第1話 死
「も、申し訳ございません……」
この馬鹿は、首を絞められているわけではない。
だが、ヒマラヤの山頂に放り出されたかのように顔を青白くし、酸素を求めて這いつくばっている。
私は冷酷にも言い放つ。
「陛下にはお前の腸を裂いて見せつけてやろう。裏切りの末路としては結構じゃないか。死後だが、陛下に謁見できるのだからな」
私の放った『真空』の術式が、世界の理を書き換えていく。
◇◇
(死とは、かくも美しい……)
そう思ったのは、現代日本での母の遺体の前でのことだ。
私は、生まれながらにして支配者であった。
父親は世界の覇権を握る財閥の長であり、母親は日本の誇る自動車メーカーの会長の娘だ。
そんな両親の元に産まれた私に待っていた人生は、地獄そのものだった。
学ぶべき内容、行くべき学校、卒業後の進路。
私の人生におけるレールは全て両親が設定し、逸脱する事は許されない。
私の部屋には監視カメラの他、音声も常時録音されており、自由など何も無い。
何故なら、それが私の義務であり、偉大なる我が家の世界における理だからだ。
全くもってくだらない。
その程度の事で私を監視しているつもりなのか。
または親からは逃げられぬという暗黙の威圧なのか。
我が両親ながら、支配者にしてはどうにも幼稚なお遊びだとも感じていた。
また、授業の他に家庭教師を雇われていた。
もちろん学校の続きなどでは無い。
支配者として学ぶべき知識を学ばされていた。
帝王学、組織経営学、労働経済論。
その他およそ小学生で学ぶべきではないことを必修とされていた。
今思えば、中学生になる頃には立派な帝王としての立場になっていたのだろう。
その頃には既に私は辟易していた。
両親の敷いたレールの退屈さに怒りを通り越して呆れの感情さえ抱いていた。
私をこの程度しかできない無能だと思っているのか?
容易いレールのみで私の能力を制限しているのか?
まさか、子供に追い抜かれるのが怖いのか?
支配者が、下の者に恐怖を感じるなど、支配者ではない。
ただの支配という概念の奴隷である。
私は誰に何と言われようとも、支配者だ。
言われた通りの容易い道を歩くだけの無能ではない。
高校生になる頃には、既に財閥は私の物になっていた。
父の財閥は派閥問題があり、父の反対勢力に一歩踏み込んだのだ。
容易い事だ。
父の反対勢力である人間を動かし、思考誘導させただけ。
私は一歩たりとも動いていないし、彼らは父を反故にしたつもりすら無かっただろう。
ある種の洗脳である。
父親の会社は派閥問題に苦悩し、そのまま負けが込んだのだろう。その責任の矛先は、父となる。
「私の会社が……私の財閥が……」
父は愚かなまでに絶望していた。
自分の手足だと思っていた人間の手によって信用を失ったからだ。
派閥のゴタゴタにより財閥の信用は失墜。
そして、落とされた信頼を回復させるのは次期当主である私だ。
特大のマッチポンプ。
急激な株式の価値の低下により、父の会社は経済的損失を何十、何百億という数字でもって代償を払うことになるだろう。
だが、それがなんだというんだ。
私ならばその信用を再び勝ち取れるだろう。
その自信がある。
私は父のような無能ではない。
派閥問題など、私にとってはなんの痛手でも無い。
使えるものは全て使い、財閥を裏で操っていた勢力は全て私の手により壊滅させられた。
少々手間取ったが、難しい事ではなかった。
今や父親は私に遜り、母親は私の顔色を伺う日々。
この程度の代物、実に退屈である。
「満たされん」
あぁ、満たされない。
この程度では、喉の乾きを潤す事もできやしない。
私に言わせれば、両親は無能だ。財閥の血がそのまま父親に流れ、企業グループを言われるがままに受け取っているだけの乞食である。
母親はもっと酷く醜悪だ。
奴は会長の娘であるというステータス以外、何も持ち合わせてなどいなかった。
この愚か者の知能指数を測れば分かるだろう。あの自動車メーカーはお前には勿体ない会社だ。
────私が引き取ってやろう。
二十歳になった私に待ち受けているのは、この日本の支配者としての椅子だ。
父親の財閥グループも、母親の自動車メーカーも全てが私の手のひらの上。
私の道を決めようと浮かれていたあの親としての顔など見る影もない。
今はただ、私の顔色を怯えながら伺い、跪くのみ。
醜くも浅ましい、権力に隷属された豚である。
親とは間違えるものである。
親だからといって、完璧に子育てをできるものではないし、思い通りになる訳でもない。
親とは完全なる存在ではない。
だからこうして、私の足元で這い蹲る事しかできなくなるのだ。
この日本という国は、私にとっては狭過ぎたのだ。
「飽きた」
それは世界の殆どを両手に収めた瞬間に訪れた、異常なほどの乾き。
数百億という金が動こうが、国の元首が這いつくばっていようが、私を満たす事は叶わなかった。
同じ事が続いたんだ。
乾ききった脳が、これ以上の退屈に耐えかねて、内側から悲鳴をあげている。
満たされなくて、狂ってしまいそうだ。
私は支配者である。
この地球は、私にとっては狭過ぎたのだ。
私には未知がいる。
未知を欲している。
未知こそが、私を正常に戻してくれる。
そんな私には、唯一気になる事があった。
『死』である。
死とは何か。
死ぬとはどういう事なのか。
まるで未知、まるで無味。
だが、気になる。
こればかりは何をどう学んでも、何処まで金を積んでも分からない事だった。
そんな中、事件は起きた。
母親の自死である。
私はそれに気づいた時、感心したのだ。
(自死を選ぶ勇気があったのか……)
最早、私を産んだ実績以外に価値のない女だとばかり思っていたのだが、自ら望んで死を招くその姿は美しかった。
私の未知へ誘う、これ以上無い魅惑の支配。
私は更に『死』にのめり込んだ。
マルティン・ハイデガーというドイツの哲学者は主著『存在と時間』にてこう語っている。
『死は追い越し不可能な可能性である。』
私の母親は可能性だった。
私のように誰かを手足のように扱う事はできるが、代わりに死を体験させる事はできない。
母親は、代わりのきかない自分自身を『死』に置くことで、期せずして私を追い越したのだ。
ハイデガーに言わせれば、今の私は限界であろう。
私は絶望しているのだ。
延々と続く同じ日々が。
皮肉にも無能な両親の敷いた支配者としての後継者というレールに、早い段階で乗ってしまっている現状を。
私は、両親の用意した道を粉砕しているつもりだった。
しかし、支配者としては順調に過ぎる日々を過ごしている。これは、未だ両親の敷いた道の上を歩いているだけなのだろうか。
死は限界であるか?
否、私には希望である。
金も名誉も権力も女も、今の私を動かすには足り得ない物だ。
私は支配者になりたくてなった訳ではない。
最初から支配者として生まれてきたのだ。
ならば支配者として振る舞うのは当然であり、義務だ。
そんな私に、唯一手を差し伸べているのが『死』という概念だ。
私は近く、死ぬであろう。
それは自ら死ぬ事を選んだ愚か者の末路である。
ハイデガーに言わせれば……これはもういいか。
つまりだ。
私は飽き飽きしていた。
だから、死んでみたのだ。
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