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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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第1話「脅しの爆発」

サイレンの音が都内の喧騒を切り裂き、焦げた匂いが冷たい風に乗って鼻腔を突いた。

刑事の相馬環そうまたまきは規制線の黄色いテープをくぐり、煙がくすぶる雑居ビルの前に立った。

すでに消防隊による初期の消火活動は終わっており、周囲には白煙が立ち込めている。

野次馬たちが遠巻きにスマートフォンを向ける中、相馬は鋭い視線で現場を見つめた。

相馬はゆっくりとしゃがみ込み、まだ熱を持つ黒く焦げた床の破片にそっと触れた。

爆発の中心地は一階のエントランスだが、建物を崩壊させるほどの威力はなかった。

爆風の広がり方を細かく観察しても、意図的に威力を抑えていることは明白だった。

これは人の命を奪うための無慈悲な爆発ではなく、何かを見せつけるための犯行だろう。

ふと、相馬の心にいつかどこかでこれと似た空気を吸ったことがあるという、奇妙な既視感がよぎった。


鑑識の捜査員たちが忙しく動き回る中、相馬は割れたガラスの破片を踏みしめて進む。

黒く焼け焦げた壁面とひしゃげた鉄骨が、爆発の瞬間がいかに暴力的だったかを物語る。

しかし不思議なことに爆発の起点付近には人がおらず、奇跡的に死者は出ていなかった。

相馬は懐中電灯の光を頼りにしながら、爆発の起点となったゴミ箱の残骸を照らし出す。

爆弾の構造自体は非常に単純なものだったようだが、タイマーの設置には計算があった。

犯人は明らかにこの時間を狙いすまし、意図的にこの寂れた場所で爆発を起こしたのだ。

相馬は、犯人の意図を測ろうとした。

これは爆発というより、警察へ投げられた問いに近い。


現場での初動捜査がようやく一段落した頃、本部からの緊急の連絡を受けた彼女は、事態が予期せぬ方向へ転がり始めたことを悟った。

都内の主要な報道各社と警察の公式宛てに、犯人からの予告文が一斉に届いたというのだ。

相馬は急いで署に戻り、捜査会議室のモニターを見た。

そこには要求を突きつけるただの脅迫ではなく、奇妙な暗号のような言葉が並んでいる。

黒地に白抜きで表示されたテキストは、冷静で精密なパズルのようだった。


『高くて浅い場所にて、影は真昼の光を裏切る』


奇妙な一文が最初に書かれており、最初の火はただの合図に過ぎないという文句がそれに続いて添えられていた。

文字の羅列の向こう側からは、感情を排した冷徹な意志が漂ってくる。

会議室には怒号と焦燥が交錯し、上層部は早急な解読と犯人の身元特定を厳命する。

しかし誰一人として、その予告文が示す真の標的の場所を読み解くことはできない。

その文章は、解かれることを前提に緻密に設計されているようだった。


予告文には特定の具体的な地名や時間は明記されておらず、抽象的な比喩が並べられている。

だがあの文章の底には、解き明かしてみせろという、出題者の静かな確信が透けて見える。

このままでは確実に第二の爆破が起きると相馬は予感していた。

相馬は焦りを覚えながらも、冷静さを保とうと努めた。

彼女の刑事としての最大の強みは、現場で培ってきた執念と、人の挙動の違和感を拾う直感だ。

たとえどれほど難解な暗号であろうとも、人間が作った以上は必ずどこかに綻びがあるはずだ。

相馬は周囲の刑事たちが頭を抱える中、一人静かに予告文が印字されたコピーを手に取った。

現場の状況と文章のニュアンスを照らし合わせながら、彼女は独自の捜査を開始する。


夜が深く更けるにつれて、警察内部の焦りは限界点へと達しようとしていた。

報道機関は一斉にこの犯罪を報じ、世間には不安の波が急速に蔓延していく。

相馬はデスクに山積みになった資料に目を通し、ふと窓の外の眠らない東京の街を見下ろした。

この広大な街のどこかに、犯人は潜んで次の標的を見定めている。

相馬は冷めきったコーヒーをひとくち飲み干し、再び予告文のコピーへ視線を落とす。

全く新しい視点を持たなければ、この問題の意図には辿り着けない。


現場の焦げた匂いがまだ鼻の奥にこびりついており、彼女の神経を刺激し続けている。

相馬は過去に多くの死体を見てきたが、今回の現場のように死者のいない現場は逆に不気味だった。

爆発物の専門家たちが集めたデータによれば、火薬の量は素人でも手に入る程度のものらしい。

しかしそれを起爆させるための回路は精巧であり、犯人は明らかな知識と技術を持っている。

予告文の文字列はただの脅し文句ではなく、そこに使われている単語の選び方には、精緻な計算がうかがえる。

ただの挑発ではなく、理知的な問題として提示しているのだ。


相馬の隣のデスクでは、先輩の刑事が苛立ちを隠せずにいる。

上層部からのプレッシャーは現場の刑事たちを締め付け、会議室の空気は淀んでいた。

誰もが目に見える証拠を求めているが、犯人は物理的な痕跡をほとんど残していない。

頼りになるのはこの予告文だけであり、それが警察の苛立ちをさらに増幅させていた。

相馬はこの文章が単なる出鱈目ではなく明確な法則に基づいていると仮定する。

犯人は無作為に言葉を選んだのではなく、解くための鍵を意図的にこの中に隠しているはずなのだ。

相馬は自分たちだけではこの壁を突破できないかもしれないという事実を突きつけられる。

それでも彼女は諦めることなく、予告文と睨み合い続けた。


時計の針は深夜を回り、署内の喧騒も少しずつ疲労の混じった溜息へと変わっていく。

相馬の網膜には、昼間に見たひしゃげた鉄骨と砕け散ったガラスの破片が焼き付いている。

次の爆破がいつどこで起きるのか予測もつかない状況が続く。

犯人は、この街全体をひとつの問題に変えようとしている。

その企みを止めるためには、警察側もまた想像を超える切り札を見つけ出す必要がある。


「これ、暗号というより……問題文ですね」


突然、会議室の片隅から声が上がった。

情報解析班の若い解析官、篠宮蒼司だ。彼はいくつものウィンドウが開かれた画面を見つめたまま呟いた。

「解かせるための文章です。ただし、正面から読んだ人間ほど間違えるように作られている。……昔、似た構造の問題を作っていた人がいます。黒瀬透という作問者です」

篠宮の言葉に、相馬はハッと顔を上げた。

それは単なる暗号ではなく、読む者の反射そのものを試す文章だったのだ。

どこか、かつてテレビ番組で見た“答えへ誘導する問題文”に似ている気がしていた相馬の直感と、篠宮の分析が完全に噛み合った。

犯人の用意したこの精緻な出題に対抗するには、同じように問題を知り尽くした男の力が必要だ。

相馬は上層部の反対を押し切ってでも、篠宮が指摘したその男に接触して協力を仰がなければならないと決意する。


彼女は会議室を後にし、夜明け前の静まり返った廊下を歩き始めた。

窓の外には白み始めた空が広がっており、新しい一日が幕を開けようとしている。

最初の爆破は単なる始まりに過ぎず、これから本格的な問いが投げかけられることを彼女は知る。

まだ見ぬ犯人の輪郭を思い描きながら、相馬は早朝の街へと向かう。

絶対にこの企みを止めるため。

問題を作る者の思考を知る男――黒瀬透の元へと。

お読みいただきありがとうございます。


本作『探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる』は、

全40話完結済みの現代ミステリー・サスペンスです。


初日は第3話まで公開し、

以降は毎日21時に1話ずつ更新予定です。


刑事・相馬環と、元天才作問者・黒瀬透が、

連続爆破事件の予告文を解きながら、

五年前に処理された一つの事件へ近づいていく物語です。


続きが気になる方は、

ブックマーク・評価で追っていただけると嬉しいです。

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