ギルド『隠者』
グエンが冒険者になったばかりの頃、冒険者がたむろする町ノンペンでは、男二名女二名の四人のグループが活躍していた。
魔導師の称号を継いだ精霊使いのノック。遠い東の端の出身で、一年で魔術師としての力を身に付けた才能が話題になり、精霊とも通じ、それでいて武術も使えるマイ。ノックの幼馴染で回復術を身に付けた僧侶のウアン。ウアンと二人で冒険者組合の試練をクリアした、勇者の名前を継いだ剣術師のヤイ。
その四人を中心にしたギルド『隠者』が設立され、腕に自信のある若い冒険者がその門戸を叩いた。次々と名前の通った冒険者がギルド『隠者』に参加したことが話題になり、冒険者組合の酒場では、毎日がその話題で持ちきりだった。
グエンが隠者のギルドハウスを訪れたのはその頃だった。そのときは新人冒険者がなんの後ろ盾もなく生活するのは厳しい時代だった。何かの後ろ盾がない冒険者が食べていくのに困るのは今でもそう変わらないが、その頃は深刻だった。
冒険者が多く、報酬のいい依頼はほとんどが既存のギルドを指名していた。実績のあるギルドに依頼することは、依頼側からすると確実に脅威を排除できる手段になる。その風潮は新人で伝手もない冒険者には死活問題になっていた。
グエンが思うに、その頃に隠者の扉を叩いた冒険者は数多いが、ギルドに入った人間は素養はあるが経験が浅い冒険者だった。いずれは独り立ちできそうな人材を集めて、個人的な信頼関係ができた冒険者を独り立ちさせていたのは今だからわかることだろう。
グエンはギルドのリーダー四名に出会い、ギルド加入の面談を受けた。古代遺跡を調査して「失われた技術」を探求したいという思いが、特にウアンと共感し、グエンはすぐにギルド『隠者』に打ち解けた。
聞くと、マイは遠い極東の島国からやってきたという話だった。ヤイが使う剣がマイの持ち物だったことからすると、それは確かであった。今までグエンが見たことがない美しい剣。片刃で三日月のように反っている。叩き割ることが得意な剣ではなかったが、しなやかで切れ味が鋭かった。マイはその剣をカタナと呼んでいた。
ギルド『隠者』に参加してから、グエンは多忙だった。それまでウアンが一手に引き受けていた「失われた技術」に関わる依頼の窓口になり、冒険者組合とのやりとりだけでなく、農業組合や経済連合との「失われた技術」の有効活用を推進することも任された。
グエンには技術を分析する素養があったのだろう。たちまちにギルド『隠者』を代表する技術者としての地位を確立し、ギルドの大きな収益をあげるようになった。
その頃に、ヤイとマイ、ウアンとノックが結婚し、すぐに子供が生まれた。それが僕であり、プロイだった。
ノックは、子供が産まれると生まれ故郷の山岳地帯のランカー村に戻っていた。そのため、ウアンはノンペンとランカー村との往復生活になり、その道中にある依頼を解決することが多くなっていた。
マイは、故郷が遠いということもありしばらくはノンペンで生活していたが、ある時にノンペンの西にある遺跡の調査で訪れたムアンカウが気に入って、そこに家を構えた。ヤイは困ったが、ウアンと同じように、ノンペンとムアンカウの間を往復する生活を選択した。
そのため、ギルド『隠者』の本部に、創始メンバーが不在のことが多くなる。ヤイとウアンは自分たちが不在時の責任者を指名していた。一人に権限を集約させずに、冒険者組合との折衝窓口、脅威の討伐、失われた技術の探索、ギルド内組織の割り振りといった、ギルド運営に関わる業務ごとに権限を与え、何かを定める場合には組織としての意思決定が必要な仕組みになった。これは今でも機能している。グエンが今でもギルドの代表をしながらも冒険に出かけることが許されるのはこのおかげだ。
僕やプロイの手がかからなくなった頃には、マイとノックも冒険者の現場に少しずつ戻っていたという。しかし子供を置いてノンペンに行くことは難しいということで、居住地域近辺にある依頼を解決することが多く、そのほとんどは「失われた技術」の調査で、マイは、居住するムアンカウの遺跡の探索をしていた。ノックの住む山岳地帯は脅威も少なくないこともあり、その脅威の排除が多かった。
その頃から、人族と竜族の関係は悪化していた。そして、豊かな生活圏を広げたい人族の政治結社が竜族の拠点、イサーン地域に侵攻していったことがきっかけとなり、戦争が始まった。しかし、竜族は侵攻した人族を追いやり、そのまま人族の生活圏に侵攻してきた。
「ヤレヤレ。だな」
ヤイは、冒険者組合からの脅威討伐依頼を眺めていた。自分の先祖がノンペンの近くにあるクメールの地で竜族と戦い、そこを奪取した戦功で勇者の称号を得たと聞いていたが、自分が竜族と戦うことはないと思っていた。しかし、手元に届くのは竜族の討伐依頼ばかりだ。ノンペンの北にあるイサーン地域は、竜族の住処として人族には禁忌の地としていた。
どうやら、それまでおとなしくしていた竜族の堪忍袋の緒が切れたということなのだろう。でもこれはわかっていたことだ。
「ウアン、どうする?」
昼からビールを楽しんでいるウアンにヤイは問いかけた。嫁さんがいないときにしか、昼酒は楽しめない。
「んー。正直なところ関わりたくないけどね。でもあそこが通れれば便利だからなぁ。手を出したのはわかる」
イサーン地域は、ノンペンとランカー村の間にある。ウアンはランカー村との行き来をするのに、遠回りしていたのでつい本音が出る。
「あそこは竜族の拠点になってるから無理だよな」
「ギルド員の安全を考えたら、竜族との戦争には極力関わりたくないね」
「だよな」
「でも、人族の拠点は守らないとな」
「同感」
「それじゃ、決まり、だな」
「うむ。正式に、冒険者組合には俺たちのスタンスを伝えてくる」
「よろしく」
ウアンはそう言うとまたビールをあおった。昼酒はうまい。
その数日後、ギルド『隠者』はメンバー全員をノンペンに集めた。マイとノックも子供を近所にあずけてきた。もう十歳で小学校にも通っている。
「それで、集まってもらったのは他でもない。竜族との戦争が劣勢になっていることで、政治結社軍だけではどうしようもなくなったってことで、冒険者組合に召集がかかった」
「受けるのですか?」
ギルドメンバーはざわついた。それなりに才能が有り、脅威と戦ってきた強者ばかりであるが、最強の『脅威』と認識されている竜族との戦争ともなれば動揺もする。
「竜族の住処、イサーン地域に侵攻しない。しかし、人族の居住地に入ってきた竜族を追い返す。冒険者組合に、その条件で協力をすることにした」
「ヤレヤレ。政治屋の尻拭いかよ」
ギルドメンバーは乗り気ではない。得られるものがない依頼というのは張り合いがない。
「冒険者組合も、侵攻には組しないと決めた。しかし、自分達の土地は取り返したいということで一致した。なので、協力してくれることを望む。ただし、強制はしない。この戦争に参加しなくてもなんら不利益なことはないと約束する」
集まったギルドメンバーは皆が悩んだ。協力はしたい。しかし、竜族を相手にするリスクは高い。一対一で勝てないかもしれない『脅威』であることを誰もが知っていた。
「俺は参加する」
淀んだ空気の中、グエンは参加を表明した。
「ありがとう。助かる」
ヤイはグエンに微笑み、返した。
「仕方ないな」
「もとより預けた命だ。任せるよ」
「何すればいいのかわからんが、やるよ」
ギルドハウスの広間は盛り上がった。ヤイ、ウアン、マイ、ノックを慕って集まったギルド『隠者』だ。最期を迎えることがあるなら、仲間と共にいたいと思うのは自然だった。
「ありがとう。ギルド『隠者』はこれより竜族との戦争に参加する」
ヤイはメンバーを見渡すと叫んだ。
しかし、その戦争でギルドメンバーのほとんどがその命を失った。ギルド創始メンバーの四人もその命を絶たれた。
最終的に、人族が所有していた土地を取り戻したところで自然と休戦状態になった。竜族も多大な損害があったのは、こちらの戦果を見ればわかる。お互いに消耗することを避けたいという認識が一致しての停戦だ。
グエンは、そこで生き残った。それなりの力量があるのは確かだったが、他の生き残りと同じく、ギルド『隠者』の創始者と共に死ねなかったことを負い目に感じていた。それによって、自然と、命を落とした仲間の子供を一人前になるまで見守ろうという意識になっていた。
「それでな」
グエンは僕とプロイを見ながら続けた。
「生き残った連中でギルドは継続させることにしたが、その存在意義は、君達もそうなんだが、ギルドメンバーの子供達が独り立ちするのを見守ることにしたんだよ」
僕はプロイと顔を見合わせた。見守ってもらった記憶がない。僕は口を開いた。
「その。見守ってくれていた実感は、ないです」
「そうだろうな。気付かれるようなことはしなかった。今日も、顔を見せるかどうか悩んだ」
「え?」
僕よりも先にプロイが反応した。
「守られてたんですか?」
「遠くからね」
グエンはさらりと返す。
「それじゃ、さっき。あのトロルとのも見ていたんですか?」
「ああ。大丈夫だと思ったから何も手助けはしなかったけどな」
僕はグエンが現れたタイミングに合点がいった。
「それであのタイミングだったんですね」
「さすがにヤイさんの息子だね。その通りだ」
それでも僕にはわからないことがあった。
「それで、ですか。教えてください。なぜ、今、現れたんですか?」
「君は知りたいことと興味がないことと、はっきりしてるな」
グエンは天井をしばらく見上げて、重い口を開いた。
「ノイ君には勇者になって欲しいし、プロイ君には魔導師になって欲しいと思っている」
僕はグエンの現れた理由に納得した。しかし、勇者になりたいという気持ちはない。
「でも僕は……」
僕が口を開くと、プロイも我慢できなくなったのだろう。言葉を遮った。
「グエンさん。私達には才能はありますか?」
「ああ、あるよ。だから正式にギルドに勧誘しようと思う」
僕はグエンの言葉に心が揺らいだ。両親のような最期はごめんだし、勇者になるつもりもない。でも力を試したい気持ちは抑えられなかった。トロルと戦ってみて、もっと腕試しをしたくなった。
「グエンさん。僕は父親みたいになりたくないんです」
「そうか」
「だけど強くなってみたいです」
プロイも同じ気持ちがあったのだろう。僕を見つめ、そのままグエンを見つめた。
「わかった。それじゃ、主都ノンペンに行くといい。ギルド『隠者』は今でも有名だから、この住所がわからなくてもギルドハウスを知っている人はいる」
グエンは僕にもビジネスカードを渡した。その裏面には簡単な地図が描かれていた。
「俺はまだ仕事が残っているからしばらく行けないけどな。でもギルドハウスに行けばなんとでもなる」
グエンはそう言うと立ち上がり、ドアを開けて外に出た。外はうっすらと明るくなっていた。随分と話し込んだことに、僕はここで気が付いた。
昔語りです




