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ステラセイド  作者: うつつ戯言


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18/21

魔族との邂逅⑤

 料理をご馳走してもらうため、俺はアイリの案内で彼女の家へと向かっていた。


 大通りから少し外れた閑静な住宅街。やがて、彼女は立ち止まり、立派な錬鉄製の門を指差した。


「ここが私のお家よ」


「…………えっ?」


 俺は思わず間抜けな声を出して、目の前の光景を凝視した。


 門の向こうに広がっていたのは、綺麗に手入れされた広大な庭園。その奥にそびえ立つのは、村の家はもちろん、このメトランジェの街で見てきたどの家よりも三倍……いや、五倍は大きい、まるでお城のような白亜の豪邸だったのだ。


「アイリって……ここに住んでるの?」


「うん! さ、入って入って!」


 呆然とする俺の手を引き、アイリは嬉しそうに玄関の重厚な扉を開けた。


 中に入ると、さらに驚かされた。


 大理石が敷き詰められた広大なエントランス。天井には淡い光を放つシャンデリアが輝き、足を踏み出せば、靴が沈み込むほどふかふかな絨毯が敷かれている。


「こ、こんな凄い家に住んでるなんて……実はアイリってさ、この街のお姫様かなんかだったりする?」


 あまりの豪邸に気圧され、俺は恐る恐る尋ねてみた。


「ふふっ、お姫様? 全然そんなのじゃないよ。この街は王政で治められているわけじゃないから、王様や姫君みたいな立場の人はいないかな」


「そ、そうなんだ。俺、本くらいでしか世界を知らないからさ。こんなに大きくて豪華な家に住んでいる人は、王様とか公爵とか、そういう偉い人たちなんだと思ってたよ」


「あー、王都や帝国なら、アルスの認識通りかもね。でも、メトランジェのような大半の商業都市や居住地は、商人やギルドの代表が寄り集まって治めているから、そういう貴族階級の偉い人たちはいないかな。」


「へぇ。そういう感じなんだ……」


 俺は辺りの美しい装飾を見渡しながら、小さく息を吐いた。


 世界にはまだまだ俺の知らない常識が広がっているという事実に、不思議な感慨を覚えていた。


「そうそう。さぁ、今から腕によりをかけて料理を作るから、期待して待っててね!」


 俺とアイリは、大きなテーブルの上に、道中で購入した食材とマーサおばさんから貰ったリンゴの紙袋を置いた。


「アルスはゆっくり座っててね」と微笑む彼女の言葉に甘え、用意されたアンティークの椅子に腰を下ろそうとした――その時だった。


 ズドゴォォォォォォォンッッ!!!


「ッ!?」


 突如、外から爆発のような巨大な衝撃音が轟き、家全体が激しい地震に見舞われたかのように大きく揺れた。


 窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げる。それなりに近い場所で、何かとてつもない破壊が起きたことは明白だった。


「アイリ! 大丈夫か!?」


 俺は反射的に床を蹴り、体勢を崩しかけたアイリの腰を抱き寄せて、落下物から庇うようにその身を覆った。


「あ、ありがとう、アルス。私は大丈夫。でも……!」


 アイリは俺の腕の中で顔を上げ、窓の外を見つめた。


 突如の出来事に対する恐怖よりも、どこか冷や汗をにじませた冷静な表情。


「ごめんアルス! もしかしたら今、この街が襲われているかも……!」


「襲われる? この街が? あんな外壁もあったのに、街が襲撃されることなんてあるのか?」


 俺はいきなりの展開に混乱した。


 だが、アイリの様子を見るに、これは初めてのことではないらしい。もしかしたら、これまでに何回か似たような襲撃があったのかもしれない。


「……何が起こったか、確かめてくる」


 立ち上がった俺の脳裏に、理不尽に焼かれた故郷の魔女の村の光景がフラッシュバックする。


 メトランジェは俺が外の世界で初めて訪れ、温かく迎え入れてくれた街だ。もし俺の力で何かできるなら、アイリと街の人たちを守りたい。


 どうやら、ゆっくりと料理を味わっている暇はなさそうだ。


「私も一緒に行くわ!」


 覚悟を決めたようなアイリの強い言葉に頷き、俺たちは家を飛び出した。


 ――爆発音のした方角へ走ると、少し離れた大通りの中央広場に、大勢の人が恐怖に怯えながら集まっていた。


 周囲の美しいレンガ造りの建築物が、数ヶ所、爆撃でも受けたかのように粉々に破壊され、瓦礫の山と化している。


「誰がこんなことを……!」


「アルス、あそこ!」


 アイリが指差した広場の中央には、街の人たちと対立するように立つ『異形の集団』がいた。


 身長は二メートルを超え、全身が淀んだ緑色の皮膚で覆われている。額からは捻じ曲がった角が生え、全身に鎧を纏ったかのような筋肉質な巨体だ。


「そろそろ決めてもらおうか? この街を俺たち『魔族』に明け渡し、お前らは奴隷として一生俺たちに従い続けることをな」


 自らを魔族と名乗った、集団の先頭に立つリーダーらしき奴が、悪い笑みを浮かべてとんでもない要求を突きつけていた。


「ふざけるな! 何度も言っているだろ! 我々はお前たちに従うつもりなど毛頭ない! さっさとこの街から出ていけ!」


 街の人たちの先頭に立ち、魔族の圧力に一歩も引かずに言い返している初老の男性がいた。堂々として立ち振る舞う姿を見るに、恐らくこの街の代表者なのだろう。


「お父さん……っ」


 アイリが心配そうに呟いた。


 なるほど、あの人がアイリの父親なのか。強い意志を宿した瞳が、彼女とよく似ている。


「グリスの旦那。アンタ中々頑固だな。俺たちの圧倒的な力を目の当たりにして、こんなにも反抗的な街は、このメトランジェが初めてだぜ」


 魔族のリーダーは、呆れたように首を鳴らしながらも、この状況を心底楽しんでいるような残虐な表情を浮かべた。


「素直に明け渡せないなら、こうするしかないよなァ!」


 魔族が手のひらを近くの時計塔に向け、巨大な魔力の塊を解き放った。


 ドゴォォォン!という轟音と共に、美しい時計塔が粉々に吹き飛び、瓦礫が雨のように降り注ぎ、街の人たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。


「いい加減にしろ! 私たちは、決して貴様らの暴力と脅しには屈しない!」


 それでも怯まないグリスの言葉に、魔族のリーダーは忌々しそうに顔を歪めた。


「……どうやらそのようだな。アンタの意地は、よーく分かったよ。だから、建物を壊すのはもうやめだ」


 魔族が、背後の部下たちに向けて非情な号令を上げる。


「お前らァ! この街の住人を片っ端から殺していけ! コイツらが泣いて命乞いするまで、絶対に手ェ止めんじゃねぇぞ!!」


『ウオォォォォォォッ!!』


 号令と共に、他の魔族たちが歓喜の雄叫びを上げ、凶悪な笑みを浮かべながら丸腰の住人たちへ向かって駆け出した。


「やめろォ! 街の人間には手を出すな!」


 グリスが必死に叫び、止めに入ろうとする。


 だが、魔族のリーダーは彼を蹴り飛ばし、嘲笑った。


「アンタが頑なに俺たちの提案を拒んだ結果だ! 特等席で絶望を味わいな!」


「死ねェッ!!」


 逃げ遅れた若い女性に向かって、魔族の一人が背負っていた巨大な鉄の斧を、躊躇いもなく振り下ろした。


「いやぁぁぁぁあっ!」


 女性の恐怖に震えた悲鳴が周囲に広がる。


「フハハハハ! 虐殺の始まりだァ!」


 リーダーの魔族が歓喜の声を上げる。


 斧の凶刃が、女性の身体を両断する寸前――。


 ドンッ!と、俺は石畳を砕くほどの力で地を蹴った。


 一瞬にして女性と魔族の間に割り込み、振り下ろされた魔族の太い手首を、下からガシッと掴み取る。


「……な、なんだお前は!?」


 斧の軌道を完全に止められた魔族が、驚愕に目を見開く。


「お前らと同じ。この街の部外者だよ」


 俺は冷たく言い放ち、手首を掴んだまま、二メートルを超える巨体を軽々と持ち上げた。


 そして、突進してきていた他の魔族たちの群れへ向かって、その巨体を砲弾のように勢いよく放り投げた。


「ぐべァッ!?」「うおぉっ!?」


 投げられた仲間の巨体と激突した複数の魔族が、勢いを止めきれずに地面を転がる。


 だが、さすがは魔族と名乗るだけあって、ただの獣よりはタフらしい。彼らはすぐに体勢を立て直し、怒号を上げながら一斉に俺へと襲いかかってきた。


「殺せェ! 」


 大柄な一体が、俺の頭蓋骨を砕こうと巨大な鉄球のメイスを力任せに振り回す。風を切る轟音が鳴るが、大振りすぎる。


 俺は紙一重でその一撃を躱し、懐に潜り込むと同時に拳に薄く魔力を纏わせ、奴の分厚い胸板に叩き込んだ。


「がはッ……!?」


 鋼のような筋肉の鎧ごと、あばらの骨を粉砕する重い手応え。巨体がくの字に折れ曲がり、十メートル近く後方へ吹き飛んで壁に激突する。


「このガキィッ!」


 休む間もなく、左右から二体の魔族が双剣と槍で挟み撃ちを仕掛けてきた。息の合った連携攻撃だ。


 だが、百発の魔法弾を同時に処理してきた俺の直感力を持ってすれば、二体同時の攻撃は大した脅威ではない。


 俺は狩猟剣の鞘で、右からの斬撃を軽く弾き返し、その反動を利用して身を沈め、左から迫る槍の刺突を躱す。そして、ガラ空きになった槍使いの顎を蹴り上げ、体勢を崩した双剣使いの首筋に鞘での痛烈な一撃を叩き込んだ。


「ごふッ……」「あ、が……」


 白目を剥いて倒れ伏す魔族たち。


 残る数体も、怒りに任せて無差別に魔法や武器を放ってきたが、俺はその全てを悠々と回避し、次々と急所を打ち抜いて無力化していった。


 ものの数十秒。


 グリスと交渉していたリーダーを除く全ての魔族が、武器を落として地面に倒れ伏した。


「……ふぅ。これですぐには、街の人たちに気危害はないだろう」


 俺は軽く息を吐き、残るリーダーへと視線を向けた。


 正直な感想を言うなら……『コイツら、弱すぎる』。


 ダンジョンの魔獣の方が、よっぽど手強かった。こんな大したことない実力で、「街を寄越せ」や「奴隷になれ」なんて大口をよく叩けたものだ。


 しかし、不可解なことが一つある。


 リーダーの魔族は、自分の部下たちが一瞬にして全滅させられたというのに、全く動揺を見せない。


 それどころか、血を吐いて倒れてる部下たちを、まるでゴミでも見るかのような冷たい目で見下ろし、鼻で嗤った。


「チッ、どいつもこいつも使えねぇ雑魚どもが」


「……お前、仲間がやられたのになんとも思わないのか」


「あぁ? こんな有象無象、いくらでも代わりはいる。それより……お前、見ない顔だな。この街の自衛団の新入りか?」


 リーダーの魔族は、微塵の焦りも見せずに俺に問いかけてきた。


「俺は偶然この街に来た旅人だが?」


「なんだ、ただの部外者か。痛い目見たくなかったら、この街のことに首突っ込んでくるんじゃねぇ」


「ん? お前たちも部外者だろ? それに、今お前らの仲間とやってみた感じ、俺が痛い目を見ることはなさそうだが?」


 俺は魔族の言っている理屈が全く理解できなかったため、思った疑問をそのまま真っ直ぐに返した。


「……どうやらお前は、自分が強いと勘違いして粋がっている、愚かな奴らしいな」


 魔族のリーダーは、心底俺を見下したような薄ら笑いを浮かべ、やれやれと首を振った。


「雑魚を数体片付けた程度で、俺に勝てる気でいやがる」


「勘違いしてるのは、お前の方じゃないのか?」


 この状況、どう考えても実力差を読み違えているのは向こうだと思った。


 それとも俺が感じ取れてないだけで、実はとんでもない力を奴は持っているのだろうか?


 俺が真顔で問い返し続けると、奴の余裕ぶった表情にピキリと青筋が浮かんだ。


「フハハハハ……ッ!」


 魔族は苛立ちを隠すように、天を仰いで狂ったように笑いだした。


 そして、両手を前に突き出すと、膨大な魔力が渦を巻き始め、巨大な緑の魔法陣が展開される。


「良いだろう! 『圧倒的な強さ』とはどういうものか、お前のその身に刻んでやる!!」


 展開された魔法陣から発生した凄まじい吸引力が、周囲の空気を貪り食うように凝縮していく。


 凝縮された空気は、半透明で巨大な刃を形成する。空気を切り裂きそうな不快な金切り音を響かせる。


「消え去れェ! 魔刃旋風ヴォーパル・ストーム


 魔族は自らの勝利を確信したかのように、高らかに笑いながら、巨大な風の刃を俺めがけて解き放った。


「アルスゥゥッ!」


 背後でアイリの悲痛な叫び声が響く。


 俺は欠伸が出そうになるのを噛み殺し、腰の狩猟剣を静かに引き抜いた。


 ダンジョンボスの圧倒的な威力の破壊光線を体験した俺からすれば、こんなものはただのその風に過ぎない。


「――遅くて、軽いな」


 俺は刀身に黒い魔力を流し込み、『魔装剣』を発動。


 迫り来る巨大な風の刃めがけて、ただ一振り、上から下へと真っ直ぐに剣を振り抜いた。


 シュァァァァァァッ!!!


 黒い斬撃が、魔法そのものを両断した。


 真っ二つに裂けた巨大な風の刃は、俺に届く前に左右へと逸れ、空中でただの風となって無力に霧散した。


「……は?」


 自慢の魔法を、一振りで跡形もなく消し飛ばされた魔族は、目玉がこぼれ落ちそうなほど見開いて驚愕の表情を固まらせていた。


「ば、馬鹿な!? 俺の魔法が……一振りで……!?」


 俺は魔法を斬り払った勢いのまま、瞬きする間もなく魔族の懐へと踏み込み、漆黒の刃をその巨体の胸元へと一閃した。


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