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第十九話 「それぞれの思惑の厄介な共演(上)」



「ふ~ん。サイモンの言ったとおり、あの二人、イイカンジかもね」


 肩より少し長い鮮やかな赤髪の女性と、華やかな金髪の巻き毛を腰近くまで伸ばした男性が、並んで魔術研究所に向かうのを、物陰に隠れて見守る美少年が二人。黒橡色の短髪のランスロットと、赤味がかった巻き毛の金髪を後ろで結んだキースである。


「……それはどうかな? お互い好意は持っているみたいだし、魔術師同士で研究の話とか出来てお互いから学べる利のある関係だろうけれど」

「恋愛対象として見ていないって言うの? でも、デリング王子は間違いなく超『きらきら』でしょ? リヴァーちゃん的には恋愛対象じゃないの?」

 確かに、二日前に美貌のデリング王子を初めて見た時、リヴァーは王子を「きらきら」と称讃して見つめていた。それは、恋する乙女の表情と取れなくも無い。


「ああ、あれは、違うよ。あれは、あの海上で受けた例の歓迎の魔法のことを指しての言葉で、『あのきらきらの魔法を使ったのはこの人だ。きらきらの魔法、教えて欲しいな』という意味の『きらきら』だよ」

 キースの言葉に、ランスロットは驚いて目を瞬かせた。「きらきら」というたった四文字から、そんなに多くの意味を読み取ることが出来るのは、キースがリヴァーと近い血を持つからだろうか? それにしても、捻くれた解釈のような気がする。

「それ、考え過ぎでしょ? 単純に美人なデリング王子が『きらきら』だって意味じゃないの?」 

「……確かに、エクリセア出身者は美しいモノやヒカリモノに弱いけれどね」

 そう言って笑うキースに、ランスロットは呆れた顔をする。

「ヒカリモノに弱いって……そんな言い方、カラスみたいじゃないか」

「うん。僕も常日頃から、そう思ってるよ」

 キースは可笑しそうに笑って答える。


「……自分もエクリセアの血が半分入っているって事、忘れてない? しかも王家の」

「ランスロット。王家などとは冗談でも言っちゃ駄目だよ。君の為にも僕の為にも」

「……わかったよ」

 真面目な顔で眉を寄せる親友に、ランスロットはちょっとむくれながらも頷いた。

 キースは、前を歩いているケルトレア王国一の魔力の持ち主であるリヴァーの従兄弟で、彼の母はエクリッセ伯爵家の娘である。

 400年以上前に滅びた国であるエクリセアの領土は、今はケルトレア王国エクリッセ伯爵領土になっていて、ケルトレア建国の際の契約によりエクリセア王国の国王がそのまま領主になった為に、今でも国の中に国があるような感覚である。



「僕も、例外無くヒカリモノ好きだよ。宝石とか魔石とか金細工とか、一日中でもぼーっと眺めていられるよ? 宝石屋や魔石屋や骨董屋にはあまり近づかないように自粛しているし」

「……そ、そうなんだ。じゃあ、あのデリング王子なんか、もう超ヒカリモノだから、リヴァーちゃんの好みど真ん中でしょ? ちょっとキアヌ様とも似てるし!」 

 『ケルトレア一の美人』と言われていたキースの父の名を出すランスロットに、キースは肩を竦めた。


 「聖五騎士」であったキースの父キアヌとデリング王子は、共に中性的な美貌と高潔で正義感に溢れた性格を持ち、確かに雰囲気が似ている。

 そのキアヌはエクリセアの人々に絶大な人気があり、エクリセアの主神である美の女神ブリューナの夫で女神の溢れる愛の対象である光の神ルーグの化身と言われる程の崇拝のされようなのだ。ちなみに、世界に愛と美をもたらす女神ブリューナに愛されたルーグは、どの神々よりも美しいと讃えられている。

 エクリセア家の娘であるキースの母は、キアヌに幼い頃から夢中で今でも尋常でない程の熱愛っぷりが有名である。



「……うーん。『きらきら』って、外見だけじゃないんだよね。それに、人はモノじゃないからね。物なら一方的にずっと眺めているだけで満足だけど、人間関係って一方的なものじゃないから。琴線に触れることが出来るか出来ないかっていう問題もあるし、刷り込みとかもかなり影響あるし……」

「良くわかんないけど、外見も綺麗な上に中身も良かったら最高でしょ? ……キーラみたいに!」

 そう言って、ランスロットは彼の想い人である、キースの姉キーラの顔を思い浮かべて、うっとりと頬を緩めた。

 その顔を見て、キースは困ったように笑う。

「姉上のどこに惚れているのか、ちゃんとわかったら、理解出来るんじゃないかな」

「何それ!? 馬鹿にしてるの!? じゃあ、キースはアリス様のどこに惚れているって言うのさ!?」

 ランスロットは頬を染めて怒りながら、そう言った。

 彼の兄の婚約者であり、物心付いた時から片思いしていたルクサルド侯爵家の末姫の名前に、キースは小さな溜息を吐いた。


「こればっかりは、誰にも言えないよ」

「なんで!?」

 眉を寄せて非難の声を上げるランスロットに、キースは肩を竦めた。 

「どうしようもなく自分が惨めになるから」

 眉を下げて、キースは困ったように笑いながら言う。

「まぁ、でも、もう良いんだ。……じゃあ、僕はシャナン様とダグ王子の様子を見てくるね。一応、サイモン兄さんの指示に従わなきゃ。結果はともかく、ね」

「……じゃあ、僕はこのままリヴァーちゃん達の様子を見とくよ」 

 気まずそうに申し訳なさそうに小さな声で俯きがちに言うランスロットに、キースはにっこり笑ってみせた。

「うん。じゃあ、後でね」




 一人になったランスロットは、自分とキースに指示を与えた時の宰相の言葉を思い出す。

 二人を呼び出した宰相サイモンは、ダグ第一王子と結婚すればアズルガートに嫁がなければならないシャナン王女が、ケルトレアに残りたいが為にデリング第二王子かヴィーダル第三王子を誘惑してケルトレアに連れ帰るつもりなのだろう、という予測を話した。

 しかし、アズルガート側は、ダグ以外とシャナンの婚姻を望んではいない。

 他の二人の王子のどちらかをケルトレアに貰うという提案は、はっきりと断られているのだ。従って、諍いを避けるためにも、ダグとシャナンが無事に結婚してアズルガートに嫁ぎ、ダグに王位を継いでもらわなければならない。

 二人に課せられた任務は、シャナンの行動に注意し彼女が他の王子と関係を持つのを阻止する事、ダグの持つ第一王位継承権を狙う勢力を潰す事。

 更におまけの任務まである事を聞いた時は、驚き呆れた。



「美貌の第二王子はエクリセアで魔具の研究をご希望されているそうだが、ご要望を兄王子に却下されているそうだ。だから、リヴァーをアズルガートへ送り込む」

 執務室に呼び出されて言われた宰相の言葉に、二人の美少年は目を瞬かせた。 

「……は? ……まさか、サイモン……」

 眉を寄せたランスロットに、サイモンの眼鏡の奥の緑の瞳が笑った。

「義弟に出来たらおいしいな、と」

「どこまで黒いんだよ、腹の中! っていうか、サイモンが個人的に美貌の王子を欲しいんじゃないの!?」

 ランスロットの暴言に、キースが眉をひそめた。

「ランスロット、失礼だよ。……サイモン兄さん、リヴァー姉さんをデリング第二王子の妃になさるおつもりですか?」

「ああ。『傾国の美姫』だろう? リヴァーもさぞや気に入るだろう」

 にやりと笑う従兄弟に、キースは珍しくサイモンの意見に反対するように眉を寄せた。

「……それは、どうでしょうか?」


「第二王子は優秀な魔術師だからね。リヴァーを気に入らないわけがない」

 キースの反応をやや訝しげに見つつ、サイモンは自信ありげに言う。

 リヴァーの人間離れした魔力と才能と膨大な魔法の知識には、魔術師ならば誰もが惹かれるだろう。

 女性として惹かれなくとも、魔術師として惹かれて手に入れたいと思うかもしれない。逆に、強過ぎるリヴァーの力を恐れて、妻には望まない可能性も十分あるが。大きな手駒である妹の価値を考え、宰相はにやりと笑った。


「リヴァーちゃんを手放すなんて、ケルトレアにとってあってはならない大損害だ。それは向こうだって同じ事でしょ? 優秀な魔術師の第二王子をケルトレアにくれるとは思わないけど?」

 ランスロットが怪訝そうに言うと、サイモンは頷いた。

「ああ。だが、第一王女と第二王子の交換だからな。こちらはシャナン様を差し上げて、あちらからはデリング王子をいただく。対等だろう? 二人とも次期王位継承者ではない王の子なのだから」

「……サイモンが言うと、尤もそうに聞こえるから不思議だね」

 嫌そうな顔のランスロットと少し困った顔で思考中のキースをサイモンは眺めた。

「それは良かった。兎に角、これが私の理想だよ。シャナン様と第一王子、リヴァーと第二王子、この二組が無事にくっつくように動いてくれ」





「うふふ。子猫ちゃん、何をしているの?」


 突然、そう後ろから声を掛けられて、ランスロットは飛び退いて剣を構えた。

 ぼうっと回想していたとはいえ、気配を察知出来なかった事に嫌な汗が背中を伝った。

「……どこから出てきたんだよ」

 不機嫌そうに歪められた綺麗な顔を眺めて、青味のかかった黒髪の美女は楽しそうに青い目を細めて微笑んだ。肩には彼女が「鳥使い」なのだと主張する尾の長い大きな黒い鳥が留まっている。


「赤金色の子猫ちゃんと一緒にいる時から、ずっと見ていたのよ?」

 黒い服に身を包んだ彼女が優しく微笑みながら言った台詞に、ランスロットは思いっきり頭を殴られたような衝撃を受けた。

 気配を読めなかった自分が信じられない。

 例え相手がアズルガート王家専用の「鳥使い」と呼ばれる護衛兼隠密であろうとも、悔しくて堪らなかった。


「……あなたは確かフリムさんとか言ったよね? デリング王子の護衛の」

「護衛じゃないわ。鳥使いよ。ランスロット君」

 フリムは優しく微笑みながらそう言って、ランスロットの隣に並び、リヴァーとデリングを見守る。 

「お姉さん、イイ女だよね。僕、結構好みかも」

 ランスロットはフリムの腕をつーっと撫でながら、13歳には到底見えない不健全で妖艶な微笑を向けた。

「あら、嬉しいわ。でも、私、既婚者なの。ランスロット君の命が危ないから悪戯しちゃ駄目よ」

 笑顔を崩さないフリムの反応に、ランスロットは舌打ちする。 

「既婚者か。勿体無いな」

 ランスロットがそっと手を離すと、フリムは微笑みながら一歩下がり、ランスロットはゴクリと喉を鳴らした。 

 彼女には一寸の隙も無く、変わらずに優しく微笑んでいるのに、そこにあるのは凍るような殺気。

 普段ランスロットは実力を隠す為に左手で剣を握らないようにしているが、ケルトレアを出てからは、何が起きるか分からないので、いつでも左手で剣を使えるように右側に剣を装備していた。「鳥使い」がどのような術を使うのであれ、利き手ならば勝算はあると思った。


「うふふ。それで、可愛い子猫ちゃん達はコソコソと何をしていたのかしら?」

「……リヴァーちゃんの護衛だよ」

 隙を見せずに睨みながらも、ランスロットは口元に微笑を作ってみせた。

「うふふ。我が君に危害を加える様子があったら、可愛くても殺しちゃうわ」

 フリムは相変わらず優しげな微笑を向けながら、その顔に似合わない台詞を言った後、あっさりと殺気を消した。ランスロットはほっと胸をなでおろす。


「……本当にイイ女だね。フリムさんを手に入れた夫君が羨ましいよ」

「あらあら、嬉しいわ。ありがとう。良い夫で私こそ幸せなのよ。うふふ」

 さらりと惚気るフリムに、ランスロットは頬を膨らませた。

「いいなぁ。僕も早くキーラと結婚して、キーラを僕のものにしたいなぁ。キーラ冷たいんだもん。キーラに会いたいよう!」

 会いたい会いたい、と繰り返すランスロットの頭をフリムは優しく撫でた。

「片思いなの?」

「……うん」 

 少し頬を染めたランスロットに、フリムは微笑む。

「まぁ、こんなに可愛いのに」


「でしょう!? 僕、絶対可愛いのに、キーラってば全然相手にしてくれないんだよ、フリムさん! こんなに一途にキーラのことを愛しているのに!! 生まれて13年以上も、ずーっと毎日キーラのことを考えているのに!!」 

 必死なランスロットに、「自分で自分のことを可愛いとか言ってる」とか「生まれて直ぐに恋するはずないから」というツッコミはせずに、フリムは真面目に答えた。

「照れているんじゃないかしら? ランスロット君があんまり可愛いから緊張しているとか」

「違うんだよ。この間だってね……」  


 いつの間にかフリムの恋愛相談室。

 年下の鳥使いの面倒を見て育ったフリムは聞き上手で、我侭で唯我独尊なランスロットの扱いも上手かった。

 リヴァーとデリングが魔術研究所にいる間、ランスロットは延々とフリムに恋のお悩みを相談し続け、別れる頃には二人はすっかり仲良しになってしまった。

 次の日から、ランスロットはフリムを溺愛する夫ガルムに殺意を向けられる事になる。     

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