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 カルボの山頂を後にしたライとリルア。

 無事に中腹へと降りた二人は、三度あった獣の襲撃を退け無事に家へと帰還した。


「ねえ早くー」

「待て待て。お、これか?」


 そんなこんなで一日経ち、もろもろ落ち着きを取り戻した頃。

 リルアはライに上半身の衣類を脱がされ、多少の恥ずかしさを抱きながらベッドの上で背中を向ける。

 一見体の関係を迫られているかのような光景。だが当のライはそんな色欲を微塵も見せず、ただリルアの背中を一点──彼女の背に刻まれた印を見つめながら、無駄に立派な羽を走らせる。


 それは文字のような、或いは何かの図形のような印。

 生まれ持った自然のものではなく入れ墨や刺青のように描かれたであろう、彼女の小麦色の綺麗な肌にとっての異物。

 勇紋(ブレーフ)。神が与えた祝福である“聖印(スティグマ)”とは違い、聖剣を振るう才を持ったヒトのみが持つであろう世界の抑止を担う者の証。それがリルアの背に刻まれていた。

 

「あーやっぱりあるなぁ勇紋(ブレーフ)。俺とは違う形だが間違いない」

「ま、まだぁ?」

「ちょっと待て、メモだけ取るから……よし終わり。服着ていいぞ」


 あっさり終了を告げられ、リルアはちょっとだけ不満に思いながら息を吐く。

 何も意識されていないのがわかる言葉の軽さ。傷跡もあり、大してない女の魅力で勝負する気はないが、それでも少しくらいは何か思ってほしくもあるジレンマはある。


 一端の冒険者といえど、そんな年頃らしいもやもやを抱えながら服を着るリルア。

 そんな乙女心など知るよしもないライは、側の机に紙とペンを置き、一息つくようにお茶を飲む。


「うん、中々よく描けてるじゃあないか。いいね、絵を売って生きてくのも悪くないか?」

「無理でしょ。……んー、こんなのが私の背中にあるの? 複雑ぅ」

「普段は見えない背中で良かったじゃないか。俺は首元だったし、場所はランダムなんだろうな」


 この辺だ、とライはなにもない首元に指を当てながらそう言ってくる。

 

「……ないじゃん」

「消えちまったからな。よく知らんが、役目を果たしたら消えるとかそんな感じなんだろうよ」


 なくなった物に興味はないと、心底どうでもよさそうに話すライ。

 

「さてリルア。勇者に会うという目的を果たし、何故か勇者になっちまったお前だが、次の目的地とかあるのか?」

「目的地? うーん。急ぎの用事は特にないし、とりあえずはあの光が落ちた場所に行ってみようって感じかな」


 リルアは少し悩み、ふと脳裏を過ぎった考えをそのまま声にする。

 山の上で見た紫の光。夥しいほどの魔力を含み、リルアの本能を強く揺らしながら落ちた何か。

 恐らくあれは自分が向き合うべきもの。

 世界の平和などに興味はないが、あれだけは己の手で処理しなければいけないものであると。根拠はないが、それだけは確信してしまっている。

 だから次に向かうはここより北東。具体的な距離は掴めてないが、方角だけは定まっているのだ。


「そか。なら一緒に行こうぜ」

「へっ?」

「いやなに、俺もあれについて気になってるからな。幸いにも何か知ってそうな奴に心当たりがあるし、ちと聖都まで出ようかなって思ってたんだわ」


 あっけらかんと提案された内容に、リルアはぽかんと口を開けてしまう。

 確かにこの人が付いてきてくれるなら心強いことこの上ない。勇者トゥールに会うという目的を果たした今、わざわざ一人で旅をする理由もなくなったのだから。

 それに、あれについての知識をリルアは持ち合わせていない。ただ当てもなく進むより、少しでも知っていることを増やしておきたかったところだ。

 けれど意外ではある。いくら気になるとはいえ、わざわざ外に出てまで確認するほどだとは思わなかったからだ。


「いてくれるならありがたいけど、ここはいいの?」

「ああ? まあ問題ねえよ。そもそも山に籠もってたのは虚ろの溝(ノール)の監視のためってのもあったんだが、越えられちまった以上ここに留まる理由もないんだわ」


 ただ隠居ってだけじゃなかったのとかと、リルアは心の内で意外だと思ってしまう。

 

「へー……って違う、この家の話。荷物とかいっぱいあるけど全部置いてくの?」

「あーそっち? そこは心配ない。出るとき回収するからさ」


 まったく意味の分からない返しに、思わずリルアは首を傾げてしまう。

 回収とはどういうことか。まさかこの家、縮んだりする特殊機能でもあったりするのだろうか。


「んじゃまあ、そうと決まれば今日にでも発つか。ほら、とっとと着替えて準備しろー」


 急かすように二回ほど手を鳴らし、自分も準備だと部屋に戻っていくライ。

 リルアは展開の早さに呆然とするも、とりあえず準備だと我に返ってベッドから降りて準備を始める。


 服を整え、髪を結い、二本の剣を腰に携える。いつも一本だったからか、聖剣が増えたことで随分と重く感じてしまう。

 この家に戻ってきてからライにもらった聖剣の鞘。なんでも勇者時代に作った物らしく、小さく刻まれた見慣れぬ印は当時の仲間と一緒に考えたものらしい。

 

「……ここともお別れか。居心地よかったなぁ」


 全ての準備が終わり、最後にぼんやりと部屋を見渡していく。

 簡素ながらに心地好い部屋。ベッドの寝心地もよかったし、この十日ほどですっかり馴染んでしまった。

 若干の名残惜しさが湧いてくる部屋に、一礼してから部屋を出て、適当に座りながらライを待つ。


「お待たせ。待った?」

「全然。……こういうの、普通は逆じゃない?」


 程なくしてから開く部屋の扉。

 まるでデートの待ち合わせだと、部屋から出てきたライに返事をしながら立ち上がる。

 

「んでどうするの? 回収ってなに?」

「ん、ああ。ちょっと待ってろ?」


 扉を開け、外に出ながら尋ねてみればライは扉を小突くのみ。

 何が始まるのか。そう思っていたリルアだが、次の瞬間目の間の扉が一気に縮み始めるのを見て、思わず目を見開いてしまう。

 

「入り口は扉、なれば扉こそ全て。そういう結界術でな? こうして扉を縮めちまえばそれで持ち運び可能ってわけだ」

「……いやいや。結界ってなんでもありなの?」

「なんでもってわけじゃない。ま、そこは俺の実力だな」


 得意げに話しながら、小さくなった扉を拾って鞄に仕舞うライ。

 簡単に言っているが、多分常識からかけ離れたことやってるんだろうなと。リルアは知識がないながらも何となく察しながら頷いた。

 

「さ、行くぞ。とっとと山降りちまおうか」

「……そんなこと言われても。私は三日彷徨ったんだけど?」

「それは順路を知らないからだろ。ほら、上にあった道と一緒だ」


 洞窟を出て、輝く聖樹を通り抜け、これからの道行きに辟易していたリルア。

 そんな彼女にライはあっけらかんと話しながら、何かを思いついたかのようににやけ始める。

 

「そうだ、どうせなら道案内してもらおうか。次代の勇者様なら朝飯前だろ?」

「えー!?」


 突然の提案に叫ぶリルア。だがライはそれにすら笑みを浮かべるのみ。

 

「無理だよ無理! そんなの絶対迷子になるって!」

「やってみろって。日が沈むまでに降りれたら何か奢ってやるからさ」


 奢ってやると言われた瞬間、リルアの脳裏を過ぎる分厚い肉の塊。

 そういえば梺の村には美味しい店があった。結構高かったあの料理だが、奢ってもらえば無料(ただ)でありつけると気付いてしまった。


「……何してるんすか早く行きますよ! 夕方なんて言わず、おやつまでには下山してやりますよ!」

「お、おう。……現金な奴だなぁ」


 呆れるライを尻目に、拳を天に掲げ、意気揚々と進み出すリルア。

 彼女の心を占めるのはこれから食せるであろう肉への渇望と、ほんのちょっぴりの寂しさだけだった。

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