外れドロップの意味
目を覚ますと、俺は見知らぬ天井を見上げていた。
さっきまで見ていた店舗のコンクリート壁とは違う木目の天井だった。
俺の名は天道 壬。全世界で100万人以上がプレイしている異世界型カードゲーム「ウィザーズ」の日本代表として、その界隈では「カードマスター」と呼ばれるほど名のしれたプレイヤーだった。
しかし、玩具店を経営していた親が倒れ、急きょ経営を引き継ぐことになり、プレイヤーとして引退した。
俺は、自身の経験を生かし、玩具店をトレーディングカードゲーム専門店に変え、昨今のトレカブームの影響もあり、経営が軌道に乗り始めた頃だった。
そんなある日、「このカードたちの本当の価値の分かる奴が、もっといればなぁ」とぼやきながら、売れ残った在庫の段ボールを2階の倉庫に運んでいる途中、階段から転げ落ちたのが最後の記憶だった。
(……ここはどこだ?)
起き上がろうとすると、背中が痛い。
「ジン、またベッドから落っこちたのか!相変わらず寝相が悪いな。」
部屋の入り口には、粗末な麻の服を着た髭面の男が立っていた。
(誰だ、このおっさんは?)
すると、この身体の記憶――否、この異世界の常識が、急速に俺の脳内に流れ込んでくる。
(そうか、俺の…いや、この身体の父親だ。)
(店の階段から落ちた時、おそらく打ち所が悪くて、そのまま死んでしまったのだろう…アニメで見ていた、いわゆる「異世界転生」というやつだろうな。)
今の状況を見て、自分のことなのに、なぜか冷静に分析している自分を不思議に思いながらも、横に落ちていた綺麗なカードを手に取り、この身体の父親との会話を続けた。
「あはは、このカードを眺めていたら、見る角度で光り方が違うなぁと思って、身体ごと横を向いたら、転げ落ちたよ。」
「またカードを眺めているのか。本当にそのカードが気に入っているんだな。」
俺が持っていたカードは、前世で扱っていた紙質のトレーディングカードとは明らかに異なっていた。
プラスチックように硬く、折れ曲がることはないが、妙に手触りが良い。今まで触ったことのない質感だ。
それに、カードの表面には、深みのある光沢があり、見る角度によって虹色のラインが走り抜ける。まるで出現確率が低いレアカードのような、美しいホログラム加工が施してある。
「……『双月の銀狼・アルジェンタ』。じいちゃんが討伐した証だろ。」
この身体の記憶がそう答えた。
「ああ。お前の祖父――ガルドブレイクは、この町じゃ知らぬ者のいない凄腕の剣士だった。若い頃、村を襲った銀狼の群れの頭目をたった一人で討ち取ってな。その時の討伐証明が、そのカードだ」
父親は感慨深そうにつぶやき、暖炉の脇の椅子に腰掛けた。
「だが、どんなに強いモンスターのカードでも、結局はおもちゃだ。武具やポーションのように直接売って金にすることもできなきゃ、食料にもならん。じいさんも『この紙切れには何か秘密があるはずだ』って死ぬまで手放さなかったが……ハハッ、結局ただの飾りさ。」
この世界では、ダンジョンやフィールドでモンスターを倒すと、必ずそのモンスターのカードが出現する。
武具やポーションといった実用的なアイテムは、ドロップ頻度が低いので、アイテムとしての価値は高く、売って換金にできる。
倒すたびに出てくるカードは、誰が何を討伐したかを示す「証明書」にはなるが、その「証明書」は、冒険者ギルドの討伐証明ぐらいしか利用価値がない。
利用価値があるとすれば、カードに描かれたモンスターは、カードに魔力を流すことで呼び出すことができること。
それだけ聞くと、モンスターを呼び出せるから、利用価値は十分にありそうだが、呼び出したモンスターは、小猫ほどのミニチュアサイズでしか出現しない。
そんなモンスターは大人たちには価値がなく、子どもの遊び相手にしか使われていない。
この世界のカードは、「子どものおもちゃ」「討伐証明以外には何の役にも立たないゴミ」「武具や薬草の方がよっぽどマシ」という認識だった。
父親との会話の後、家の外がどうなっているのか気になった俺は、先ほどのカードをポケットにしまい、村の様子を見に行った。
村の中心の広場では、子供たちがカードを使ったモンスター遊びしていた。
「ホーンラビット、攻撃だ!」
「スライム、出てこい!」
使っている村の周辺に現れるモンスター、ウサギ型の『ホーンラビット』やゲームで定番の『スライム』などのカードだ。
子どもが遊んでいるカードを何気なく見ていると、前世で無数のトレーディングカードを査定してきた感覚から、そのカードに対して何か違和感を覚えた。
「そのカードを見せてくれ!」
ジンの大きな声に村の子ども達は一瞬驚いたが、すぐにカードを見せてくれた。
(やはり、村の子供たちがごっこ遊びで使っている『ホーンラビット』や『スライム』のカードと、俺の持っている『双月の銀狼・アルジェンタ』とでは、カードの加工が根本から異なっている。)
子供たちのカードは表面がざらついており、光を当てても鈍く反射するだけで、光沢など無く、虹色に光ることはない。いわゆるノーマルカードだ。
だが、このアルジェンタのカードは違う。
背景には深みのある藍色の箔押しが施され、銀狼の毛並みの一本一本にまで緻密なエンボス加工(浮き彫り)が施されている。
さらに光の角度を変えると、カード全体に二つの月を描くような虹色のホログラムが浮かび上がるのだ。
(これは……個体差や刷りムラなんかじゃない。前世のトレーディングカードでいう『レアリティ』の違いだ!)
その後、村の子供たちと話していると、面白い話が聞けた。
レアリティの低いノーマルカードの中には、同じモンスターのカードなのに、ごく稀に「異なるデザイン」の美しいカードが出現することがあるらしい。
そのカードは、モンスターの背景全面に美しいイラストが描かれているらしく、おそらくトレーディングカードでいう『ノーマルレア』と呼ばれる特殊加工のカードのことだろう。
(この世界は、トレーディングカードのデザインやレアリティの違いには、何か意味があるのだろう…しかし、この世界の人達は『ちょっと絵が綺麗な当たり券』程度にしか思っていないみたいだが…)
強いモンスターほど精緻な加工が施され、特殊な個体ほど特別なデザイン加工がなされている。
そんな単純な法則にすら、この世界の誰も気づいていない。カードの違いに価値があるという知識や考えがないからだ。
(誰も価値に気づいていない。これだけのカード市場が誰にも耕されずに、手つかずのまま放置されている……!こんな夢のような世界が目の前に広がっているんだ!)
胸の奥で、元カードショップの経営者としての熱い何かがたぎり始めていた。
「なぜ価値がないのか」ではなく「本当に価値がないのか」を、自分の目と手で確かめたい。
それから俺は、祖父の形見である『双月の銀狼・アルジェンタ』を肌身離さず持ち歩くようになった。
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