第22話『引退剣士と――旧1位の戦い』
俺に向かって前方からひとりの剣士がゆっくり歩いてくる。
それは元レベル国内1位のシーカーで、このダンジョンでデーモンと遭遇して行方不明になっていた平本大輝だった。
平本大輝は首や二の腕が太く、身につけているレアな鎧や剣はかなり使い込まれていて、一目で歴戦の強者だとわかる風貌だ。
生きていたのか――――だけど様子がおかしい。
髪の毛はまるで鬼のように逆立っている。
そして瞳は真っ赤だ。
振り返って目が合った九鬼アノンは小さくうなずいた。
アズラックは心を意のまま操る術を持っていると、平本大輝と同じ赤い瞳の彼女は言っていた。
洗脳されているという事か?
平本大輝はあの低音と高音が混じり合ったデーモン特有の声で、途切れ途切れにゆっくりと話しはじめた。
「……ここより先へは進ませぬ。我が主の御業を妨げる者は……すべて排除する。貴様らが何者かなど……どうでもよい。ただ、この地に足を踏み入れたのが罪なのだ」
平本大輝は剣を抜いた。
それも1本ではなく右手と左手に1本づつ……そうだ、たしか彼は【二刀流】スキルの使い手として有名だった。
“おいおいおい”
“平本なにやってんの?”
“よく聞こえなかったけど声おかしいよな?”
“ドローンのマイクが壊れた?”
“明らかに普通じゃない”
“本当に本人か? 雰囲気違いすぎるぞ”
“目が赤くね?”
平本の剣が襲いかかってくる。
彼の剣技はすさまじく、かつトリッキーだったが、俺はそれを【回避】スキルで避け続けた。
当たらない。
……だけど、平本の剣を避け続けるには俺自身も動き続けなければならない。
さすがに、このままでは体力を削られる。
どうにかして平本の動きを止めないといけないが、俺の剣では彼の剣はおそらく受け止められない。
なので【剣撃】スキルを使うしかないのだが、現在【剣撃】に強化をかける“見切りスタック”がかなり蓄積されてしまっている。
一撃で彼は……消滅してしまうだろう。
それは、したくない。
なら、本人を斬らずに動きを止めるしかないな。
平本が踏み込んできた瞬間、俺は剣先を地面へ向けた。
発動【剣撃】RANK99+α
轟音。
平本の足元の地面が爆ぜ、岩盤が大きく陥没する。
平本の踏み込みが崩れた。
その一瞬で俺は懐へ飛び込む。
そして両腕を掴み、そのまま地面へ叩き伏せた。
だけど、このあとどうしよう……何も考えてなかったぞ!
俺の体力や腕力はレベルアップに伴ってそれなりには上がっている。
だけど平本はかなりの怪力で暴れ、今にも振りほどかれそうだ。
その時、上から影が落ちてきた。
顔を少しあげると、そこには黒いヒラヒラしたスカートがあった。
九鬼アノンだ。
俺のすぐ隣に立っている。
「お、おい! あぶないぞ!」
「この方を救うお手伝いをいたしますわ」
「手伝いって……どうやって……」
アノンが触れた平本の肩から、黒い霧のようなものが噴き出した。
それはまるで空気清浄機のように、アノンの手に吸い込まれて次々と消えていく。
「な、なんだこれ……?」
デーモンの王女が何をしているのかは分からないが、おそらくはアズラックが注入したものを吸い出しているのだろう。
平本の抵抗が、目に見えて弱くなっていく。
やがて黒い霧が完全に消えると、平本の身体から力が抜けた。
逆立っていた髪も、赤くなっていた瞳の色も普通に戻っている。
「平本さん、大丈夫ですか?」
「そのローブは……クロウ・クロスボーン。俺は……生きてるの……か?」
平本は起き上がろうとした。
けれど、腕に力が入らない。
「無理に動かない方がいいですよ。一緒にこのダンジョンから出ましょう」
「……あ、ああ、すまない」
今日はもう、これ以上進むのはやめておこう。
彼は相当に衰弱しているのがわかる。持ってきたポーションで簡易的な回復はしてもらうけど、すぐに病院に行った方が良さそうだ。
“いったい何が起きてんだよ”
“クロウは平本を助けたっぽい?”
“レベル999ってマジで化け物だな”
“なんかやってたみたいだけど、よく見えなかった”
“師匠が穴掘ったせいで見えねえw”
“九鬼アノンはどうしてふたりが落ちた穴に入ったんだろ”
“何でもできるアノンだから、すごい回復魔法とか使えるのかも”
“さすがにそれはないだろw”
“らいかちゃーん! 説明してー!”
“わん! わん!”
俺が陥没させてできた穴から平本大輝と一緒に出た。
宮ヶ瀬来花はデーモンの存在や九鬼アノンの正体は伏せつつ、これから全員でダンジョンから脱出する事を視聴者に向かって説明していた。
一瞬何かが光ったような気がした俺はダンジョンの奥の方に目をやった。
かなり遠くに2つの赤い光がある……目だ。
うっすらと角が生えた大きな人影のようなものも見える。
あれは――――そうか、あいつがアズラックか。
そしてアズラックと思われる人影は、静かに闇の中に消えていった。
音もなく。




