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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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第16話「問題を作る側」

相馬環の運転する覆面パトカーは、深夜の首都高速を汐留へと向かって疾走していた。

冷たい風が車体を揺らし、冬の深まりを告げている。

オレンジ色の街灯が等間隔で車内を照らし、沈黙する二人の顔に濃い影を落としていく。

助手席に座る黒瀬透は、黒いコートの襟に顔をうずめるようにして窓の外を見つめている。

彼が虚ろな瞳で見ているのは、流れる現在の景色ではなく、五年前の記憶の断片だった。


当時、彼は都市の広大な商業区画を丸ごと借り切り、一つの巨大な舞台装置へと変えた。

街のモニュメントに隠された暗号が連鎖し、一つの巨大な答えに収束していく。

参加者の心理を完全に先読みし、適切なタイミングで驚きを提供する設計。

論理のピースがカチリと音を立ててはまる瞬間の、圧倒的な美しさ。

黒瀬が構築した精緻な論理の迷路は、見事に群衆を正しい方向へと導いていた。

それは巨大な盤面の上で無数の駒を動かすような、ある種の全能感に満ちた遊戯だった。


しかしその美しい論理の世界は、あの夜、どこかで歪んだ。

正しいはずの順路に、黒瀬の知らない別の意図が混ざっていた。

黒瀬はその不自然な印に気づきながらも、問いを追う重さから目を逸らしてしまった。

自分が五年前に見過ごしたまま、奥へ押し込めていた問いが、五年の時を経て、品川での惨劇という圧倒的な暴力として戻ってきた。


粉々に砕け散ったガラスの破片と、血を流して倒れ込む警官たちの生々しい姿。

地下へ注意を引きつけて足元を狙うその手口には、黒瀬がよく知る思考の癖があった。

解答者の先入観や組織の機動力を逆手に取り、意図した場所へ確実に誘導するパズルの基本構造。

参加者の視線を誘導し、思考の盲点を突く。エンターテインメントであれば、それは「驚き」と「歓喜」を生む。だが、同じ構造に冷酷な悪意を込めれば、それは逃げ場のない死の「罠」となる。

人を動かすという点において、両者は恐ろしいほどに酷似していた。

安全だと信じ込まされた場所で爆発が起きた瞬間、警察という巨大な組織は完全に翻弄された。


人を楽しませる設計と、人を追い詰める罠。その二つが、まったく無関係だとはもう思えなかった。

自分がかつて誇りに思っていた技術の輪郭が、現実のテロリズムの中に見えてしまう。

その構造が自分の知っているものに近いほど、黒瀬の胸の奥には言葉にしがたい嫌悪が沈んでいった。

黒瀬のポケットの中で、固く握られた拳がその事実の重さに耐えるように微かに震えていた。

彼からは普段の不遜な態度は完全に消え失せ、絶対零度の精神が内側から軋みを上げている。

彼は今、自分とよく似た思考の形に、逃げ場なく向き合わされていた。

その近さだけが、言葉にできない重さとなって胸の奥に沈んでいく。


「現場の被害状況は抑えられているが、パニックは確実に広がっている」

相馬はハンドルを握りながら、硬質な声で告げた。

「犯人は、あなたの知っている型で人を動かしている。現実に血が流れているんだ」

相馬は前を向いたまま言った。

「黙って見ていられる段階は、もう過ぎた」

彼女は黒瀬を厳しく責め立てるわけではない。

ただ、空理空論の世界に逃げ込みがちな彼を、この血なまぐさい現実に繋ぎ止めようとしていた。

連続爆弾魔の仕掛ける精緻な採点を止めるには、黒瀬の頭脳を現場へ繋ぎ止める必要があった。

黒瀬は相馬の言葉に反論することなく、微かに顎を引いた。


やがて前方の視界に、汐留の高層ビル群が暗闇の中に冷たい光を放ってそびえ立つのが見えた。

その中の一際巨大な建物が、次の標的である鷹城梓が現在いるテレビ局の社屋である。

相馬は無言のままハンドルを切り、巨大な建物の地下駐車場へと車を滑り込ませた。

タイヤが冷たいコンクリートを擦る音が、無機質な空間に重く響く。排気ガスの匂いが微かに漂ってくる。

車を降りた二人の前に、重厚なコンクリートと鉄扉で囲まれた広大な空間が広がっていた。

テレビ局の地下に降り立った瞬間から、そこは日常から完全に切り離された非日常の空間だった。

分厚い壁に守られた社屋は、外部のサイレンの音すら届かない完全なシェルターとして機能している。


相馬はトランクを開け、必要な機材と予備の弾倉を手早く確認した。

「所轄と機動隊はすでに外周の封鎖に入っている。爆発物処理班も間もなく到着する手はずだ」

相馬の報告に、黒瀬は冷たい空気を吸い込みながら周囲を見渡した。

汐留のテレビ局は、複数のスタジオや調整室が複雑に入り組む巨大な要塞のような構造だ。

無数の配線が壁を這い、高電圧の機材がうなりを上げ、秒単位のスケジュールで人間が動いている。

外部との連絡が制限された生放送のスタジオは、一度パニックが起きれば大惨事になりかねない。

もし出題者がこの迷路のような局内のどこかに爆発物を仕掛け、逃げ道を塞いでいたとしたら。

パニックに陥った群衆は、正しい出口を見失ったまま、狭い通路へ押し流されることになる。


「鷹城梓は、この上だ。五年前の処理の中心にいた人間だ」

相馬は腰のホルスターの位置を静かに確かめ、鋭い視線を頭上のコンクリートへ向けた。

出題者が次の盤面として選ぶには、十分すぎる条件が揃っていた。

「放送中の大型特番は止められない。パニックを起こさずに、裏から入って鷹城に接触する」


相馬が力強い足取りで歩き出すと、黒瀬もまた彼女の足跡をなぞるようにして重い歩みを進め始めた。

巨大なテレビ局の内部は、静まり返った地下とは対照的に目まぐるしい熱気に包まれている。

台本を片手に走り回るスタッフや、重い機材を運ぶ裏方たちが、迷路のような廊下をせわしなく行き交う。

黒瀬はその狂騒の只中を歩きながら、五年前の巨大なイベントの裏側を幻視していた。

あの夜も同じように、熱気と進行表が、現場の違和感を押し流していた。

人を楽しませるという大義名分の下で、違和感が後回しにされていく感覚。

その空気は、今目の前で稼働している巨大なテレビ局のシステムと、どこか似ていた。


エレベーターを乗り継ぎ、彼らは目的の大型生放送が行われているスタジオの階へ到着した。

分厚い防音扉の向こう側からは、番組の進行を告げるくぐもった歓声や明るい音楽が漏れ聞こえてくる。

遠くで拍手の音が湧き、すぐに分厚い壁に吸い込まれて消えた。

扉を開けて裏通路に入ると、そこはさらに張り詰めた緊張感に満ちていた。

黒いケーブルが床を這い、インカムをつけたスタッフたちが声を殺して走り回っている。

スタジオから漏れ出す強烈な照明の光が、裏通路の薄暗さをより一層際立たせていた。

その廊下の片隅にある薄暗い副調整室の前に、腕組みをして複数のモニターを睨みつける一人の女性がいた。

高級な仕立てのスーツに身を包み、鋭い視線で現場を指揮しているのが鷹城梓その人だった。

副調整室のガラス越しに見える巨大なセットと、そこに集まる無数の出演者たち。


鷹城はインカムを耳に当てて冷徹な指示を次々と飛ばし、現場を完全に統率している。

彼女の周囲には、五年前に一人の参加者が命を落としたことなど微塵も感じさせない、揺るぎない日常があった。

誰かの違和感を飲み込んだまま、視聴率という目標に向かって巨大なシステムが回り続けている。

一つのノイズを処理し、何事もなかったかのように進行していく正常な世界。

その圧倒的な正常さが、見落とされたものをさらに遠ざけているように見えた。


相馬は警察手帳を手に持ち、真っ直ぐな足取りで鷹城の背中へと静かに近づいていった。

黒瀬は少し離れた場所に立ち止まり、感情の抜け落ちた冷ややかな瞳でかつての上司を見つめる。

次の問いは、確かにこの場所へ向けられていた。

黒瀬の視線は、鷹城の背中から動かなかった。

かつて自分の問題を世に出した人間が、いまも何事もなかったように現場を回している。

その事実だけが、彼の足をその場に縫い止めていた。

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