サクリファイスバトル(後編)
伏せられていたのは、守りのカードではなかった。
レベル3。『暴君ヴォーロス』。
攻撃4、防御2。
「残りライフは私が2、君が3。君の場には、レベル2の銀狼がいる。そして、私の場のモンスターをすべて生贄にした」
デュラムが従卒をトラッシュへ置いた。
「3つとも、揃った」
場に何もいない時には呼べない。相手がレベル2を出していなければ使えない。優勢な時にも、使えない。
厳しい条件を満たして出てきた暴君が、アルジェンタを見下ろす。
召喚は、俺のアクションが終わった境目に済んでいる。
デュラムは次の番の山札を1枚を引いた。
伏せカードを開くことに、アクションの消費はない。
だから、今の彼には、攻撃する権利が残っている。
「ヴォーロスで、アルジェンタを攻撃」
攻撃4。こちらの防御は2。
勝ったと思ったのだろう。デュラムの視線が、銀狼のカードそのものへ落ちた。
「その前に」
俺は伏せカードに指を添えた。
「魔法カード、『双極の戦装』を発動」
裏返したカードから、白い光が走る。
「発動したこの番は、攻撃と防御の合計を、すべて防御に回す。アルジェンタは攻撃0、防御5」
銀色の毛並みが、重なる光に覆われた。
「防御5だと……?」
デュラムの指が止まる。
だが、確定した攻撃は、もう戻せない。
暴君の爪が、銀狼の前で弾かれた。
攻撃4は、防御5に届かない。
防御を下回った攻撃。その代償を払うのは、攻撃した側だ。
ヴォーロスの巨体に亀裂が走り、赤黒い光が内側から噴き出した。
崩れ落ちる暴君を、アルジェンタは一歩も退かずに見送った。
「……戦闘によってヴォーロスが倒されました。カードの取得者は、ジン様です」
執事が告げ、暴君のカードを俺の側へ移した。
向こうの場には、もう何もいない。
残るライフは2枚。
俺の番が来た。
戦装の光が鎧を離れ、銀狼の牙へ集まる。
「次の自分の番は、すべてを攻撃に。攻撃5、防御0」
山札を1枚引いて、迷わず指を伸ばした。
「アルジェンタ、直接攻撃」
2枚あったライフカードから1枚が手札へ移り、残りが1枚になる。
デュラムは受け取ったカードを、他の手札へ重ねた。
俺はゆっくりと息を吐いた。
あと一度、攻撃を通せばいい。
アルジェンタの防御は、今だけ0。相手は伏せ札も使い切っている。
次の番でモンスターを出されても、それが彼の一アクションになる。召喚したその番には、攻撃まではできない。
その後は、俺の番だ。
その開始時に戦装の効果が終わり、アルジェンタは攻撃3、防御2へ戻る。小型なら倒せる。新しい足場から上位を出される前に、押し切れる。
相手の場、伏せカード、残るライフ。
もう一度、順に確認した。
勝てる。
アルジェンタを、連れて帰れる。
卓の向こうで、デュラムが山札を1枚引いた。
その指先から、虹色の光がこぼれた。
「惜しかったね、ジン君」
ライフから手に入れた札を、彼は卓の中央へ置いた。
「私が召喚したら、その番は終わる。そう考えたのだろう?」
カードの縁で、色が幾重にも重なっていた。
ファンタジーレア。
俺は、知らない札の文字を追った。
『時流の加速』。
「私のライフは1。君は3。私の場にレベル1のモンスターはいない。使用条件は満たしている」
デュラムの指が、効果の一文を叩いた。
「この魔法を使った後、私は続けて2回、アクションを行える」
その言葉が、すぐには頭に入らなかった。
召喚。
その後に、もう一回。
「待っ……」
「1回目。『短剣の小鬼』を召喚」
小さな刃を持つ、レベル1のモンスターが現れた。
攻撃1、防御1。
普段なら、アルジェンタに傷一つつけられない札だった。
「2回目。アルジェンタを攻撃」
山札を引く間さえ、なかった。
次の俺の番は、まだ来ていない。
戦装の効果は終わらず、防御は0のまま。
戻れ。さっきまでの防御力へ。たった2でいい。
指先が、先ほどの魔法のカードの上で止まった。
自分で選んで使ったカードだ。好きな時には解除できない。
小鬼の刃が、銀色アルジェンタの胸を貫いた。
幻影が崩れる。
床板を鳴らす重さも、頬へ触れた鼻先も、目の前の光の中にはなかった。
「これで、銀狼は私のものだ」
デュラムが手を伸ばした。
俺はカードを押さえた。
「……少し、待ってください」
勝てば、守れると思っていた。
勝つことと、守ることは、別だった。
俺は、その条件に署名していた。
指を、カードから離した。
アルジェンタが、卓の向こうへ渡る。
外れた『双極の戦装』だけが、俺のトラッシュに残った。
「ジン様」
アリアの声が聞こえた。
顔を上げると、彼女は俺の手を見ていた。まだ、自分のカードを持っている手を。
「……まだ、終わっていません」
そうだ。
俺のライフは、三枚残っている。
クイックタイムの効果は、使用者だけで終わらない。続く相手の番も、2回のアクションを得る。
俺の番。
手札には、二枚目の赤ホーンラビットがあった。
「1回目。場にいる赤ホーンラビットで小鬼を攻撃」
攻撃2、防御0。
攻撃2が、防御1を越える。
小鬼のカードが、俺の側へ渡された。
それを受け取っても、奪われた大切な1枚は戻ってこなかった。
「2回目。赤ホーンラビットで直接攻撃」
赤い角が、相手の最後のライフを穿つ。
「勝者、ジン様」
執事の声が、妙にはっきり聞こえた。
勝った。
俺の場にはラビットが1体。手元には、騎士と重装歩兵、小鬼、それから暴君のカードがある。
だが、そのどこにも、銀狼はいなかった。
デュラムは営業の承認書に署名し、俺へ渡した。
「君の勝ちだ。約束は守る。店も大会も、好きに続けるといい」
彼のもう一方の手が、アルジェンタをカードケースへ収める。
俺はその手元を見ていた。
「もう一度、勝負してもらえますか」
「私が欲しいものがあれば考えよう。君にはまだ何かあるのか?」
答えられなかった。
ヴォーロスを戻すと言っても、彼が応じるとは限らない。銀狼を欲しがって持ちかけた勝負で、彼はすでに目的を果たしている。
欲しいと思わせるものが、必要だった。
帰りの馬車で、アリアが帳簿の余白を開いた。
「探しましょう。あの貴族が、もう一度、勝負をしたくなるカードを!」
俺は受け取ったヴォーロスを見下ろした。
戦えるカードは、残っている。
これを使って、ギルドの依頼をこなす。ダンジョンにも潜る。店に流れてくるのを待つだけでは出会えない札を、自分で取りに行く。
余白に、『アルジェンタ』の名を書いた。
その下に、『時流の加速』。
モンスターを倒すだけでは、あの魔法は奪えない。
なら、次は勝負の条件から変える。
与えたダメージの差。その枚数だけ、相手の20枚から選ぶ。モンスターも、装備も、魔法も。
そんな契約を受けさせるためには、こちらも相応のものを並べなければならない。
馬車が店の前に止まった。
俺はいつもの癖で、隣の足元を空けた。
そこには、誰もいなかった。
「……迎えに行くぞ、アルジェンタ」
カードケースを閉じ、ギルドへ向かって歩きだした。




