六話:響くは慟哭
その、ハイ。
先に謝っておくと、ホントごめんなさい。
(あとがきに続く)
本来白銀龍皇は、90桁台などという下層には存在しえない。
30桁台くらいにいるのが普通であり、そのような生物の鱗や爪、つまりは聖遺物が、たとえ死んで価値が下がったとしても50桁は下らないハズだった。
すると、ここで疑問が発生する。
なぜ、ユウ=クロドアが持つ楯は、楯に使われている素材は、92桁などという低すぎる、と評価できる序列にあるのか。
それは、
「この楯の素材は、正真正銘のホンモノだよ」
だけど、とユウは言い、続く、
「この楯、いや、正確には楯たち、か。俺の触れている持ち手のベルト部分は確かに序列92桁だよ?」
でも、と話を転換させ、
「このベルトを中心にして、内側から外側に、中心から外端に、序列が上がり続ける構造になってるんだ」
これは龍殺しの集落に細々と伝わっていた武具の生成方法をユウが応用したものだが、そのことは言わない。情報にも価値がある。その情報は、知られていなければそちらの方が良い。
ユウは最後に、
「だからこの楯、外側と表面は、序列が70桁くらいあると思うよ」
推定なのは、その序列を計る術が無いからだ。
小細工でいくら序列をごまかして、それより序列が低いものがようやっとそれを扱うことができたとしても、それでもなお先端部分が何位なのかなどと、わかるはずがない。
わかろうと思えば、地道に自分の序列を上げるしかなかった。
また、とユウは思考する。
……そもそも50桁台で存在するはずの白銀龍皇の遺物が70桁まで下がることもないんだけど、ね。
と。
「爆竜、確か序列は81桁って言ったよね。どう? おとなしく逃げ出さない? どっか行ってくれない?」
「たわけたことを抜かすなよ、小僧ォ……。70桁なのは楯だけで、所詮貴様は91桁だ。まだ俺の方が有利だろう……な!」
「な」と被せるようにマグマの塊が飛んでくる。それに対してこちらは、楯を振るうことで回避とし、そして、再度爆竜への特攻をかける。
左手の楯を前に突き出して壁とし、右手の楯は振りかぶる姿勢だ。
「ニ=ドリエル! 《噴射》!」
ニは「物体」、ドリエルは「光線」を意味する魔法語だ。ユウは無属性者であるために、透明の光線が噴射する魔法になる。魔力の消費量は、魔法語の文字数×(単語数-1)乗なので、この場合は五文字×(単語数2ー1)乗だから、5Vだ。ヴァロンは魔力の単位を表し、Varonと綴る。
魔法語は、正確には魔導言語といい、魔法を発動する際の詠唱には不可欠だ。最後に叫ぶ魔法名は、術者が魔法を放つ際のイメージを固めるのに使われる。
この場合の魔法は、「ニ」が楯を指し、用途は、
……楯後部からの噴射……!
行く。
☆☆☆
ユウは、己の放った楯の一撃が、爆竜の体側を殴り、吹き飛ばしたことを確信した。
右手には確かにナニカを貫いた感触があった。
「……ゼ=ドリエル=エン! 《火炎咆哮》!」
が、詠唱が聞こえたのは十メートルほど先で、
「焼け死ねっ!」
人間は火の大きなものを炎と表現したが、炎の大きなものは一体何と表現しようか。
炎の嵐だった。火口を大きくえぐり、楯がまだ爆竜だったものに突き刺さり、抜けないユウに迫る。
「っ! 偽物か! ニ=バリオン=スイ! 《水の双壁》!」
ゴウ、と《神龍燐の双璧》を水が覆い、偽物――マグマが急速凝固したもの――を、弾き飛ばす。
同時に、
……炎を弾く!
無属性者は、対応属性による属性魔法強化を得られないが、苦手属性の魔法効果が減衰することもない。
ゆえに、明らかに火属性である爆竜が、対応属性である魔法語「エン」をつけた魔法を放ったものでも、こちらは地力で押せる。
だから、再度行く。
今度こそ右の楯が爆竜に入った。魔法の詠唱途中のスキを突き、「噴射」した楯で殴りつけたのだ。しかも今回は水属性付きだ。
空中でユウの体が一回転する。
そのまま彼は、トンボを切って火口に着地した。
そこに、突き上げるような火柱が上がった。爆竜の詠唱が完成していた。
☆☆☆
爆竜は、己の肉を斬らせて骨を斬った、つまりは自分の攻撃が確実に入ったことを確信していた。
なにせ自分はマグマの中におり、対し相手は生身の人間だ。マグマの中に着地できないのは百も承知で、着地場所を起点として炎柱を立ち上がらせたのだ。
だが、爆竜は見た。
己の攻撃が、
「防ぎやがったな!」
☆☆☆
ユウは、まるでサーフィンのように左手の楯にその体を乗せていた。
着地の瞬間に嫌な予感を嗅ぎ取った体が、本能的に楯の上への着地体勢をとっていたのだ。
結果的にはそれが幸いし、敵の攻撃はこちらに届かなかった。
そして炎柱は地面から垂直に真上に吹き出しており、こちらは、上に飛んだ。弾き飛ばされる。
☆☆☆
爆竜は、一瞬だけ相対者の姿を見失っていた。
炎柱はまるで間欠泉のような勢いで吹き出しており、その勢いに乗ったユウが上空へと飛んでいたからである。
そこに隙が生まれる。
☆☆☆
ごくわずか、相手が隙を作ればユウには十分だった。楯に乗っている状態で重心を前、爆竜の方向に傾け、炎柱の速度を最大限に乗せて前方に飛ぶ。
すっかり癖になっている、左手を前に出して壁にし、右手を大きく振りかぶるポーズだ。
こちらには秘策があった。それゆえに編み出されたこの構えは、やや後方に体重が残り、だが、それゆえに右手の楯には勢いが乗る。
不確かな空中で軌道に制動をかけ、左足を振り上げ振り下ろす。その勢いで体が回り――。
「ニ=ドリエル! 《噴射》!」
まず空中で右手の楯がスライドし、爆竜の鼻っ柱へと吸い込まれ、遅れて右腕が進み、肩が回り、体も合わせて回転する。
そしてインパクトと同時、楯を装着する右手、その親指で、取手に付くボタンを押し込む。瞬間、楯の内部に組み込まれた発条の伸縮が一気に開放され、楯の中央を大きく貫く白銀の背骨が射出された。杭打ち機のようなものだ。
爆竜の体がのけぞり、血飛沫がユウの体にかかる。
爆竜の顔面は弾け飛び、体は力なくマグマに横たわった。
ユウは空中で足裏から「噴射」を発生させ、後方宙返りの要領でマグマ直上を退避し、地面に着地する。
そして爆竜が完全に死んでいることを確認するために、火口の縁から「噴射」を併用して飛び、
「ニ=トロミオ=バルシャ=スイ! 《氷の床》!」
ニは「物質」を表し、トロミオは「固体」、バルシャは「固定」、スイは「水」を表す。
つまり、個体の水――氷だ――を生み出したのだ。だが、それだけでは重力に引かれてマグマに落下してしまうので、バルシャの「固定」で、その空間座標に固定とした。
これを対爆竜の時に使わなかったのは、もし氷が炎に溶かされきってしまえば、空中に無防備で放り出される、という可能性があったからだった。
基本的に魔法で生み出したものは、その状態で変化しない。つまり、氷が生み出されたなら氷の状態から変化しないのだ。
炎の魔法を放たれたら溶けるかもしれないが、少なくともマグマごときでは溶けない。そういうふうにユウが思っているうちは、この氷は決して溶けないのだ。
魔法を最終的に発動させるのは術者のイメージだ。だから、同じ効果の魔法を違う人間に発動しろといったら、もしかしたら違う魔法語を唱えるかもしれない。また、同じ詠唱でも効果が違ってくるかもしれない。魔法語は詠唱に意味を与えるものであるが、効果は術者のイメージによって変化するものなのだ。
氷の足場に着地したユウは、マグマに焼かれ蒸発する爆竜を確認した。
爆竜は、生きている間は体中の毛穴によく似た器官から分泌される液でマグマの温度を無効化しているのだが、死んだ途端にその液の分泌は止まる。
この爆竜はマグマに溶かされ始めているので、確かに死んでいるのだろう。
爆竜の死をしっかり確認したユウは、先ほどファゴッドに隠れさせたあたりまで跳躍する。
「おーい、ファゴッド、もう出てきてもいいよー」
木群の奥。登ってきた道の、こちらから見て右側、斜め前七歩の所にある、少し大きな木の後ろにファゴッドが隠れたのは確認済みだ。
そのため、その木を守るような位置取りで戦うことになったが、ファゴッドが隠れた方にマグマが行かなくてよかった。
右手の楯の中央の背骨を、素手で触ることができないために左手の楯で打ち込みながらユウはファゴッドの元へ歩いた。
その時だった。
その瞬間、だった。
「危ないっ!」
木の裏から飛び出したファゴッドが、こちらを突き飛ばした。
ああ、どうしてこうも世界には理不尽が満ちているのだろうか。
ああ、どうしてこうも世界は思い通りにならないのだろう。
突き飛ばされて後頭部からちょうど万歳する形で地面に激突し、わずかにのけぞったユウの明滅する視界には、ファゴッドが確かに見えた。
それも、爆竜などよりも遥かに大きくて禍々しい顎にくわえられた形で、だ。
しかしそれは、まるで砂利が口の中に入ったとでも言うように無造作にファゴッドを吐き出した。
美しいのは彼女の赤髪だろうか――、それとも。
「っ! ファゴッド!」
慌てて受身を取り、そのまま体を起こす。
主観では過去最高の速度で彼女のもとへ走り、抱きとめた。
「ねぇ! ファゴッド!」
美しい赤の少女はしかし、うっすらと目を開けた。
彼女はもう駄目だ。もうまもなく、息を引き取るだろう。
なにせ――上半身だけになっていたのだから。
「ファゴ――」
「――ユ……ウ。愛して……あい、して、……いる……ぁ」
「うん、俺も、俺もファゴッドを――」
愛してる! 続けようとして、間に合わなかった。彼女は、冷たくなっていた。
「う……うぁぁぁ……う、嘘……だ……ぅぅぇぁ……うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
慟哭する。
赤ん坊のように、涙がとめどなく溢れてきた。
ファゴッドの体温と同じだ。
そうだ、自分は、ファゴッドのことを愛していた。ただ、過剰なスキンシップが苦手だっただけで、好きだった。そう、それは、ファゴッドに初めて会った時からずっと変わらない思いだ。
今朝、回り道しながらもようやく気付いた思いだったのに――。
紅の中、目を瞑る上半身だけの少女は非常に美しかった。まさに文字通り生気がなく、ビスクドールのようにも見える。
ユウは、己にも血が付くのを気にせず、優しく口付けると、彼女を抱きしめた。
このまま、自分も死のうか――。
「いや……無理だ! そんなのは無理だ……! せめて仇だけでも討って死ぬ……!」
一度強く抱きしめ、ファゴッドを森の中まで“運ぶ”と、柔らかな下草の上に寝かせた。
そして立ち上がる。
目から流れる涙は止まらないが、それでも指で拭おうとして、気付いた。
「……は、はは」
指が……否。
両の手首から先がなくなっていた。
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二〇>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
おお!
やっとだ!
出た!
出たぞ!
二一>> ネ申ラ☆ス☆タ☆リ(神界)
ついに白銀龍皇の前に現れたか――
影と月を司りし黒紫龍王よ!
アハハハ、アハハハハハハハハ
アハハハハハ!
(まえがき続き)
でも、こんな大きなフラグ、回収しないわけがありません。
ハッピーエンドは保証しますよ、すくなくともユウくんは。
それにファゴッドには、まだ回収していないフラグが山ほどありますし。
ええまあ、ユウくんと、そのあとの黒紫龍王篇が終わる頃までお待ちを。
それが終わる頃にはきっと。ええ、まあ。
これ以上はネタバレになるからお口ミッフィーちゃんでごぜーます。
それではまた近いうちに。