちゃん!ってか、おまえ!クロスワード考えてたのかよっ!)
肩の力が抜けるのが分かった。手にはうっすら汗なんてかいちゃったりしてる、私……。
真美ちゃんがクロスワードを考えてくれてたから、心臓移植の議論はどっちつかず、じゃんけんで言うなら、ぐう、ちょき、ぱあのあいこの格好で収まった。
「すっすみませーん。何の話しでしたっけ?」
真美ちゃんはちょっと慌てた風に、すがるような目で私と帯刀さんを見比べている。
「もう良いわよ!おばさんの話しなんてまともに聞いちゃくれないんだから……」
灰皿の隅っこに吸い殻をがしがし押しつけながら、帯刀さんはそう答えた。
「貴方達、まだ若いから……、自分が死ぬとか、身内の不幸とか、考えたことないでしょ?」
自分の席に座りながら、帯刀さんはそう言った。
おそらくは、と言うか、確実に、心臓移植、脳死、とかのキーワードから命、寿命、死みたいな連想の流れで、そんな話しをしたんだろう。
「やっぱし、安らかにさくっと!が良いですよねぇ!」
真美ちゃんが、そう応じる。
「小娘めっ、まだまだ人生分かってないわね?」、真美ちゃんの答えを聞いた後の帯刀さんの表情に、私なりのセンスでせりふを付けるとしたら、そんな感じになる。
「私はねぇ、そうね、……、こんな小さな部屋で誰からも注目されずに……、虐げられて長いこと過ごしてきたから……、最後くらいは誰かに注目されるような……、一花咲かせるようなのが良いかしらねぇ!」
帯刀さんはお茶を飲みながら、しみじみとそう言った。
「……」
「……」
「まぁ、よっぽどのことがないと、そんな華々しい最後はあり得ないんだけどねぇ……」
帯刀さんがそう言うと同時に、昼休みが終わった。