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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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17/40

第17話「事故のあとで」

汐留の高層ビル群の一角を占める、巨大なテレビ局の内部。

厳重なセキュリティゲートを抜け、エレベーターで上層階へ向かうと、そこは日常から完全に切り離された閉鎖空間だった。

生放送が進行する大型スタジオの周辺は、異常なほどの熱気に包まれている。

天井を這う無数のスポットライトが強い熱と光を放ち、何台ものテレビカメラが秒単位の進行を追う。

インカムをつけたスタッフたちが声を殺して走り回り、機材の動く音が絶え間なく響いている。

緊張と興奮が入り混じるその空気は、巨大なプロジェクトを何としても成功させようとする意思に満ちていた。

副調整室の重厚な防音扉が開き、張り詰めた喧騒が廊下へと漏れ出した。

鷹城梓は耳に当てていたインカムを外し、怪訝な顔で背後を振り返った。

高級な仕立てのスーツを着こなす彼女の顔には、微かな苛立ちが浮かんでいる。

分刻みのスケジュールをこなす総合演出家にとって、予期せぬ訪問者は、進行表にない余計な乱れだった。

だがその鋭い視線が、相馬の背後に立つ男を捉えた瞬間、彼女の動きが完全に止まった。

鷹城の表情から、それまで張り付いていたプロフェッショナルな温度が抜け落ちる。

彼女の目は、亡霊でも見るかのように黒瀬透の姿を凝視していた。


「……黒瀬君。どうしてここにいるの」

鷹城の声は努めて冷静さを保とうとしていた。

だがその響きには、微かな動揺が確かに混じっていた。

相馬は黒瀬の前に立ち塞がるように一歩踏み出し、警察手帳を無言で提示する。

「警視庁の相馬だ。品川の爆発事件に関連して、少し話を聞きたい」

鷹城は周囲を忙しく行き交うスタッフたちの目を気にし、小さく息を吐いた。

「今は本番中よ。手短にお願いできるかしら」

彼女は二人を促し、人気のない薄暗い機材通路へと歩き出した。

無数の黒いケーブルが血管のように這う床を、相馬と黒瀬は無言のまま進む。

通路の隅で立ち止まると、鷹城は腕を組んで二人を真っ直ぐに見据えた。


「品川の事件なら、さっきニュースで見たわ。でもそれが私に関係があるの」

相馬は彼女の目を射抜き、感情を一切交えずに事実だけを提示する。

「犯人は、五年前の謎解きイベントの関係者を順に盤面へ引きずり出している」

その言葉を聞いた瞬間、鷹城の組まれた腕にわずかに力が入った。

相馬はその微かな身体的反応を、絶対に見逃さなかった。

「当時の導線変更について、確認したい点がいくつもある」

相馬の追及に対し、鷹城は手慣れた様子でゆっくりと首を横に振る。

「あれは不注意による不幸な事故よ。当時の警察の捜査も終わっているはずだわ」


鷹城のその滑らかで淀みない言葉が、黒瀬の鼓膜をひどく冷たく叩いた。

黒瀬の深く閉ざされた記憶は、瞬時に五年前のあの夜へと強制的に引き戻される。

秋の冷たい夜風と、何万人もの参加者が発する異様なほどの熱気。

巨大なスクリーンがまばゆい光を放ち、街全体が謎解きのための広大な舞台装置となっていた。

黒瀬は本部テントのモニター群の前に座り、自らの作った盤面を静かに支配していた。

複数台のカメラが捉える参加者たちの動きは、彼が事前に設計したシミュレーションの通りに推移している。

参加者たちの思考を的確に先読みし、美しい論理の迷路へと彼らを導き続ける。

それは彼にとって、ある種の全能感に満ちた完璧な遊戯のはずだった。

モニターの光の中で、黒瀬は無数の参加者が正しく自分の用意した論理の道を歩いているのを確認していた。

だが、イベントが終盤に差し掛かった頃、卓上のトランシーバーから不自然な報告が入った。

現場の設営スタッフが、突然ルートの一部変更を告げてきたのだ。


『安全上の理由により、一部の導線を西側へ迂回させます』

その無機質な音声を聞いた瞬間、黒瀬の脳裏に明確な違和感が鋭く走った。

彼が精緻に設計した完璧な論理の構造に、本来あるべきではない不要なノイズが混じったからだ。

西側のエリアは、黒瀬が設計した本来の導線から完全に外れていた。

公式の問題構造から見れば、そこへ参加者を流す理由は一つもない。動線として完全に破綻している。

ただ、その先で何が行われているのかまでは、この時の黒瀬には見えていなかった。

さらに黒瀬は、モニターに映る現場の映像の中に不自然な印を見た。

本来あるべきではない壁の隅に、あの幾何学模様が残されていたのだ。

正規の順路を示すために使われるべき印が、明らかに別の方向を指し示している。

それが何を意味するのか、黒瀬にはまだ断定できなかった。

だが、自分の作った問題の中に、自分以外の誰かの別の意図が紛れ込んでいることだけは分かった。


黒瀬はヘッドホンを外し、テントを出て自らの目で現場の確認へ向かおうとした。

だが、テントのフラップを捲り上げたとき、すれ違った現場の設営スタッフたちの顔には、妙な焦燥感が浮かんでいた。

彼らは何かを必死に隠すように、足早に重い機材や案内板を運んでいく。

額には不自然な汗が光り、お互いに交わす言葉はひどく短く、周囲を警戒するように低かった。

現場の空気に、明確な不自然さがどす黒く漂っていたのだ。

何かを急いで片づけようとしている、乾いた焦りの匂い。

だがイベントの表舞台はすでに、最高潮の盛り上がりを見せていた。

特設ステージからは大音量の音楽が鳴り響き、参加者たちの歓声が秋の夜空に吸い込まれていく。

まばゆいレーザー光線が夜空を切り裂き、誰もが成功を疑わない熱狂的な空気が、場を完全に支配している。

プロジェクトに関わるすべての人間が、このイベントを何事もなく終わらせるという一つの巨大な目標に向かって動いていた。

その光と音の巨大な波の前に、テントを出ようとした黒瀬の足は、いつの間にか止まっていた。

彼は冷たい風に吹かれながら、喉の奥につかえた違和感をただ重く飲み込んだ。

その先へ足を出せないまま、黒瀬はテントの内側へ戻った。


その数時間後、一人の参加者が、戻らなかった。

イベントは華々しく成功裏に終わり、深夜の撤収作業が進む中で、事故は翌日の朝刊にほんの数行で小さく報じられただけだった。

警察の事務的な捜査が入り、事態は驚くほど速やかに、そして綺麗に処理されていった。

発表された説明では、参加者の死は立入禁止区域への不注意な侵入とされた。

黒瀬は、現場の安全確認を怠ったスタッフの一人として、形式上の書類に名前を連ねることになった。

彼は一切の反論をすることなく、謎解きの華やかな表舞台から姿を消した。

世間は彼を、運の悪かった責任者の一人として同情的に扱った。

だが、彼が沈黙の奥に何を閉じ込めたのかは、彼自身にしか分からない。

彼の中には、あの夜に見た不自然な導線変更と、現場の異様な焦り、そして本来あるべきではない印の記憶だけが残っていた。


現在。

薄暗い機材通路で、黒瀬は冷たいコンクリートの壁にもたれかかっていた。

頭上では空調設備が低く唸り続けているが、彼の耳には五年前のあの歓声がまだ響いていた。

鷹城は相馬に向かって、当時の説明と同じ形の言葉を滑らかに繰り返している。

「私たちは最善を尽くしたわ。ルート変更も、現場の安全を第一に考えた上での判断よ」

鷹城の声は丁寧で、整っていた。

だからこそ、その言葉は黒瀬の耳にひどく冷たく響いた。

「今それを確認しても、亡くなった方は戻らない。過去は変えられないわ」

相馬は鷹城の淀みない弁明を冷ややかに聞き流し、彼女に一歩だけ近づいた。

相馬の瞳には、五年前から続く大人の都合に対する静かな怒りが宿っている。

「犯人は、その判断をもう一度、現場に引きずり出そうとしている」

相馬の声は低く、機材の唸る音に負けないほどの鋭い重さを持っていた。

「そして出題者が選んだ次の盤面は、あなたが今いるこのテレビ局だ」

鷹城の表情から、今度こそ完全に大人の余裕が消え去った。

彼女の目がわずかに見開き、綺麗に紅を引いた唇が微かに震える。

「……ここに、爆弾が仕掛けられているというの」

「放送終了まで時間がない。いますぐ避難の準備をしろ」

相馬の硬質な命令に、鷹城は言葉を失ってその場に立ち尽くした。


黒瀬は薄暗い機材通路の奥で、黒いコートのポケットに両手を突っ込んだまま、静かに拳を握りしめていた。

五年前の沈黙。

途中で目を逸らした違和感。

あの夜、奥へ押し込めた違和感が、今度は血なまぐさい現実の爆弾となって彼の足元に戻ってきている。

相馬は周囲の複雑な配線や機材を見渡し、隠された罠の不気味な気配を探り始める。

人と機材が密集するテレビ局という密室で、見えない出題者との、命懸けの読み合いが始まろうとしていた。

黒瀬の凍りついた瞳の奥で、停止していた理性の歯車が微かに軋みを上げて回り始める。

目の前に決定的な問いの形が突きつけられた以上、彼の中の沈黙はもはやそのままではいられなかった。

彼は無言のまま、ただ眼前に広がる暗い盤面を冷徹に見据えていた。

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