冒険者組合と『隠者』のギルドハウス
ムアンカウからノンペンまで、僕はプロイと共に東にあるノンペンに向かって旅をした。旅の途中では困難もあったが、二人でなんとか切り抜けることができた。時に出会う脅威に対峙することも幾度かあった。その中で、僕はプロイとの連携を覚えた。
実際には『脅威』と呼ぶには物足りない相手ではあったが、大型の蟲や獣と対峙すると、僕が前に立ち、プロイがその支援をする。
僕の動きや剣の切れ味はプロイの術で強化され、一人で退治するよりも効果的にダメージを与えることができたのが面白かった。
「一人じゃないって、楽しいね。退屈しないし」
プロイは時にそんなことを言っていたが、正確には、退屈しのぎのおもちゃ兼遊び相手兼八つ当たり相手がいると退屈しない、というところだろう。
僕はこの一ヶ月で、戦い方以外にも随分学んだ。女の子に口答えすると大変なことになる。正論で抗議するなんてことは、間違ってもしちゃいけないことだった。
思ったような連携ができなかったときに、プロイを責めると、なぜか僕が悪いということになっていた。どういう話の経緯でそうなったのかも覚えてはいないが、というより思い出したくないが、正しいのは常にプロイだった。
それでも、一人で興味のない本を読んでいるよりは楽しかったのは確かで、僕はそれを許容していた。でも間違いだった。気が付いたときには、力関係は確立していた。
前向きに考えよう。僕は黙って頷いていた。
お互いの得意なところを生かし不得手なことをカバーすることで、一足す一が十にも百にもなるが、うまく連携できなければ一足す一がゼロどころかマイナスになることを学んだ。お互いを知り、信頼することが大切だと知った。
ノンペンにたどり着いたのは、ムアンカウを出てから一ヶ月経った頃だった。
「ギルドハウスってどこにあるの?」
プロイは怒っていた。僕は疲れていた。
頼みの綱だったビジネスカードの裏の地図は、どこがどこだかわからないということに気が付いたのはノンペンについて二日目のことだ。それらしき場所に行っても見つからないことで、僕達は疲れていた。もう三日間は歩き回っている。体力よりも気力が先に尽きそうだ。
「直接行くの、無理じゃないかな」
「無理って何よ」
プロイがノンペンに来たのは二回目だ。以前、来たときにには冒険者組合の試練を受けようとして、一人で受けさせることはできないと断られた。そのことをまだ根に持っていて、思い出したように、不機嫌になる。
僕は不機嫌なプロイに提案した。
「とりあえずさ、冒険者組合に行ってみない?」
不機嫌なプロイは、怒る対象を探していた。目の前には僕しかいない。
「あんなところ、行ってどうするの? 絶対にわかるの?」
きつい口調にも慣れてきた。怒らせないようにするコツも少しずつ覚えてきた。
「多分なんだけど、冒険者組合はギルドハウスを知ってると思うんだ」
「そうかもしれないけど、見付けられなかったって笑われたくないの!」
プロイは試練を断った冒険者組合にまだ怒っている。ノンペンに着いた初日に、僕は冒険者組合に行こうという提案はしたが、これまで訪れていない。
「でもさ、魔術師がギルドハウスを見つからないようにしているのかもしれない」
冒険者が謂れのない逆恨みを買うことは珍しくない。
「でも……」
「冒険者組合からなら、行ける道があるはずだよ」
僕はプロイの言葉を遮る。怒っているプロイに、妥協案を提案し、妥協する言い訳を作るのは僕の役目だ。
「そうかなぁ」
プロイはまだ不満な顔つきだったが、いくらか和らいだ。
「とりあえず行くだけ行ってみよう」
僕はプロイが応えるのを待たずに冒険者組合の方を向く。
「ちょっと待ってよ、行くわよ」
プロイは渋々と僕の前に立ち歩き始めた。
冒険者組合はノンペン市街の真ん中に位置している。一際目立つ大きく、高層の建物だ。脅威が地近づいてくるのがわかるように、遠くまで見渡せる展望台が屋上に設置されている。建物は石造りで「失われた技術」を使って建築しているということだった。
入り口は広く、多くの人が出入りしていた。扉は木造だが重厚で、建物が竣工してから今まで、これが閉じらたことはないという。常に門戸を開き、依頼を受け、依頼を発し、経済連合、政治結社、農業組合といった団体と、日夜を問わず、毎日交渉してきた場所になる。
冒険者組合はここだけに存在するのではなく、各地域、全世界の主要な都市に築かれている。数年に一度、全世界の冒険者組合の長が集まるが、言葉も文化も作法も違うために意思の決定をする場にはならない。せいぜい、脅威に困窮した組合がないかを確認する程度だ。
「すごい人だ」
冒険者組合の建物に入った僕は驚いた。建物に一歩踏み込むと、そこは小学校の校庭よりも広いロビーになっていた。そこに窓口が数列になって並んでいるが、そこに並ぶ人が絶えない。何百人、いや、千人以上いる。
天井も高い。十メートルはあるだろう。天井には窓が規則正しく並び、熱い空気を逃がしていた。
「でっかいなぁ」
僕は感嘆の言葉しか出てこない。これだけ大勢の人がいることを見たのは初めてだ。村の人口よりも多いだろう。しばらく人の多いロビーを眺めていた。
「あそこが案内所よ」
プロイは僕が人の多さに驚いているのがおかしかったのだろう。さっきまでの不機嫌が直っていた。おかしそうに笑いながら奥の方のカウンターを指さすと歩き出した。
「あ、うん」
僕はプロイの後を追いながら、きょろきょろと周りを見ていた。
「そんなに珍しい?」
プロイがおかしそうに尋ねてきた。
「うん。人が多いし、広いし、目が回りそう」
「あはは。ノイ君は田舎者だなぁ」
僕が田舎者ならプロイも田舎者のはずだ。僕は思わず反論しそうになったが、思いとどまった。わざわざ直った機嫌を損ねることもない。
「こんなに人がいるのを見たのは初めてだからね」
「そうよね。私も初めて来たときはびっくりした」
素直な反応だった。機嫌がいいときとそうでないときの差が激しい。
「あそこが案内所かな」
僕はプロイがさっき指さしたカウンターを見た。女性が五人並んでいるカウンター席に、人が入れ代わり立ち代わり一言二言話をしては、右左に案内されている。そのさばき方も見事なものだ。
「行ってくる」
僕がぼんやりと眺めているとプロイは歩き、案内所に向かった。僕はあわてて後を追う。ここに来てから追いかけてばかりだ。
「すみません、ギルド『隠者』のギルドハウスを探しているんですけど見つからないんです」
プロイは物おじせずに案内カウンターで質問した。
「あなたは?」
「私はプロイ。ランカー村から冒険者試練を受けに来たの。後ろの彼はムアンカウから来たノイ君。一緒に試練を受けるんだけど、その前にギルド『隠者』に行かないといけないのね。でもその前にここに来るよう仕組まれたみたい」
「あらそう」
カウンターの右端に座る女性、いや、年の頃は僕と同じくらいに見えるから女の子が応える。しれっと流した。
僕は感じた。この女の子は何かを知っている。
女の子は魔術師のようだ。紺色の魔法使いがよく着ているローブをまとっている。水色の刺繍が入った鮮やかなローブで、その腰には短刀の鞘が結んであった。魔術師が使う武器は杖だけではない。魔法石で宝飾を施したダガーナイフも定番だ。見た通りの魔術師だろう。
肩までの黒髪に浅黒く日焼けした小さな顔立ち。多分、ノイの住むムアンカウよりも南のナコーンあたりの出身だろうか。細い骨格がローブをまとっていてもわかる。
「そう。あなたね」
プロイは静かな口調で確かめるようにその女の子に語りかけた。
「なにが?」
僕は、この女の子からプロイに似た雰囲気を感じた。怖い。
「面倒なことをするのね」
「これくらいわからないと、あたしも張り合いないね。もっと早く来るかと思ったけど」
「なに?」
プロイが不機嫌になったのが伝わる。僕は逃げたい。
「あたしの期待より時間がかかったけど、グエンさんに言われているから案内するよ。こっち。あたしについて来な」
乱暴な口調の女の子は、カウンター席から立ちあがると奥に向かって歩き始めた。空気が静電気を帯びたようにピリピリしている。カウンターに座る他の案内者は見て見ぬふりを決め込んでいる。
建物の奥にある階段を降りると、そこは長い廊下になっていた。床も天井も壁も石でできていて、外とは違ってひんやりとした空気の場所だ。そこを黙って女の子は歩く。僕達はその後ろについて歩く。
長い廊下だ。数メートルごとにランプが灯されているが、暗い。
「随分遠いのね」
プロイが不機嫌そうに口を開くと、すぐに女の子は返した。
「もう疲れたのか」
挑発的な言葉にプロイがピクリとするのが感じられた。僕は元来た道に戻って逃げたかった。不機嫌に巻き込まれる予感しかない。
女の子は振り返る。僕の困った顔を見た女の子は、急に笑顔になる。
「ノイ君、思ってたより強そうだな。楽しみだ」
ぶっきらぼうな言葉で褒められた僕はどんな顔をしたらいいのかわからない。愛想笑いをするのがいいだろうか。
「人気者ね。さっき会ったばかりの女からも人気あるなんてね」
プロイが不機嫌な声でこちらを見ずに返した。僕は愛想笑いをするタイミングも逃した。
「やきもちか」
確実にプロイの怒るポイントを突いている。見事なものだと感心するが、僕を巻き込まないで欲しいと願った。
「誰が?」
「プロイさん、魔導師は常に冷静が必要だよ」
「そうね。私が冷静なことに感謝した方がいいわ」
「ほう、冷静だね」
「冷静よ」
プロイの言葉と共にランプの炎が揺れた。炎が膨らむ。やばい。僕は一歩下がって二人から距離をおいた。
「どうするんだい」
女の子の顔から笑みが消えた。冷たい眼差しでプロイを見ている。プロイは熱い見開いた眼で女の子を見返す。
しばらく睨みあうと、プロイは右手で背中のザックに差し込んでいた杖を掴んだ。それと同時に女の子は腰に手をやり、ダガーナイフに手をかけた。そのまま二人とも相手の呼吸を読んでいる。
僕は巻き込まれたことを確信した。
「こうするの」
プロイの言葉でランプの炎が一気に吹き上がった。しかしその炎は二人に近づかない。いや、二人から離れるように揺れている。
「風?」
僕は、いつの間にか風が吹いていることに気が付いた。この洞窟には不自然な風だ。さっきまではなかった風だ。
二人を見ると、その間から風が生まれていた。いや、ぶっきらぼうで細身の女の子から風が吹いていた。二人の髪が後ろに向かってなびいている。風に揺られた炎はそれに反応して大きくなっている。これは危険だ。僕は慌てて二人から更に離れる。
しかし、二人はそのまま動かない。僕は途方に暮れてひきつった笑顔で見るしかない。
「バカヤロウ!」
道の先から怒鳴り声が響き渡った。
「ケンカは外でやれ。それと魔術は使うな」
これは聞き覚えがある。グエンの声だ。
「グエンさん?」
三人が同時にグエンの声に反応した。同時に風と炎が収まった。僕は安心して大きく息を吐きだす。助かった。
グエンがゆっくりと歩いてきた。
「レック、お前さんは何やってるんだ」
女の子の名前はレックというらしい。
「グエンさんが引き合わせたいって言うから、あたしはどんな人なのか見たかっただけ」
「それで自己紹介もしないままに喧嘩か」
「喧嘩じゃないから」
レックはちょっとすねたように返す。
「まあいい。ギルドハウスはこっちだ」
そう言うとグエンは背中を向け、来た方に戻る。僕達三人はそれに従い歩く。
「ここはな、地下なんだよ」
先頭を歩きながら、グエンは説明を始めた。
「脅威に備えるためにな、ご先祖様が暮らしていた洞穴に本拠地を構えるって寸法だ」
「ご先祖様?」
初耳だった。
「ああ、氷期のご先祖様はこの洞穴にこもって寒さを耐えていたらしい」
「そうなんですか」
僕は感心した。
「ノイ君、何も知らないのね」
レックとプロイが同時に言葉にした。
「ちょっと真似しないでよ」
プロイがレックに不機嫌そうに言う。
「あはは、気が合いそうだ」
レックはプロイに笑いかける。プロイはそれに思わず顔が緩む。
「あはは。そうかもね」
女の子は理解できない。僕には一生わからないような気がする。
「気が合うようで何よりだ。さ、ついた。ここだ」
グエンは『隠者』と表札に書かれたドアを開けた。




