僕はあかり先輩の妹になった
あゆみちゃんの話は、こうだった。
春休みに入ってから、あゆみちゃんは薬局の手伝いをずっと続けていた。それは、あかり先輩との最後の三日間を一緒に過ごすためだったのに――。 明日、代わりに働いてくれるはずだったパートさんのお子さんが急に熱を出してしまい、働けなくなってしまった。
結果、明日はあゆみちゃんがどうしても薬局に立たなければならなくなったのだと、彼女は涙声で語った。僕も以前、薬局で少し働いたことがあるから、最低二人は必要だってことはよく知っていた。あゆみちゃんもそれをちゃんと理解しているはずなのに、それでも可哀想で胸が痛くなった。
でもあゆみちゃんは、涙をぐっと振り払って僕に微笑んだ。
「明日、私は行けないけど……ゆうな君は私の分も、ちゃんと楽しんできてね」
その言葉に、僕は何と言っていいかわからなかった。ただ、「……うん、行ってくるね」 と、ぎこちなく答えることしかできなかった。
あかり先輩は優しくあゆみちゃんの肩を抱き「もうこれで会えなくなるわけじゃないんだから、また今度三人で行こうね」と、穏やかな声で言った。
ベンチから立ち上がり、僕たちは歩き始めた。あかり先輩はあゆみちゃんと手を繋ぎ、僕は少し後ろを歩いた。二人の会話は聞こえなかったけど、楽しそうに笑い合っているのはわかった。薬局の自動ドアの前で、先輩はあゆみちゃんをぎゅっと抱きしめた。耳元で何かを囁くと、あゆみちゃんは元気よく手を振って、ドアの向こう側の人になった。
ガラス越しに、お母さんと話している姿が見えた。お母さんは僕たちに気づくと深々とお辞儀をしてくれた。僕らも頭を下げて返した。それから、僕とあかり先輩は二人きりで歩き始めた。先輩は僕にそっと言った。「明日は、あゆみちゃんの分も楽しもうね」
家に帰ってベッドに横になり、明日どうしようかとぼんやり考えていたら、スマホが震えた。あかり先輩からLINEが届いていた。
【今から電話しても良いですか?】 電話なんて珍しいなと思いながら、【大丈夫です】と返信すると、すぐに着信が入った。
「もしもし……」 久しぶりに電話で聞くあかり先輩の声は、電話越しでも優しくて、なんだか胸が温かくなった。でも、先輩はすぐに予想外のことを切り出した。
「明日なんだけどね……ちょっとお願いがあるんだよね」 僕の心臓がドキッと鳴った。「何ですか?」 先輩は少し照れくさそうに、でもはっきりと言った。
「明日、一日だけでいいから……あかねちゃんとして、私の妹になってくれない?」 ――あかねちゃん。 久しぶりに聞いたその名前。夏休み頃から「ゆうな君」が普通になっていたのに、あかり先輩の口から再び出てきた瞬間、驚きと嬉しさが同時に溢れた。
僕は迷わず答えた。
「明日、僕はあかり先輩の妹になります」
電話の向こうで、先輩の声が弾んだ。「本当? 私、嬉しいよ!」 その嬉しそうな声が、胸に響いた。
「それなら明日、楽しめそうなコーディネートを用意するからね」電話を切ったあと、僕は天井を見つめながら笑いが止まらなくなった。明日、僕はあかり先輩の妹になれる――それだけで、胸がいっぱいだった。
ワクワクしながら眠りにつき、気づいたら朝だった。まだ暗い時間に、僕はあかり先輩の豪邸へ向かった。インターフォンを鳴らすと、満面の笑顔の先輩が出てきてくれた。
「今日はよろしくね、あかねちゃん」 僕も自然と笑顔になって
「よろしくお願いします、あかり先輩」 すると先輩は少し頰を赤らめて、
「今日だけは『あかり先輩』じゃなくて、『あかり姉ちゃん』か『姉さん』って呼んで欲しいの」 と言った。
僕は驚いたけど恥ずかしさを押し殺して、小さく呼んでみた。
「……あかり姉ちゃん」 その瞬間、先輩は物凄く嬉しそうな笑顔になって、僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
部屋に案内され、用意されていた服を見せてもらった。予想外にパンツルックだった。それも、あかり先輩とほとんどペアルックに近いデザイン。「遊園地で歩き回るし、ジェットコースターに乗るときはパンツルックのほうが便利だよ」と、先輩が解説してくれた。
ちょっとパンツルックは心配だったけど、ワイドパンツ風だったので、僕も安心して着替える事が出来たよ。上は持参したパッド入りのキャミソールを着て、コーディネートされていた服を着て着替え終わった。
鏡を見ると、少しだけ胸があるみたいで、なんだか自分でも「いいな」と思った。着替え終わって先輩の前に立つと、先輩は目を輝かせた。「狙い通り! 可愛い!」続いて久しぶりのメイク。
優しい手つきで丁寧に仕上げてくれる感触に、僕はすっかり安心して身を任せた。最初はメイクは嫌だったのに、今ではメイクが好きになっている自分に、ちょっと不思議な気持ちになった。髪もセットしてもらい、妹のあかねが完成した。
鏡の前には、ショートヘアの活発そうな女の子が立っていた。
「あ……あかり姉さん、完璧です」 先輩も満足そうに笑って、一緒に自撮りをした。
玄関を出ると、冷たい風が吹いてきた。僕が「寒い!」と言うと、先輩はすぐに温かい上着を着せてくれて、お揃いのニット帽まで被せてくれた。完璧な姉妹になって、僕たちは駅へ向かった。
駅に着いたら、都心方向とは真逆の下り方面のホームへ。
今日は、あかり先輩と二人だけの遊園地。
胸が弾むような、特別な一日が始まろうとしていた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます
久しぶりにあかねとして女装していあかり先輩と遊園地に出掛けるゆうな君でした




