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4再び眠るVer

こちらがもう一つの展開Versionです。

2つの展開をどうぞ合わせてご覧ください。

 重い扉を開けるように、ゆっくりと瞼が押し開けられました。ミムラ――? そう呼ぶ声が聴こえてきます。


「ママ……」


少女――ミムラは咽がからからで、掠れた声でなんとかその言葉を発しました。目の前になつかしいような家族の顔が並んでいて、ミムラを見下ろしています。ママはやさしい顔で、でも泣いています。パパはほっとしたように、でもさみしそうな顔で。


「わたし……」


 そこはあの迷宮のような森の中ではありませんでした。ミムラが住んでいる家でもありません。


「ここは病院よ」


「ママ、わたし!」


 はっとしてミムラは叫びました。


「シタラが川にいて、おいでって言ってたの。でもわたし、行けなくて……」


 何も言わずに抱き締められ


「ママ?」


 困惑するミムラに、ママは告げました。


「そんな、そんな、シタラが……!」


 それはあまりにも残酷な事実でした。




 ミムラには二つ年下のシタラという弟がいました。学校から帰ってきたミムラは、その弟を連れていつも遊び場にしている森へ行きました。そこで集まった友達といっしょにかくれんぼをしていた時のことです。いつもすぐに見付かってしまうシタラは、今日こそはと意気込んだのか、木に登って行きました。


「そんな高い所まで行ったら危ないよ」


「落ちたら大変だよ」


  周りに隠れていた友達は、それを見て心配していました。そして次の瞬間、その心配が現実となってしまったのです。


 シタラはまだ幼くて短い手足を懸命に伸ばし、枝から枝に移ろうとしました。ところが足が届かずバランスを崩して、木の上から転落してしまったのです。


 勢いよく川面に叩きつけられたシタラは、そのまま流されて行きました。その音に気付いた姉のミムラが駆け付けると、シタラが川で溺れて必死でもがいていました。


「シタラ!?」


 ミムラは無我夢中で川に飛び込みましたが、水の勢いに負けて自分もどんどん流されて行ってしまいます。見ていた他のこどもたちが、慌てて大人に助けを呼びに行き、幸いにも二人は下流のほうで発見されて引き上げられました。しかし二人とも意識不明になってしまいました。そしてその翌朝、シタラは息を引き取り、その数時間後、姉のミムラが目を覚ましたのでした。






「わたし、もう一度あの森へ行ってシタラを連れ戻してくる」


 今眠りの中から戻って来たばかりのミムラは、記憶が鮮明でした。今ならまたあの森に行けると思ったのです。


「何を言ってるの、ミムラ。あの子は……シタラはもう、帰ってこないのよ!?」


 ママが言うのもきかず、ミムラは毛布を頭からかぶって瞼を閉じました。なんとかして眠りに着こうとします。


 シタラ、シタラ、今からおねえちゃんが助けに行くからね。




「シタラ!?」


 瞼を開けた時、ミムラはあの世界にはいませんでした。何度も何度も同じことを繰り返しましたが、シタラがいたあの世界にはもう行けなくなってしまったのです。


「もうシタラには会えないの?」


 おねえちゃん、おねえちゃんて、あんなにわたしのことを呼んでいたのに。きっとさみしがってるのに。シタラ……」




 どうしたらいいの?




 ミムラは眠りの中で見てきたことを、パパやママに全部話しました。パパやママなら、何かわかるかもしれないと思ったのです。パパやママは、不思議そうにミムラの話を聞いていました。クラインなんて子供のミムラが知っているわけがありません。レテの川だって、想像だけで言っているとは思えませんでした。もしかしたらミムラは本当に死んだ弟に会ってきたのでしょうか。


「だからまた、わたしがあの川に行ってシタラを連れ戻してくればいいの。そしたらきっと、シタラも目を覚まして助かるわ!」


「ミムラ」


 低く鋭い声でパパがそれを制しました。強いまなざしがミムラを見据えて


「その川に近付いてはいけないよ」と国を振りました。


「でも……」


 反論しようとするミムラを諭すように、パパは語りかけました。


「その川はきっと、死んだ人が行く国につながっている川だ」


「死んだ人が行く国?」


 そう、と頷いてからパパは言いました。


「天国だ」


「天国?」


「ミムラはその川を渡らなかったから助かったんだ。そこに行けなくなったのも、命が助かったからだろう」


「そんな……」


 ミムラは罪の意識にさいなまれました。それならなおさら、わたしはシタラを連れ戻さなければならなかった。なぜ自分だけ助かってしまったのかと。


「わたしがあの時、シタラを連れ戻していれば……」


 公開しても後悔しきれません。


「そんなこと言わないで。あなたが助かってくれて、ママたちがどんなにうれしかったと思う? どれだけあなたが助かることを願っていたと思うの」


「ママ……」




 だから、“その川は渡ってはいけないよ”




「あ!?」


 ふと記憶がよみがえり、ミムラははっとしました。あの森で聴こえてきたあの不思議な歌声は、パパやママの声だったのかもしれないと。思い出して、思い出して、というのは“パパやママのことを”。そして死後の国につながっている川を渡ろうとしたミムラに“帰ってきなさい”と呼んでいる声だったのかもしれないと。ミムラは堪えられなくなって泣きだしまし。




 夜の帳が降りる頃、ミムラは一人で病室にいました。ママはミムラが眠っている間ずっと付きっきりだったので、疲れがたまっていました。


「明日の朝、迎えに来るから」と言い残して、パパと一緒に家に変えたのです。


 やがて濃くなっていた闇は、天井も壁も覆い隠してしまいました。目を閉じても変わらないくらい、暗い暗い色で。




「おねえちゃん……おねえちゃん」




「シタラ」


 記憶がよみがえり、ミムラは閉じていた瞼を開けました。ベッドから起き上がると、真っ暗な虚空を見つめて耳を澄まします。まだシタラがあの川で呼んでいる気がしたのです。




  暗い暗いクラインのトンネル


  前から入っても前から出る


  後ろから入っても後ろから出る


  延々と暗い暗い


  え~んえ~んとクライクライ


  クラインのトンネル


  クラインのトンネル




 不思議なあの唄も聴こえてくるようでした。


 シタラはまだ、あの動かないボートの上で待っているかもしれない。


 ミムラはそっと窓のほうに顔を向けました。そこから覗く夜空には、月も星の姿もなく、それはぽっかり空いた空洞のようでした。




  足りないものを


  思い出して


  思い出して……




 その闇から視線を外すと、ミムラはベッドに入り、顎の下まで毛布をかけました。そして




「今から迎えにいくからね」




 と言って瞼を閉じました。



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