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これまでも、これからも

「おや、どうしたんたい長塚後輩」

 正直今もっとも会いたくない人ナンバーワンとエンカウントしてしまった。

部室でいつものようにいつもの場所に座って何故か文庫本を手に持っていた先輩が、思いがけないものを見たという表情を浮かべている。

「いや、まぁ、その……色々終わったんで自分で運転して帰ってきただけですよ」

 ふむ? と小首を傾げるが、まあいいかと思ったのか隣のパイプ椅子を引くと座面をパンパンと叩いた。そこに座れという事らしい。

 正直もう少し覚悟を固めるだけの時間が欲しかったのだが、まあしょうがない腹を括ろう。

「実家に帰っていたのだろう? 随分と早く戻ってきたのだね」

 もう少しあちらに居るものだと思っていたよ、と言われるがまあこちらにも色々あるのだ。

「まあ爺さんの葬式ですからね。喪主でもなんでもないですし、手伝える事もないから邪魔なだけですよ」

 というか本当に邪魔者扱いだったのでどうしようもない。

「……まあ君がそう言うのならそうなんだろう」

 若干納得がいっていないようだが、よその家の事なので口を出すのはやめておこう、という所だろうか。先輩は分かりやすい。

「長年意識不明でしたからね。結構前から準備は終わってたみたいです」

 だから成人したとはいえ社会人でもない自分には、手伝えるような事は残っていなかったという事だ。

「姉君はまだあちらなのだろう? 君も、もう少しゆっくりしてくれば良かっただろうに」

 それはそうなのだが、先輩に言われるとちょっと面白くない。

 何の為に早く戻ってきたと思っているのだか。いやまあそれは先輩が知っているわけないので完全にこちらの都合だ。しょうがないと思うしかない。

「まあ色々区切りがついたんで、いつまでもなあなあにしておくのは良くないと思いまして」

「……うん?」

 先輩の隣に座る。

 本当に来るとは思っていなかったのか、先輩がちょっとうろたえている。本当に予想外のことには弱い人だ。

「俺には爺さんが決めた許嫁が居た、という話は覚えてますよね」

「……居た? 今過去形にしたかい?」

 しましたとも。

「まあ口約束ですが約束ですし、爺さんも意識が無いしで、向こう側もどうするか決めあぐねていたんですよ」

「また過去形にしたね!? いや待ちたまえ長塚後輩!?」

 流れを察した先輩がめちゃくちゃ狼狽している。

 待ちません。

「約束をした張本人もいなくなりましたし、今まで放置していた問題に決着がついたわけです」

「……決着がついたのか」

「つきました」

「それはどっちかと、尋ねる権利があると思うのだがどうだろう」

 それはもちろんですとも。

「元より口約束だったわけですし、無かったことになりました」

 つまり、

「これで俺が懸念していた事柄は消えたわけです」

「……いや、君が今まで理由をつけてヘタれていただけだろう!? 何をもったいぶっているんだい!?」

 何かが限界に達したのか先輩が吠えた。

 顔が真っ赤なのだが大丈夫かこの人。大丈夫じゃないんだなこの人。

「身も蓋もない……」

「どうして君が開き直るんだい、長塚後輩」

「いやだってこの後の流れを察して気恥ずかしくなって混ぜっ返してるだけじゃないですか先輩」

「君はもう少し空気や雰囲気というものを大事にした方がいいぞ!? そうでないと私も愛想を尽かすからな!?」

「いやアンタ告白する前に受け入れる前提で話をしないでくださいよ」

 この人暴走しすぎでは?

「……いや、もう、なんというか……なんで私はこんなやつを……」

「お互い様だと思うんですけどね」

 まあ色々な意味で釣り合っていないとは思う。主に自分側の方が軽すぎる。

 取り敢えずコホンと咳払いを一つ。

「一度しか言いませんから、ちゃんと聞いてくださいよ」

「ちょっと待ってくれ!」

 慌てて席を立ったかと思ったら、入り口のドアに鍵を掛けた。

「これで邪魔は入らない。入らないぞ!」

 すげー嬉しそうだが大丈夫かこの人。

 多分テンションの置き場所が分からなくなっているんだろうな。面倒だなこの人。

「……やめようかなぁ」

「君! 君な! 本当にそういうところだぞ!」

 そういうとこが好きなくせにこの先輩は何を言っているのやら。

「好きです。付き合ってはくれませんか?」

 完全なる不意打ち。綺麗に決まった。

 いや、いいのかこれで。まあいいや。

 真っ赤だった顔が更に赤くなって、ちょっと目が潤んで、満面の笑顔になって、

「私も好きだよ、長塚後輩。これからもよろしく頼む」

 今更感はあるのだが、まあこういうケジメは必要だろう。

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