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ライが放った言葉。それはリルアの心に納得と驚愕、そしてそれ以上の困惑を抱かせた。
確かにどこか予感はあった。ここに至るまで、違和感も既視感も確かに存在した。
巨大な怪物を一刀にて切り伏せ、魔力なしでも私をあしらえる強さ。
結界術を扱えるほど卓越した魔法の腕。
未踏の地であるカルボ山で生き抜ける幅広い知識。
……そして、あの人と同じ黒水晶を思わせる瞳。
それでも。それだけはあり得ないと、何度か否定した。せざるを得なかった。
だってそうだ。どれだけ似通った要素があろうと根本が違う。
かつて世界を救った“魅の勇者”は。
あの日聖都を駆け回り、幼いながらも大剣を振り回し魔物をなぎ払ったあの人は。
──今の私と大差ない少女。男ではなく、女だったはずなのだから。
「……この期に及んで冗談は面白くない。だって勇者様は、あの人は可愛い女の子だった!」
「そうだな。まるで女神が救世のために使わした美貌だとか、血を浴びて尚世紀の美少女だったなんて言われるくらいには人々を魅了し虜にする武勇。それ故人は“魅の勇者”に希望を抱き、小さな体には似合わぬ大層な名で謳ったのだから」
ゆっくりと剣を撫でながら、遠い過去を懐かしむよう話し続けるライ。
リルアには何となくわかってしまう。彼の言葉に嘘などなく、全ては過去を話しているだけだと。
「……じゃあ、なんで女装を? 正体を隠すため?」
「当然それもある。だがそれと同じくらい大きく、……くだらない理由もある」
そこまで言ってから、ライは出会ってから見せたことないほど顔を歪ませる。
どうやらそのもう一つとやらは、ここまで話して尚言うのを渋るほどの理由らしい。
少し考えたがリルアには想像付かず、次の言葉を待つしかなかった。
「聖都襲撃の当日、俺は母と買い物に出向いていてな? その際母が女物の服を俺に着せてきたんだ」
「…………」
「自慢じゃないが当時は今より幼く中性的でな? 似合っていると母や店員に褒められるのが嬉しかった俺は、母と店員の着せ替えショーに笑顔で付き合っていたんだ」
「……ん?」
まるで戻らない過去に浸るように。けれども戻ることはないと諦めるようで。
ライは懐かしむように、けれどどこか悲しそうな声色で話していく。
「着せ替え人形が如き様。女二人のおもちゃだった最中、襲撃は訪れた。耳がイカれ、目が潰れそうになる爆音と閃光。次に目を覚ましたときにはもう服屋も母もなく、胸くそ悪い惨劇だけが目の前に広がっていた」
「不思議な感覚だった。悲しみよりも、憎悪よりも。俺は戦わなくてはいけないのだと、根拠のない確信が体を満たした。今にして思えばあれが勇者としての覚醒だったんだろう。……ふふっ、つい数秒前に母親を失った子供だってのにこの落ち着きよう。やっぱり気持ち悪いことこの上ないな」
乾いた風のような自嘲。そしてほんの僅かなため息一つ。
リルアは何も言うことはなく、何も発する言葉を見つけられず、ただ男が語る話に耳を傾ける。
「んでまあ、そこらに転がっている剣を拾ってひたすら怪物共を切り捨てた。当時も別に素人ではなかったが、そのときの自分は今までとは別物。まるで違う体を動かしていると錯覚するほどで、あっという間に街の連中が立て直せるくらいには動いたよ」
彼はどうでもよさそうに、まるで他人事のように語り続ける。
けれどリルアは知っている。彼女の、彼の、勇者の活躍を確かに覚えている。
その奮闘こそが勇者トゥールの輝かしい初陣。そしてリルアが勇者に命を救われた瞬間なのだから。
「恐怖に怯える人々を安心させるため、俺は勇者を名乗り危機を退けたことを高らかに告げた。その時初めて思い出したんだ。自分の格好が馴染みあるものではなく、先ほどまで着ていた女物の服であったことに」
「……はあ」
「当然人々は誤解した。勇者と名乗った人物は男ではなく少女だと。無駄に愛らしい容姿も相まって誰一人信じて疑わなかった。それが勇者トゥールの真実ってわけさ。どうだ、つまらなかっただろ?」
ライは──勇者トゥールであった男は、自らをせせら笑いながら話を終える。
まるでくだらない話だと笑い飛ばして欲しそうに。勇者への期待と折ろうと失望の道へ誘うように。
嘘はなかった。語られた内容は何一つ偽りのない真実だと、リルアは内心で確信する。
勇者の正体。私の命の恩人、そして憧れた強く美しかったあの人。
それが少女ではなく男の偽りの姿。その事実は確かに予想外且つショックで、受け入れるのに少しは時間を要してしまいそうではある。
リルアはゆっくりと噛み締め、受け止め終える。
そして追いついた思考へ最初に湧いてきたのは、失意の冷ではなく熱だった。
「……まあ、確かに大ニュースですね。崇めてる奴らからしたら絶句ものですよ」
「だろ? だから──」
「──けどさ。だからどうしたの? それで見損なって人が離れるって? だから山に隠れて忘れられたいって? そんなことで?」
この吐く息一つが白くなる山の上でなお、抑えることの出来ない真っ赤な想いの塊。
失望やら絶望やら悲観などではなく、もっと分かりやすく真っ直ぐな激情が溢れて止まない。
足が動く。近くて遠い、遠いと感じていただけの距離を詰めるよう、ゆっくりと進んでいく。
「性別が違った? 勇者は女装していた少年だった? ……ふざけるな。そんなこと、そんな程度で勇者を嗤っていいわけない。そんな程度で貶していいわけないじゃないッ!!」
頭に血が上る。段々と語彙が強まっていく。
嗚呼、これは怒りだ。大切な人を侮辱されたことへの、どうしようもない八つ当たりに過ぎないものだ。
わかっている。わかっているとも。
この叫びがどれほど無意味で独りよがりかなど。こんな顔をさせたくて勇者に会いたかったわけではなかったのだと。
けれど止められない。いや、止めてなどやるもんか。
どれだけ言葉が荒んだとしても、抑えてやるつもりは欠片もない。
この激情を全てぶつけなければ気が済まない。目の前で勇者を貶したこの男に一言ぶつけてやらなければ、リルアの溜飲は下がらないだろうから。
「貴方は世界を救ったんだ! 多くの人が助けられた! 貴方は覚えてないかもしれないけど、私だって救われたッ!」
「この青空だってそうだッ! 勇者トゥールがいなきゃ空の色はまだ黒かったッ! 例え勇者が我が身可愛さで欺いていた女装野郎だったとしても、それだけは揺らがないんだッ!!」
目を伏せる男の前まで辿り着き、男の胸ぐらへ伸びるリルアの腕。
ライは多少驚きを見せながらも、黙ってそれを受け入れるだけ。それが心底気に入らず、伸ばしたリルアの手に一層力が入ってしまう。
「だから卑下しないでよ。憂いなく私に言わせてよ。あの日、私を助けてくれてありがとうって」
リルアはゆっくりと手を放し、瞳を潤わせながら、それでも健気に笑みを見せる。
その言葉は寒空に咲く一輪の花。取るに足らぬ、点に等しい小さなものに過ぎない一言だ。
けれどどうしてだろう。
ライには、勇者トゥールにとっては、そんな小さな一花が酷く眩しく思えてしまう。
ありがとう。そんな暖かい言葉、面と向かって言われたことはなかった。
……いや、きっと言われたことはあったのだろう。
正体を隠すこと、勇者として戦うことに追われた自分が受け止めなかっただけ。だからきっと、心からの感謝を述べようとしてくれた者はいてくれた。そのはずだ。
「……そうか。なら、少しくらいは思ってもいいのかもな」
「そうだよ。ま、激重スキャンダルには変わりないし、おいそれとは言わない方がいいかもだけど!」
「ははっ、どっちだよ」
ライは顔を上げ、冗談交じりのリルアに釣られるように笑みを浮かべる。
まるで憑きものでも落ちたみたい。リルアはその笑顔を見てやっと、この人の素を見れた気がした。
「はぁー、すっきりした。このことをちゃんとしゃべったのは初めてだが、思いの外軽くなるもんだな」
「……初めて? 昔の仲間の方達にも言ってなかったの?」
「おう。不和になるといけないし隠してた。一人にしかバレなかったぜ?」
……一人にでもバレてるなら結局意味はないのではないか。
自慢げに語るライに対しリルアはそう思ってしまったが、この場で口には出さないことにした。
「さあてそろそろ帰るか。降りたら旨いもん作ってやるよ」
「え、まじ!? 山を下りる前にライの料理また食べたかったんだよねー!」
聖剣から手を放し、軽い足取りで来た道を遡り始めるライ。
「ねえラ……勇者様、そういえばなんだけど、なんで聖剣はそこに刺されてんの?」
「ライで頼む。剣は刺してる理由があるから気にすんな。なんなら記念に触ってもいいぞー」
どうでもよさそうに答えながら、先に行くぞと去っていくライ。
理由は気になるが、どうせ聞いても仕方のないことだろう。そんなことよりせっかくだから一度くらいは触っていこうと、剣の元へ早足で寄っていくリルア。
眩い陽の光に反射し、周りの雰囲気と相まってどこぞの展示品かと思える神聖さ。
憧れの人と世界を救った剣。それとは別に、一冒険者としても普通ならまずお目にかかれない師玉の一品。そこいらで祈るよりは御利益があること間違いなしだ。
「では失礼して……」
気分はさながら、昔一度だけ経験した厳かな店で宝石を触ったときのよう。
苦い過去を思い出しながら恐る恐る手を伸ばし、やがて柄に埋め込まれた透明の宝石に指先が触れる。
──その瞬間。意志なきはずの剣から光が溢れ出す。
「えっ!?」
「──なっ!!」
後ろから聞こえてくるライの驚愕。だがリルアにはそんなことを気にする余裕はない。
魔力が急速に駆け巡る。胸の鼓動は高鳴り、破裂しそうなほど荒れ狂う。
光はほんの一瞬。神殿内を包み込んだ白光は瞬き一つの間に晴れ、元通りの世界へと戻っていく。
「おい何が……はっ?」
「うそぉ……」
焦りながら戻ってきたライだが、リルアの姿を見て顔を驚きで染めてしまう。
琥珀の瞳を丸くしながら戸惑いを見せるリルア。
そんな茶髪の少女の手には握られているはずのない物──地面から抜けた聖剣が、彼女の手に収まっていたのだから。




