第十六話 National control plan by cellular phone!
英語が苦手な私は、そのタイトルを見て軽い頭痛を覚えたのだけれど、勇気を出して次のページをめくってみる。
そこには、「計画の背景」と題された細かな文字で書かれた文章があった。
国民のモラルの崩壊について、いろいろな事例を記しながら、今の日本の状態が危機的状況であり、国民の質の向上を目指す国家による制作が急務である、と言うような内容だ。
私はそこに連ねられている文字が英語でなかったことに単純に安堵しながら、細かな文字を追った。
坦々と綴られる文字列をササっと斜め読みにしながら、その大まかな内容を読み取る。趣味の読書がこんなところで役立つとは……。
(モラルの崩壊や国民性の腐敗が、ここに書かれているように危機的状況にあるんだったら、どんな風な政策がかんがえられるのかしら?子供への教育政策?雇用対策?)
思いつくかぎりのことを、あれこれ考えながら、ページをめくる。
腐敗した今の日本の状況を、国家がどのような方策で立て直そうとしているのか?私がそんな単純な興味を持てたのは、町中で、仕事で電話応対する中で、今の日本のモラルの崩壊の欠片を目の当たりにしているからかも知れなかった。
「計画の概要」の項目にさしかかったところで、ページをめくる手が重たくなった。
そこに書かれている内容には私を愕然とさせるに十分な力があったからだ。
腐敗した日本の社会を再生させるには、教育の改革や雇用対策を推進するより、無能な人種を選別処分し、この国にとって有益な人種を残す方策を進めることが最良である。
無能、有害な国民を選別し、処分する方策は、既にとある場所で行われている、と。
既に進められている人種選別計画に加えて、国民のモラルを一定の水準に保つ方策として、概ねの国民が所持している携帯電話を介して国民の脳を、人々の考え方の方向性を制御する、と言う概要がそこにあったからだ。
さらには、国民の意思を制御すると同時に、乱れきった言葉の反乱をも一掃しようと言う目論見らしい。
多様化した人々の個性。自由を免罪符にした傍若無人な振る舞いや粗暴で汚れた言葉の渦、国家の力でそれら憂うべき状況を、鎮圧しようと言うのだろうか。
私は、興味本位で書類を読み進めてしまっていたことを、心底後悔した。
………
7月上旬より、携帯電話に貼り付ける脳波制御用のシールを所定の場所で配布。
マスコミによるシール装着促進への働き掛けも同時に行う。
8月23日、国民制御の実証実験。
………
恐ろしげな計画が書かれているはずなのに、あまりにも坦々と記されているためだろうか、さほどの恐怖を感じない。いや、その内容があまりにも恐ろしすぎる物だから、恐怖を感じる思考が麻痺してしまっているのだ。
思考のリミッターが振り切れてしまった私は、何かに操られるように、文字を追い、ページをめくり続けた。
読み進めれば読み進めるほどに、現実感が薄らぐ。まるでSF映画か、アニメのようだ。
National control plan by cellular phoneと言うネーミングも相まって、国家規模の計画だと言うのに陳腐な物にさえ思えてくる。
8月23日の実証実験についての記載もある。
正午より、順次速やかに作業を行う、脳波制御信号を発信する装置を主要な施設(学校、病院、宿泊施設等)に配備する時刻、脳波制御信号の放出時刻が、事細かに記されている。
今回の実証実験の目的は、脳波制御信号の効力とその制度を確かめながら、同時に今の日本の社会的崩壊度合いを目に見える形で全国民にしらしめることらしい。
放出される脳波制御信号には
「この実験に、国家の政策に、従わない者(脳波制御用シール非着用者)を確保せよ。手段、方法は各個人の理性の範囲に任せる」
との命令が含まれる。
今は信号発信器の性能が未熟なために、単純で曖昧な指示命令しか放出できないらしい。
信号によって支配された国民は、自分の理性の許す範囲の行動や方法で、シール非着用者を確保する、
非着用者と対話し、シール着用の説得をする人も居るだろう。
非着用者に対して暴力をふるう人も居るはずだ。
各の理性に任せて、非着用者確保をさせれば、個人個人のモラルが町中に溢れて、露わになるだろう。
暴力に訴える人が居れば、それに反撃する人もきっと居るはず。
最悪の場合、町中が、国中が大パニックになる可能性だって考えられる。
「この実験に、国家の政策に、従わない者(脳波制御用シール非着用者)を確保せよ。手段、方法は各個人の理性の範囲に任せる」
との命令を脳波制御信号に乗せて放出することで、その効力を試す一方、各の理性の範囲で自由にして良いとの側面を持たせれば、人々のモラルの崩壊度合いをも社会全体に見せつけることができる。
(国民を実験素材に利用するような、そんな残酷な計画が、日本と言う国で堂々と行われるって言うの?)
「お電話ありがとうございます、Star south hotelでございます」
(日本は平和な国だと誰もが思っているはずなのに!、……、皆が信じる安全や安心が嘘だったとでも言うの?)
「はい……はい……」
(無能な国民を処分?誰が無能で、誰が有能なの?誰にそんなことを決める権利があるの?)
「そうしましたら、ブライダルの担当の者にお繋ぎいたしますので、暫くお待ちください」
あまりにも非現実的で恐ろしげな計画を突きつけられて氷付いてしまった意識の隅っこに、電話応対に追われる真美ちゃんの声が聞こえた。