第5話 目覚めた小さなぬいぐるみ騎士 ノエル
ノエルの服を作る。
そう決めてから、私は裁縫を始めた。
受験勉強の合間に、少しずつ時間を作って進めていく。
でも――。
私にとって裁縫は、思っていた以上に難しかった。
それはもはや、受験勉強とは別の戦いだった。
沙羅「痛って……」
ある日、私は針で指を刺してしまった。
それでも、私は針を置かなかった。
沙羅「ノエルのためです」
そう言って、また続きを始める。
糸が絡まって、何度やってもほどけない。
沙羅「ああ……もう」
思わずため息が出る。
さらに別の日。
今度は玉止めがうまくできず、せっかく通した糸が全部抜けてしまった。
沙羅「もう嫌です……」
その日は辞めた
何度も失敗する。
何度も何度も諦めそうになる。
でも――。
ノエルの可愛らしい姿を想像すると、もう一度やろうと思えた。
沙羅「頑張ります」
私は再び針を手に取った。
そして別の日。
布を切った時だった。
沙羅「あ……」
切った布を見て、私は固まる。
沙羅「小さい……」
サイズを間違えていた。
やっぱり簡単ではない。
あまりにも上手くいかなくて、沙羅は美鈴のところへ相談に行った。
美鈴「それなら、ミシンを使ってみる?」
美鈴は優しく言った。
美鈴「ここは、こうやるの」
ミシンの使い方を教えてくれた。
そして、少しだけ手伝ってくれた。
それからも、何度も何度も失敗した。
それでも――。
全部、ノエルのためだった。
そして……。
15歳の1月。
深夜。
沙羅「……できた」
ついに完成した。
手作りの服。
私はそれを抱きしめる。
沙羅「できたよ、ノエル」
その瞬間、安心したのか――。
私はそのまま眠りに落ちていた。
しばらくして、美鈴が部屋に入ってくる。
机の上に置かれた服を見る。
美鈴「フフッ」
美鈴は微笑むと、眠っている私にそっと毛布をかけてくれた。
そして、静かに部屋を出ていった。
夢の中。
私は草原にいた。
大きな木の下で、私は眠っていた。
そこへ誰かが歩いてくる。
ノエル「やっと喋れるね」
その声を聞いて、私は目を開けた。
沙羅「……ノエル?」
そこにいたのは、いつも一緒だった木製の熊のぬいぐるみのノエルだった。
ノエル「この服ありがとう」
ノエルは嬉しそうに笑う。
ノエル「かっこいい。騎士みたい」
沙羅「三銃士のダルタニアンをイメージしました」
私が答えると、ノエルは嬉しそうに頷いた。
ノエル「流石、沙羅。センスいいね。ありがとう」
ノエルは言う。
ノエル「これ、ずっとやりたかったんだ」
ノエル「沙羅、大好き……」
その言葉と同時に、ノエルは私の腕に飛びついてきた。
朝。
私は目を覚ました。
……でも。
いつもと何かが違う。
ノエル「おはよう」
声が聞こえた。
沙羅「……え?」
私の腕には、ノエルが抱きついていた。
沙羅「いや……」
頭が追いつかない。
沙羅「ノエルはぬいぐるみです。話すはずありません」
沙羅「きっと夢です」
沙羅「うん、きっとそうです」
自分に言い聞かせる。
すると―― ノエルが
ノエル「いや、起きてるよ」
ノエルが立ち上がった。
小さな木製の足が机に触れる足音がした
沙羅「……」
沙羅「ギャー!」
私は飛び起き、ノエルから離れた。
ノエルは頬を膨らませる。
ノエル「ちょっと沙羅。驚きすぎだよ」
ノエル「僕のこと嫌い?」
ノエル「嫌いではありません!」
慌てて答える。
その時だった。
時雨「おい、どうした。朝からうるさいぞ」
時雨が沙羅の部屋に入ってきた。
私は反射的にノエルを隠す。
沙羅「何でもありません。元気が有り余っているだけです」
時雨は沙羅を見る。
時雨「……なんか隠してるな」
沙羅「隠してません」
少し間が空く。
でも、時雨さんは深く聞かなかった。
時雨「そうか。朝飯できている。早く来い」
そう言って部屋を出ていった。
沙羅「ふう……」
私は安心して息を吐く。
沙羅「それより……」
私はノエルを見る。
沙羅「何で、しゃべれるようになったのですか?」
ノエルは言った
ノエル「僕にも分からない」
ノエル「でも……」
ノエルは笑う。
ノエル「沙羅の思いが、僕に伝わったんだと思う」
沙羅「そんなこと…… ありえません」
ノエル「でも、実際に僕はしゃべれている」
ノエル「特異みたいなものじゃないかな」
ノエルは続ける。
ノエル「僕、ずっと思ってたんだ」
ノエル「沙羅とおしゃべりしたいって」
ノエル「だから……嬉しいんだ」
沙羅「ノエル……」
私も同じだった。
ずっと、この子と話してみたいと思っていた。
沙羅「私も……嬉しいです」
でも、一つだけ決めた。
沙羅「このことは、2人だけの約束にしましょう」
ノエルは少し不満そうな顔をする。
ノエル「何で? 僕も一緒にご飯食べたいよ!」
沙羅「騒ぎになって、離れ離れになるのは嫌でしょう?」
ノエル「それは……嫌」
沙羅「なら、人前ではしゃべらないでください」
ノエル「分かったよ」
ノエルは不満そうだった。
でも、その顔はどこか嬉しそうだった。
その日の午後。
沙羅は勉強のために図書館へ向かった。
もちろん、ノエルも一緒だ。
机に向かい、推理試験の対策本を開く。
沙羅「さあ、頑張りますよ」
ノエルはそんな沙羅を見ていた。
そして思う。
(頑張るなあ……)
沙羅が本を探していると、ノエルが小さな声で言った。
ノエル「頑張れ、沙羅」
その声を聞いて、沙羅は少し笑った。
その日の夜。
私は夢を見た。
怖い夢だった。
幼い頃の記憶。
3歳の時に起きた、切り裂きジャック事件。
沙羅「ママ……」
沙羅「行かないでよ……」
夢の中で、私は泣いていた。
その時。
ノエルがそばにいた。
ノエル「沙羅」
ノエル「怖くないよ」
ノエル「僕がいる」
そして、優しく言った。
ノエル「僕が守るよ」
ノエル「お姉ちゃん」
その言葉に、私は少しだけ安心した。
入試の日は、もう近づいていた。
でも――。
今の私には、隣で支えてくれる存在がいる。
だから、きっと大丈夫だと思えた。




