45.聖と翔
「ちょっとあなたは何を考えてるの? 窓ガラスを割って人の部屋に入ってくるなんて……」
「言ったろ、聖とラブコメをしにきたんだよ」
「もしもしお巡りさんですか……はい、部屋にラブコメがどうのとか言っている不審者が……」
「ちょっとまってぇぇぇぇぇ、聖のお母さんからもオッケーもらってるから!! 警察はマジでやめて!! 退学になるぅぅぅぅぅぅ!!」
俺はスマホで電話をしようとしている聖を必死に止める。おかしくない? これがラブコメだったらヒロインが、少しは話を聞いてくれるんじゃないのか? 人生終わりそうになったんだが!!
「それで……何をしにきたのよ、私はただの風邪で……」
「つまらない嘘をつくなよ、ただの風邪で音信不通になったり、お母さんがあんなに心配そうな顔はしないし……なによりも、聖が俺を見て辛そうな顔にはならないだろ」
「それは……あなたにはわからないわよ……」
俺の言葉に彼女は唇を噛んで言いよどむ。無表情に見えるけど違う、彼女の目は今にも泣きそうで辛そうで必死にこらえているようだった。俺は彼女のそんな表情を見ているのが辛くなり、一瞬目をそらしてしまいそうになるがじっくりと見つめる。強引にだがチャンスを作ったんだ。それにさ、友達が苦しんでたら力になりたいと思うし、ましてや美少女なんだぜ。まさにラブコメだろ? 頑張れよ、俺!!
「聖さ、俺から距離を取ろうとしているだろ? なんでだよ、五月雨にはバレたけどさ、話したらちゃんとわかってくれたよ。聖は悪くないし、サキュバスっていうことはこれ以上は広まらないはずだ。だから大丈夫だって」
「そう……ならあなたには被害はなさそうね…よかったわ……でも、わたしとはもうかかわらない方がいいわ」
「よくはないだろ、それで聖がいなくなったら意味がないだろ」
「意味はあるわよ! あなただって中村さんが心配しているのをみたでしょう? サキュバスは人を不幸にするの、本来は忌み嫌われるものなのよ! 今回は中村さんは納得してくれたかもしれない。でも、他の人もそうとは限らないでしょう? 今回だってあなたは、変な女に魅了されている馬鹿だと思われているかもしれないのよ、そのせいで……実はあなたを好きっていう子が身を引いてしまうかもしれないわ。そんなのよくないでしょう? わたしとかかわったらあなたも不幸になっちゃうのよ!」
俺の言葉に彼女は過剰なまでに反応する。それは俺が見る初めての聖の激しい感情だった。そしてそのまま、溜まっていたものを吐き出すように言葉が続く。
「あなたにわかる? サキュバスの力が目覚めたらって思いながら人と接する私の気持ちが……中学の事の話をしたでしょう? あの先輩の告白を断った時の悲しそうな顔を私はまだおぼえているわ。そしてそんな彼を慰めながら、辛そうにしている幼馴染のあの子の顔だって覚えているわ。私のサキュバスの血が彼らをくるわしてしまったかもしれないのよ、私が彼らの可能性を奪ってしまったのかもしれないのよ。私は嫌なの……あなたを……心優しいあなたを不幸にしてしまうのがこわいのよ!! 」
俺は彼女の悲鳴をまっすぐ受け止める。彼女はどれだけ苦しんできたのだろう? どれだけ悩んできたのだろう。俺にはわからない。わかるはずがない。だけど俺にだってわかることがある。
「俺に聖がどれくらい大変だったかなんてわからない、だけど……俺が不幸になるって決めるなよ!! 俺は少ない時間だけど、聖と一緒にいて幸せだったんだぜ。それに別に聖がサキュバスだからって、先輩が惚れたとは限らないだろ?」
「だって、普通に話していただけなのよ!? それだけで……」
「思春期なんてバカだから話しかけられただけで、惚れるんだよ。中村何て挨拶されただけで惚れてフラれてたぜ。その先輩だって聖みたいな可愛い子と話していたから惚れたんじゃないか? 現に他に告白してきた人っていたのかよ? サキュバスの力のせいだったら一人や二人では済まないだろ」
俺の言葉に彼女は詰まる。中学の友人たちに聞いた限り聖に告白してきたのはその先輩だけだったはずだ。そしてそれは正しかったのだろう。俺は、しばらく彼女の反応をまっていたが彼女は辛そうな顔をして押し黙っているだけだった。
「恋愛関係での嫉妬とかは、人間だったら普通にあるものなんだよ。大体恋愛初心者の俺が惚れてない時点で聖の力は大したことないんだよ」
「それは……」
「別に聖が俺と一緒にいたくないって言うんならいいんだ。でも違うんだろ?」
「ええ、あなたの言う通り私は翔君と一緒にいるのが楽しいし、許されるなら一緒にいたいわ。でも、それであなたが不幸になるなら……」
「俺のために距離をとるってか……聖の優しさは何とも一方的で自己評価が低いな。幸せか不幸かなんて俺が決めるって言ってるんだよ。いったろ、俺はラブコメをしにきたってさ。最近のラブコメはさ、多種多様なんだぜ。サキュバスとのラブコメだってありだっての。そもそも人生だって常に幸せがつづくわけじゃないんだ。万が一俺が聖との関係で面倒ごとに巻き込まれたって別に不幸じゃねえよ。聖と疎遠になる方が俺にとっては不幸なんだよ。俺は聖と幸せも不幸も味わいたいんだ。俺はお前といたいんだよ」
「翔君……」
聖の気持ちを聞いた俺は今度は俺の想いをぶつける。俺の彼女への感情をぶつける。俺の気持ちはとどいたかわからない。だけど言葉は届いたようだ。彼女は何かを考えているかのようにうつむいている。
「それにさ、聖だって変わりたいなって思っているんじゃないか?」
「変わりたい……? 私が……?」
彼女は俺の言葉をオウム返しするだけだった。俺はそんな彼女を見ながら、言葉を続ける。俺とコンビニで買い食いをした時の彼女、俺がお弁当を食べるのを嬉しそうに見ていた彼女、俺とのデートで楽しそうだった彼女、ああ、そうだ。彼女は別に一人がすきなわけじゃないんだ。誰かと一緒にいるのも好きな子なんだよ。
「だって、おかしいだろ? 本当にこのままでいいなって思っているなら極端な話、お昼なり放課後に抱き着かせてもらってあとは普段通りでいいじゃないか? なんでデートをしたんだよ?」
「それは……」
「簡単だ。聖は友達と一緒にいたかったんだよ、そして誰かといるのが楽しかったんだよ」
「それは……わからないわ」
「違うじゃなくてわからないか。なら、わかるようになればいいよ。聖が望むなら俺の友達だって紹介するよ。二人で遊ぶのもいいけどさ、三人で遊ぶのも楽しいんだぜ」
俺の言葉に彼女は混乱気味にうなずいた。今はそれでいい、それでいいのだ。彼女が少しでも前向きになれたらそれでいいのだと思う。
「確かにそれは楽しそうだけど……やはり、怖いわ。だってもしもっていう気持ちが頭から離れないの……」
「そうか……聖は誰かといるのが楽しいかもって思えたんだな。ただ勇気が出ないだけなんだな?」
「ええ……ヘタレみたいに言われてむかつくけどそうね……」
「だったらさ、いい方法があるぞ」
「え?」
キョトンとした顔で可愛らしく聞き返す聖だったが、すぐに気づいたようで、慌てたように俺の口を塞ごうとする。だけど……もう遅いんだなぁ。
「あなた、本当に馬鹿なんじゃ……」
「順守権を持って命じる。黒川聖……勇気を出せ!!」
不思議な光と共に俺のわき腹が少し熱くなった。聖はというと、俺を取り押さえようとしたせいか抱き着くような形になってしまった。俺が体を離そうとするとなぜか抱きしめられた。そして彼女は俺の胸元で涙声で言った。
「あなた……本当に馬鹿でしょう? こんなことに使って……」
「こんなことじゃないって、俺にとっては大事な事なんだよ。これで勇気が出たろ」
「本当にあなたは……結局自分のために順守権を一度も使ってないじゃないの」
「使ってるさ、綺麗でむっつりスケベなクラスメイトと仲良くなってラブコメをするために使ってるだろ」
「バカ……でも、ここまでされたらがんばらなきゃってなるじゃないの……」
彼女はそういうと、さらに力を込めて抱きしめてきた。どれくらいそうしていただろう。俺は理性と無限にも近い時間を戦っていた。いやいや、普段クールな女の子に頼られるのってやばいな。ラブコメではありがちだが可愛すぎる。おそらく、この順守権に効力はない。聖のお母さんも5分くらいしか効果はないと言っていたしな。でも、俺の気持ちは伝わったはずだ。だからこれでいいんだと思う。
ようやく、落ち着いたのか、彼女が俺の胸元から顔を上げた。その目は真っ赤だったけど、とても嬉しそうだった。
「翔君……その……ありがとう」
「気にするなよ、それよりさ、お母さんも心配してるだろうから話して来いよ。学校で色々話そうぜ」
「ええ、そうね、また明日」
そうして俺は彼女の家をあとにする。「また明日」その言葉を聞けたのがすごい嬉しかった。
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