第二十三章
サレット・イヴァルは、リラに必要なことをきちんと渡し、アヤノももう大丈夫だと確かめると、少しずつ来る頻度を自分から落とした。
見せつけるようにではなく、拗ねた年長者みたいにもならず、ただ自然にだ。ある時点から、それ以上は毎日のようにいる必要がないと分かったのだろう。リラには、実際に役立つ知識をすでに渡した。彼には、“役に立つ世話”と“男の側の無駄な落ち着かなさ”の境目を見せた。カイラには、“年を取った女だからといって即敵ではない”ことを少しだけ。アヤノには、怒りを通っても、それだけにはならずに済むという線を。
それからのサレットは、週に一度くらいになった。
時々、変化がはっきりしていれば二度。
入ってきては、まるで最初から自分の居場所を分かっているように、邪魔にならない場所へ収まり、リラを見る。医者みたいにではなく、長く生きた女として。どう座るか。どう立ち上がるか。文の途中でどう息を継ぐか。夕方にどんな顔になるか。そういうものを一通り見て、それから短く正確に言う。草を置いていくこともある。あるいは、「それは来週には抜ける」とか、「そこは無視しないほうがいい」とか、たった一言だけ置いていくこともある。そのあとは彼らと茶を飲み、半分ほどカイラが匙か世界の構造に悪態をつくのを聞き、また静かに去る。
変な話だが、そのくらいがちょうどよくなっていた。
サレットが邪魔になったからではない。
逆だ。その“時々だけ来る”感じが、もう侵入ではなく、見回りや調子見といった自然なものに変わっていた。
そういう週のある日、サレットが帰ったあと、リラは窓辺で膝の上に本を開いていた。だが読んではいなかった。ただ頁の縁を指でなぞっているだけだった。カイラは、また杯と林檎を同時に浮かせようとして、当然のようにそのどちらにも少しずつ腹を立てている。アヤノは壁際で、もう“隣に何か動く気配があること”にすら過剰に反応しなくなっていて、静かに本を読んでいた。
その光景の中で、彼はふいに、自分の元いた世界に対してひどく皮肉な気分になった。
異世界もの。
本当に、どうしようもない。
ジャンルというより、それがいつの間にか滑っていった先が、だ。男ばかり。童貞ばかり。選ばれた主人公はたいてい、女の裸の肩ひとつでまともな思考を失う。そういうものを思い出して、彼はほとんど悪意に近い乾いた笑いを内心で漏らしかけた。ほんとうに、ああいう典型的な異世界童貞の類でなくてよかった、と。
価値があるのは、そこではない。
気まずさではない。
“無垢な恥じらい”でもない。
中にあることを、そのまま言えることだ。身体のことも、欲しいことも、怖いことも、好きなことも、触れたいなら触れたいと。横になりたいなら横になりたいと。家族になりたいなら、その重さも、密さも、眠れない夜も、汗も、体温も含めて、まっすぐそうしていけることだ。
向こうの異世界は、どうも途中から、その全部を食べ物にすり替えてしまったらしい。
人と人がちゃんと近くなることを書けないから、その代わりに肉を焼き、スープを煮て、女を飯で喜ばせる。やたらと湯気の立つ飯ばかりが出てきて、そこに“親密さ”の代わりをさせる。近さの代わりに料理。家族の代わりに煮込み。鍋や焼き飯が、平然と身体の真ん中にあるべきものを押しのける。
だが、ここではもう、そんなことは関係ない。
目の前にいるのは空想ではなく、現実だ。窓辺のリラは、いつの間にか癖みたいに下腹へ手を置くようになっていた。カイラは、まだ鋭くて、まだ生き物みたいに真っ直ぐだが、昔みたいに“世話されること自体”にまで噛みつくことはなくなっている。アヤノは、あの夜々のあとで、また自分自身へ戻った。ただし以前より深く、乾いて、割れたあとでかえって強度を持ったみたいに。
だから、夜になって、彼女たちの誰かをただ腕の中へ引き寄せたくなっても、それを“男の恥じらい”で喜劇にする理由なんて、どこにもなかった。
ヴェイルが来たのは、その二日後の昼だった。
今度は書類がない――わけではない。たぶん一応は持ってきていたのだろう。だが、それを先に出さなかった。
「頼みがある」
戸口をまたいだところで、彼はそう言った。
卓の上に腰かけて足をぶらぶらさせていたカイラが、すぐ口を挟む。
「へえ。もうそこまで来たの? 首席魔術師が、いきなり“頼み”から入る段階」
ヴェイルは、もう彼女のそういう調子にも慣れている。
「君の定義では、友情はどのあたりから始まるんだ」
「うちでごはん食べて、国家の悪口を自分から言い始めたら」
「そこまで遠くない気がしてきた」
ヴェイルは言った。
それがあまりに平然としていたので、カイラは一瞬だけ本当に言葉を失った。気づいた時にはもう、軽くやり返されていた。
リラが小さく笑う。
「それで、何の頼み?」
ヴェイルは彼に目を向けた。
「新しい女の子の学校を見に来てほしい」
彼は眉を上げた。
「もう“学校”なんだな」
「まだ仮の呼び方だ」
ヴェイルは答えた。
「表向きには、調査組と仮の教育棟に過ぎない。だが、もう子どもは入っているし、年長の女たちもいるし、教える側もいる。そこを、行政の目だけじゃなく見てほしい」
カイラがすぐ鼻を鳴らす。
「要するに、“誰かがやわらかく有益なことを言う前に、こいつに何か間違ってて有益なこと言わせたい”ってことでしょ」
「まさに」
ヴェイルは乾いたまま答えた。
翌日、二人は行った。
新しい学校は、古い行政施設の脇にある、かつて荷置き場か何かだった区画を改修して使っていた。何も大げさではない。神殿みたいな白さもない。宮廷みたいな見栄もない。そこがむしろよかった。まだ、場所そのものが自分の聖性を持っていない。石灰と生木と紙と布と、子どもの怯えと子どもの好奇心、その匂いでできていた。
少女たちは年齢に幅があった。だが多くはまだ、自分たちの存在がいまどういうふうに世界の骨を割ろうとしているのか、その重さを知らない。彼女たちにとっては、まだただ“妙な新しい場所”でしかない。座るもの。板。白い粉。いつもとは違う目で自分を見る女たち。妙に丁寧すぎる男の教師たち。そして空気の中いっぱいにある、評価と期待と不安。
彼には、すぐに二つのことが見えた。
ひとつ。子どもは、少し時間を与えられればどんな場所でも驚くほど早く“自分の場所”にし始める。
もうひとつ。大人たちのほうが、よほど怯えている。
とくに魔術師の教師たちがそうだった。
そして年長の女たちも。
魔術師たちは、“自分たちはただ今これに参加しているだけで、本当に責任を負うのは別の誰かだ”という顔をしている。礼儀正しく、丁寧で、そのぶんどこか身体が固い。年長の女たちは逆に、きちんとしすぎている。女の子を扱うことの“当然の権限”が自分たちの手から少しずつ外へ出ていくのを感じていて、その代わりにせめて監督の正しさで自分の必要性を証明しようとしている。
ヴェイルは案内役らしく、彼を部屋から部屋へ静かに連れていった。
彼も最初は何も言わなかった。
見ていた。
女の子たちが字を書く様子。座り方。横目で互いを見る癖。中には、もうこの世界の“女の子”らしい早すぎる引き締まりが出始めている子もいる。逆に、まだただの子どもみたいに散っている子もいる。その“普通の散り方”がここではむしろ不釣り合いで、だからこそ貴重に見えた。
一室では、最初の“流れの感知”のような授業が行われていた。
単純なものだ。
あまりにも単純で、ほとんど無意味なほど。
掌の中の熱を感じる。水の入った杯へ意識を向ける。呼吸に意識を揃えて、魔力を“迎える姿勢”を作る。そんなことばかりだった。
彼はそこで数分立って、すぐ分かった。
違う。
まったく違うわけではない。
だが、遅い。
正しすぎる。
大人が考えた“最初の魔法”の匂いが強すぎる。
授業が終わり、少し自由ができた時、彼は近くにいた一人の子を呼んだ。赤みのある髪の、痩せた、妙に真面目そうな顔の子だった。
「名前は?」
「ネラです、旦那さま」
「匙を持ってみろ」
少女は少しためらったが、言われた通りにした。
そのすぐ横には、年長の女がもう寄ってきていた。彼女の全身が、「我々はあなたを追い出しはしませんが、何をなさるつもりかは見ています」と言っていた。
彼はそちらを見なかった。
「じゃあ、匙を卓に置け」
彼はネラに言った。
「それで、力を感じようとするんじゃなくて、自分の手が少しだけ匙まで伸びてるみたいに考えてみろ。押すな。ほんの指一本分だけ、ずらしてみろ。それ以上いらない」
ネラは瞬いた。
それから試した。
当然、匙は動かなかった。
だが、その周りにいた三人の少女たちは、もう違う顔をしていた。大人の説明としてではなく、“自分でもやってみたいこと”として受け取った時の目だ。遊びに近いかたちで。
「何のために?」
魔術師教師の一人が問うた。礼儀は保っている。だが、疑念はかなり露骨だ。
彼は顔を向けた。
「制御は、流れの大きさから始まらない。馬鹿みたいに具体的な、生活の中のものから始まる」
教師は正面から反論しなかった。だが、受け入れてもいない顔だった。
その横の年長の女は、いかにもこの世界の女が早くに身につける乾いた牽制で言った。
「こういうことを、最初から“遊び”のように覚えさせるのが良いと?」
「子どもにとって有益なのは」
彼は答えた。
「魔法を、最初から“恐ろしくて高くて、日常から切り離されたもの”だと信じ込まされないことだ」
それも、彼女を納得させはしなかった。
だが、そこで重要なのは彼女ではない。
もう子どもたちは動き始めていた。ある子は木の小片を自分のほうへ寄せようとし、別の子は箱の蓋を揺らそうとしている。もう一人は、教師ではなく、匙だけを見ている。
それで充分だった。
大人を説得する必要はない。
子どもに形を渡せばいい。
遊びのようでもいい。
妙な考えとしてでもいい。
そのうちの誰かが、いつか自分で“あの点”へ触れるなら、それでいい。
ヴェイルは、そのあいだほとんど何も言わなかった。
守りも、追従もしなかった。
だが、あとで建物を出た時、ようやく彼に訊いた。
「どうして物なんだ? どうしてそんなに早い段階で?」
それだけで充分だった。
つまり、考えるに値すると判断したのだ。
彼は説明した。
全部ではない。
だが、かなり近いところまで。
大きな放出は遅すぎること。理解の本当の転換は、“力をぶつけること”ではなく、“つながりを保つこと”から来ること。匙、杯、布、刃物、パン、火床――そういう生活の中のもののほうが、抽象的な“魔法の本質”よりずっと早く、人を変えること。
ヴェイルは黙って聞いた。
そして言った。
「つまり、年長の男たちはまた見当違いをしてるわけか」
「いつものことだ」
彼は答えた。
「年長の男がいちばんよく見てるのは、自分の重要さが綺麗に見える場所だ」
ヴェイルは、それに珍しくちゃんと口元を緩めた。
「いつか私の立場に対して、もう少し優しい言い方をしてほしいものです」
「無理だ」
「そこは正直でいい」
帰り道、彼の頭の中では、学校のことと同じくらい、家にいる三人のことが回っていた。
いや、正確には、学校のことを考えれば考えるほど、結局そこへ戻るのだ。
彼女たちはもう、次へ進む段階に来ている。制御はかなり安定した。流れを無理に裂かないことも覚えた。つまり、もう“保持”だけでは足りない。
家へ着いた時、そこにはまた、温かくて食べられるものの匂いがあった。リラは卓で布を選っている。新しい枕に使ってよいものと、まだ切るべきでないものを分けているらしい。カイラは長椅子に半分寝そべって、休んでいるふりをしていた。だが実際には、家の音を全部聞いている。アヤノは窓辺で、また例の乾いた記録の束を読んでいた。彼女はどういうわけか、ああいう死んだ字を、本当に使える知識へ変えるのが上手い。サレットはその日はいない。もう彼女の訪れは、本当に“週に一度の確認”のかたちになっていた。
彼が入るなり、カイラが言った。
「で? 首席魔術師は、今日も未来を見せてくれたの?」
「部分的には」
彼は答えた。
「何その最悪に曖昧な返事」
「でも正確だ」
リラが顔を上げる。
「学校はどうだった?」
「生きてた」
彼は少し考えてから言った。
「そして、子どもより大人のほうがずっと怯えてた」
アヤノは記録を閉じた。
「それは良い始まり? 悪い始まり?」
「普通の始まりだ」
彼は卓へ座った。
三人を見た。
そして、はっきり言った。
「次へ行く時期だ。制御はもうかなりいい。だから、そろそろ力に“形”を持たせ始める」
カイラは、すぐ身体を起こした。
「やっと」
アヤノは逆に、とても静かに訊いた。
「何の形を?」
「ただ保つだけの形じゃない」
彼は答えた。
「ただ物とつながるだけでもない。向き。圧。刃。盾。そういうものだ。ただ“存在している力”じゃなく、性格を持ち始めた力」
リラは、かなり真面目に聞いていた。
前みたいな軽い戸惑いはもうない。
彼が“そろそろだ”と言う時、その判断はだいたい彼の中で十分に落ち着いてから出てくると、もう知っているからだ。
カイラは腕を組み、満足そうに口の端を上げた。
「つまり、ついに“匙をスープに落とさないようにする訓練”から、もう少し見栄えのするところへ行けるわけね」
「いや」
彼は言った。
「次の段階へ行く。そこではお前たちは、今度はもっと複雑な顔をしながら、やっぱり匙をスープに落とす」
リラが笑った。
アヤノも、ごく静かに。
カイラは彼を指した。
「こういうとこ、本当に嫌い。まず期待させておいて、すぐ地面に叩き戻すから」
「でも嬉しいだろ」
「すごくね」
そう言いながら、彼女はもう卓の上の杯やパンをどけ始めていた。次の段階が来るのに、大げさな導入はいらない。この家では、そういうものはだいたい、“少し狭くなった卓の上”から始まる。




